
6月24~25日にサザビーズ・ロンドンで開催された“Modern & Contemporary Evening, Contemporary Day Auctions”で、シュルレアリスムの象徴であり、20世紀で最も称賛されているアート作品の一点と言われているマン・レイの「Noire et blanche (Black and White), 1926」が、2,114,000 ポンドで落札された。作品サイズは、17.5X 22.8cm、制作年は1926年で1935年までにプリントされた初期のゼラチン・シルバー・プリント。落札予想価格は1,500,000 – 2,000,000ポンド、落札額は1ポンド/1.37ドルで換算すると、2,896,180ドル、1ポンド/197円で換算すると約4.16億円となる。
本作「Noire et Blanche」は、マン・レイの恋人でありミューズでもあるキキの「完璧な楕円形」の頭と様式化されたバウレ族のマスクを対比させたもの、制作から100年近く経った今でも画期的で斬新なイメージだ。1926年5月にパリ版『ヴォーグ』に初めて掲載された、1920年代半ばにおけるパリでのマン·レイとキキの驚くべき創造的なコラボの象徴だと言われている。当時のマン・レイは米国291ギャラリーのスティーグリッツとの交流があったものの、パリではダダイストの仲間、デュシャンとトリスタン・ツァラに励まされたと言われている。彼は当時の主流だった写真制作の慣習に逆らい、想像力を駆使することで現実を代替的に提示する写真の可能性を追求した。
作品の来歴も極めて由緒正しいといえるだろう。オークションの作品解説によると、本作はロンドンで写真オークションが開始されてから数年後の1978年に、サザビーズ・ベルグラビアで取引された写真作品のうちの一点とのこと。次に、1980年11月にクリスティーズ・イーストのオークションに出品され、 米国の写真商業ギャラリーの創始者のひとりのMargaret W. Westonのコレクションに加わっている。彼女のコレクションは、2007年4月にサザビーズ・ニューヨークでオークションにかけられ、本作は落札予想価格は200,000 – 300,000ドルのところ、落札額396,000ドルで今回のコレクターが入手している。2025年までの約18年の利回りは各種手数料などのコストを考慮しなくて1年複利で単純計算すると約11.68%となる。
マン・レイは決して失敗を恐れない実験家で、その作品制作では常に即興的なアプローチを行っていた。この「Noire et Blanche」のプリントは、意図的な異なるトリミング、多種多様な写真用紙の使用、そして異なるレベルのレタッチにより、厳密には2つとして同じものは存在しないと言われている。現存するほとんどの作品は、修正が施されたプリントより作成されたインターネガティブから制作されている。しかし、今回出品されたプリントは、2つの顔の形状とその影のバランスが慎重に計算されており、キキの腕と彼女が頭を乗せている表面に影が落ちている他のプリントとは異なる点が見られる。 専門家はこの特徴的な緊密なトリミングと明らかな修正の痕跡から、マン・レイのカンパーニュ・プルミエール通りの暗室で、オリジナルのガラスプレートネガティブから直接制作された可能性が高いと評価している。本作同様のトリミングを施した初期プリントは、ヒューストン美術館のマンフレッド・ハイティング・コレクションに所蔵されている。

Modern print from a copy negative at Centre Pompidou
ちなみにこ「Noire et Blanche」の最高額落札は、2022年11月17-18日のクリスティーズ・ニューヨーク、“20th Century Evening, 21st Century Evening, and Post-War & Contemporary Art”で落札された4,020,000ドル。同プリントは、マン・レイがカンパーニュ・プルミエール通りの暗室で、オリジナルのネガから制作したもの。おそらく、より大判の、よりタイトにトリミングされ、その後何枚ものコンタクトプリントを制作するネガ制作以前の貴重なものだと高く評価されたのだ。同様のプリントはMoMAに収蔵されている。
今回の出品作のような初期プリントのほとんどは美術館のコレクションに収められており、コレクターの入手機会は極めて稀なのだ。それに加えて、上記のような高い作品評価や一流の来歴が今回の高額落札の理由だと考えられる。マン・レイ作品は、市場では写真ではなく絵画同様の価値があると認識されているのだ。