日本の写真オークション最前線
「BLOOM NOW」
@SBIアートオークション

欧米では写真はファインアートのひとつの表現方法として定着している。ギャラリーのプライマリーとともに、オークションのセカンダリー市場も大きな取り扱い規模を誇る。
2024年、私どもは欧米市場で開催された約60の写真関連オークションをフォローした。トータルで7663点が出品され、5313点が落札。不落札率は約30.67%だった。ドル、ポンド、ユーロでの落札なので、円換算して総売り上げを集計すると約126.3億円。2024年は円安が大きく進んだので円建ての数字はかなり増加した。

SBIアートオークションで開催された「BLOOM NOW」のカタログ

翻って日本では、残念ながら現在では写真専門のオークションは開催されていない。実は2006年~2007年にかけて、東京オークション・ハウス・アール・ローカスで写真専門のオークションが開催されていた。主に海外の有名写真家の作品を取り扱うライブ・オークションだった。しかし、開催回数が増えるに従い、作品の落札予想価格が、海外相場より高めに設定されるようになった。たぶん委託者の購入価格以上での売却希望が反映されたことによったと思われる。すでにインターネットは普及していたので、コレクターの大半を占める海外からの入札が入りにくい状況だった。同オークションは、日本で写真コレクションの浸透と拡大目指した意欲的な試みだったが、景気の低迷と落札率の低迷で撤退を余儀なくされた。

東京オークション・ハウス・アール・ローカス

その後、大手のシンワ・アート・オークション、アイアート・オークション、SBIアートオークションが20世紀、21世紀アート・カテゴリーの一部で写真作品を取り扱ってきた。しかし、国際的に人気の高い外国人写真家は少なく、ほとんどが荒木経惟、森山大道、杉本博司、植田正治、森村泰昌などの作品だった。

ところが今年の3月8日にSBIアートオークションで開催された「BLOOM NOW」では、久しぶりに世界的アーティストたちの写真作品が出品されて注目された。これは世界中のコレクターが注目する「アートフェア東京」の開催時期に合わせて、同じ東京国際フォーラムで毎年行われる同社が一番力を入れているオークションになる。カタログには、「日本のマーケットでは流通量が少ない国際的なブルーチップアーティストの作品等を含む、およそ90点の魅力ある作品を皆さまにお届けします」と紹介文が掲載されている。

写真関連では、杉本博司、ウォルフガング・ティルマンス、テリー・オニール、リチャード・アヴェドン、アンドレアス・グルスキー、ゲルハルト・リヒター、JR、荒木経惟、今坂庸二郎の作品が出品された。いまの世界のアート市場は、政治経済などの外部環境の不透明さから、様子見気分が強い。本オークションでも特に落札予想価格の上限を超えるような勢いはなかった。しかし、ほとんどの作品が落札予想価格の範囲内で落札された。一般的に日本での写真作品の落札率は低いので、関係者は胸をなでおろしたことだろう。

Andreas Grusky, “Em Arena II, Amsterdam, 2000”, SBI Art Auction Tokyo, “Bloom Now”

落札結果だが、現代アート系では、アンドレアス・グルスキーの「Em Arena II, Amsterdam, 2000」が写真作品の最高額の落札だった。Chromogenic print mounted on plexiglas、イメージサイズ 229.7X161.8cm、エディション6の大判作品で、落札予想価格20,000,000~25,000,000円のところ、23,000,000円だった。
ゲルハルト・リヒターの「MV. 34, from Museum Visit, 2011」、Lacquer on colour photograph、イメージサイズ 10 X 15 cm作品は、落札予想価格7,000,000~14,000,000円のところ、8,050,000円で落札、
杉本博司の「Mediterranean Sea, Cassis, 1989」、Gelatin Silver print、イメージサイズ 42.3X54.2cm、エディション25作品は、落札予想価格1,800,000~2,800,000円のところ、4,140,000円で落札された。
20世紀写真では、リチャード・アヴェドンのアイコニックな「Nastassja Kinski and the Serpent, Los Angels, California, June 14, 1981」は、残念ながら不落札だった。これも超有名作のテリー・オニールの「Brigitte Bardot, Spain, 1971」、イメージサイズ 35.9X54.7cm、作家とバルドーのサイン入り、エディション50 作品は、落札予想価格1,200,000~1,800,000円のところ、1,380,000円で落札された。

Terry O’Neill, “Brigitte Bardot, Spain, 1971”

写真関連では、9点中8点が落札。開催日前の週からに為替市場が一転して円高傾向になり、外国人入札者にはやや不利な状況だったといえるだろう。オークションは複数の入札者が競り合うことで価格が上昇していく。そして写真コレクションの中心地は圧倒的に北米になる。今回のオークションは東京時間の13時スタート。欧州、英国のコレクターは早起きすれば参加可能だったが、写真コレクターが最も多い米国は深夜の時間帯になってしまう。写真に関して限定して考えると、北米を意識したオークション開始時間を検討してもよいかもしれない。

どちらにしても、日本ではSBIアートオークション以外は、あまり高額で売れない写真の取り扱いに積極的ではない。しかし、バブル時代から20世紀後半にかけて、海外の優れた写真作品が大量に日本で輸入販売されてきたのだ。21世紀に入り25年が経過した。これらをコレクションした人たちはかなり高齢になり、コレクションの整理を検討しだす時期だと予想される。今後は外国人コレクターが好むような優れた世界基準の写真作品のオークション出品は増えていくのではないか? 日本での今後の写真関連オークション市場の拡大に期待したい。

(落札価格は手数料込)

シンディ・シャーマンのキャリア初期作品
オークション高額落札の背景を考察する

「Untitled #94, 1981」 Christie’s NY、”Post-War and Contemporary Art Day Sale”、2024-11-22

前回、2024年のオークション高額落札ランキングで上位を占めたリチャード・プリンスのカウボーイ・シリーズの市場人気の背景を考えてみた。
実はもう一人忘れてはいけない重要なアーティストがいる。2024年のランキングで「Untitled #94, 1981」が8位の$806,400.(約1.23億円)で落札された、米国人女性アーティストのシンディ・シャーマン(SHERMAN, Cindy)だ。写真関連作品オークション歴代高額落札でもベスト10に2作品が入っている。6位が「Untitled #96, 1981」で、2011年5月8日にクリスティーズ・ニューヨークで$3,890,500、そして7位が「Untitled #93, 1981」で、2014年5月14日サザビーズ・ニューヨークにおいて$3,861,000で落札されている。
この上記3点はいずれも80年代初頭に制作された「Centerfolds」(Untitled #85–#96)シリーズの約61X120cm サイズ、エディション10のカラー(color coupler print)作品となる。ちなみに2014年5月12日にクリスティーズ・ニューヨークで落札された、リチャード・プリンスのカウボーイ・シリーズの最高額落札「Untitled (Cowboy), 1998」は、$3,749,000.で、歴代9位なのだ。

「Untitled #96, 1981」 Christie’s NY、 2011-5-8

シンディ・シャーマンは1954年ニュージャージー生まれ。現代社会を取り巻くマス・メディアの状況に対応したピクチャーズ・ジェネレーション(リチャード・プリンス、ルイーズ・ローラー、シェリー・レヴィン、ロバート・ロンゴを含むグループ)の最も重要なアーティストの一人だ。彼女を有名にしたのが23歳のときに始め、1977年から1980年まで主に野外で制作されたモノクロ写真の「Untitled Film Still」(アンタイトルズ・フィルム・スチール)シリーズ。 スチール(still)とは、動画に対する語で、動きのない静止画のこと。これは仮想のスチール映画写真で、50年代のハリウッドやヨーロッパのB級映画のワンシーンを想像させる設定で、彼女がマリリン・モンローやソフィア・ローレンなどのような様々な出演女優そっくりに扮装して自らを撮影した8×10インチサイズのモノクロ写真シリーズ。B級映画に描かれている多様な女性のステレオタイプのアイデンティティを自分自身で演じることで表現、当時のアート界で高く評価された出世作だ。1995年にはニューヨーク近代美術館が「Untitled Film Still」シリーズのAP(アーティスト・プルーフ)を一括購入しており、その後は作品価格が上昇傾向をたどってきた。2014年11月12日のクリスティーズ・ニューヨークのオークションでは、8X10“インチサイズの本シリーズからの21点が$6,773,000で落札されている。

“Untitled Film Stills”, Christie’s NY, 2014-11-12

彼女の作品の市場での高い評価には時代背景が大きく関係しているので確認しておこう。1960年代後半から1970年代前半にかけて、女性解放運動が世界中で広まった。フェミニズムの意味をネットで調べると”政治的・経済的・個人的・社会的な面におけるジェンダーの平等を確立することを目指す一連の社会運動と思想のこと”と書かれている。いまの時代の女性には当たり前なのだが、実際のところ80年代までアメリカでも、フェミニズムは一部の女性たちのもので、公的な場で問題にすべきことではないという考えが強かったのだ。シンディ・シャーマンの作品が、まだ保守的な考えが残っていた時代の米国で生み出された点は押さえておきたい。

1980年代初頭、シャーマンは影響力のあるアートマガジン「Artforum(アートフォーラム)」掲載用に新作の制作を依頼される。彼女は横長フォーマットの、「プレイボーイ」のような男性向けエロティック雑誌のセンターフォールドを参考にした作品制作に取り組み、合計12枚の大型カラー写真(Untitled #85–#96)が「Centerfolds」シリーズとして制作される。前作の「Film Stills」シリーズとは異なり、この作品に映し出されているのは、男性視線を意識して用意されたセクシーで魅惑的な女性ではなく、感情的に曖昧な思春期の少女である。イメージをティーンエイジャーの生活でのスナップ写真のように作りこんでいる。シャーマン自身が、空想、憧れ、プライベートやメランコリックな心理的瞬間の若い女性を演じて、時に身体がリクライニングしているフォームで撮影されている。視点が定かでなく、ただ宙を見つめていて表情が読み取れない作品もある。通常は男性写真家が男性目線で女性を撮影するところ、ここでは女性が写真家とモデルのピンナップの両方の役割を担っている。フェミニズム的な要素を取り込んで、男性向けのセンターフォールド写真の要件を満たしたイメージを作り上げるという手が込んだ仕掛けのある作品なのだ。

「Untitled #93, 1981」 Sotheby’s NY, 2014-5-14

本シリーズの写真にはヌードや明らかに性的なものはない。シャーマンは、エロティシズムを直接的感じないイメージをあえて提示し、そのなかに見る側が反応する様々な構成要素を確信犯で仕込んでいる。色彩、光、トリミング、空間、アイコンタクト(またはその欠如)、服装、髪型、姿勢、背景の細部などだ。そして期待と違うようなイメージを見せることで、伝統的な淫らでエロティックな想像や衝動を持つようなセンターフォールドの見方への誘いを中断させ、代わりに、描かれた女性の内面を熟考するよう見る者を誘うのだ。作品の様々な要素を見る側に読み解かせることで、メディアにおける女性の描かれ方を批評。また同時にそれがいかに現代社会でのジェンダーの前提、女性への期待、女性らしさの認識が作られてきたかを明らかにしている。私たちが無意識のうちの持つ、これらの前提や思い込みに疑問を投げかけながら、アート作品での提示を通して、見る側に気付かせようとしているのだ。

本作では、彼女自身がモデルで、演技をし、演出をして、写真家として撮影している。彼女はその役割に最大限の注意を払いながら、さまざまな装いを練り上げ、それぞれの写真作品を作り上げていく。スタジオセットを設営し、衣装を制作し、照明をデザインし、そして最終的には、アシスタントを使うことなく、孤独な世界で、完全に一人で写真作品を完成さている。作品制作のあらゆる側面をコントロールすることで、写真が「真実」のメディアであるという思い込みに挑戦しているともいえる。今では写真はパーソナルな表現であることは当たり前の認識だが、当時は写真が真実を提示するメディアであるような幻想がまだ残っていたのだ。

「MoMA One on One Series」 「Cindy Sherman Centerfold (Untitled #96) 」

作品を依頼したArtforum誌の編集者は、当時の社会状況から本シリーズが社会から誤解されるリスクが高いと感じ、雑誌への掲載を見送った。その後、1981年11月にニューヨークのメトロ・ピクチャーズ・ギャラリーで本シリーズが初公開された時、編集者の予想通りに様々な議論が巻き起きたとのことだ。ある批評家は、ソフトコア・ポルノのフェミニズム的パロディと評価、また女性を被害者として描き、見る側に同一視や興奮を誘うものだという批判もされたという。シャーマンは、逆にこの話題性豊富なシリーズによりアート界で大きく注目するようになり、特に「Untitled #96」は象徴的な作品となったのだ。実際、1997年にロサンゼルス現代美術館とシカゴ現代美術館が主催したシャーマンの主要な巡回展のカタログの表紙画像に選ばれている。また2021年にはニューヨーク近代美術館がアート市場で有名作品を特集して本形式で紹介する「MoMA One on One Series」で取り上げて「Cindy Sherman Centerfold (Untitled #96) 」を刊行させている。シャーマンのキャリア上では、「Centerfolds」シリーズは、映画での役割を演じるアーティストの初期の作品と、その後に彼女が取り組み続けてきた他の多くの複雑な主題との間の方向転換が行われた重要作品と見なすことができると評価されている。オークション市場での高額落札にはこのような背景が関係しているのだ。

1985年以降、シャーマンは恐怖を表現する作品を制作、扮装もマスクやシリコンを使うなどより大胆にグロテスクになり、映画から離れてジャンキー、フリークス、死体まであらゆるタイプの人物に変身していく。その後、「Fashion Series」、「Fairy Tales Series」、「History Portraits Series」、「Sex Pictures Series」、「Society Portraits Series」に取り組んでいく。彼女の一連の変身する写真はウォーホールらのポップ・アーティストの流れをついでいると考えられている。映画、広告、ポルノ、ファッション、歴史などを作品に取り込むことでマス・メディアが作り上げた女性に対する固定観念を自らの肉体と変身を通してアート作品化し、世の中に提示し続けているのだ。

リチャード・プリンスのカウボーイ・シリーズ
オークション高額落札の背景を考察する

2024年の写真関連オークション。最高落札額は、既報のようにリチャード・プリンス(1949 – )による1997年のカウボーイ作品だった。クリスティーズ・ロンドンで209.7万 ポンドで(ドル換算260万ドル強)で落札、プリンスのカウボーイ作品は2年連続の1位獲得となった。また2024年の2位と3位もプリンスのカウボーイ作品だった。

ちなみにこのシリーズの最高落札額は、2014年5月12日にクリスティーズ・ニューヨークで落札された「Untitled (Cowboy), 1998」の$3,749,000。プリンス作品の最高落札額は、同じく2014年5月12日にクリスティーズ・ニューヨークで落札された「Spiritual America, 1981」の$$3,973,000.となる。

いまでは「Cowboy(カウボーイ)」は、「Nurse paintings(ナース)」、「Girlfriends(ガールフレンド)」、 「Joke paintings(ジョーク)」と並んで、彼を代表する長寿の人気シリーズとなっている。本作はマルボロ・タバコの広告を複写して拡大したシリーズとなる。実際のところ、何でこのシリーズのコレクター人気がこれほど高いのか、多くの日本人のアート写真ファンは不思議に思っているだろう。今回は、高額落札の背景を検証してみよう。

Christie’s NY, Richard Prince「Untitled (Cowboy), 1998」

まずマルボロのキャンペーンについて確認しておく。カウボーイの「マルボロ・マン」キャンペーンは、1955年から1999年まで展開されたもの。世界で最も成功した広告手法のひとつといわれている。この広告戦略のおかげで、1972年に同社は世界ナンバーワンのタバコブランドとなり、以来その地位を維持している。今日、マルボロは世界中で230億ドルを稼ぎ出し、もちろん健康被害が知られているタバコ製品を販売している。

1970年代半ば、リチャード・プリンスは、タイムライフ・パブリケーションズ(現タイム社)に勤務し、毎日出版物に目を通していた。彼はアメリカ文化の原型をシンプルかつ喚起的に描いたマルボロの広告に創作の可能性を見出すのだ。プリンスは元の広告に微妙な変更を加え、画像を拡大して、文字部分を切り取った後、再び写真撮影した。
彼は広告作品を商業的な文脈から取り出し、自身の「Untitled (Cowboy) 」シリーズとして再ブランディングし、ギャラリーで紹介することにより「アート」作品に作り変えたのだ。

1980年代に発表された初期「カウボーイ」シリーズにより、プリンスはポストモダン表現として知られるアプロプリエーション・アートの代表的なアーティストの一人として評価されるようになる。
アプロプリエーション・アートとは、人間が作り出した視覚文化の表現を適切に採用、借用、再利用し、それらをサンプルとして利用して表現すること。プリンスはいまでは、「Untitled Film Stills」シリーズで知られるシンディ・シャーマンやジョン・バルデッサリらとともに、ピクチャーズ・ジェネレーションと呼ばれるアーティスト・グループの主要メンバーであり、アメリカのメディア文化を批判的に分析するアーティストだと知られるようになっている。

Christie’s London, Richard Prince「Untitled (Cowboy), 1997」

このマルボロ・マンの広告の複写である「カウボーイ」シリーズは、アメリカの白人男性の男らしさを理想化したものといわれている。ラルフ・ローレン・ブランドは象徴的なポロ用の小馬のイメージを使用してブランドを識別させ、関連付けているが、マルボロ・マンもそれと同様の戦略なのだ。プリンスのカウボーイたちは、ブーツにテンガロンハットをかぶり、ステレオタイプのカウボーイ像をイメージさせるあらゆる典型的な道具を身につけた男たちとして描かれている。広告の舞台はアメリカ西部で、サボテンや転がる草に挟まれた石の露頭がある乾燥した風景で、夕日が背景であったりする。マルボロの広告はディテールにまで細心の注意を払って演出されているのだ。

時代的な背景を見てみよう。20世紀になり、カウボーイは神話的なオール・アメリカン・ヒーローとなり、男らしさ、逆境への勝利、勇敢さの象徴として、ハリウッド映画や人気のコミック・ブックに登場するようになる。風景の美しさを背景にした孤独なカウボーイの大規模な映画的表現が、乗り越えられない困難にもかかわらず、たった一人でそれらに立ち向かう逞しい理想的なアメリカ白人男性の理想像を提示しているのだ。そしてこのイメージはマルボロ・タバコ会社によって、無骨で個性的なアメリカン・ヒーローの典型的な男性像はとし流布されるようになる。そのような理想像を支持しあこがれる男性はマルボロ・タバコを好むという広告戦力なのだ。

Christie’s NY, Richard Prince「Untitled (Silhouette Cowboy), 1998」

プリンスはこのような神話的なアメリカ西部のカウボーイなどの探求を続け、作品でこのステレオタイプの「馬に乗ったマッチョな男」という商業的描写が、本当に独創的でリアルであるかを私たちに問いかけているわけだ。
ニューヨーク・メトロポリタン美術館の写真学芸員であるマリア・モリス・ハンブルクは、「彼は 、メディアがいかに 現代の社会において絶対不可欠な存在であり、私たちの生活に徹底的に浸透しているかを、より早く非常に早熟な方法で理解したのです」と発言、またソロモン・R・グッゲンハイム美術館のナンシー・スペクターは、「プリンスが既存の写真を流用することは、決して単なるコピーではない。むしろ、イメージから一種の写真的無意識を抽出し、その意味と制作に関する抑圧された真実を前面に押し出している。」と評価している。(N. Spector, in Richard Prince: Spiritual America, exh. cat., Solomon R. Guggenheim Museum, New York, 2007, p. 26)。

また21世紀のアメリカでは、中間層が没落し、格差が拡大したことで、このような理想的なマッチョで強い自信にあふれた男性などは存在しないだろう。今はなきかつての古き良き時代の憧れの存在が作品で表現されているからこそ、多くの人がプリンスの「カウボーイ」シリーズに魅了されるのだと思われる。

このような過去を懐かしむメンタリティーは高額な作品が買えない一般人にも見られるようだ。人気はフォトブック市場にも波及している。2020年にプリンスのカウボーイ・シリーズを収録した「Richard Prince: Cowboy」( Prestel 刊)という分厚いフォトブックが刊行された。発売当時、アマゾンでは7,600円程度で購入できた。その後、瞬く間に完売してレアブックとなり、今では古書市場で最低でも500ドル(約7.5万円)もする高騰ぶりだ。

作品サイズも「カウボーイ」シリーズの魅力のひとつだ。1位作 (127 x 191.6cm.)、2位作 (123.5 x 185.5 cm.)、3位作 (121.6 x 182.8 cm.)の絵画同様の大判サイズで制作されている。またエディションが2点、アーティスト・プルーフ1点という希少性が極めて高い作品でもある。これも高額落札の背景にあるのだろう。
「ファインアート写真の見方」(玄光社刊)で分類したように、写真家の創作に対するアイデア/コンセプトが明快なファインアート分野の現代写真のうち、サイズが巨大で、エディションが少ない作品は「現代アート系」、サイズが従来の20世紀写真と同様でエディションが多めの作品は「21世紀写真」としている。

クリスティーズのオークションカタログの解説では2位の「Untitled (Cowboy)、1999」を取り上げ、カウボーイ・シリーズで展開されアメリカ西部の壮大なスケールのパノラマ的シーンは、トーマス・コールなどアメリカ風景画家のグループによる、19世紀中頃の美術運動ハドソン・リバー派の偉大な風景画を思い起こさせるとしている。作品中に存在するカウボーイを通して、圧倒的な自然の素晴らしさの中では人間は取るに足らない存在であることを伝えていると指摘している。自然を人間が支配するという西洋の合理主義的な発想に疑問符を投げかける、環境保護的な文脈での作品評価の可能性を示している。これは、3位作品の
「Untitled (Silhouette Cowboy), 1999」にも当てはまるだろう。

Christie’s NY, Richard Prince「Untitled (Cowboy), 1998」

アート市場の中心地はアメリカ市場である。どうもプリンスのカウボーイ人気は、彼の広告目的のメディアが作り出したステレオタイプのカウボーイ像に対する批判精神とともに、古き良き時代を象徴したそれらの懐かしいイメージが圧倒的に数が多い白人のアメリカ人男性コレクターの心に刺さるからのようだ。
またトランプ大統領が再選出されたように、中間層が没落して格差が拡大し、明るい未来像が描けなくなったような社会的背景、また環境問題への配慮の視点も影響しているのだと思われる。日本人には今一つ人気の背景がわかりにくいのも当然だろう。

2024年ファインアート写真・オークション落札ベスト3

1.リチャード・プリンス「Untitled (Cowboy), 1997」
クリスティーズ・ロンドン、“20th/21st Century: London Evening Sale”
2024年10月9日
£2,097,000 (約4.14億円)

2.リチャード・プリンス「Untitled (Cowboy), 1999」
クリスティーズ・ニューヨーク、“Christie’s 21st Century Evening Sale”
2024年11月21日
$1,865,000.(約2.84 億円)

3.リチャード・プリンス「Untitled ( Silhouette Cowboy), 1999」
クリスティーズ・ニューヨーク
“Post-War and Contemporary Art Day Sale”
2024年11月22日
$1,744,000.(約2.66億円)

(為替レート/ドル円152.58円、ポンド円197.70)
三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる2024年の平均TTS為替レート

2024年アート写真オークション高額落札
リチャード・プリンスのカウボーイ作品が上位を独占

まずはアート市場の中心地である米国の2024年経済を振り返ってみよう。実質GDP成長率は減速傾向だったものの景気基調は底堅く、インフレも緩やかに減速してきた。米国の中央銀行にあたるFRBは9月に利下げを開始、その後は景気への影響を確認しながら小幅利下げを続けるスタンスになった。経済のソフトランディングが視野に入ってきたといえよう。株式相場は、8月に景気減速懸念から一時大きく調整したがその後は持ち直し、年間を通して見れば堅調な相場展開となった。1月2日の始値から12月20日の終値までをみると、ナスダック総合株価指数は約31.5%、S&P500種株価指数は約24.9%、ダウ工業株30種平均は約14%上昇している。

一方で日本経済は、日銀が17年ぶりに利上げを決め、久しぶりに「金利のある世界」が戻ってきた。日経平均株価は一時史上最高値を更新し、ドル円為替相場は、一時1ドル=160円台を付けるなど歴史的な円安・ドル高水準となった、その後は円高に反転する場面もあり、振れ幅の大きな一年だった。日本経済は、内需を中心に緩やかに回復している感じだろう。2024年の年間平均TTS 為替レートは、対ドル152.58円、対ユーロ165.45円、対英ポンド197.70円(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)で、日本人コレクターにとっては2023年よりもさらに厳しい円安水準となった。

2024年の写真関連オークションは、最初の約9か月は低調な落札が続き、100万ドル越えはわずかに2件だった。しかし、10月、11月の秋のオークションでは、100万ドル越えの落札が相次いだ。最高落札額は、リチャード・プリンスによる1997年のカウボーイ作品だった。クリスティーズ・ロンドンで209.7万 ポンドで(ドル換算260万ドル強)で落札、プリンスのカウボーイ作品は2年連続の1位獲得となった。2024年の2位と3位もプリンスのカウボーイ作品だった。

4位はウィリアム・エグルストンの「Untitled, c.1971-1974」。飛行機の中でカクテルを飲んでいるところを撮影した代表作ロス・アラモス・シリーズ収録作。この写真は長らく見過ごされていて、約40年後に再発見され、初めて出版、展示されたのは2003年だったことが知られている。フレームサイズ60 x 44 in(約152 x 112 cm)、2012年制作のエディション1/2のピグメント・プリント、落札予想価格70~90万ドルのところ、手数料込み1,441,500ドル(約2.19億円)で落札。これは彼のオークション最高額落札記録。本作は、2012年3月12日にクリスティーズ・ニューヨークで開催された、デジタル写真の価値基準を大きく変えた「Photographic Masterworks by William Eggleston Sold to Benefit the Eggleston Artistic Trust」で購入された作品。当時の落札価格は386,500ドル、所有期間12年で大きな値上がりとなった。本作の出品は、写真のカテゴリーではなく、クリスティーズ・ニューヨーク行われた「21st Century Evening Sale」だった。エグルストンの大判サイズ写真が、現代アート表現の一部だと認識されている証拠だといえるだろう。
また2024年のオークションハウスの実績面では、上位10位のうちトップ8位までがクリスティーズが独占した。

2022年はマン・レイの「Le Violin d’Ingres, 1924」が、約1,240万ドル、エドワード・スタイケンの「The Flatiron, 1905」が約1,180万ドルという、写真としては異例の1000万ドル越えの超高額落札が2件あった。しかし、2023年に続いて2024年も、2022年の高額落札で歴史的な貴重作品の出品が続くという見通しが見事に裏切られた。2024年の最高落札額はほぼ2021年を下回るレベルだった。貴重な高額評価の作品を持つコレクターは経済や相場見通しに慎重で出品を控えたのだと思われる。

2024年オークション高額落札ランキング

1.リチャード・プリンス「Untitled (Cowboy), 1997」

Richard Prince, Christie’s London

クリスティーズ・ロンドン、
“20th/21st Century: London Evening Sale”
2024年10月9日
£2,097,000 (約4.14億円)

2.リチャード・プリンス「Untitled (Cowboy), 1999」

Richard Prince, Christie’s New York

クリスティーズ・ニューヨーク、
“Christie’s 21st Century Evening Sale”
2024年11月21日
$1,865,000.(約2.84 億円)

3.リチャード・プリンス「Untitled (Cowboy), 1999」

Richard Prince, Christie’s New York

クリスティーズ・ニューヨーク、
“Post-War and Contemporary Art Day Sale”
2024年11月22日
$1,744,000.(約2.66億円)

4.ウィリアム・エグルストン「Untitled, c1971\1974」

William Eggleston, Christie’s New York

クリスティーズ・ニューヨーク、
“Christie’s 21st Century Evening Sale”
2024年11月21日
$1,441,500.(約 2.19 億円)

5.ダイアン・アーバス
「Identical twins, (Cathleen and Colleen), Roselle, New Jersey, 1966」

Diane Arbus, Christie’s New York

クリスティーズ・ニューヨーク
“21st Century Evening Sale”
2024年5月14日
$1,197,000.(約1.82億円)

6.エドワード・ウェストン「Shell (Nautilus), 1927」

Edward Weston, Christie’s New York

クリスティーズ・ニューヨーク
“20th Century Evening Sale”
2024年5月16日
$1,071,000.(約1.64億円)

7.リチャード・アヴェドン
「Marilyn Monroe, Actress, New York City, 1957」

Richard Avedon, Christie’s New York

クリスティーズ・ニューヨーク
“21st Century Evening Sale”
2024年5月14日
$882,500.(約1.34億円)

8.シンディー・シャーマン「Untitled #94, 1981」

Cindy Sherman, Christie’s New York

クリスティーズ・ニューヨーク
“Post-War and Contemporary Art Day Sale”
2024年11月22日
$806,400.(約1.23億円)

9.アンドレアス・グルスキー「New York, Mercantile Exchange, 2000」

Andreas Grusky, Phillips London

フィリップス・ロンドン
“Modern and Contemporary Art Evening Sale”
2024年10月10日
£609,600 (約1.2億円)

10.アンセル・アダムス「Aspens, Northern New Mexico (Vertical), 1958」

Ansel Adams, Sotheby’s New York

サザビーズ・ニューヨーク
“Ansel Adams: A Legacy | Photographs from the Meredith Collection”
2024年10月16日
$720,000.(約1.09億円)

(為替レート/ドル円152.58円、ユーロ円165.45円、ポンド円197.70)
三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる2024年の平均TTS為替レート

2024年秋NY写真オークション・レヴュー
サザビーズのアンセル・アダムス・セールがホワイト・グローブ達成

2024年秋の大手業者によるニューヨーク定例アート写真オークション。今回は10月上旬から中旬にかけて、複数委託者、単独コレクションによるライブとオンラインの合計6件が開催された。

クリスティーズは、10月2日に“An Eye Towards the Real: Photographs from the Collection of Ambassador Trevor Traina”(132点)を、フィリップスは、10月9日に春に続く単独コレクションのセール“Photographs from the Martin Z. Margulies Foundation Part II”(122点)と、複数委託者による“Photographs”(205点)を、サザビーズは、10月16日に“Ansel Adams: A Legacy | Photographs from the Meredith Collection(Online)”(96点)、10月17日に複数委託者による“Photographs(Online)”(122点)、10月18日に“The World of Eugène Atget: Photographs from The Museum of Modern Art(Online)”(60点)を開催した。

さてオークション結果だが、3社合計で737点が出品され、557点が落札。全体の落札率は約75.6%と春の約73.5%よりも若干改善した。ちなみに2024年春は出品776点で落札率73.5%、2023年秋は出品668点で落札率70.4%だった。
総売り上げは約1466万ドル(約22億円)、今春の約1159万ドル、昨秋の約903万ドルより増加している。
落札作品1点の平均落札金額は約26,328ドルで、今春の約20,600ドル、昨秋の約19,217ドルより増加している。過去10回のオークションの落札額平均と比較したグラフを見ても、7期ぶりに増加に転じている。

業者別では、売り上げ1位は久しぶりに約684万ドルを達成したサザビーズ(落札率82%)、2位は約456万ドルのフィリップス(落札率68%)、3位は約325万ドルでクリスティーズ(落札率80%)という結果だった。年間ベースでドルの売上を見比べると、2024年ニューヨーク・セールの年間売り上げは約2626万ドル(落札率約74.5%)だった。ちなみに2023年は約1865万ドル(落札率約73.7%)、2022年は約2029万ドル(落札率67.4%)だった。
後で詳しく触れるが、これらの好調な結果はすべてサザビーズで開催された珠玉のアンセル・アダムス作品セールの影響によるものだ。同セール単体で96点が完売、約456万ドルを売り上げている。これがなければ、総売り上げ、落札率、平均落札金額ともに、ほぼ最近のトレンドに沿った結果となる。

今シーズンの目玉は前述したサザビーズで開催されたアンセル・アダムスの単独セールだった。
「Ansel Adams: A Legacy, Photographs from the Meredith Collection」と銘打って開催されたセールは、オークションに出品されるアンセル・アダムス写真コレクションとしては、最も重要なもののひとつであるとの前評判だった。同コレクションは、アンセル・アダムス本人が選び、後にフレンズ・オブ・フォトグラフィーに贈られた写真で構成されている。フレンズ・オブ・フォトグラフィーは、写真というメディアへの情熱を追求する写真家の多くの世代にインスピレーションを与えた非営利団体。そこには、1960年代初期のプリントから大判の壁画サイズの1970年代のプリントまで、珠玉の美しい作品が含まれている。象徴的な「Moonrise, Hernandez, New Mexico」、ドラマチックなヨセミテ渓谷の景色、そして非常に貴重な太平洋岸のサーフ・シークエンスなど、アンセル・アダムスの最も愛されている写真を包括的に概観するコレクションになっている。
出品点数は96点、すべてが落札される業界用語のホワイト・グローブを達成。総売り上げは約456万ドル、1点の平均落札額47,580ドルだった。そして高額落札の上位3位までが同オークションに出品されたアンセル・アダムス作品だった。

アンセル・アダムスに続いた高額落札4位は、クリスティーズは、10月2日に“An Eye Towards the Real: Photographs from the Collection of Ambassador Trevor Traina”に出品されたアンドレアス・グルスキー作品の$352,800、高額落札第5位は、フリップス“Photographs”に出品されたアルフレッド・スティーグリッツ作品の$304,800だった。

Sotheby’s NY, “Ansel Adams: A Legacy | Photographs from the Meredith Collection(Online)”

1.Ansel Adams, “Aspens, Northern New Mexico (Vertical), 1958”
Sotheby’s NY, lot63
mural-sized gelatin silver print
image: 33⅜ by 26⅜ in. (84.8 by 67 cm.)
Executed in 1958, probably printed in the 1970s.
落札予想価格 $150,000~250,000 .-
$720,000(約1.08億円)

Sotheby’s NY, “Ansel Adams: A Legacy | Photographs from the Meredith Collection(Online)”

2.Ansel Adams, “Surf Sequence, San Mateo County Coast, California, 1940”Sotheby’s NY, lot19
5 gelatin silver prints(5点セット)
images approximately 11 by 13 in. (27.9 by 33 cm.)
Executed in 1940, printed between 1981 and 1982.
落札予想価格 $200,000~300,000 .-
$576,000 (約8640万円)

Sotheby’s NY, “Ansel Adams: A Legacy | Photographs from the Meredith Collection(Online)”

3.Ansel Adams, “Moon and Half Dome, Yosemite National Park, California, 1960”
Sotheby’s NY, lot15
mural-sized gelatin silver print
image: 29¼ by 26 in. (74.3 by 66 cm.)
Executed in 1960, probably printed in the 1960s.
落札予想価格 $100,000~200,000.-
$384,000 (約5760万円)

Christie’s NY, “An Eye Towards the Real: Photographs from the Collection of Ambassador Trevor Traina”

4.Andreas Gursky, “Dortmund, 2009”
Christie’s NY, lot77
chromogenic print
image: 113 ½ x 80 in. (288.2 x 203.2 cm.)、edition 2/4
落札予想価格 $300,000~500,000 .-
$352,800 (約5292万円)

Phillips NY, “Photographs”

5.Alfred Stieglitz, “From the Back Window–291–Snow Covered Tree, Back-Yard, 1915”
Phillips NY, lot282
Platinum print
9 5/8 x 7 5/8 in. (24.4 x 19.4 cm)
落札予想価格 $250,000~350,000.-
$304,800 (約4572万円)

米国の中央銀行に当たるFRBは9月に0.5%の利下げを決断した。一方、先行きに関しては経済活動は案外腰が強く、大幅利下げの予想が少なくなっている。今後の利下げ幅の判断に関しては経済指標次第という曖昧さが残る状況だ。また来年には新大統領が就任することから、米国政治・経済を巡る先行きの不透明感は強い。そのような外部環境では、高額価格帯市場では今回のアンセル・アダムス・セールのように資産価値が確かな作品に人気が集中し、若手新人のコレクションは様子見するような状況がしばらくは続きそうだ。一方で、中低価格帯市場で価値ある作品を狙っている買い手には有利な状況だともいえるだろう。外部環境の不透明さが解消されてくると市場が活性化するのではないだろうか。しかし日本のコレクターは、いまだに続いている円安により、積極的購入には動き難くい状況だと思われる。

(1ドル/150 円で換算)

20世紀写真の高額落札が相次ぐ
ニューヨーク 20/21世紀/
現代アート系オークション

2024年春のニューヨーク・アート写真オークション・レポートでも触れたが、最近は写真で表現された作品と、絵画などのアート作品との区分けがあいまいになってきている。20世紀には写真作品は全く独立した分野で、他のアート・カテゴリーに出品されることはなかった。21世紀になり、写真がデジタル化して、かつては高い技術と経験が求められた写真表現の民主化が進行、写真家以外のアーティストも、カメラを使用するようになる。また現代アートが市場を席捲したことと相まって、写真はアートにおける一つの表現方法だと理解されるようになる。
そして2020年代になり、写真を含むアート作品は、希少性と市場価値がどこのオークションカテゴリーに出品されるかを大きく左右するようになった。今春のニューヨーク・オークションでは、その傾向が顕著だった。

20世紀写真の評価の高いダイアン・アーバス、アンドレ・ケルテス、エドワード・ウェストン、リチャード・アヴェドンなど有名写真家の貴重な銀塩のヴィンテージ・プリントや大判サイズ写真作品は、同程度の評価額の絵画などの作品が出品される、モダン、コンテンポラリーなどの20/21世紀や現代アート分野のカテゴリーに出品される傾向が強く見られた。主な高額落札を以下にリスト化したので参考にしてほしい。

〇クリスティーズ
「21st Century Evening Sale」、5月14日

・ダイアン・アーバス 「Identical twins, (Cathleen and Colleen), Roselle, New Jersey, 1966/1967-1969」

Christie’s「21st Century Evening Sale」, Diane Arbus, 「Identical twins, (Cathleen and Colleen), Roselle, New Jersey, 1966/1967-1969」

落札予想価格80万~120万ドルのところ、1,197,000ドル(@155/約1.85億円)で落札。本作は、1967~1969年にかけて、 ダイアン・アーバス本人によりプリントされた、イメージサイズ38.1 x 36.1 cmの極めて貴重なヴィンテージ作品。来歴を見ると、「Sotheby’s, New York, April 27, 2004, lot 11」 と記載されている。当時の落札価格は、約47.8万ドル、約20年で約2倍になっている。

・リチャード・アヴェドン 「Marilyn Monroe, Actress, New York City, 1957」

Christie’s「21st Century Evening Sale」, Richard Avedon, 「Marilyn Monroe, Actress, New York City, 1957」

アヴェドンの代表作が、落札予想価格60万~80万ドルのところ、882,000ドル(@155/約1.36億円)で落札。エディション10、AP2、イメージサイズ100.3 x 77.4 cmの大判サイズ作品。

〇クリスティーズ
「20th Century Evening Sale」、5月16日

・アンドレ・ケルテス 「Satiric Dancer, 1926」

Christie’s「20th Century Evening Sale」, ANDRÉ KERTÉSZ, 「Satiric Dancer, 1926」

落札予想価格50万~70万ドルのところ、567,000ドル(@155/約8788万円)で落札。本作は、イメージサイズ9.5 x 7.5 cmの極めて貴重なヴィンテージ作品。

・エドワード・ウェストン 「Shell (Nautilus), 1927」

Christie’s「20th Century Evening Sale」, Edward Weston, 「Shell (Nautilus), 1927」

落札予想価格80万~120万ドルのところ、1,071,000ドル(@155/約1.66億円)で落札。本作は、イメージサイズ24.1 x 18.4 cmのヴィンテージ作品。来歴を見ると、「Sotheby’s, New York, 13 April 2010, lot 122」 と記載されている。当時の落札価格は、落札予想価格30万~50万ドルのところ、評価上限の2倍の1,082,500ドルだった。約15年で価値がほとんど変わっていないのが興味深い。2010年、写真分野ではまだ20世紀写真の評価が高かった。たぶん落札者が過大評価したのだろう。

〇クリスティーズ
「POST-WAR AND CONTEMPORARY ART DAY SALE」、5月17日

・杉本博司 「North Pacific Ocean, Ohkurosaki, 2002」

Christie’s「POST-WAR AND CONTEMPORARY ART DAY SALE」, Hiroshi Sugimoto, 「North Pacific Ocean, Ohkurosaki, 2002」

落札予想価格25万~35万ドルのところ、327,600ドル(@155/約5077万円)で落札。エディション5、イメージサイズ119.4 x 149.2 cmの大判作品。2013年に、サンフランシスコのフレンケル・ギャラリーが販売した作品。

〇サザビーズ
「Contemporary Day Auction」、5月14日

・シンディー・シャーマン 「Untitled #420, 2004」

Sotheby’s「Contemporary Day Auction」, Cindy Sherman,「Untitled #420, 2004」

二つのパートから成るカラー作品、落札予想価格25万~35万ドルのところ、330,200ドル(@155/約5118万円)で落札。エディション6、イメージサイズはそれぞれ186.1 by 120 cmの大判作品。

いま写真の大判サイズ作品は20世紀写真を含めて現代アート作品の一部だと認識されている。一方で通常サイズの20世紀写真は、需要の強い高価格のものと、弱い低価格のものとの市場2極化が進んでいる。今回紹介した高額落札作品は前者のコレクター需要がある貴重な作品の例だといえるだろう。
一方で、需要が弱い方の作品は大手が取り扱わないので、中小業者のオークションに数多く出品されるようになった。残念ながら、最近のオークションでも有名写真家の代表的作品以外の落札率はかなり低迷している。今後もこの傾向は進むと思われる。
これは需給関係の悪化が理由の一つだろう。つまり20世紀にこの分野をコレクションしていた人が高齢になり作品整理を検討する中、若い層の新しいコレクターは違う価値観を持つので、結果的に需給が悪化しているということ。今後は20世紀写真の在庫を抱えるディーラーやコレクターの動向に注目したい。

この2極化傾向は、20世紀写真の写真作品だけではなく、フォトブックにも波及してくると思われる。実際に、最近は同分野のフォトブック作品のオークションでの取り扱いは大きく減少している。

(1ドル・155円で換算)

2024年春ニューヨーク
アート写真オークションレヴュー
経済見通しの不確実性から横ばいが続く

まず市場を取り巻く外部環境を見ておこう。3月の小売売上は好調、また雇用者数も20万人以上増加を4か月連続で上回っていた。米国経済は、年初から予想外の好調さを維持している。賃金インフレの懸念はないものの、インフレ指標のCPIは2%台のインフレ目標の達成には距離がある。FRBのパウエル議長がインフレ低下の確信を得るために「より長い時間がかかる」と述べ、利下げ開始を先延ばしする可能性を示唆。また昨年から予想されていた利下げ開始時期の後ずれを示唆するFRB高官発言が見られる。金融市場は年内の利下げ回数予想は当初の3回から1~2回の予想へと変更されるようになっている。米国株式市場は、2023年末から堅調な上昇が続いてきたものの、2024年4月に入ると利下げ観測の後退や中東情勢の悪化などのニュースが相場の上値を押さえるようになってきた。
政治経済の不確実性は、アート・オークション参加者に心理的な影響を与えると言われている。高額評価作品の出品が控えられる一方で、低価格帯作品の出品は増加する場合が多い。今春のニューヨーク・オークションもそのようなコレクター心理が反映されていた印象だった。

2024年春の大手業者によるニューヨーク定例アート写真オークションは、4月上旬から中旬にかけて、複数委託者、単独コレクションによるライブとオンラインの合計4件が開催された。
クリスティーズは、4月3日に複数委託者による“Photographs(Online)”(164点)を、フィリップスは、4月4日に単独コレクションのセール“ Photographs from the Martin Z. Margulies Foundation”(158点)、4月5日に複数委託者による“Photographs”(245点)を、サザビーズは、4月10日に複数委託者による“Photographs(Online)”(199点)を実施した。

さてオークション結果だが、3社合計で766点が出品され、563点が落札。全体の落札率は約73.5%と、ほぼ昨年の73.77%と同じだった。ちなみに2023年秋は出品668点で落札率70.4%、2023年春は555点で落札率77.8%だった。
総売り上げは約1159万ドル(約17.62億円)、昨秋の約903万ドル、昨春の約962万ドルより増加している。
落札作品1点の平均金額は約20,600ドルで、昨秋の約19,217ドルより微増、昨春の約22,273ドルよりは減少している。過去10回のオークションの落札額平均と比較したグラフを見ても、減少傾向が継続、マイナス幅も若干拡大がした。昨秋と比べると、経済先行きの不透明さが影響して、高価格帯の出品に変化がなく、中低価格帯出品数が増加。全体の落札率はほぼ横ばいで、中低価格帯作品の落札件数増により総売り上げは増加したといえる。
業者別では、売り上げ1位は昨秋と同じく約524万ドルのフィリップス(落札率75%)、2位は約358万ドルでサザビーズ(落札率72%)、3位は約277万ドルでクリスティーズ(落札率73%)だった。クリスティーズの売り上げが比較的少ないのは、既報の2月にエルトン・ジョンの単独コレクションセールの“The Collection of Sir Elton John”(合計364点)を行ったからだろう。

今シーズンの高額落札は、サザビーズ“Photographs(Online)”に出品された現代アート系2作品で、落札予想価格を大きく超えてともに38.1万ドル(約5791万円)で落札された。

ジェフ・ウォールの、「A Woman and Her Doctor, 1980-1981」は、落札予想価格7万~9万ドルで、上限の約4倍で落札。

Sotheby’s “Photographs(Online)”, Jeff Wall, 「A Woman and Her Doctor, 1980-1981」

デイヴィッド・ヴォイナロヴィッチの「Untitled (Face in Dirt), 1991/1992-1993 (posthumous)」は、落札予想価格3万~5万ドルで、上限の約7倍で落札された。

Sotheby’s “Photographs(Online)”, David Wojnarowicz, 「Untitled (Face in Dirt), 1991/1992-1993 (posthumous)」

同じササビーズのオークションに出品された、20世紀写真の巨匠アンセル・アダムスの「The Golden Gate (Before the Bridge)1932,1965」が第3位で、落札予想価格10万~15万ドルのところ、35.56万ドル(約5405万円)で落札。

Sotheby’s “Photographs(Online)”, Ansel Adams, The Golden Gate (Before the Bridge)1932,1965」

第4位は、クリスティーズ“Photographs(Online)”に出品された、アーヴィング・ペンの「The Hand of Miles Davis, New York, July 1, 1986, 1986」で、30.2万ドル(約4596万円)で落札されている。

Christie’s “Photographs(Online)”, Irving Penn「The Hand of Miles Davis, New York, July 1, 1986, 1986」

最近は20世紀写真の評価の高いダイアン・アーバス、アンドレ・ケルテス、リチャード・アヴェドンなど有名写真家の貴重なヴィンテージ・プリントや大判サイズ作は、同程度の評価の絵画などの作品が出品される、モダン、コンテンポラリーなどの20/21世紀や現代アート分野のカテゴリーに出品される傾向が強い。写真もアート表現の一部だと認識されることは喜ばしいのだが、写真カテゴリー(Photographs)での高額落札が生まれにくい環境になってきたといえるだろう。

(1ドル/152円で換算)

エルトン・ジョン・コレクション(続報)
オンライン・オークション開催!

前回にレポートした、クリスティーズNYで開催されたポップミュージック界の巨匠エルトン・ジョンの「The Collection of Sir Elton John」セール。ライブと同時に、2月9日から月末まで中低価格帯の、アート作品、衣装/装飾品、インテリアなどのオンライン・オークション、「Honky Château」、「Elton’s Versace」、「The Jewel Box」、「Elton’s Superstars」、「Love, Lust and Devotion」、「Out of the Closet」が開催された。

全593点の出品うち写真関係は177点。そのうち約75%が落札予想価格1万ドル以下の低価格帯、25%が1~5万ドルの中間価格帯、高額価格帯の出品はなかった。ライブオークションで取り扱われた高額価格帯の作品は、落札予想価格の範囲内での落ち着いた金額での取引がほとんどだった。高額落札上位3点も落札予想価格の下限付近での落札にとどまった。しかし中低価格帯では、落札予想価格上限を超える落札が多く、特に1万ドル以下のカテゴリーにはエルトン・ジョン・コレクションのプレミアムが明らかに見られた。

今回のオンライン・オークションでも引き続きその傾向が顕著だった。特にファッション系、ポートレート系の落札が極めて好調、落札予想価格上限を超える落札が多く見られた。
特筆すべきは、エディション付き作品、モダンプリントでも、落札予想価格上限を大きく超えての取引が多く見られたことだ。作品相場を熟知しており、作品の流動性が高く他オークションで購入可能だと知る、一般のファインアート写真コレクターなら絶対に買わない高価格レベルだ。また普段はあまりに人気が高くない、ブルース・ウェバー、ハーブ・リッツのメール・ヌードも落札予想価格上限をはるかに超えて落札されていた。

Christie’s NY, Terry O’Neill, 「Elton John Performing a Handstand, 1972」

またオークションの特性上当たり前なのだが、エルトン・ジョンが所有していた、エルトン自身が被写体の写真作品は高額で落札されている。普段のオークションだとあまり人気が高くない、テリー・オニールの1975年のドジャーズ・スタジアムのライブ写真も落札予想価格を超えて落札。エルトン作品の最高額は、「Elton’s Superstars」に出品された、テリー・オニールの「Elton John Performing a Handstand, 1972」で、50.&X60.6cmサイズのゼラチン・シルバー・プリント、落札予想価格8000~12000ドルのところ、2.268万ドル(約340万円)で落札されている。

Christie’s NY, ANDRÉ KERTÉSZ, 「Melancholic Tulip, 1939」

また「HONKY CHÂTEAU」に出品されたアンドレ・ケルテス作品にも注目したい。彼のアイコニック作品「Melancholic Tulip, 1939」は、普段のオークションでも見られる25 x 20 cmサイズのゼラチン・シルバーのモダンプリント作品。落札予想価格6000~8000ドルのところ、2.016万ドル(約302万円)で落札された。これは明らかに、ファインアート写真の価値だけではなく、高い名声を誇るエルトン・ジョンが所有していたことに価値を見出した新規コレクターが購入したのだと思われる。本作のフレーム裏には「Sir Elton John Photography collection」ラベル、美術館展出品の作品ラベルが貼られていた。最高の来歴だといえるだろう。

Christie’s NY, Bruce WEber, 「Peter at my loft, NYC, 1997」

メール・ヌード系では特にブルース・ウェバーが好調で、落札予想価格上限の10倍を超える驚異的な落札も見られた。「Love, Lust and Devotion」に出品された「Peter at my loft, NYC, 1997」は、35.2X27.6cmのエディション1/10のゼラチン・シルバー・プリント。落札予想価格2000~3000ドルのところ、なんと3.276万ドル(約491万円)で落札されている。

Christie’s NY, Shirin Neshat,「Stripped, from Women of Allah, 1995」

一連のオークションで高額評価で注目された写真作品が、「Love, Lust and Devotion」に出品されたシャリン・ネスハット(Shirin Neshat)の「Stripped, from Women of Allah, 1995」。彼女は、イラン生まれニューヨーク在住のアメリカ人アーティスト。写真、ビデオ、長編映画で、抑圧的な社会で女性がいかに自由を見出すかを探求している。同作は、121.6 x 81.9 cmサイズ、エディション2/3のゼラチン・シルバー・プリント。落札予想価格3~5万ドルだったが、2.772万ドル(約415万円)での落札だった。

Christie’s NY, Radcliffe Bailey,「PINNIN LEAVES、1999」

写真関連作品での最高額落札は、「Honky Château」に出品されたラドクリフ・ベイリー(Radcliffe Bailey/1968-2023)による、111.7 x 146 cmサイズの写真コラージュ作品「PINNIN LEAVES、1999」だった。彼は、ミックス・メディア、ペイント、彫刻、写真、既製のオブジェやイメージを通してアフリカ系アメリカ人の過去、現在、未来を探求してきた米国人アーティスト。落札予想価格1~1.5万ドルのところ、9.45万ドル(約1417万円)で落札されている。2023年11月に55歳で亡くなっていることも高額落札の背景にあるかもしれない。

Christie’s NY, 「CARTIER, PLATINUM AND DIAMOND-SET ‘SANTOS OCTAGON’ WITH ONYX DIAL, REF. 2965」

その他の私物ではコレクタブルとして人気の高い腕時計が高価で落札されていた。「The Jewel Box」に出品された「CARTIER, PLATINUM AND DIAMOND-SET ‘SANTOS OCTAGON’ WITH ONYX DIAL, REF. 2965」は、落札予想価格7000~10000ドルのところ、なんと8.19万ドル(約1228万円)で落札されている。やはりスーパースターが実際に身に着けていたことがコレクターに大きくアピールしたのだろう。

(為替レート 1ドル/150円で換算)

クリスティーズ

エルトン・ジョン・コレクション
クリスティーズNYでオークション開催!

ポップミュージック界の伝説的人物のエルトン・ジョン(1947-)。彼は1990年代に初頭にアメリカの拠点としてアトランタに4ベットルームの豪華マンションを購入している。
彼はその場所に気に入った写真作品を含む膨大なアート作品などをコレクションしていた。しかし、彼は公演活動からの引退後は家族とともに英国の邸宅を主な住居とすることを決め、アトランタの住居を722万5000ドルで売却。それに伴い、彼がマンション内に収蔵していた膨大なアート作品と私物がクリスティーズ・ニューヨークで「The Collection of Sir Elton John Goodbye to Peachtree Road」と命名された大規模オークションで売却された。売却リストには、アンディ・ウォーホル、バンクシー、キース・ヘリンング、シンディー・シャーマン、アンドレアス・グルスキー、ハーブ・リッツなどの珠玉のアート・コレクションだけにとどまらず、クローゼット・コレクションから、カスタム・デザインのジャンプスーツ、1970年代の象徴的なプラットフォーム・ブーツ、彼のトレードマークのワイルドなサングラス、ファッション・デザインのアイコンのジャンニ・ヴェルサーチのコレクション、ロレックス/カルティエなどの時計や宝飾品、家具類、また彼が海外旅行に持参した1990年製のベントレー・コンチネンタルなどまでが含まれていた。ライブとオンラインで写真作品352点を含む合計923点が出品された。

Christie’s NY, Banksy「Flower Thrower Triptych」

ライブ・オークションは、2月21日、22日、23日にかけて「The Collection of Sir Elton John: Opening Night and The Day Sale」として開催。2月21日の「The Collection of Sir Elton John: Opening Night」では49点がオークションに出品され、ほぼすべてが落札、最高額は彼がアーティストから2017年に直接購入したというバンクシーの組作品「Flower Thrower Triptych」(2017年)で、100~150万ドルの落札予想価格に対して192.55万ドル(約2.88億円)で落札された。

Christie’s NY, Cindy Sherman 「Untitled (Film Still #39),1979」

ライブ・オークションには写真作品は187点が出品され172点が落札、落札率は約92%、総売り上げ約582万ドル(約8.73億円)と極めて好調な結果だった。写真作品の最高額はシンディー・シャーマンの「Untitled (Film Still #39),1979」、落札予想価格30~50万ドルのところ、37.8万ドル(約5670万円)で落札。
2位はアンドレアス・グルスキーの「Dior Homme、2004」、187.2 x 373.4 cmサイズの大判作品で、落札予想価格30~50万ドルのところ、30.24万ドル(約4536万円)で落札。

Christie’s NY, Andreas Grusky 「Dior Homme、2004」

3位はヘルムート・ニュートンの「Tied Up Torso, Ramatuelle, France 1980」、109.8 x 109.8 cmサイズの大判作品で、落札予想価格20~30万ドルのところ、20.16万ドル(約3024万円)で落札。

Christie’s NY, Helmut Newton 「Tied Up Torso, Ramatuelle, France 1980」

真摯なアートコレクターが参加する高額価格帯の作品は落札予想価格の範囲内での落ち着いた金額での落札がほとんどだった。上記の上位3点も落札予想価格の下限付近での取引だった。市況が落ち着いていることも一因だろうが、この価格帯にはエルトン・ジョン所有による価格のプレミアムは特に見られなかった。
しかし中低価格帯では、落札予想価格上限を超える落札が多く、特に1万ドル以下のカテゴリーにはエルトン・ジョン・コレクションのプレミアムが見られた。テリー・オニールの「Elton John (Album Cover Variant), 1974」などは、落札予想価格6000~8000ドルのところ、2.079万ドル(約311万円)で落札。

Christie’s NY, Terry O’Neill 「Elton John (Album Cover Variant), 1974」

ちなみに、ベントレー・コンチネンタルは、落札予想価2.5~3.5万ドルのところ、44.1万ドル(6615万円)で落札されている。

その他のカテゴリーでは、高級腕時計の多くが落札予想価格の上限を大きく超える金額で落札されていた。これらはエルトン・ジョンが所有していたことに多くの人が大きな付加価値を見出したのだろう。

Christie’s NY, Bentley Convertible

上記のライブ・オークションとは別に以下の日程で低価格帯を中心に扱うオンライン・オークション同時も開催された。

2月9日から27日
「The Collection of Sir Elton John: Honky Château」 124点
「The Collection of Sir Elton John: Elton’s Versace」 73点
「The Collection of Sir Elton John: The Jewel Box」 124点

2月9日から28日
「The Collection of Sir Elton John: Elton’s Superstars」 65点、
「The Collection of Sir Elton John: Love, Lust and Devotion」 120点
「The Collection of Sir Elton John: Out of the Closet」 87点

こちらにも多くの写真作品が含まれるので、後日に結果を紹介したい。

(為替レート 1ドル/150円で換算)
詳細(クリスティーズ)

2023年アート写真オークション
高額落札ベスト10
高価格帯の市況が低迷する

2023年、米国では執拗なインフレ高進による米連邦準備理事会(FRB)の金融引き締め長期化が世界経済のリスクであるとの見通しから、投資家のリスク資産回避の動きが続いた。年末になり利上げ打ち止め観測から2024年の利下げ観測が徐々に市場に織り込まれる状況になり、株価が上昇し長期国債利回りは低下した。その後は、市場の2024年の過度の利下げ期待に対してFRB理事から牽制する発言が続いて金利は反転。今年の米国景気は、インフレが抑えられたうえで景気悪化を回避する「軟着陸」の見通しが強いものの、先行きはやや不透明感が増してきた。
日本では、日銀の早期のマイナス金利政策解除の観測期待があったものの、正月の令和6年能登半島地震の影響で現状維持の見通しがささやかれだした。昨年末には、約1ドル/140円付近まで円高が進んだものの、上記の2要因で再びドル安が進行している。しかし、少なくとも150円を超える為替レートがやや円高に振れているのは日本のコレクターには朗報だろう。

経済政治状況の見通しが不確かで、市場が様子見気分の時は、実は質の高い中間価格帯以下の作品が割安に購入できるチャンスでもなる。コレクターにとっては、世界的なインフレ見通しの改善見通しが強まれば、2024年は買い場探しの時期になる可能性があるかもしれない。ウクライナ戦争やイスラエル・ガザ戦争の停戦合意など市場外部環境の改善があれば様子見気分が強い相場の雰囲気が一転するかもしれない。相場の気分は急激に変化するので、コレクターは購入を検討している作品の相場動向には留意するように心がけてほしい。

さて2023年のオークションでの高額ランキングだが、2022年はマン・レイの「Le Violin d’Ingres, 1924」(1924年)が約1,240万ドル、エドワード・スタイケンの「The Flatiron, 1905」が約1,180万ドルという、写真としては異例の1000万ドル越えの超高額落札が2件あった。2023年の最高額は、これと比べるとはるかに低いリチャード・プリンスのカウボーイ作品「Untitled (Cowboy), 1999」で約156万ドルだった。これは2018年に次ぐ100万ドル台のという低い最高落札額で、2022年の超高額落札で歴史的な貴重作品の出品が続くという見通しが見事に裏切られた。
5位のエグルストン作品は、2012年3月12日にクリスティーズ・ニューヨークで行われた“Photographic Masterworks by William Eggleston Sold to Benefit the Eggleston Artistic Trust”で、57.85万ドルで落札された、約112X152cmサイズ、エディション2のピグメント・プリント。写真表現が現代アート市場に取り込まれたことが明らかになった象徴的作品。作品価値は約11年で約74%も上昇、以前も紹介したが1年複利で諸経費を無視して単純計算すると約11年で約5.17%で運用できたことになる。現代アート分野で取り扱われるエグルストンの大判代表作は、短期間で効率的なリターンを達成している。
なお5月にクリスティーズ・ニューヨークで行われた、“21st Century Evening Sale”では、ダイアン・アーバスの「A box of ten photographs, 1970」が、$1,008,000.(約1.42億円)で落札されている。しかしこれは10枚セットのポートフォリオなのでランキングからは除外した。
いま20世紀写真が、現代アート系のオークションに出品されるのは特に目新しい事例ではなくなった。作品の評価額によって、低中価格帯はデイ・セール、高額価格帯作品はイーブニング・セールに登場している。版画などを取り扱う、エディション・セールでも低価格帯の写真作品が普通に見られるようになっている。20世紀には独立したカテゴリーだった写真作品だが、 写真のデジタル化と現代アート市場の拡大により、 アーティストの一つの表現方法だという認識が着実に浸透中なのだと思う。

2023年オークション高額落札ランキング

1.リチャード・プリンス
「Untitled (Cowboy), 1999」

Christie’s New York, Richard Prince

クリスティーズ・ニューヨーク、“A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I and II”
2023年5月17-18日
$1,562,500.(約2.21億円)

2.ゲルハルト・リヒター
「Strip, 2015」

Sotheby’s New York, Gerhard Richter

サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Art Evening and Day Auctions”
2023年11月15-16日
$1,270,000.(約1.79億円)

3.バーバラ・クルーガー
「Untitled (Out of your mind) and Untitled (In your face), 1989」

Sotheby’S London, Barbara Kruger

サザビーズ・ロンドン、“Modern and Contemporary Art Evening and Day Sales”
2023年3月5日
GBP889,000.(約1.59億円)

4.ジョン・バルデッサリ
「Source, 1987」

Sotheby’s New York, John Baldessari

サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Art Evening and Day Auctions”
2023年5月15日
$1,079,500.(約1.52億円)

5.ウィリアム・エグルストン
「Untitled, 1970」

Christie’s New York, William Eglleston

クリスティーズ・ニューヨーク、“21st Century Evening Sale”
2023年5月17-18日
$1,008,000.(約1.42億円)

6.シンディー・シャーマン
「Untitled Film Still #48, 1979」

Sotheby’s London, Cindy Sherman

サザビーズ・ロンドン、“Now Evening, Modern & Contemporary Evening and Day Auctions”
2022年5月10-13日
GBP762,000.(約1.36億円)

7.ロバート・フランク
「’Charleston S. C.’, 1955」

Sotheby’s New York, Robert Frank

サザビーズ・ニューヨーク、“Pier 24 Photography”
2023年5月1-2日
$952,500.(約1.34億円)

8.リチャード・プリンス
「Untitled (Fashion) 1982-84」

Sotheby’s New York, Richard Prince

サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Art Evening and Day Auctions”
2023年11月15-16日
$762,000.(約1.078億円)

9.アンドレアス・グルスキー
「Chicago, Board of Trade, 1997」

Christie’s New York, Andreas Grusky

クリスティーズ・ニューヨーク、“A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I and II”
2023年5月17-18日
$756,000.(約1.070億円)

10.シンディー・シャーマン
「Untitled, 1978」

Christie’s New York, Cindy Sherman

クリスティーズ・ニューヨーク、“21st Century Evening and Post-War & Contemporary Art Day Sales”
2022年11月7-8日
$693,000.(約9810万円)

(為替レート/ドル円141.56円、ユーロ円153.50円、ポンド円178.86)
三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる2023年の平均為替レート