アート系ファッション写真のフォトブック・ガイド(連載) (6)
“Shots of Style ” の紹介

美術館や公共機関で開催されたファッション写真の展覧会カタログの紹介を続けよう。今回は、ロンドンのケンジントンにあるヴィクトリア&アルバート美術館で1985年10月から1986年1月にかけて開催された“Shots of Style – Great Fashion Photographs Chosen by David Bailey” のカタログを取り上げる。

タイトル通り、英国人写真家デビット・ベイリー(1938-)が20世紀のファッション写真約174点をセレクションしている。
ベイリーは、60~70年代に活躍した英国人ファッション写真家。彼は、ブライアン・ダフィー、テレス・ドノヴァンとともに、60年代スウィンギング・ロンドンの偉大なイメージ・メーカーであるとともに、モデルやロック・ミュージシャンと同様のスター・フォトグラファーだった。60年代には、女優のカトリーヌ。ドヌーブと結婚していた時期もある。この3人はそれまで主流だったスタジオでのポートレート撮影を拒否し、ドキュメンタリー的なファッション写真で業界の基準を大きく変えた革新者だった。彼らこそは、いまでは当たり前のストリート・ファッション・フォトの先駆者たちだったのだ。
当時のザ・サンデー・タイムズ紙は彼らのことを「Terrible Trio(ひどい3人組)」、写真界の重鎮ノーマン・パーキンソンは「The Black Trinity(不吉な3人組)」呼んだそうだ。

ベイリーは、本書掲載のファッション写真の大まかな定義を“ファッション雑誌のエディトリアル・ページのために掲載された、服を1点かそれ以上を着ている女性の写真”としている。また前文では、以下のように記している。

“偉大なファッション写真は極めて稀だ。それは他の分野の写真と同様だ。いくつかの例外を除いて、ここに選ばれた写真は他の優れた分類の写真と同様のクオリティーを持っている。それは、ポートレートのアヴェドン、ルポルタージュのクライン、スティルライフのペンなど。本書で紹介している写真はすべての分野のアートを網羅しているともいえる。その意味で「ファッション写真」という言葉は当てはまらないだろう”

また、彼は35mmカメラとモータードライブの登場、一般の女性たちに多様なファッションが普及するようになったことがファッション写真を激変させた。ファッション写真が、時代の、姿勢、テクノロジー、セクシーさ、環境を反映させるメディアとなった、とも指摘している。
80年代くらいまでに、西洋先進国の中間層はかつてのタブーや因習、家族や他人の期待から自由になる。しかし複数の価値観が混在し、多くの人は何を着たらよいか、どのように暮らせばよいか、拠り所がわかりにくくなってしまう。そのような人たちはスタイルを求めるようになり、ファッション写真が世の中のスタイル構築に重要な役割を果たしたのだ。スタイルは明確な定義が難しい単語だが、物事がどのように見え、どのようになっているかということ。本書タイトルの“SHOTS OF STYLE”は、まさに新しい時代にスタイルを提供しているファッション写真という意味なのだ。
ベイリーの文章は、現在考えられている、20世紀におけるアートとしてのファッション写真の定義に近いといえるだろう。

掲載されている写真家は以下の通りとなる。
Diane Arbus、
Richard Avedon、
Gian Paolo Barbieri、
Lillian    Bassman、
Cecil Beaton、
Erwin Blumenfeld、
Louise Dahl-Wolfe、
Bruce Davidson、
Baron Adlf de Meyer、
Andre Durst、
Arthur Elgort、
Hans Faurer、
Toni Frissell、
Hiro、
Horst P. Horst、
Frank Horvat、
George Hoyningen-Huene、
William Klein、
Francois Kollar、
Germaine Krull、
Barry Lategan、
Peter Lindbergh、
Sarah Moon、
Jean Moral、
Martin Munkacsi、
Genevieve Naylor、
Helmut Newton、
Norman Parkinson、
Irving Penn、
Denis Piel、
John Rawlings、
Man Ray、
Paolo Roversi、
Jeanloup Sieff、
Melvin Sokolsky、
Edward Steichen、
Bert Stern、
Deborah  Turbeville、
Bruce Weber

前回に紹介した“The History of Fashion Photography”と比較してみよう。写真家数は、59名から39名に減少。新たに加わったのが14名、2冊で重複しているのが25名となる。前者は物理的にファッション写真を撮影している人を紹介している一方で、本書では、よりアート性(写真家の創造性)が重視されていると思われる。特に当時の若手を積極的にセレクション。マーティン・ハリソンはイントロダクションで、ヘルムート・ニュートン、ギイ・ブルダン、ブルース・ウェバーの登場で、コマーシャルとプライベートの作品2分法が成り立たなくなったと分析。彼はブルース・ウェバーを高く評価しており、彼の写真にはもはやファッション写真とパーソナル・ワークとの境界線がなくなっていると指摘している。
そして、“Fashion Photography of the 80s”の章で、ベイリーが当時の有力な若手として、ピーター・リンドバーク、デニス・ピール、パオロ・ロベルシの3名を上げていることを紹介、彼らが80年代以降のファッション写真の中心人物になると指摘している。ベイリーはこの時代に、既にリリアン・バスマン、アーサー・エルゴート、メルヴィン・ソコルスキーの仕事を評価し作品をセレクションしている。彼の優れたキュレーション力と先見性には感心させられる。

ハリソンのイントロダクションからは、80年代初期のファッション写真の状況が伝わってきて興味深い。写真展開催に際して、展示作品を集めるのに極めて苦労したようだ。当時はファッション写真の多くは作品だとは考えられていなく、雑誌編集部や写真家のもとにきちんと保存されていなかった。ファッション写真の多くは、雑誌掲載後は廃棄され、編集部や写真家の引っ越し時に処分されたという。
ルイス・ファーやボブ・リチャードソンの代表的ファッション写真は、当時には入手できずに展示を諦めたという。
またアート批評の世界でも、作り物のファッション写真は全く無視されていた事実にも触れられている。それが、アート界で、シンディー・シャーマン、ジョエル・ピーター・ウィトキン、ベルナール・フォーコンなどによる、作りこんで制作される写真作品が登場してきたことで、ファッション写真への偏見が徐々に減少していったそうだ。
ハリソンの本書にけるファッション写真の分析が、1991年に同じくヴィクトリア&アルバート美術館で開催された戦後のファッション写真に特化した展覧会“Appearances : Fashion Photography Since 1945” のキュレーションに発展していったと考えるが自然だろう。

(写真集紹介)
“Shots of Style – Great Fashion Photographs Chosen by David Bailey”
Victoria and Albert Museum、London、 1985年刊
ハードカバー(ペーパーバック)、サイズ 約33 X 24cm, 256 page.
Foreword : David Bailey
Introduction : Martin Harrison
約174点の図版を収録。

表紙はバロンド・メイヤーによる、米国化粧品ブランド“エリザベス・アーデン”用の1935年撮影の作品。本書にはハードカバーとペーパーバックがある。古書市場に流通しているのはほとんどがペーパーバック。前半がカラーで後半がモノクロの部分となる。モノクロは2色印刷と思われ、クオリティーは今一つ。本書はあくまでも資料だと考えたい。
古い本なので状態によって小売価格はかなりばらつきがある。一部にはカバーに変色が見られるものもある。状態が良好なものは75ドル(約8250円)程度から、ただし大判で割と重い本なので、海外から購入する場合は送料には注意してほしい。本自体は安くても、本体以上の送料がかかる場合がある。

ケイト・マクドネルの風景写真
「はっ、ドキッ」とする瞬間の訪れ

ⓒ Kate MacDonnell “Caddis fly hatch by the Gallatin River, MT, 2014”

ケイト・マクドネルは、“Lifted and Struck”のアーティスト・ステーツメントで自作を以下のように語っている。

「見ることはなんと素晴らしいことでしょう!それでも、美の事例を捕まえるのは本質的に悲しい行為です。捉えたつかの間の閃光はすぐに消えていくからです。人生は時によって長くも短くも感じます。私は人生で努力して、これらの言い表せない瞬間の痕跡を集めるために働きます。時間をかけて、もっと近くで世の中の美しさやきらめきを見てほしい、そして不安で未知数だけど次のステップへと進んでほしい、私は皆さんにそう伝えたいのです」

マクドネルが、ネイチャー・ライティング系作家アニー・ディラードの“ティンカー・クリークのほとりで”(1974年刊)という著作に多大な影響を受けている事実は以前に紹介した。ディラードと同様に彼女は自然と対峙する。それを丹念に観察し自分との関係性を見出して、独自の宇宙や自然のヴィジョンを確立させている。それをヴィジュアルで作品として表現しているのだ。
このような説明だとアートに詳しくない人は意味が不明だと感じるだろう。それでは彼女の宇宙のヴィジョンとは何か?もう少し探求してみよう。やや難解なのだが、風景写真のアート性に興味ある人はどうか付き合ってほしい。
それはもちろん多くのアマチュア写真家のように、ただ感覚的に優雅で美しい瞬間や情景を探しているのではない。多くのアーティストは、自分の持つビジョンを自然や宇宙に探し求め、それが出現したシーンを作品化する。しかし、彼女は既存のどんなシーンにもとらわれない、というヴィジョンを持っている。まるで禅問答のようなのだが、そこには、いまの宇宙や自然界のどこかで発生しているが、誰も気付かない、見たことがようなシーンが存在するはずという認識がある。彼女の創作とはそのような現象を新たに発見して写真で表現することに他ならない。その作品制作のアプローチは、まるでビジネスでイノベーションを起こすための過程のように感じられる。
これは、上記のアニー・ディラードの語る以下の文章からの影響だと思われる。

「美しさと優雅さは私たちがそれらを感じるかどうかに関係なく出現している。 我々ができるせめてものことは、その場所に行こうとすることです」

作品制作時には、彼女は自分をニュートラルな心理状態にして、自然と対峙しながら「はっ、ドキッ」とする瞬間の訪れをひたすら待つのだ。一般的な美しい風景とは、見る側の解釈に他ならない。それは時にデザイン的要素が強い。彼女は目の前のシーンの観察に集中することで、その先入観から自由になろうとする。マクドネルは”心理学者と脳神経学者によると、混乱している状態は何か新しい知識を得ることと関連している”という引用を2017年のステーツメントで行っている。なにか自分に居心地がよくない状況こそが、宇宙での新たなシーンとの出会いにつながと認識しているのだ。普通の人は嫌な感じを避けようとする。しかし、彼女には自分の既存のフレームワークだけで世界を見ていても新たな発見がないという確信があり、あえて自分を追い込むのだ。たぶんその瞬間の訪れまでシャッターはむやみに切らないのではないか。
繰り返しになるが、それは美しいから、優雅に見えるからという認識ではなく、上記のように言葉で言い表せない「はっ、ドキッ」とする瞬間をとらえる行為だと思う。デジタルカメラ使用は、この作品コンセプトと見事に合致している。気候や光の状態や被写体の移動速度など、アナログでは再現できなかったシーンも作品として表現が可能になったのだ。

彼女は、自然風景だけでなく自分の身の回りにも同じ視線を向けている。これは自分の日常の中で作品制作を行うワイフェンバックの影響もあるだろう。被写体が異なるが、二人の対象を見つめる撮影アプローチは非常に類似している。それが今回の二人展につながるとともに、作品タイトル「Heliotropism」になったのだろう。二人の違いは、マクドネルが意識的に幅広く移動することを心がけている点だろう。それは自分を新鮮な状況に置くことが、新たな作品が生まれる可能性を高めるという考えによる。

今回の展示作の中に、2羽のフクロウと3匹の鹿の写真が含まれている。

ⓒ Kate MacDonnell “Broken winged owls, 2009”
ⓒ Kate MacDonnell “Deer corn, 2013”

これもアニー・ディラードの著作「イタチのように生きる」からの影響だろう。そこで彼女は、イタチは“必然”に生き、人は“選択”に生きる、と書いている。自らを客観視するきっかけとして、自我を持たず目的なく生きるイタチに思いをはせている。本作のマクドネルの動物たちも、人間が自然の一部である客観的な事実に気付くために意識的に収録されているのだ。写真のシークエンスのアクセントとして登場しているのではない。

マクドネルの“Lifted and Struck”は、フォトブックのフォーマットにより、より多くのヴィジュアルが紹介されることで、メッセージの強度が増すと思う。実際に来場者の多くがもっと多くの写真を見てみたいという意見を聞かせてくれる。ぜひ多くの出版関係者に見てもらい、フォトブックの可能性を検討してもらいたい。

また、本作は日本では珍しい、写真で自己表現する米国の若手アーティストの紹介となる。開催期間は8月まである。アート写真を学びたい人には絶好の教材となるだろう。ぜひ多くの人に見てもらいたい作品展示だ。

ケイト・マクドネル(Kate MacDonnell)
1975年米国メリーランド州、アッパー マールボロ出身。大学時代にワシントンD.C.移り住む。
子供のころから両親のサポートで写真を学ぶようになる。ハイスクール時代には、ヴィジュル・アートのカリキュラムの中で、絵画やドローイングと共にモノクロの暗室写真クラスを受講。1997年、コーコラン・アート・デザイン大学を卒業。自分が理想とするヴィジュアルつくりに写真が適していることに気づき、カラー写真による表現を開始する。
2000年代から、様々な研究奨励金を得て創作活動を行い、主にワシントンD.C.やニューヨークのギャラリーや美術館で作品を展示。2013年には、 ワシントンD.C.のシビリアン・アート・プロジェクツ(Civilian Art Projects)で個展「Hidden in the Sky」を開催。本展は初めて彼女の作品を日本で紹介する写真展となる。

「Heliotropism」
テリ・ワイフェンバック / ケイト・マクドネル
2018年 6月1日(金)~ 8月5日(日)
1:00PM~6:00PM
休廊 月・火曜日(本展では日曜も営業)
入場無料
ブリッツ・ギャラリー
http://www.blitz-gallery.com

 

2018年春ロンドン・アート写真オークション

5月17日~20日に行われたロンドンのサマーセット・ハウスで開催されたフォト・フェア”Photo London 2018”にあわせてアート写真オークションがロンドンで集中的に行われた。5月17日~18日にかけて複数委託者のオークションが、大手のクリスティーズ、フィリップス、ササビースで開催。

3社の実績を昨年春と比べてみよう。2017年は、総売り上げ約502万ポンド、408点が出品されて261点が落札、落札率は約63.97%だった。今年は、総売り上げ約643万ポンドに約28%増加、365点が出品されて284点が落札、落札率も約78%と改善した。全体の出品数が減少しているものの、落札予想価格が2.5万ポンド(約375万円)以上の高額価格帯、5000ポンド(約75万円)以上の中間価格帯の落札数が増えていた。
今回はクオリティーの高い希少作の出品が多く、全般的に良好な結果だったといえるだろう。

Phillips London, ULTIMATE Evening and Photographs Day Sales Catalogue

今春は、特にフィリップスの“ULTIMATE Evening and Photographs Day Sales”の好調が目立った。同社は、適切にエディティングされた複数委託者と共に、複数の優れたコレクションからの委託を獲得し、出品数は昨年の93点から172点に大幅に増加させている。売り上げは昨年比約51%も増加して約355万ポンド(約5.32億円)、落札率も平均を上回る約85%だった。これは同社のロンドンでの最高売上とのこと。
今回の目玉となったのは、1点もの“POLAROIDS from the Piero Bisazza Collection”32点と、現代アート系写真の“Michel and Sally Strauss Contemporary Photography Collection”の50点のセール。ポラロイド・コレクションは、イタリアのガラス製モザイクタイル業界をリードするメーカー「ビザッツァ」のCEOのピエロ・ビザッツァ(Piero Bisazza)のもの。彼は、モザイク・タイルとの類似性からポラロイドに魅了されコレクションを行っているとのこと。アンディー・ウォーホール、ロバート・メイプルソープ、ヘルムート・ニュートン、パオロ・ロベルシ、ピーター・ベアード、サラ・ムーン、カルロ・モリーニ、荒木経惟など、様々なアーティストが多様なアプローチでポラロイドを利用していた事実がわかって興味深い。ニュートン作品の一部は、実際に写真集“Pola Woman”制作時のオリジナル作品とのこと。有名写真家の来歴の確かで絵柄もよい1点物。コレクター人気が高いのもうなずける。ウォーホール、ニュートン、ベアードなどの人気作は落札予想価格上限を超えて落札。全体の売り上げアップに大きく貢献していた。

高額落札はファッション系が目立った。
最高額はフィリップスに出品されたヘルムート・ニュートンの“Panoramic Nude with Gun, Villa d’Este, Como, 1989”。

Phillips London, Lot 16, “Panoramic Nude with Gun, Villa d’Este, Como, 1989” ⓒ Helmut Newton

現存しているのは同作1点だけの可能性が高いという151.5 x 49.5 cmサイズの巨大作品。希少性が寄与して、落札予想価格25~35万ポンドのところ、72.9万ポンド(約1.09億円)で落札された。これはニュートンのオークション最高額での落札となる。ちなみに同作はニュートンが亡くなった直後の2004年4月のクリスティーズ・ニューヨークのオークションで、18.11万ドルで落札されている。当時の為替は約1ドル/107.70円、円貨で単純比較すると約15年間で作品の市場価値は約5.6倍になったことになる。
続くのは、同じくフィリップスのロバート・メイプルソープの“Double Tiger Lily,1977”。こちらは花の写真2点組からなる1点もの。90年代前半に日本で開催された展覧会にも何回か展示されている。落札予想価格上限を超える29.7万ポンド(約4455万円)で落札されている。

ササビーズ“Photographs”では、リチャード・アヴェドンの“AVEDON/PARIS, 1978”が、落札価格上限を超える23.7万ポンド(3555万円)で落札。本作は1978年にメトロポリタン美術館ニューヨークで開催されたファッションの回顧展の際に制作された、11点からなるパリで撮影された代表的ファッションのポートフォリオ。本作も、2010年11月にクリスティーズ・パリで16.9万ユーロで落札された作品。当時の為替は約1ユーロ/112.61円なので約1903万円、円貨で単純比較すると約8年間で作品の市場価値は約1.86倍になったことになる。ちなみにニュートン作品の希少性と比べて、こちらはエディション75点。

ファッション系がすべて好調というわけではない。今春のニューヨーク・オークションで、アーヴィング・ペンの、6万ドル以上の高価格帯作品や、キャリア後期作品などは不落札が目立ったことを報告した。
ロンドンでもフィリップスに出品されたペンの代表作“Black and White Vogue Cover (Jean Patchett), New York,1950”が不落札だった。こちらは、2012年4月のクリスティーズ・ニューヨークで43.45万ドル(@81.25/約3500万円)で落札されたプラチナ作品。今回の落札予想価格は20万~30万ポンド(3000万円~4500万円)。エディションが34点であることを考えると、前回の落札価格はやや過大評価だったということだろう。

日本人写真家では、石内都の“絶唱、横須賀ストーリー,1976-1977”の22点セットがフィリップスに出品。落札予想価格上限の9万ポンドを上回る、10.625万ポンド(約1593万円)で落札されている。こちらは11.9X16.3cmの小ぶりサイズの、1979年プリントの1点もの作品。出品作のシリーズは全体で約100点現存するうちの22点。40点はテート・モダンがコレクションしているとのことだ。

ここ数年の欧州における大手業者のアート写真オークションは、春は英国のフォトロンドンと、秋は大陸のパリフォトと同じ時期での開催が一般化してきた。春のニューヨークの大手のオークションは、AIPADフォトグラフィー・ショーと同時期の開催だ。今春の良好な結果は、欧州でもフォトフェアとオークションの同時開催が業者やコレクターの間で定着してきた証拠だろう。

(1ポンド・150円で換算)

ソール・ライター
見立ての積み重ねで評価された写真家(3)

Saul Leiter, Phillips London 2018 May “ULTIMATE EVENING & PHOTOGRAPHY DAY SALE”、”Through Boards,1957”

私どもは日本独自のアート写真の価値基準として限界芸術の写真版のクール・ポップ写真を提唱している。海外の20世紀写真家の中のクール・ポップ的な写真家にも注目している。ソール・ライターの歩んできたキャリアと、その評価過程はこの価値基準に見事に合致すると考えている。
連載3回目は、クール・ポップの視点からソール・ライターを分析してみたい。

私どもはこの分野の写真を以下のように定義している。最も重要なのは「表現の欲求」、つまりどうしても自らの表現を通して世の中に伝えたい真摯かつ強い要求を持っていること。世の中の評価、名声、お金儲けなどへの一切の執着がなく、無意識のうちに社会の問題点(視点、価値観)との接点や関わりも持っている人だ。ファイン・アート系のように、社会と関わるテーマやアイデア、コンセプトを自らが紡ぎだして提示する必要はない。また、アート作品を発表して販売して生計を立てるような職業ではなく、生きる姿勢そのものになる。
彼らが評価されるきっかけは、第3者による見立てによる。その大前提は、上記のような姿勢で作品制作を長期にわたり継続することにある。
まず作家の真摯な制作姿勢が見極められ、関係者にその存在が認められるようになる。次に、複数の人がテーマ性を見立てることにより、写真家のブランド構築につながるのだ。

もう少し詳しく説明しよう。
まず作品制作の見極めだ。これは写真家が邪念を持たずに作品制作を行っているかの見立てになる。現代アートのように、明確にテーマを提示するのではなく、何かに関心を持って積極的集中からフロー状態になって撮影を続けている人かどうかが重要となる。フロー状態は、心理学者チクセントミハイによる、無我の境地に達して「ビーイング・アット・ワン・ウィズ・シングス Being at one with things」(物と一体化する)ような心理状態のこと。これは瞑想のような行為だと以前に指摘したが、瞑想そのものではない。瞑想的に作品制作する行為は、明確な定義がなく、感情の連なりに身を任せてだらだらと写真を撮る行為と混同されがちだからだ。フロー体験を生む活動にいたるには努力がいる。いったんは入ると自分の行為にあまりに没頭しているので、他の人からの評価を気にしたり、心配したりしない。フローが終わると、反対に、自己が大きくなったかのような充足感を覚えると言われている。しかし、現実には写真家がどのような姿勢で作品を制作しているか第3者が見抜くのは容易ではない。そこに他人からの承認欲求のような邪念がないかを見極めるのはほぼ不可能だろう。
結局、作家が長期間にわたって創作を継続しているかで最終的に判断されるのだ。ただし、アマチュア写真家のように趣味で長年にわたり写真を撮影する意味ではない。

続いてテーマ性の見立てだ。この新しい日本の価値基準では、現代アートと違い作品テーマを自らが語らない。第3者が見立てるのだが、単体作品でのテーマ性の見立ては困難だ。ここでも作品制作を継続する過程で、テーマ性が顕在化して見立てが行われる。継続できるとは、何らかの社会との接点が存在することを意味するのだ。作品のテーマ性が複数の人から継続的に見立てられれば、結果的にそこに価値が生まれる。その積み重ねにより、本人の意図とは別に写真家や作品のブランド化が図られる可能性がある。日本の有名写真家のブランド化はそのように構築された場合が多い。

ではライターのケースを考えてみよう。彼は、写真や絵画などの創作を通じて何らかの社会との接点を感じていた。それが評価を求めることなく継続できた理由だろう。また自らが作品のテーマ性を語ることがなかった。そして継続の末に80歳を超えてから再評価される。
シンプルな生活を送り、邪念を持たずに世界と対峙し、自分の持つ宇宙観を世界で発見する行為に喜びを感じ、それらを写真や絵画で表現し続けてきたのだろう。作品制作の継続の長い過程で、キュレーターのジェーン・リビングストン、写真史家マーティン・ハリソン、ギャラリストのハワード・グリーンバーグ、出版人のゲルハルト・シュタイデル、映画監督のトーマス・リーチなど様々な人が彼の作品のアート性を見立てた。キャリア後期になって、彼のリアリストの生き方自体が大きな作品テーマとして認められたのだ。そしてファッション写真だけでなく、ストリート、ヌード、ポートレート写真が時代性を見事に切り取っていたことが再評価される。特に初期カラー作品は、時代の気分や雰囲気は色彩により見る側により強く伝わる事実を提示した。ライターの場合、テーマ性の見立てと作品制作の見極めが同時進行したと解釈したい。

Saul Leiter, Sotheby’s London 2018 May “Photographs” “PHONE CALL,1957”

いま写真はデジタル化が進み、色彩や構図の美しいストリート写真を撮影する人はアマチュアを含めて世の中に数多くいる。しかしライターの作品は、その清らかな生き方と共に称賛され、多くの人の見立てが積み重なって今の高い評価につながった。
エゴやお金を追及する現代社会において、彼の生き方と実践そのものが大きな作品テーマだった。すべての写真と絵画などの作品はその表現手段だったと見立てられたのだ。彼の生前のインタビューなどをみると、ジョークなどを織り交ぜた語り口に暗さはあまり感じられない。もちろん自分を評価しない世の中への恨み節もない。普通の人はこのような人生は追及できないだろう。だから彼の作品は、いまでの多くの人を魅了し続けているのだ。

最後にソール・ライターの最近の相場情報をお知らせしよう。ちょうど、2018年5月に開催された、ササビーズ・ロンドンの”Photographs”オークションに、”SHOPPER,1953″、”PHONE CALL,1957″が出品されていた。ともに落札予想価格範囲内の1万ポンド(約150万円)で落札。

Saul Leiter, Sotherby’s London 2018 May “Photographs”, “SHOPPER,1953”

同じくフィリップス・ロンドンで開催された”ULTIMATE EVENING & PHOTOGRAPHY DAY SALE”では、写真集”Early Color”表紙の有名作”Through Boards,1957″が1.125万ポンド(約168万円)、”Foot on the El,1954″が1万ポンド(約150万円)で落札されている。
これらの作品は約11X14″サイズ、サイン入り、タイプCカラー、モダンプリント。
コレクター人気はいまだに続き、相場も高値で安定している。

 

「Heliotropism」
テリ・ワイフェンバック /
ケイト・マクドネル
@ブリッツ・ギャラリー

ブリッツ・ギャラリーの6月1日スタートの次回展は、米国人写真家テリ・ワイフェンバックとケイト・マクドネルの二人展「Heliotropism」となる。

二人はともにワシントンD.C.に在住する女性アーティスト。お互いに尊敬しあう友人同士だ。今回の写真展のアイデアは、主に地元で活動しているマクドネルが作品を世界に幅広く発信したいとワイフェンバックに相談したことから動き出した。二人はともに身の回りの出来事や風景をテーマに、自然世界を愛し崇拝する感覚を持って、カラーで作品制作を行っている。マクドネルが全米各地への旅で撮影している一方で、ワイフェンバックは一つの場所にこだわって撮影している。創作スタイルは違うものの、二人の作品には親和性がある。

ワイフェンバックは、自作が幅広く受け入れられている日本で、マクドネル作品の人気も出るのではないかと考えてブリッツに相談してきた。マクドネルは、作品集が出版されていないので、日本での知名度は全くない。個展を開催しても観客動員や作品販売は難しいと思われた。したがってワイフェンバックの知名度を生かして、二人展「Heliotropism」を開催する運びとなった。ワイフェンバックが展示作品のキュレーションを行っている。
ブリッツでは、ワイフェンバックとウィリアム・ワイリーとの二人展“As the Crow Flies”も2016年に開催している。日本で知名度のない外国人写真家の作品を紹介する手段として、有名写真家との二人展は効果的だと考えている。

さて作品タイトルの「Heliotropism」は、花・植物や動物が太陽に向かう性質、向日性を意味する。二人のヴィジュアルはかなり違うが、ともに宇宙や自然に畏敬の念をもって創作に取り組んでいる。その内面にある作品モチーフへの同じ方向性に注目して、二人で写真展タイトルを「Heliotropism」と決めたのだ。今回は英文タイトルをそのまま使用している。

マクドネルの“Lifted and Struck”は、ネイチャーライティング系で、ヘンリー・デイヴィッド・ソローの「ウォールデン森の生活」(1854年)の流れを踏襲しているというアニー・ディラード著の「ティンカー・クリークのほとりで」に多大な影響を受けて制作。タイトルも同書の文章から取られている。上記の「ウォールデン森の生活」は、写真家のエリオット・ポーターが写真集”In Wildness Is the Preservation of the World”(1967年)でその世界観をカラー写真で表現している。マクドネルは”Lifted and Struck”で、ディラードによる「ティンカー・クリークのほとりで」の世界観をヴィジュアルで表現しようとしたのだろう。
“私の写真は日常生活の中にある、宇宙の神秘を探し求めています。宇宙に思いをはせると、私たちは無知で欠点だらけな小さい存在であることを実感します”と語っている。これは写真作品を通して世界の仕組みを理解したいという意味で、まさに本展の趣旨そのものといえるだろう。

本展では、ワィフェンバックは伊豆で撮影され、昨年IZU PHOTO MUSEUMでも展示された“The May Sun”からカラー作品17点、鳥のシルエットを捉えた新作“Centers of Gravity”からモノクロ作品9点、マクダネルは“Lifted and Struck”からカラー作品17点を展示する。
“The May Sun”が、デジタル・C・プリント、その他はデジタル・アーカイヴァル・プリントとなる。

本展では限定300部の展覧会カタログを制作した。写真集はワィフェンバックの“Centers of Gravity”(サイン入り)、“The Politics of Flower”(サイン入り)を限定数だけ店頭販売。またブリッツが過去に刊行した残り少ない関連展覧会カタログも販売する。

初夏らしい、とても爽やかなカラーによる風景写真の展示となる。アート写真ファンはもちろん、風景写真で自己表現に挑戦している人にとっても必見の写真展だろう。

「Heliotropism」
テリ・ワイフェンバック / ケイト・マクドネル
2018年 6月1日(金)~ 8月5日(日)
1:00PM~6:00PM  休廊 月・火曜日(本展は日曜も営業)
入場無料

ブリッツ・ギャラリー
〒153-0064
東京都目黒区下目黒6-20-29

JR目黒駅からバス、目黒消防署下車徒歩3分 / 東急東横線学芸大学下車徒歩15分

写真展レビュー
内藤正敏 異界出現
@東京都写真美術館

TOP MUSEUM 展覧会カタログ

東京都写真美術館は、写真史であまり注目されていないが、独自の視点持ち長年にわたり真摯に作家活動をしている人を取り上げ再評価している。”内藤正敏 異界出現”もそのような展覧会だといえよう。

私は日本写真が専門でないので、内藤正敏の仕事はほとんど知らなかった。海外で評価されているフォトブックから日本人写真家の仕事に触れる機会が多いのだが、彼の写真集は海外ではほとんど紹介されていない。
“日本写真家辞典”(2000年、淡交社刊)には入っているが、2014年に行われた”フジフイルム・フォトコレクション展”でも、日本の写真史を飾った101人には選出されていない。写真家よりも民俗学の研究者としてより知られているようだ。

内藤の作品シリーズの展開は極めてユニークだ。展覧会資料によると、彼は60年代の初期作品において、化学反応で生まれる現象を接写して生命の起源や宇宙生成を意識したシュールでサイケデリックな”SF写真”と呼ばれるヴィジュアルを制作。また、早川書房”ハヤカワ・SFシリーズ”のカヴァーのヴィジュアルを手掛けている。(会場で現物が展示されている)
しかし、山形県の湯殿山麓で即身仏との出会い、写真撮影したことをきっかけに民族学研究に取り組むようになる。即身仏とは厳しい修行を行い、自らの肉体をミイラにして残した行者のこと。その後は、民族学的な興味から、主に東北地方の民間信仰をテーマにした、”婆 バクハツ!”、”遠野物語”など発表している。
境界線を都市や日本の伝統文化の中に探し求め、”東京-都市の闇を幻視する”では、正常と狂気、平穏な生活の中で断片的に裂け目として出現するダークサイドの視覚化を行っている。彼は今は忘れ去られている日本文化の奥底に潜む思想を発見してきたのだ。
90年代には、それらを発展させて修験道の霊山における空間思想を解読する”神々の異界”を手掛けている。本展カタログでキュレーターの石田哲朗氏は”このシリーズで内藤は山々の隠された「空間思想」を民俗学で解読して、その成果に基づいて場所とカメラの方向を定め、撮影している。この方法を彼は「人間が一方的に自然を写すにネイチャーフォトとは逆の視線」と呼ぶ”と解説している。
富士山八合目の烏帽子岩付近から東京方面を撮影している”富士山、1992″(プレート166)がある。ここは食行身禄(じきぎょうみろく)という行者が、徳川幕府の政治に抗議して断食死した場所という。これがきっかけで、江戸で富士山を信仰する富士講ブームが起きた。同作はその身禄が視たであろう風景を写真で撮影して再現したものなのだ。同シリーズでは、空海、修験者、時の権力者が創出した異界を読み解きながら、石鎚山、室戸岬、月山、羽黒山、岩木山など日本各地で撮影が行われている。

それでは、内藤の意味する異界とは何を意味するのだろうか。”日本「異界」発見”(1998年、JTB出版刊)のあとがきには”私の旅の目的は、「異界」から現実を逆噴射すること。異界というと、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)するおどろおどろしい世界を思いうかべがちだが、私の求める異界とは、そんな神秘主義来なものではない。人間が想像力で生み出した非日常的な世界を言う、異界を通して眺めると、忘れられた深層の歴史や人間の心の奥底が視えてくる”と書いている。

世の中には客観的な現実などは存在しない。それぞれの人が自分のフレームワークを通してみた見た現実が存在するだけだ。現実だと思える世界は社会の共同幻想に支えられて存在している。内藤は上記のあとがきに”日本人は、「この世の」のほかに、もう一つの幻の国、”異界”があると信じて生きてきたのではなかろうか”と書いている。社会を生きていると様々な辛いことがある。目の前の世界を盲信して埋没していると押しつぶられそうになる。生き残るためには、時に自らを客観視し枯渇した精神エネルギーを再注入しないといけない。一般民衆は悟りを開いた高僧ではない。古来から彼らを精神的に支えていたのが、内藤のいう”異界”だったのではないだろうか。念仏を唱えることで自分を無にするという庶民の知恵と同じく、異界を意識することで思い込みにとらわれる自分に気づくきっかけになったのだ。本展は、かつて日本の歴史上に様々な形で存在していた異界を写真作品として蘇らせている展示ともいえよう。

私が特に興味を持ったのは、内藤と民俗学とのかかわりだ。カタログ157ページで引用されている本人のエッセーに以下のような記述がある。
“写真家がカメラを肉体化し、身体感覚で科学を超えるとき、もう一つの写真の世界が出現する。優れた写真は人間の「感性」を刺激し、写真に呼び覚まされた感性は、人間の奥底に眠る「知」をたたく。私の場合、それがたまたま民俗学だったというわけだ”
世界的にアート写真市場で評価されている日本の写真家は、最初に作品の内包する問題点を意識していることは少なく、写真撮影の長い期間の継続があって、テーマ性が第3者に見立てられる場合が多い。上記の記述はその過程を見事に文章で表現されている。内藤がその他と決定的に違うのは、自らが写真撮影を通して作品のテーマ性に気づいたことだろう。そして、今度はテーマ性を意識して写真撮影を継続している。
もう気付いた人も多くいるだろうが、今まで述べてきたことは現代アート系写真作品の制作アプロ―チそのものなのだ。しかし、それは現代では忘れ去られている、きわめてディープな日本的な内容だけに、表層的な多文化主義の視点から評価する西洋の写真史家は気付かなかったと思われる。

大判シートによる最後のパートの作品展示は圧巻だ。彼が東北芸術工科大学にいた2004年にキャリアを振り返る”内藤正敏の軌跡”に出品された作品群が新たな視点で再構成された展示になる。大型インクジェットプリンターで制作された長編約1.5メートルもの巨大作品群だ。解説によると”内藤の世界観を表す一つのインスタレーション表現であるとみなし、今回新たな構成によって、この体感的な展示を再現、<コアセルベーション>を含む初期作と<出羽三山>を組み合わせた”(カタログ・163ページ)という。彼のキャリア全貌を明らかにする大規模な展示だ。内藤がどのように宇宙や世界を認識していたかが直感的に感じられる。それをコンセプトと呼ぶのなら、内藤は現代アート的な視点を持っていた20世紀写真家として再評価されるべきだろう。

キュレーターの石田哲朗氏によると、内藤は心眼で作品に触れてほしいとのことで、会場内の撮影を不許可にしたという。写真撮影はデジタル化で物事の表層だけを瞬間的にとらえ、メモをとるような安易な行為になってしまった。メモは多くの場合見返されることはない。現代生活で写真撮影が民主化したことで、人間はますます本来持っている思考システムを使わなくなった。撮影不許可は、意識的に世界と対峙しなくなった現代人への写真家からの警告なのだ。それは内藤の作品コンセプトの一部なのだと受け取りたい。

“内藤正敏 異界出現”は、一貫したテーマ性を持つ、現代アート系アーティストによる展覧会になっている。アート史で過小評価されているアーティストに注目するのが公共美術館の重要な役割といえるだろう。私はこれこそは、美術館による写真作品の”テーマ性の見立て”だと理解している。本展の開催は東京都写真美術館の大きな業績だと評価したい。
内藤作品は、実際に写真を見て、さらに文脈を読み解こうと努力するとその良さがわかってくる。”異界”などとついたタイトルに、アート系に興味ある人はやや引いてしまうかもしれない。しかし、本展はアート好きな人にこそ、先入観を持たずに見てもらいたい展覧会だ。

(展覧会情報)

内藤正敏 異界出現
Naito Masatoshi: Another World Unveiled

会期:2018年5月12日-7月16日
会場:東京都写真美術館
開館時間:10:00~18:00(木金 20:00)
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月(7月16日は開館)
料金:一般 700円 / 学生 600円 / 中高生・65歳以上 500円
小学生以下無料

https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-3052.html

 

 

写真展レビュー
鋤田正義写真展「ただいま。」
@直方谷尾美術館

写真家の鋤田正義は、福岡県直方市古町で生まれ、幼少時代を同地で過ごしている。今年80歳を迎えるにあたり、本人の強い希望に地元の有志が賛同して直方谷尾美術館美術館での「ただいま。」展が実現した。

直方谷尾美術館

写真展実行委員会のウェブサイトには”この写真展は営利が目的の商業的なものではなく、「生まれ故郷で写真展をしたい」という氏の個人的な思いと、氏の成功体験をモデルケースに夢の実現を青少年に身近に感じ取ってもらいたいという地域の強い意思によって企画されたものです”。また”鋤田氏の存在を地元の人にもっと知ってもらいたい!”、”鋤田氏の生き方を通して、特に若い人には「夢を諦めない」「諦めない行動が夢を現実にしてくれる」ことを感じ取ってもらいたい!”と開催趣旨が記述されている。

本展は単に写真家の過去の一連の作品を見せるのではない、明確な開催意図がある回顧展なのだ。
鋤田がまだ学生だった1956年ごろに直方市周辺で撮影された、静物、ポートレート、風景、スナップ、自画像から、デヴィッド・ボウイ、マーク・ボラン、イギーポップ、YMOなどの代表的なミュージシャンのポートレート、広告・ファッション写真、ライフワークの風景のパーソナル・ワークなどの作品群がカテゴリーごとに分けられて展示されている。

直方谷尾美術館

なお展示のディレクションは、これも直方市出身の画家上川伸氏が担当したとのことだ。美術館の別スペースでは同氏の絵画も展示されていた。

大小さまざまサイズの作品とともに、200㎝を超えるような超巨大な作品も散見される。総展示数は膨大で、すべてが新たに制作されたものではないと思われるが、かなりの作品制作費、輸送費、会場費などの開催コストがかかったと思われる。
本展は、鋤田をリスペクトする地元の人々の多大な人的協力と、プロジェクトに共感した人々からの寄付型のクラウドファンディングで実現したという。作品の設営も実行委員会の人たちが協力して行ったという手作り感が溢れる写真展になっている。
額装とパネル貼りによる作品展示は、すべてが美術館レベルのオリジナル・プリントのクオリティーとは呼べないかもしれない。しかし高い壁面を有効に利用した様々なサイズの作品の取り合わせによるカテゴリー別の作品配置は一瞬雑然としていると感じないではないが、微妙にバランスが保たれていて違和感はない。
また会場全体で見ると、それぞれの壁面が見事にコーディネートされている。画家の上川氏は、写真による大きな会場の空間構成を行う高い能力を持っているのだろう。東京などでみられる、アート・ディレクターがデザインしてレイアウトされた会場とは一線を画している。それらは時に写真家よりも、デザイナーの意図が優先され、隙のない展示自体が目的化している。広告やファッション系の写真家の写真展でよく見られる展示だ。

また本展は鋤田正義本人の地元への思いが感じられる会場空間になっている。まず作品展示は直方で撮影された高校時代の写真から始まる。この導入部分で地元の人たちは鋤田の写真に親近感やリアリティーを感じるだろう。そして広告・ファッションの最前線で活躍したときの作品、世界的なミュージシャンのポートレート、パーソナルワークが並ぶ。

直方市は大相撲で活躍した魁皇の出身地。駅前には銅像が建っている。同展をきっかけに、地元の人たちはアート・文化界でも高い功績をあげた写真家の存在を知り誇りに思うだろう。また開催趣旨である、地元の青少年に将来の夢を与える構成になっているのだ。
主催者と写真家の、来場者へのメッセージと思いが会場全体に見事に反映されている。鋤田・上川両氏と実行員会は事前に相当話し合ったのではないか。

東京にいる鋤田ファンはぜひ東京に巡回してほしいと願うだろう。しかし本展は大都市に巡回することを意識して企画されたわけではない。写真家の地元の直方市で開催され、地元の人たちに見てもらうことを意図しているのだ。鋤田本人が九州各地の巡回を希望しているのは、その開催趣旨によるところだろう。

同展は直方谷尾美術館の観客動員数の記録を更新する勢いだという。私が訪れたのは雨が降る肌寒い平日だった。地元のアーケードは閑散としていたのだが、美術館内は地元の人で一杯だった。鋤田、主催者、観客とのコミュニケーションが間違いなく成立していると感じた。

会期は5月20日まで。直方市は博多、小倉から電車で約1時間くらい。お土産は名物の成金饅頭がおススメだ。

(開催情報)

鋤田正義写真展「ただいま。」
直方谷尾美術館
4月3日(火)~5月20日(日)※毎週月曜日休館
一般400円(240円)、高大生200円(120円)、中学生以下無料

http://www.sukita.photo/

ソール・ライター
見立ての積み重ねで評価された写真家(2)

・未発表ヌード/ポートレート作品が写真集化
前回、ソウル・ライターが50年代後半~80年代初めまでの期間に生活の糧としていたファッション写真との関わりについて触れた。
一方で彼のパーソナル・ワークは、ニューヨーク市の自宅周辺のストリートで撮影されたカラーのスナップが有名だ。自由に表現できない仕事の写真による精神的ストレスを解消する意味合いが強かったのだろう。当時は写真、特にカラー写真は広告写真用で、ファイン・アートではないと考えられていた。彼は、21世紀になってそれらのカラー写真のアート性が絶賛されるとは全く考えていなかっただろう。
しかしライターのパーソナル・ワークはほかにもあったのだ。ファッション写真家として活躍する以前の1940年代後半から、彼は親しい女性たちのヌードとポートレートも撮影していた。彼の死後、数千点にも及ぶ女性のヌードとポートレート写真がアパートから発見された。また90年代に制作されたアクリル絵の具で着色されたヌード作品も約数百点見つかったという。

今回刊行された”WOMEN ソール・ライター写真集”は、1960年代後半までの20年間に撮影された女性ヌード作品約90点と、着色写真の”Painted Nude”作品6点が収録されている。

“Woman Saul Leiter”(SPACE SHOWER BOOKS, 2018年刊)

被写体は、2002年まで約50年近く人生を共にしたパートナーでファッション写真でモデルも務めたのソームズ・パントリーや妹のデボラ、また親しい友人たち。ほとんどの写真は自らのニューヨーク・イーストヴィレッジの自宅アトリエで撮影されている。70年代に編集者ヘンリー・ウルフによる写真集化の企画があったが実現しなかったそうだ。
本書収録作品の一部は”ソール・ライターのすべて”(2017年、青幻舎刊)にも収録されている。こちらの本には、珍しいカラーのヌード作品”Lanesville, 1958″(Page 200)も収録。また作品タイトルに、バーバラ、イネス、キム、ドッティ、ジェイ、リン、フェイ、マリアンヌ、ジーン・ピアソンなどの女性の名前が記されている。

カルチェ=ブレッソンは、写真はスケッチ・ブックのようで、絵画は瞑想のようなもの、と語っていたという。ライターにとって、今回のヌード・ポートレートも絵画のための下絵のスケッチ的な意味合いが強かったのだろう。一部の写真は文字通り下絵となり、経済的に苦しかった90年代に着色されて新たな作品として蘇っている。彼にとってヌード・ポートレート作品は、カラーとモノクロのファッションやストリートなどの写真、絵画作品、スケッチなどと全く同等の表現だったのではないだろうか。彼の作品はカテゴリー分けするのではなく、すべてを織り交ぜて提示するのが一番適切だと思う。そのようなライターの世界観を提示する見せ方は”Saul Leiter:Retrospektive”(KEHRER、2012年刊)が最も的確に行っていると考える。

“Saul Leiter:Retrospektive”(KEHRER、2012年刊)

今回のヌード・ポートレートの写真集には新たな発見があった。それらには女性フォルムの探求を目指すような強い創作意図が感じられず、非常にカジュアルな雰囲気で撮影されている。結果的に、女性のファッション、ヘアスタイル、メイク、インテリアの背景などから、撮影された1940から1960年代の時代の気分と雰囲気がとても色濃く伝わってくるのだ。広義のアートとしてのファッション写真に当てはまるといえるだろう。それらは、光の使い方、構図、被写体との関係性など、ルネ・グローブリの”The Eye of Love”(1954年)を思い起こす人が多いだろう。またテーマ性が異なるが、撮影アプローチはトミオ・セイケの”ポートレート・オブ・ゾイ”(1994年)に近い作品もある。
今後、ライターの時代性を切り取った広義のファッション系作品にフォーカスした展覧会や写真集を企画するときは、ストリート作品はもちろんだが、ヌード・ポートレート作品もその一部として提示されるべきだろう。

次回は”日本のアート写真の新価値基準”とのかかわりを見てみたい。

(3)に続く

ソール・ライター
見立ての積み重ねで評価された写真家(1)

“SAUL LEITER Early Color”Steidl, 2006

ソール・ライター (1923-2013)は、83歳の時にシュタイデル社から刊行された“SAUL LEITER Early Color”(2006年刊)がきっかけで再評価された米国人写真家。2013年11月に亡くなっているのだが、ここにきて再び注目を集めている。
昨年春に渋谷Bunkamura ザ・ミュージアムにて開催された「ニューヨークが生んだ伝説 写真家ソール・ライター展」は、総入場者数8万3000人を超え、図録の“ソール・ライターのすべて”(2017年、青幻舎刊)は異例のベストセラーになったという。
その写真展が2018年4月から伊丹市美術館に巡回、また今月には彼の女性ヌード作品を紹介する“ソール・ライター写真集 WOMEN”も刊行された。シュタイデル社からも同様のヌード写真を集めた“In My Room”が刊行予定だ。ニューヨークでは限定250部の豪華本“The Ballad of Soames Bantry” (Lumiere Press/Howard Greenberg Gallery刊)が刊行され話題になった。

私どもは日本独自のアート写真の価値基準として限界芸術の写真版のクール・ポップ写真を提唱している。その定義はかなり複雑なのでここでは触れない。興味ある人はぜひ過去のブログで”日本のアート写真の新価値基準”を読んでみてほしい。
実は海外の20世紀写真家のなかに、長年作品制作を続けた結果、複数の人に見立てられて最終的に作家性が認められた、いわゆるクール・ポップ的な人がいたことに注目している。ソール・ライターもその写真家に含まれるのではないかと考えている。

“All about Saul leiter” 青幻舎, 2017

“ソール・ライターのすべて”(2017年、青幻舎刊)の195ページにマックス・コズロフ(美術史家、評論家)のライターへの発言が引用されている。「マックス・コズロフが、ある日私にこう言った。『あなたはいわゆる写真家ではない。写真は撮っているが、自分自身の目的のために撮っているだけで、その目的はほかの写真家たちと同じものではない』彼の言葉が何を意味するかはちゃんと理解できたかどうかは分からないが、彼の言い方は好きだ」また、「仕事の価値を認めて欲しくなかった訳ではないが、私は有名になる欲求に一度も屈したことがない」(211ページ)とも語っている。また別のインタビューでは「無視されることは、大きな特権です」とも語っている。

今回は、彼のファッション写真とヌード写真を通して彼のキャリアを振り返り、彼の作品創作の背景と、どのように彼のアート性が見立てられたのかを探求してみたい。

・ファッション写真でのアート性の追求
私はアートとしてのファッション写真を専門にしている。ファッション写真は、長い間作り物のイメージであることからアート性が低いとされていた。本格的に美術館で展示され、ギャラリーやオークションで取り扱われるようになったのは1990年代になってからだ。それ以前のファッション写真家は2種類に分けられる。仕事と割り切っクライエントが求める服の情報を伝えるヴィジュアルを制作し続けた人。そして、ファッション写真の延長線上にアート性追及の可能性があると信じて、数ある制約の中で独自の表現に挑戦した人だ。いま市場でアート性が再評価されているのは後者の人たちだ。
しかし実際のファッション写真の現場は、クライエントやエディターからの強い要求があり、写真家の自由裁量の余地はあまり大きくなかった。その状況でできる限り自分の創造性を発揮しようとしてきたのが、ギイ・ブルダン、ブライアン・ダフィー、ポール・ヒメル、ルイス・ファーなどだ。
ソウル・ライターもその中に入ると考えている。以前も紹介したが、彼はファッション写真について「私が行った仕事を否定する気はないが、ファッション写真家としてだけ記憶されるのは本意ではない」と語っている。また「仕事で撮影した写真が結果的にファッション写真というよりも、それ以上の何かを表現する写真に見えることを望んでいる」と語っている。
彼は1958年の高級ファッション誌“ハーパース・バザー”の仕事をかわきりに、80年代まで、“ELLE”、“Queen”、“ヴォーグ英国版”、“Nova”、“Snow”などでも仕事を行っている。彼のキャリアの特徴は、写真家として活躍していた時期も常に画家として創作を継続してきたこと。画家を目指していて、結局写真家になる例は多いが、ライターは写真と絵画の両分野で表現を行っていたのだ。彼のファッションやストリートの写真の特徴の、大胆な構図、叙情的・絵画的な色遣いなは、画家の視点があったからこそ表現できたのだ。
キュレーターのジェーン・リビングストンは、“The New York School”(1992年刊)で、ライターのカラー作品は、いままでの他のファッション写真と比べても唯一無二だ、と指摘している。

しかし、彼は1981年に商業用スタジオを閉鎖してしまう。年齢的にはちょうど60歳手前なので引退を考えた可能性はある。もしかしたら、彼のあこがれるアンリ・カルチェ=ブレッソンのように、キャリア後期は絵画制作に費やそうと考えたのかもしれない。しかし当時の状況を鑑みるに、たぶん彼もファッション写真でのアート性追求に限界を感じた面もあったのだろう。実際のところ、90年以前に活躍した多くのファッション写真家はその将来の可能性に失望して、業界を去るか、他分野の創作に取り組むようになる。ここからは私の一方的な想像なのだが、ライターは他の多くの写真家のように絶望したり自暴自棄に陥ることはなかったのではないか。絶望は未来の希望がかなわないという精神状態だ。ライターの関係資料には、彼が禅的な思想をもって生きていたと書かれている。それは、彼は未来のために現在を生きるのではなく、今という時間に生きようと考えたことを意味する。キリスト教などは未来に生きる宗教だ。時間は過去、現在、未来と継続していて、将来に天国に行くことを目指して現在を生きる面がある。多分、ライターはそのような考え方に違和感を感じて、親の希望した宗教指導者の道に反して画家を目指したのだろう。彼は親の意思に反して生きることを決めた時期から、未来のためではなく、今という時間を集中して生きようと考えたと推測できる。彼はファッション写真のアート性追求に限界を感じても腐ることなく、また未来に期待することなく、今という時間に写真以外のアート表現を続けたのだ。また作品制作は精神を安定させる一種の瞑想のような行為だったのかもしれない。

(2)につづく

2018年春のNYアート写真シーズン到来!
最新オークション・レビュー

アート相場に影響を与える株価は年初から乱高下が続いている。NYダウは1月に終値ベースの最高値26,616.71ドルを付けた後に、2月発表の雇用統計により短期金利の早期利上げ懸念が浮上して大きく調整。ボォラティリティーが急上昇し、景気拡大、低インフレ、低金利が続く適温相場が変調の兆しを見せ始めた。その後、オークションが行われた4月上旬は24,000ドル台で推移している。米中通商問題、ネット情報保護の問題、シリア情勢、北朝鮮動向などの中期的な不安定要因が横たわるものの、経済実態は拡大基調であることから、短期的にはしばらくはレンジ内相場が続く感じだ。オークション開催時のアート相場への株価の影響はほぼニュートラルといえるだろう。

4月5日から8日にかけて、大手3社が単独コレクションと複数委託者による5つのオークションを開催。クリスティーズは、4月6日に“Photographs”と“The Yamakawa Collection of Twentieth Century Photographs”、
フィリップスは、4月9日に“Photographs & The Enduring Image: The Collection of Dr. Saul Unter”
ササビーズは、4月10日に“A Beautiful Life: Photographs from the Collection of Leland Hirsch”と“Photographs”が行われた。クリスティーズの“MoMA: Walker Evans”オンラインオークションを加えると、今春はトータルで772点が出品。ちなみに昨年春741点、昨年秋は874点だった。

今回の平均落札率は73.5%で、昨年秋の69.9%から改善。ほぼ昨年春の73.8%と同じレベルだった。しかし総売り上げは減少して約1535.5万ドル(約16.9億円だった。昨春比マイナス約14.7%、昨秋比マイナス約19.7%だった。
内訳をみると、ササビーズが昨秋比約76%増加し、クリスティーズが約45%減、フィリップスも約24%減。過去10回の売り上げの平均値と比較すると、リーマンショック後の低迷から2013年春~2014年春にかけて一時回復するものの、再び2016年までずっと低迷していた。2017年春、秋はやっと回復傾向を見せてきたが、今春に再び下回ってしまった。(*チャートを参照)

中長期的な経済の先行きに不安定要素が多いことが心理的に影響を与えたのだろう。もしかしたら現在の売れ上げレベルは、リーマンショックからの回復過程というよりも、市場規模のニューノーマルなのかもしれない。

PHILLIPS NY “Photographs”Peter Beard “Heart Attack City,1972”

今シーズンの高額落札を見ておこう。
1位はクリスティーズ“The Yamakawa Collection of Twentieth Century Photographs”のダイアン・アーバスによる、アート史上重要な10枚のポートフォリオ・セット“A box of ten photographs”。落札予想価格50万~70万ドルのところ約79.25万ドル(約8198万円)で落札。
2位はフィリップの複数委託者オークションのピーター・ベアードのマリリン・モンローがフィーチャーされた“Heart Attack City,1972”。落札予想価格50万~70万ドルのところ約60.3万ドル(約6633万円)で落札されている。
3位はクリスティーズの“Photographs”のリチャード・アヴェドンの代表作“Dovima with Elephants, Evening Dress by Dior, Cirque d’Hiver, Paris, 1955”の大判作品。落札予想価格30万~50万ドルのところ約45.65万ドル(約5021万円)で落札。ササビーズでも同じ作品が出品されたが、そちらは約37.5万ドル(約4125万円)で落札。プリントの制作年が古いほうが高額で落札された。
4位はフィリップ複数委託者オークションに出品されたオーストリア人写真家ルドルフ・コピッツによる“Bewegungsstudie Movement Study).1924”(動作研究)。落札予想価格20万~30万ドルのところ約39.9万ドル(約4389万円)だった。

あいかわらず貴重な美術館級のヴィンテージ作品やエディション数が少ない現代アート系アーティストの代表的作品に対する需要は順調だ。一方で、骨董品的価値しかない19世紀写真や、現代アート系でもブランドが確立していないアーティストの作品への需要は低調だ。またフィリップスに出品されたエドワード・スタイケンの“Gloria Swanson, New  York,1924”などの有名ヴィンテージ作も不落札だった。貴重作の評価はどうしても高く売りたい売り手の希望に左右されることになりがち。流通するプリントが複数あるような作品の場合、買い手は慎重で、落札予想価格が過大だと評価されがちになる。
5万ドルを超える価格帯では、アイコン的ではないエディション数が多い作品に対してはコレクターが慎重になりつつあるようだ。人気写真家の作品でも、強気の最低落札価格を設定している出品作は苦戦していた。ロバート・フランクでも、超有名作の“New Orleans(Trolley)” や“Hoboken(Parade, New jersey)”などは10~20万ドルで落札されるのだが、”アメリカン人”収録作品でもイメージのわりに相場が高いの作品、また70年代に制作された作品には不落札が多くみられた。

ファッション写真はドキュメント系より人気が高く出品数が多い。しかしアーヴィング・ペンでも、6万ドル以上の高価格帯では、キャリア後期作品などは不落札が目立った。ササビーズでは、ヴォーグ誌の1949円11月号の表紙を飾った“VOGUE CHRISTMAS COVER (NEW YORK)”が出品されるが、6~9万ドルの落札価格のところ不落札。ピカソのポートレート作品“PICASSO (B) CANNES”も7~10万ドルの落札価格のところ不落札だった。ファッションやポート-レート系の高額価格帯のペン作品の相場見直しはこれからも続きそうな気配だ。
同様の例は、リリアン・バスマン、ピーターリンドバークでも見られた。特に大判サイズで落札予想価格が高いものは、不落札が目立った。

いま市場には先高観があまりなく、特にいま無理して買わなくてもよいという雰囲気を感じる。中低価格帯では、あいかわらず人気、不人気作品の2極化が進んでいる。いくら写真史で有名な写真家で来歴が良くても、有名でない絵柄の人気が低い。よく20世紀写真を集めるコレクターが減少し、新しいコレクターはよりインテリアでの見栄えを重視して作品を選んでいると言われている。オークション動向がそのようなコレクターの傾向と合致する場合が多くなってきた。今まで以上に、写真は一つの独立したカテゴリーではなく、数多くあるアート表現の一部だと理解しなければならなくなってきたようだ。
(為替レート 1ドル/110円で換算)