NYの現代アート系オークション
写真作品2点が100万ドル超で落札

秋のニューヨーク現代アート・オークションでは、11月7日/10日にクリスティーズで「21st Century Evening and Post-War & Contemporary Art Day Sales」、11月14/15日にフリップスで「20th Century & Contemporary Art Evening and Day Sales」、11月15/16日にサザビーズで「Contemporary Art Evening and Day Auctions」が開催。

サザビーズでは、ゲルハルド・リヒターとジョン・バルデッサリの写真作品2点が100万ドル越えで落札された。しかし全般的に動きは低調で、今年5月にクリスティーズ・ニューヨークの「A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I and II」で記録した、リチャード・プリンスの「Untitled (Cowboy), 1999」の、156.25万ドルを超えることはできなかった。

気になったのが、サザビーズのデイ・オークションに、ダイアン・アーバス、ロバート・メイプルソープ、ウィリアム・エグルストン、ナン・ゴールディン、ティナ・モデッティなど、普段は「Photographs」オークション中心に出品される写真家の中間価格帯の作品が含まれていたことだ。業者の判断にもよるが、今後は、幅広い価格帯の20世紀写真が現代アート系や版画などの「Print & Edition」オークションに出品されるケースが増加していく予感がする。

以下が今シーズンの100万ドル越えの写真系作品の詳細となる。2点ともサザビーズ・ニューヨークでの取引となる。

ゲルハルド・リヒター「Strip, 2015」、落札予想価格200万~300万ドルのところ、下限を下回るの127万ドル(約1.84億円)で落札。4つのパートからなる200 X 1101cmサイズの横長のデジタル・プリント作品。

Sotheby’s NY, Gerhard Richter, “Strip, 2015”

作品解説によると本作「Photo paintings」のぼかしの装置、「Farbens」の規則正しい色彩の配置、そして感覚に没入する「Abstrakte Bilder」など、リヒターのこれまでの最も重要なブレークスルー表現を統合している重要作品。リヒターはスペクトル内の色の順序や帯の太さをランダムにするプロセスに没頭しているとのこと。このシリーズは、テート(ロンドン)、ルイジアナ近代美術館(フンレベック)、アルベルティーナ美術館(ウィーン)、国立国際美術館(大阪)などの一流美術館に収蔵されている。

Sotheby’s NY, John Baldessari, “Source, 1987”

ジョン・バルデッサリ「Source, 1987」、落札予想価格70万~100万ドルのところ107.95万ドル(約1.56億円)で落札。153 x 121.9 cmサイズ、銀塩写真にペイントされた作品、ブランド・ギャラリーのSonnabend Gallery取り扱ったという来歴だ。

その他作品では、リチャード・プリンスの「Untitled (Fashion) 1982-84」が、76.2万ドル(サザビース)、シンディー・シャーマンの「Untitled, 1978」が、69.3万ドル(クリスティーズ)、バーバラ・クルーガーの「Untitled (Our prices are insane!), 1987」が、57.15万ドル(フィリップス)が落札されている。

Christie’s NY, Cindy Sherman, “Untitled, 1978”

2022年アート写真市場では、マン・レイ作品「Le Violon d’Ingres, 1924」とエドワード・スタイケン作品「The Flatiron, 1904/1905」の2点が1000万ドル越えで落札されて大きな話題になった。それに比べると2023年の結果は見劣りするといえるだろう。

2023年を通しての外部の経済環境を見てみると、米国の労働市場は相変わらず底堅く、また財政不安も背景にあり、長期金利の上昇が続いていた。また執拗なインフレ高進による当局の金融引き締めの長期化が世界経済のリスクであるとの見通しから投資家のリスク資産回避の動きがみられた。このような見通しの中、2023年は高額評価の作品のオークション出品が手控えられ、逆に低額作品の出品が増加したのだと思われる。

なお2023年の詳しい市場分析は年初のブログで行う予定だ。

(為替レート 1ドル/145円で換算)

海外オークション・レビュー 「Madonna x Meisel」
@クリスティーズ

2023年秋のニューヨーク・フォトグラフス・オークションでは、クリスティーズで10月6日行われたスティーブン・マイゼル撮影によるマドンナの写真集「SEX book」からのセール「Madonna x Meisel – The SEX Photographs」が大きな話題になった。1992年刊行のこの写真集はなんと世界中で150万部を販売したという。日本版は同朋舎出版から販売されている。

当時の日本はヘアヌードが解禁された時代だった。マスコミでは時代の歌姫マドンナのスキャンダラスなヘアヌードという話題性で紹介されていた。しかし、実際は超一流ファッション写真家スティーブン・マイゼルとハーパース・バザー誌米国版を刷新したアート・ディレクターのファビアン・バロンを起用した、かなりアート色が強い写真集だった。

同オークションは42点が出品され、落札16点、落札率は38.1%、総売り上げは133.45万ドル(1.97億円)だった。残念ながら26点が不落札という全くの期待外れの結果だった。落札内容もよくなく、買い手がついた作品の多くが落札予想価格の下限以下だった。ほとんどの作品は163.8 x 132.3 x 5.7 cmと巨大サイズ、マイゼルとマドンナの二人のサインが入った1点ものだった。
作品の人気度により落札予想価格は最低5万ドルから最高35万ドルと幅があった。内訳は、5~7万ドルが10点、8~10万ドルが1点、8~12万ドルが11点、10~15万ドルが10点、15~25万ドルが7点、20~30万ドルが1点、25~35万ドルが2点。写真集発売時にプレス用に利用され、幅広く流通したイメージが高額の評価だった。
最高額はロット4の「Madonna, New York, 1992」で、落札予想価格8~12万ドルのところ20.16万ドル(約2983万円)で落札されている。

Christie’s NY, Steven Meisel,「Madonna, New York, 1992」

過去のオークション・データを調べてみると、マイゼル作品のオークションでの出品数は思いのほか少なかった。今回の出品作と同様の大判サイズで、少ないエディションの作品を比べてみると、最高額は、2017年11月2日にフィリップス・ロンドンのULTIMATEオークションに出品された「CK One, New York City、1994」。これは93 x 274.3 cmという横長巨大サイズの1点もの作品が75,000ポンドで落札されている。当時は1ポンド=1.34程度だったで、約100,500ドルだったことになる。

Phillips London, 2017, Steven Meisel,「CK One, New York City、1994」

ほぼ同じサイズでは、やや古くなるがフィリップス・ニューヨークで2012年10月2日に行われたオークションで、「Walking in Paris, Linda Evangelista & Kristen McMenamy, Vogue, October 1992」がある。187 x 147.5 cmサイズの1点もので、86,500ドルで落札されている。同作は、写真集「In Vogue: The Illustrated History of the World’s Most Famous Fashion Magazine」(Rizzoli、2006年刊)の、カヴァーに採用された作品だ。

「In Vogue: The Illustrated History of the World’s Most Famous Fashion Magazine」(Rizzoli、2006年刊)

今回の一連の作品評価額とその落札結果からは、クリスティーズは写真家マイゼルの作家性、被写体マドンナと彼女のサインの価値を過大評価した可能性が高かったのではないか。同社は、本作をファインアート系のファッション写真であり、それを現代アート的なテイストの大判サイズ作品としてセールにかけた。
しかし、コレクターの多くは、本作はどちらかというとコレクション系アート作品だと認識したのではないかと思う。マドンナは、ファインアート系ファッションの世界で時代性を代表していたというよりも、ポップ・ミュージック界における時代のアイコン/セレブとして記号化され消費された存在だった。その価値は相対化されており、主観的に評価されていたのだ。つまり好きな人は好きだが、そうでない人は興味を持たないということ。今回の出品作はマドンナが大好きなファンが欲しがるコレクション系アート作品に近かったのだが、それらはファインアートとして高く評価された。残念ながら、多くの人たちには手が出なかったのだろう。

撮影したスティーブン・マイゼルは、ファッション写真家としては、時代を切り取ることに長けた優秀な表現者だった。しかし、彼が活躍したのが世の中の価値観が急激に多様化した時代だった。90年代中盤以降には、多くの人が共感するような時代性を持った作品の制作は、本人の能力と関係なく非常に困難な環境だったといえるだろう。今後のコレクションの対象になるマイゼル作品は、80年代から90年前後までの制作が中心になるのではないか。

(1ドル/148円で換算)

2023年秋ニューヨーク写真オークションレヴュー
外部環境の悪化により市況が低迷

ファインアート写真のニューヨーク定例オークションが10月上旬に開催された。外部環境を見てみると、米国の労働市場は相変わらず底堅く、また財政不安も背景にあり、長期金利の上昇が続いていた。また執拗なインフレ高進による当局の金融引き締めの長期化が世界経済のリスクであるとの見通しから投資家のリスク資産回避の動きもみられた。値動きが世界の景気の先行指標といわれる銅の国際相場も、中国の不動産市況悪化による需要低迷の連想から安値圏で推移していた。NYダウは2023年8月に35,630.68ドルだったがオークションが行われた10月上旬には一時33,002.38ドルまで下落している。経済や金融市場の動向はアート・オークションの参加者に心理的な影響を与えると言われている。オークション開催時の外部環境は、かなり厳しい状況だったといえるだろう。

さてオークションは出品者の違いにより2種類に分けられる。複数委託者の作品を1回にまとめて行うものと、単独の委託者によるコレクションを一括に販売するオークションだ。今秋は、複数委託者による「Phographs」オークション以外に、単独委託者によるオークションが複数開催された。

業者ごとのオークションをまとめると、クリスティーズは、10月3日に「A Century of Art: Photographs from The Gerald Fineberg Collection(Online)」、4日に複数委託者による「Photographs(Online)」、6日にスティーブン・マイゼルが撮影したマドンナの写真作品のセール「Madonna x Meisel – The SEX Photographs」を行っている。

サザビーズは、5日に「Photographs(Online)」、フィリップスは、10月11日に複数委託者による「Photographs」を開催した。サザビーズでは、「ピア24フォトグラフィー」閉鎖に伴う2回のオークションを春に続き開催。10月3日に「Photographer Unknown: Pier 24 Photography from the Pilara FamilyFoundation」、25日に「Pier 24 Photography from the Pilara Family Foundation」が行われている。
ただし春の売り上げをニューヨークのセールに含んでいないので、今秋の同セールも合計に含めないことにする。

さてオークション結果だが、3社合計で668点が出品され、470点が落札。全体の落札率は約70.4%で春の77.8%よりに悪化している。総売り上げは、約903万ドル(約13.27億円)で、今春の約966万ドル、昨秋の約1054万ドルからも減少。落札作品1点の平均金額は約19,217ドルで、今春の約22,273ドルより減少している。今春と比べると出品数が増加し、落札率が悪化したことから、総売り上げが減少し、落札単価も下落したことになる。不透明な経済状況から高額評価の作品の出品が控えられたことがわかる。

業者別では、売り上げ1位は約450万ドルのフィリップス(落札率78%)、2位は約346万ドルでクリスティーズ(落札率70%)、3位は106万ドルでサザビース(落札率48%)と、今春と同じ順位だった。サザビーズは複数委託者オークションの売り上げ、落札率ともに悪化している。しかし、これは特殊要因の影響による。同社は春から秋にかけて継続的に「ピア24フォトグラフィー」閉鎖に伴う4回のオークションを行い、総額1273万ドルの売り上げを記録している。
2023年、同社はセールの重点をすぐれた単独コレクションの一括セールに置いていたのだと判断できる。

Phillips NY「Photographs」、William Eggleston「Memphis, circa 1969」

今シーズンの高額落札は、フィリップス「Photographs」の、ウィリアム・エグルストンの代表作「Memphis, circa 1969」だった。1970年ごろに製作された、約30.5X 43.8cmの貴重なヴィンテージのダイ・トランスファー作品。落札予想価格25万~35万ドルのところ31.75万ドル(約4667万円)で落札された。

Phillips NY「Photographs」、Hiroshi Sugimoto「Opticks 161、2018」

2位も、フィリップス「Photographs」に出品された杉本博司の「Opticks 161、2018」だった。、118.7 X 119.4 cmサイズ、エディション1/1のChromogenic作品が落札予想価格10万~15万ドルのところ24.13万ドル(約3547万円)で落札されている。今シーズン杉本博司作品の人気は高かった。25日にサザビーズで開催された「ピア24 フォトグラフィー」で行われたセールでも、7点セットの作品「Henry VIII, Catherine of Aragon, Anne Boleyn, Jane Seymour, Anne of Cleves, Catherine Howard, and Catherine Parr、1999」が、落札予想価格40万~50万ドルのところ44.45万ドル(約6534万円)で落札されている。こちらは各149.2 X 119.4 cmサイズ、エディション5の銀塩作品。

Sotheby’s NY, Hiroshi Sugimoto 「Henry VIII, Catherine of Aragon, Anne Boleyn, Jane Seymour, Anne of Cleves, Catherine Howard, and Catherine Parr、1999」

2023年10月からロンドンのヘイワード・ギャラリーで彼の大規模回顧展「Hiroshi Sugimoto: Time Machine」がスタートしている。やはり有名美術館での展覧会開催はオークションでの相場に少なからず影響を与えているのだろう。

Christie’s NY,「Steven Meisel, Madonna, New York, 1992」

3位は、クリスティーズ「Madonna x Meisel – The SEX Photographs」の、「Steven Meisel, Madonna, New York, 1992」、163.8 x 132.3の1点もの、落札予想価格8万~12万ドルのところ20.16万ドル(約2963万円)で落札された。このオークション結果については後日に詳しく分析してみたい。

年間ベースでドルの売上を見比べると、現在の市場の状況が良く分かる。相場環境が悪いと、特に高額作品を持つコレクターは売却を先延ばしにする傾向がある。つまり高く売れない可能性が高いと無理をしないのだ。結果的に全体の売上高が伸び悩む傾向になる。政治経済見通しの不透明さが続く中、2023年のニューヨーク・セールの売り上げは約1865万ドル(落札率約73.7%)だった。ちなみに2022年の売り上げは約2029万ドル(落札率67.4%)だった。しかし、上記のように今年はサザビーズで、春から継続的に「ピア24フォトグラフィー」閉鎖に伴う4回のオークションが行われている。これを加えると2019年以来の3138万ドルの売り上げとなる。今回の一括セールを特殊要因だと判断するかで市場の現状評価が分かれるだろう。厳しい外部環境の影響で市場は調整期が続いている。しかし少なくとも新型コロナウイルスの感染拡大により落ち込んだ2020年の約2133万ドルレベルからは回復基調をたどっていると判断したい。

市場が様子見気分の時は、実は良い作品が割安に購入できるチャンスにもなる。しかし日本のコレクターは、いまの約1ドル/150円近い為替レートと、作品の運送コストの高止まりが続く中では積極的には動きにくいだろう。来春には、ウクライナ戦争やイスラエル・ガザ戦争の停戦合意や、世界的なインフレ見通しの改善など、市場環境の改善を期待したい。

(1ドル/147円で換算)

2023年前期の市場を振り返る
アート写真オークション高額落札

アート写真オークションは、今年はパンデミックの影響もなく、2023年前半の主要スケジュールが無事に終了した。通常7月からは、アート界は夏休みシーズンにはいる。次回は秋の大手業者によるニューヨークでの定例オークションとなる。
昨年前期と比べると、私どもがフォローして集計したアート写真関連オークション数は17から21に増加。出品数は2573点から3265点に大きく増えた、落札率は66.5%から71.6%に改善している。ただし、出品数の増加はほとんどが低価格帯で、このカテゴリーだけが671点増加した。
昨年来、インフレと米国の短期金利の利上げ継続、そして今年春には金融不安による信用収縮などが発生した。金融市場で先行きの不確実の高まりは、オークション参加者に心理的な影響を与えたと思われる。特に高額価格帯の作品では、コレクターは売買に対しての慎重姿勢が続いていた。逆に、低価格帯は出品が増加した。前半の総売り上げは約42.5億円で、昨年同期比で約42%アップしている。しかしこれは5月にサザビーズ・ニューヨークで開催された単独コレクションセール「Pier 24 Photography from the Pilara Family Foundation」による1062万ドル(約14.65億円)の売り上げ貢献による。これがなければ2023年前半の売り上げは、ほぼ2022年前半並みになる。
ピア24フォトグラフィー(Pier 24 Photography)は、2010年にサンフランシスコのエンバカデロ沿いの空き倉庫にオープンした写真専門の大規模展示スペース。しかし次回の契約更新で施設の家賃が3倍に上昇する事態に直面し、同館はやむなくリース期間が切れる2025年7月に正式に施設のクローズを決め、美術館コレクションの売却を今回のセールを皮切りに行うことになったのだ。個人コレクターではないので、彼らは経済見通しとは関係なく組織の決定を粛々と実行する。皮肉にもアメリカを襲う高インフレによる影響が、前半のオークション売り上げに大きく貢献していたのだ。そして多くの高額落札も同セールから生まれている。

私どもは現代アート系と19/20/21世紀写真中心のアート写真とを区別して継続分析を行っている。厳密には、アンドレアス・グルスキー、シンディー・シャーマン、マン・レイ、ウィリアム・エグルストン、ダイアン・アーバスなどは作品評価額によって両方のオークション・カテゴリーに出品される。しかし、ここでは統計の継続性などを鑑み、出品されたオークション別ではなく、作品分野別の高額落札作品のランキングを制作している。
それではアート写真オークションでの高額落札からみてみよう。

◎19/20/21世紀アート写真部門

1.ウィリアム・エグルストン
“Untitled, 1970”
クリスティーズ・ニューヨーク、21st Century Evening Sale、5月15日
落札予想価格100万~150万ドル
100.8万ドル(約1.28億円)

2.ダイアン・アーバス
“A box of ten photographs, 197”
クリスティーズ・ニューヨーク、21st Century Evening Sale、5月15日
落札予想価格90万~120万ドル
100.8万ドル(約1.28億円)

3. ロバート・フランク
“’Charleston S. C.’, 1955”
ササビーズ・ニューヨーク、Pier 24 Photography、5月1日~2日
落札予想価格25万~35万ドル、
95.2 万ドル(約1.31億円)
*ロバート・フランクのオークション落札最高額を更新。

4. マン・レイ
“Untitled (Solarized Nude, Paris), 1929”
クリスティーズ・ニューヨーク、21st Century Evening Sale、5月11日
落札予想価格30万~50万ドル
63万ドル(約8505万円)

5.ドロシア・ラング
“Migrant Mother, Nipomo, California, 1936”
ササビーズ・ニューヨーク、Pier 24 Photography、5月1日~2日
落札予想価格20万~30万ドル
60.96万ドル(約8229万円)

5. リー・フリードランダー
“The Little Screens(suite of 52 gelatin silver prints)”
ササビーズ・ニューヨーク、Pier 24 Photography、5月1日~2日
落札予想価格50万~70万ドル
60.96万ドル(約8229万円)

◎現代アート系写真
現代アート系ではリチャード・プリンス作品が150万ドル越えで落札されている。彼の作品は写真でも主に現代アートのカテゴリーで取り扱われている。またアンドレアス・グルスキーの高額評価の作品が市場に戻ってきた。

1.リチャード・プリンス
“Untitled (Cowboy), 1999”
クリスティーズ・ニューヨーク、A Century of Art: The Gerald Fineberg
Collection Parts I and II、5月17~18日
落札予想価格150万~200万ドル
156.25万ドル(約2.1億円)

2.シンディー・シャーマン
“Untitled Film Still #48, 1979”
サザビース・ロンドン、Now Evening, Modern & Contemporary Evening and Day Auctions、6月27~28日
落札予想価格60万~80万ポンド
76.2万ポンド(約1.28億円)

3.アンドレアス・グルスキー
“Chicago, Board of Trade, 1997”
クリスティーズ・ニューヨーク、A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I and II, 5月17-18日
落札予想価格60万~80万ドル
75.6万ドル(約1.02億円)

(1ドル/135円、1ポンド/168円)

2023年春NYの現代アート系オークション
リチャード・プリンスなどが100万ドル越えの落札

景気停滞を示す様々な経済指標やシグナルが見られる中で、5月にニューヨークで定例の大手業者による現代アート/モダン・戦後の20世紀アートのオークションが開催された。
昨年と比べると出品数は増加したものの売上高は減少し、比較的低調な結果に推移した。今後は特に高額価格帯では良品の出品が減少するとの見通しが強くなっている。

写真関係では、2022年のオークションではマン・レイの歴史的名作“Le Violon d’Ingres, 1924”が、写真作品最高落札額の12,412,500ドルで落札された。今年は市場最高落札額更新のようなサプライズはなかったものの、クリスティーズでは100万ドル越えの高額落札が3件見られた。

Christie’s NY, Richard Prince、“Untitled (Cowboy), 1999”

最高額は、クリスティーズ・ニューヨークで開催された、「A Century of Art: The Gerald Fineberg Collection Parts I」に出品されたリチャード・プリンスの“Untitled (Cowboy), 1999”だった。落札予想価格150~200万ドルのところ、1,562,500ドル(約2.15億円)で落札された。エディション2、AP1のアーティスト・プルーフ作品、サイズは152.4 x 203.2 cmのエクタカラー・プリント(Ektacolor print)になる。本作はリチャード・プリンスが1980年代に開始したタバコ広告を挑発的に使用し、西部劇をテーマにした画期的なアプロプリエーション・シリーズがさらに発展した作品。彼は現存する広告写真をもとに、シーンを操作し、リフレーミングすることで、その制作と使用の意図を私たちに問いかけている。クリスティーズのロット・エッセイには、“彼の仮面剥ぎとりと解体は、消費者イメージの背後にある空虚さを暴露する…我々は、描写されているものから何らかの形で浮遊している表現を見る。…イメージは内実のない外観である…”というロゼッタ・ブルックスによるプリンスのカウボーイ作品の解説文章が引用されている。
(R. Brooks, “Survey: Prince of Light or Darkness ? ”, Richard Prince, London: Phaidon, 2003, p. 54)

それ以外では、クリスティーズ「21st Century Evening Sale」で、ダイアン・アーバスの貴重な10点のポートフォリオとウィリアム・エグルストンの代表作である3輪車の大判作品がともに100万ドル越えで落札された。アーバスの“A box of ten photographs”は、1970年に製作が開始されたシルバー・プリントの10枚セット。エディションは50だが、アーバスが1971年に亡くなっているので、ほとんどがニール・セルカーク(Neil Selkirk)によるプリントとなる。ほとんどのポートフォリオは主要美術館に収蔵されているか、または1枚づつばらして個別販売されているために、市場に完全セットが出品されるのは極めて珍しい。本セットは落札予想価格90~120万ドルのところ、1,008,000ドル(約1.39億円)で落札されている。
カタログの資料によると、本作は2003年10月のフィリップス・ニューヨークで(Phillips de Pury & Luxembourg)で落札予想価格9~12万ドルのところ、405,000ドルで落札されている。ちなみに1年複利で、手数料など諸経費を無視して単純計算すると約20年で約4.66%の運用だったことになる。

Christie’s NY, Diane Arbus “A box of ten photographs”

エグルストンの“Untitled, 1970”は、1976年にニューヨーク近代美術館で開催された彼のカラー写真の個展の際に刊行された、写真集“William Eggleston Guide”の表紙に使用されている代表作。同作は80年代に染料を転写してカラー画像を作り出すダイトランスファーでエディション付きで販売されて完売している。本作は2012年にデジタル写真のピグメント・プリントで新たに制作されて大きな話題になった、112 x 152 cmサイズ、エディション2の作品。落札予想価格100~150万ドルのところ、こちらも1,008,000ドル(約1.39億円)で落札されている。今回の出品作は、2012年3月のクリスティーズ・ニューヨークの「Photographic Masterworks by William Eggleston Sold to Benefit the Eggleston Artistic Trust」で、落札予想価格20~30万ドルのところ、578,500ドルで落札されている。ちなみに1年複利で、手数料など諸経費を無視して単純計算すると約11年で約5.17%の運用だったことになる。

現代アートの範疇で評価されているエグルストンの大判サイズの代表作は、貴重な20世紀写真と考えられているアーバスのポートフォリオよりも、短期間で効率的なリターンを得ることができたことになる。

Christie’s NY, William Eggleston, “Untitled, 1970”

不確実な経済動向の見通しの中、現代アート/モダン・戦後の20世紀アートのオークションに出品されたハイエンド写真作品の市場動向に注目が集まっていた。結果的に3点が100万ドル越えを記録したものの、手数料などを考慮すると落札額は予想落札価格の下限近辺だった。他分野のアート作品同様に、高額な貴重作品に対する需要には底堅さはあるものの、過熱感はなく非常に落ち着いた入札状況だったといえるだろう。

(1ドル/138円で換算)

Pier 24 Photography単独オークション開催
珠玉の20世紀写真が高額落札!

写真に特化した大規模な単独コレクション・セールの“Pier 24 Photography from the Pilara Family Foundation Sold to Benefit Charitable Organizations Sale”が、5月1日~2日にサザビーズ・ニューヨークにおいて2部構成で開催された。

ピア24フォトグラフィー(Pier 24 Photography)は、コレクターのアンディとメアリー・ピララの発案により、2010年にサンフランシスコのエンバカデロ沿いの空き倉庫にオープンした写真専門の大規模展示スペース。今までに11の大規模展を企画し、約20冊の写真関連書籍を出版、500名の写真家によるや約4000点のコレクションを誇っていた。
メディア報道によると、アメリカを襲う高インフレの波は極めて酷く、なんと次回の契約更新で施設の家賃が3倍に上昇する事態に直面。同館はやむなくリース期間が切れる2025年7月に正式に施設のクローズを決め、美術館コレクションの売却を今回のセールを皮切りに行うことになったのだ。運営していたピララ基金は、ピア24フォトグラフィーを閉鎖し、医療研究、教育、芸術を専門とする団体を支援する助成財団に移行する予定と報道されている。

オークションは5月1日に55点のイーブニングセール、2日に128点のデイセールが行われた。
販売総額は1062万ドル(約14.65億円)を達成。合計183点が出品され177点が落札、不落札率は驚異的な約3%だった。ちなみに春の大手複数業者のニューヨーク定例オークションの結果は、総売り上げ約962万ドル、不落札率22.2%だった。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”, Robert Frank

最高額の落札作品は、ロバート・フランクの「’Charleston S. C.’, 1955」だった。写真集「The Americans」にも収録されている、アメリカ南部の人種差別をドキュメントした代表作。本作は32件の入札数を記録し、落札予想価格25万~35万ドルのところ、なんと952,500ドル(1.31億円)で落札。フランクのこれまでのオークション落札最高額を更新した。
同作カタログの作品解説では、珍しいロバート・フランクの以下のコメントが引用されている。
「初めて南部に行き、初めて本当に人種差別を目にしたのです。白人が自分の子どもを黒人の女性に預け、その女性がドラッグストアで自分のそばに座ることを許さないというのは、異常だと思った。私はこのような政治的な主張をするような写真はほとんど撮らなかった」。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”, Lee Friedlander

続いたのはリー・フリードランダーの52点のポートフォリオ「The Little Screens」。1961-70年に撮影され、42点が60年代のプリントになる。今セールでは本作の評価が一番高く、落札予想価格は50万~70万ドルだった。結果は609,600ドル(約8412万円)で落札。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”,Dorothea Lange

同じくドロシア・ラングの代表作「Migrant Mother, Nipomo, California、1936」も、落札予想価格20万~30万ドルのところ、609,600ドル(約8412万円)と、フリードランダーと同額で落札。もちろん同イメージの最高落札価格となる。本作は58.4X45.7cmの大判サイズで、1940年代にプリントされたヴィンテージ作品となる。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”, Hiroshi Sugimoto

杉本博司の「The Music Lesson、1999」も高額で落札された。同作は1999年にベルリンのグッゲンハイム美術館から依頼された「ポートレート」シリーズのひとつ。マダム・タッソー館アムステルダムは、ヨハネス・フェルメールの名作「Lady at the Virginal with a Gentleman」をモチーフにした蝋人形を制作していた。杉本は、フェルメールがイーゼルを置いたであろう場所に三脚を立て、同作を撮影。こちらは2004年制作のエディション5、135.5X106 cmサイズの作品。落札予想価格30万~50万ドルのところ、508,000ドル(約7010万円)で落札された。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”, Richard Avedon, 「Juan Patricio Lobato, Carney, Rocky Ford, Colorado, August 23, 1980」

生誕100周年を迎えたリチャード・アヴェドンの人気は全く衰えない。特に大判サイズ作品への需要の強さを感じる。2枚組作「Clarence Lippard, Drifter, Interstate 80, Sparks, Nevada, 29 August 1983」と、1985年プリントの142.9X114.3 cmサイズの「Juan Patricio Lobato, Carney, Rocky Ford, Colorado, August 23, 1980」が、ともに落札予想価格20万~30万ドルのところ、444,500ドル(約6134万円)の同額で落札されている。その他のいままではあまり人気がなかったアヴェドンのポートレートも再評価されており、軒並み落札予想価格以上で落札されている。

春のニューヨークの定例オークションが低調だったので、特に高額/中間価格帯中心の今回のオークションの動向には大きな注目が集まっていた。しかし心配をよそに3分の2の出品作が事前の予想価格以上で落札され、販売総額は事前予想価格の約120%にあたる1062万ドルの達成という、極めて好調な入札/落札結果だった。これは不確実な経済動向の見通しに関わらずハイエンドの貴重な作品への需要の強さを証明したといえるだろう。
サザビーズは、「世界23カ国からの入札、そしてきわめて好調だった今回の落札結果により、このコレクションが現代アートと写真の歴史的な交わりを描き、現代文化におけるイメージの力を反映させたかつてないほど充実したものであることが証明されました」と発表している。

(1ドル/138円で換算)

2023年春ニューヨーク
写真オークションレビュー
経済見通し不確実の高まりから低迷が続く

まずアート市場を取り巻く、今の経済環境を見てみよう。
米国ではインフレの高止まりから、昨年から米国連邦準備理事会(FRB)の急速の利上げが続いていた。ついにその影響が顕在化し、3月には米国地銀のシリコンバレーバンクなど2行が財務悪化で預金が流出して経営破綻した。さらに信用不安は経営悪化が取りざたされていたスイスの大手銀行クレディ・スイスに飛び火し、同行はスイス当局の介入でUBSに買収されることになった。インフレと利上げ継続、そして金融不安による信用収縮は間違いなく実体経済にマイナスの影響をあたえるだろう。早くも不動産市況悪化の兆しも見られるようで、景気悪化が心配されている状況だ。
NYダウは2023年1月3日に33,136.37ドルだった。3月の金融不安の広がりでいったんは下落したものの、当局が適切に対応して事態はすぐに鎮静化した。また景気悪化による年後半の利下げ観測から、オークションが行われる4月上旬には34,000ドル台まで持ち直している。
金融市場での先行きの不確実の高まりは、アート・オークション参加者に心理的な影響を与えると言われている。いまのアート市場を取り巻く状況はかなり厳しいといえるだろう。

2023年春の大手業者によるニューヨーク定例アート写真オークション、今回は4月上旬から4月中旬にかけて、複数委託者、単独コレクションによる合計4件が開催された。
フィリップスは、4月4日に複数委託者による“Photographs”(311点)と、昨秋に続いて“Drothea Lannge : The Family collection, Part Two (Online)”(50点)、サザビーズは、4月5日に、複数委託者による“Photographs (Online)”(87点)、クリスティーズは、4月13日に複数委託者による”Photographs (Online)”(107点)を開催した。サザビーズの出品数が少ないのは、5月1日~2日に単独コレクションセールの“Pier 24 Photography from the Pilara Family Foundation Sold to Benefit Charitable Organizations Sale”(合計188点)が予定されているからだと思われる。

ニューヨーク/写真オークション/大手3社 春秋シーズンの売り上げ推移

さてオークション結果だが、3社合計で555点が出品され、432点が落札。全体の落札率は約77.8%に改善している。ちなみに2022年秋は出品683点で落札率64.4%、2022年春は702点で落札率70.4%だった。総売り上げは約962万ドル(約12.7億円)、昨秋の約1050万ドルより減少、ほぼコロナ禍の昨春の約978万ドル並みだった。落札作品1点の平均金額は約22,273ドルで、昨秋の約23,876ドルより微減、昨春の約19,810ドルよりは上昇している。
過去10回のオークションの落札額平均と比較した以下のグラフを見ても、減少傾向が継続、またマイナス幅が若干拡大がした。今秋と比べると経済の不透明さが影響して出品数が大きく減少する中、落札率が改善して、総売り上げは微減だったといえる。中低価格帯の落札率はそれぞれ77.8%、79.7%と好調だったものの、5万ドル以上の高額価格帯は64.3%と低調だった。
業者別では、売り上げ1位は昨秋と同じく約654万ドルのフィリップス(落札率83%)、2位は約204万ドルでクリスティーズ(落札率79%)、3位は102万ドルでサザビース(落札率56%)だった。これは昨秋、昨春と同じ順位で、売り上げと落札率でサザビーズが苦戦している。

今シーズンの最高額は、フィリップス“Photographs”に出品されたアンセル・アダムスの「Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941」だった。落札予想価格15万~25万ドルのところ38.1万ドル(約5029万円)で落札されている。

Phillips NY, Ansel Adams「Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941」

フィリップスの資料によると、本作はニューヨーク近代美術館やプリンストン大学などで約35年のキャリアを積み、写真表現をプロ写真家の間の関心から、厳密な学問分野へと変貌させたことで知られる、キュレーター、写真史家ピーター・C・バンネル(Peter C. Bunnell、1937-2021)のコレクションの一部とのこと。彼が、1959年にアンセル・アダムスから直接に入手した極めて貴重な初期の大判サイズ作品となる。
この「Moonrise, Hernandez, New Mexico」は、1941年秋に夕陽に照らされるニューメキシコの小さな村を撮影した、彼のキャリアの中で最も有名な写真で、20世紀写真を代表する1枚ともいわれている。しかし、ネガの扱いが非常に難しく、彼の高い基準を満たすプリント制作にはきわめて複雑な工程の繰り返しが必要で、アダムスはプリント依頼をほとんど断っていた。しかし制作依頼注文はやむことがなかった。1948年、彼はネガを再処理して階調を強め、完璧なプリント作りを目指すという大胆な行動を決断する。再処理は見事に成功し、彼は非常にゆっくりとプリント注文に応じるようになるのだ。しかし、いま市場に流通するプリントの大半は1970年以降に作られたもの。今回のバンネルのコレクションは、由緒正しき来歴はもちろんのこと、アダムスがこのイメージの後期の解釈を確立する前の1950年代に制作された、81.3 x 95.3 cmという大判サイズのきわめて希少な作品となる。オークションでは、作品にまつわるサイドストーリーが多いほど高額落札されるのだ。

高額落札2位も、フィリップス“Photographs”に出品されたアーヴィング・ペン「Harlequin Dress (Lisa Fonssagrives-Penn), 1950/1979」、ロバート・メイプルソープ「Man in Polyester Suit, 1980」、シンディー・シャーマン「Untitled #546,2010」で、3作が同額の355,600ドル(約4693万円)で並んだ。

Phillips NY, Cindy Sherman「Untitled #546,2010」

経済の先行きの不透明感から、特に高額価格帯作品ではコレクターはいまだに売買への慎重姿勢を崩していないようだ。日本のコレクターも動きにくい状況が続いている。為替相場は、昨秋の150円よりは円高になったものの、130円台はまだ昨春よりはドル高水準だ。対ユーロ、対ポンドでも円安水準が続いている。作品の輸送コストも高止まりしている。しかし、米国のインフレ期待の沈静化と金利低下が視野に入ると、円高に振れる可能性が高いと思われる。もしかしたら今秋のオークションには、外貨資産を持つ意味での良品コレクション購入チャンスが訪れるかもしれない。

(1ドル/132円で換算)

サザビーズ・ニューヨークで開催
ロバート・フランク写真の単独セール

Sotheby’s NY, “On the Road: Photographs by Robert Frank from the Collection of Arthur S. Penn”

2023年のファインアート写真のオークションがいよいよスタートした。
2月22日、サザビーズ・ニューヨークで20世紀写真を代表するスイス人写真家ロバート・フランク(1924-2019)の主要作品109点のセールが行われた。「オン・ザ・ロード(On the Road: Photographs by Robert Frank from the Collection of Arthur S. Penn)」と命名された同セールは、世界で最も大規模なロバート・フランク作品の個人コレクションのアーサー・ペン(Arthur S. Penn)コレクションからの出品。

Sotheby’s NY, “On the Road: Photographs by Robert Frank from the Collection of Arthur S. Penn”

20世紀を代表する写真作品として知られる“Hoboken N. J.’ (Parade),1955”や、「The Americans」などの主要写真集に収録されている作品、コニーアイランド、ロンドンのビジネスマン、ウェールズの鉱夫のシリーズ、1950年代後半の映画的な「From the Bus」シリーズからの印象的な写真、そして家族の肖像写真まで、ロバート・フランクの輝かしい写真家キャリアを網羅する出品内容になっている。

Sotheby’s NY, “On the Road: Photographs by Robert Frank from the Collection of Arthur S. Penn”

しかし今回のオークション、ロバート・フランクの質の高い作品が多い単独セールだったが、かなり厳しい落札結果だった。
109点のうち落札は53点で、落札率は50%割れの約48.6%。総売り上げは991,235ドル(約1.28億円)だった。最高額の落札が期待された注目作の“Hoboken N. J.’ (Parade), 1955”。1978年までにプリントされた20.6X31.1cmサイズ作品で、落札予想価格12万~15万ドルの評価だったが不落札だった。
1万ドル以下の低価格帯の落札率は60%台だったものの、1万~5万ドルの中間価格帯、5万ドル以上の高額価格帯の落札率が約50%程度と不調が目立った。

Sotheby’s NY, “On the Road: Photographs by Robert Frank from the Collection of Arthur S. Penn”

最高額落札は2作品が同額の63,500ドル(約825万円)で並んだ。
“From the Bus NYC’ (Woman and Man on the Sidewalk), 1958”は、落札予想価格6万~9万ドル、もう一点の“Chicago (Car), 1956”は、落札予想価格4万~6万ドル。2点とも50年代から60年代にプリントされたヴィンテージ・プリントの可能性の高い作品だった。今回のサザビーズの企画は、市場の閑散期の活性化を狙った珠玉のロバート・フランク・コレクションの単独オークションだった。しかし開催時期がちょうど経済状況の先行きの不透明が強まったに時期と重なり、不運だったといえるだろう。

金融市場では、2月発表の米国の経済指標が予想よりもよく金利が上昇した。景気後退入りリスクが高まっているにもかかわらず、米連邦準備理事会(FRB)の利上げが当初の予想以上に長引くとの観測からNYダウの株価も1月来の安値になっていた。このような金融市場の先行き不透明感がコレクターのセンチメントに悪影響を与えた可能性が高いだろう。特に貴重な代表作品のヴィンテージ・プリントでない限り、いくらロバート・フランク作品でも無理に急いでいま購入する必要はないという姿勢の表れだと思われる。4月になると定例のニューヨークでのPhotographsオークションが開催される。金融市場の状況をもう少し見極めたうえで判断するという、様子見を決め込んだコレクターが多かったのだ。

私は市場心理に悪い影響を与えたのは将来的な景気の後退予想だと考えている。景気が悪くなると、特に高額価格帯の作品の相場が悪化する傾向が強い。コレクターにとっては、今より安く購入できる可能性が将来的に訪れることを意味する。長期的な景気後退シナリオは、4月の定例オークションにも影響を与える可能性があるだろう。これからの各価格帯の相場動向を注視していきたい。

春の大手業者のニューヨークの「Photographs」オークションは、フィリップスが4月4日、サザビーズが3月29日~4月5日、クリスティーズ(Online)が3月31日~4月13日に予定されている。

(為替レート/1ドル130円で換算)

2022年アート写真オークション・レビュー
マン・レイ/エドワード・スタイケン作品
1000万ドル超えの衝撃落札!

2022年アート写真市場では、2点の1000万ドル越えの落札作品が最大の話題になった。ちなみにいままでの写真のオークション最高額は、2011年11月にクリスティーズ・ニューヨークで落札されたアンドレアス・グルスキー「Rhein II」の433.8万ドルだった。2022年はいきなり以前の最高額の2倍以上の高額落札が2点もあったのだ。
年間最高額の1241万ドルを記録したマン・レイ作品「Le Violon d’Ingres, 1924」は、5月にクリスティーズ・ニューヨークで開催された“The Surrealist World of Rosalind Gersten Jacobs and Melvin Jacobs”セールに、年間2位の1184万ドルのエドワード・スタイケン作品「The Flatiron, 1904/1905」は、11月にクリスティーズ・ニューヨークで行われた故マイクロソフトの共同創業者ポール・アレン(1953-2018)の“Visionary: The Paul G. Allen Collection Parts I and II”セールに出品された。いずれも写真に特化したカテゴリーのオークションではない。
ポール・アレン・コレクションのセールは、ゴッホ、セザンヌ、スーラ、ゴーギャン、クリムトなどの20世紀美術界巨匠のモダンアート絵画とともにスタイケンの写真作品が出品されている。落札額の1184万ドルは、同オークションでスタイケンと同時期に活躍した画家ジョージ・オキーフ(GEORGIA O’KEEFFE /1887-1986)の油彩画「Red Hills with Pedernal, White Clouds」の1229.8万ドルとほぼ同じ額になる。これは20世紀写真の貴重なヴィンテージプリントは、1点もの絵画と同じ価値があるという意味でもある。
アート作品のカテゴリー分けは固定的に決まっているわけではなく、いつの時代でも流動的に変化している。2022年は、写真とその他の分野のアート作品とのカテゴリー分けがより一層困難になった。かつては独立した分野として存在していた写真が、完全に大きなアート作品分野の中の一つの表現方法になったと理解してよいだろう。アート史で、写真家と画家が同じアーティストとして取り扱われるようになったともいえる。

アート・フォト・サイトの年間オークション売り上げは、主に写真に特化したセールの落札結果を集計している。いまや現代アート系オークションにはアーティスト制作の写真作品、20世紀モダンアートのオークションには、上記のマン・レイやスタイケンなどの高額20世紀写真が当たり前に出品されている。それらを取り出して、集計に加えるという考え方もあるが、ここでは今まで継続して行ってきた統計の一貫性を保つために除外している。ただし高額落札ランキングには、現代アート系/20世紀モダンアートのオークション結果も反映させている。しかしデイヴィッド・ヴォイナロヴィッチ(1954-1992/David Wojnarowicz)などの写真を使用したコラージュ作品は、写真作品に含めるかどうかの解釈は分かれると思う。今回は写真オークションへの出品実績が少ないことから除外した。
またオークションは世界中で開催されている。今回の集計から漏れた高額落札もあるかもしれない。
また為替レートは年間を通じて大きく変動している。どの時点のレートを採用するかによって、ランキング順位が変わる場合もある。2022年は為替レートが大きく乱高下した。ドル円の為替レートは年初の110円台から150円台まで下落して、その後年末には130円台まで戻している。例年はオークション開催月の為替レートを採用していたが、2022年は三菱UFJリサーチ&コンサルティングが発表している年間の平均TTSレートを採用した。ドル円132.43円、ユーロ円139.54円、ポンド円165.92となる。
これらの点はご了承いただくとともに、もし漏れた情報に気付いた人はぜひ情報の提供をお願いしたい。

以上から、以下のランキングは写真作品の客観的順位というよりも、アート・フォト・サイトの視点によるものと理解して欲しい。2022年は、新型コロナウイルスの感染拡大による大きな混乱はなくなり、ほぼ通常通りのスケジュールでオークションが開催された。しかしコロナ禍は収束が見えない中、ウクライナ戦争、エネルギー危機、インフレ、金利急上昇などの深刻な課題に直面した1年だった。2022年は世界中の写真作品中心の35オークションの売り上げを集計した。総売り上げは約56億円と、2021年比で約6%減少。出品点数は5080点とほぼ横ばい、落札率は約71.6%から約66.56%に低下している。1点の単純落札単価は168万円から165万円に微減した。合計金額は通貨がドル、ユーロ、ポンドと別れているので、円貨に換算して計算している。取引シェアが最大通貨のドルは、年平均で比較すると約20%もドル高/円安になっているので、円貨換算の総売り上げは為替の影響で過大評価されているといえるだろう。
したがってドルベースで結果を比較している、ニューヨークの春と秋シーズンの大手3社の定例オークション実績のほうが市場の実態を反映しているだろう。春と秋シーズンを合算した、年間ベースでドル建ての売上を見比べると、2022年の市場状況が良く分かる。政治経済の不透明さが続く中、2022年の売り上げは約2029万ドル(落札率67.4%)だった。新型コロナウイルスの感染拡大により落ち込んだ2020年の約2133万ドルを下回るレベルまで落ち込んでいる。これはリーマンショック後の2009年の約1980万ドルをわずかに上回る数字となる。
年間の落札率推移も、2019年70.8%、2020年71.6%、2021年71.8%から、2022年は67.4%に下落している。相場環境が悪いと、特に高額作品を持つ現役コレクターは売却時期を先延ばしにする傾向がある。つまり高額で売れない可能性が高いと無理をしないのだ。そして買う側も、将来的により安く買える可能性があると考える。結果的に全体の売上高と落札率が伸び悩む傾向になる。2022年はそのようなコレクター心理が反映された年だったといえるだろう。特に2022年秋は、私が専門としているファッション分野でも有名写真家の代表作品の不落札が散見された。コレクターは売買に慎重姿勢である事実がよく分かる。

さて2021年のオークション市場では、秋のクリスティーズ・ニューヨークのオ―クションに出品されたジャスティン・アベルサノ(Justin Aversano/1992-)の、「Twin Flames」シリーズのデジタルアート写真NFT(Non-Fungible Token)作品が落札予想価格10万~15万ドルの、予想をはるかに上回る111万ドル(約1.22億円)で落札され大きな話題になった。しかし、2022年は暗号資産市場は世界有数の暗号資産取引所のFTXの破綻などの影響で価格が大きく調整した。NFT市場の取引量も大きな影響を受けた。ブロックチェーン調査データを公開するDuneによると、2022年に入ってからNFT取引は急減し、9月末までに年初比で97%減少したという。金利が上昇した金融市場の動向もオークション参加者に心理的な影響を与え、かなり厳しい状況が続いた。中長期的には可能性のある市場だが、2021年のような価格レベルに市況が回復するにはかなりの時間と市場関係者の努力が必要だろう。

2022年オークション高額落札ランキング

1.マン・レイ「Le Violon d’Ingres, 1924」
クリスティーズ・ニューヨーク、“The Surrealist World of Rosalind Gersten Jacobs and Melvin Jacobs”、2022年5月14日
$12,412,500.(約16.43億円)

Man Ray「Le Violon d’Ingres, 1924」Christie’s NY

2.エドワード・スタイケン
「The Flatiron, 1904/1905」
クリスティーズ・ニューヨーク、“Visionary: The Paul G. Allen Collection Parts I and II”、2022年11月9日
$11,840,000.(約15.67億円)

Edward Steichen 「The Flatiron, 1904/1905」Christie’s NY

3.マン・レイ
「Noire et Blanche, 1926」
クリスティーズ・ニューヨーク、“20th Century Evening, 21st Century Evening, and Post-War & Contemporary Art”、2022年11月17-18日
$4.020,000.(約5.32億円)

Man Ray 「Noire et Blanche, 1926」Christie’s NY

4.ヘルムート・ニュートン
「Big Nude III (Variation), Paris」
クリスティーズ・ニューヨーク、“21st Century Evening and Post-War and Contemporary Art Day Sales”、2022年5月10-13日
$2,340,000.(約3.09億円)

Helmut Newton「Big Nude III (Variation), Paris」 Christie’s NY

5.バーバラ・クルーガー
「Untitled (My face is your fortune), 1982」
サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Evening and Day Auctions”、2022年11月16-17日
$1,562,500.(約2.06億円)

Barbara Kruger「Untitled (My face is your fortune), 1982」 Sotheby’s NY

6.リチャード・プリンス
「Untitled(Cowboy), 1998」
サザビーズ・ロンドン、“Modern and Contemporary evening”、20221年6月29日
GBP942,500.(約1.56億円)

Richard Prince「Untitled(Cowboy), 1998」Sotheby’s London

7.リチャード・アヴェドン
「The Beatles Portfolio: John Lennon, Ringo Starr, George Harrison and Paul McCartney, London, 1967/1990」
フィリップス・ロンドン、“Photographs”、2022年11月22日
GBP809,000.(約1.34億円)

Richard Avedon「The Beatles Portfolio: John Lennon, Ringo Starr, George Harrison and Paul McCartney, London, 1967/1990」Phillips London

8.シンディー・シャーマン
「Untitled, 1981」
クリスティーズ・ニューヨーク、“21st Century Evening and Post-War and Contemporary Art Day Sales”、2022年5月10-13日
$882,000.(約1.16億円)

Cindy Sherman「Untitled, 1981」Christie’s NY

9.リチャード・プリンス
「Untitled (Cowboys), 1992」
サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Art Day Auction”、2022年5月20日
$724,000.(約9594万円)

Richard Prince「Untitled (Cowboys), 1992」Sotheby’s NY

10.ゲルハルド・リヒター
「Ema (Akt auf einer Treppe) (Ema <Nude on a Staircase>), 1992」
サザビーズ・ロンドン、“Contemporary Evening and Day Auctions”、2022年10月14-15日
GBP567,000.(約9407万円)

Gerhard Richter「Ema (Akt auf einer Treppe) (Ema <Nude on a Staircase>), 1992」Sotheby’s London

繰り返しになるが、いま市場での写真表現の定義は極めて複雑になっている。「ファインアート写真の見方」(玄光社/2021年刊)で詳しく触れているが、これからは「19-20世紀写真」、「21世紀写真」、「現代アート系写真」へと分かれていくとみている。21世紀になって制作された写真作品は、すべて現代アート系写真だという考えもある。しかし内容的には、19-20世紀写真の延長線上にある「21世紀写真」と「現代アート系」とに分かれるのではないだろうか。
オークションハウスのカテゴリーでは、戦後の20世紀写真/21世紀写真の中で、サイズの大きく、エディションが少ない作品は現代アート・カテゴリーに定着している。そして2022年には、1000万ドル越えの1945年以前の20世紀写真が誕生した。これにより高額ヴィンテージ作品は従来の「19-20世紀写真」とは区別して、新たに「モダンアート系写真」というカテゴリーで呼ぶのが適切ではないかと考えている。この新しい超高額分野が市場として確立するかは今後にどれだけ貴重な逸品がオークションに出品されるかにかかっている。

2023年は世界的な不況が到来するとの経済専門家の見通しが一般的だ。外国為替市場では日米の金利差縮小の期待から、年初から急激に円高が進行している。日本のコレクターにとってはもしかしたら買い場があるかもしれないと考えている。今年も引き続きアート写真市場の相場動向を注視していきたい。

(為替レート/ドル円132.43円、ユーロ円139.54円、ポンド円165.92)

エドワード・スタイケンの
ヴィンテージプリントが
1184万ドルで落札!
故ポール・アレン・コレクション・オークション

クリスティーズ・ニューヨークは、11月9日に故マイクロソフトの共同創業者ポール・アレン(1953-2018)の「Visionary: The Paul G. Allen Collection」オークションを2回のパートで開催した。
アレン氏は1975年、高校時代からの友人ビル・ゲイツ氏とマイクロソフトを設立。その後、IT業界の先駆者として活躍したが、2018年にがんによる合併症で65歳で亡くなった。今回のオークションでは、ゴッホ、セザンヌ、スーラ、ゴーギャン、クリムトなどの傑作5点の絵画が1億ドル以上で落札され大きな話題となった。最高額はジョルジュ・スーラの「Les Poseuses, Ensemble (Petite version)」で、1億4920万ドルで高額落札された。第1部、第2部と合わせると合計売上高は16億2224万9500ドル(約2271億円)に達し、これは単一のオークションでの最高の合計売上だと発表されている。

実はこのオークションには、第1部にエドワード・スタイケン、2部には、マン・レイ、アンドレ・ケルテス、ポール・ストランド、アーヴィング・ペン、アンドレアス・グルスキー、トーマス・シュトゥルートの合計7点の写真作品も出品されている。世界的コレクションの中に写真作品が当たり前に含まれている事実は、写真はもはや独立したカテゴリーではなく、アート表現の一形態になっていることを意味すると思う。

Christie’s NY, EDWARD STEICHEN ,”The Flatiron, 1904″

最高額はエドワード・スタイケンの有名作「The Flatiron、1904」。1905年にプリントされた正真正銘のヴィンテージ・プリントで、落札予想価格200~300万ドルのところ、なんと1184万ドル(約16.57億円)で落札された。これは今年の5月に1240万ドル落札されたマン・レイの「Le Violon d’Ingres」に次ぐ、写真のオークション高額落札ランキングの第2位の記録となる。同オークションでは、ちょうど同じころに活躍した画家ジョージ・オキーフ(GEORGIA O’KEEFFE /1887-1986)の油彩画“Red Hills with Pedernal, White Clouds”がほぼ同じ価格帯の1229.8万ドル(約17.21億円)で落札されている。有名写真家の貴重なヴィンテージプリントは、1点ものの絵画と同じ価値があるのだ。いまやアート史では、写真家と画家が同じアーティストとして取り扱われるようになってきたといえるだろう。

有名写真家スタイケンの貴重な有名作が高額落札された一方で、本オークションに出品された他の写真作品の落札結果にはとても興味深い傾向が見られた。やや数字が細かくなるが、以下にその落札データを紹介しておこう。

Christie’s NY, ANDREAS GURSKY,”Bibliothek, 1999″

アンドレアス・グルスキー(ANDREAS GURSKY, 1955-)
“Bibliothek, 1999”
インクジェット・プリント/diasec表面加工、
(179 x 320.7 cm.)、エディション3/6
落札予想価格 180,000~250,000ドル
落札価格 604,800ドル

Christie’s NY, IRVING PENN, “12 Hands of Miles Davis and His Trumpet, New York, July 1, 1986”

・アーヴィング・ペン(IRVING PENN, 1917-2009)
“12 Hands of Miles Davis and His Trumpet, New York, July 1, 1986”
セレニウムトーン・シルバー・プリント
落札予想価格 30,000~50,000ドル
落札価格 195,300ドル

Christie’s NY, MAN RAY,” Swedish Landscape, 1925″

・マン・レイ(MAN RAY, 1890-1976)
“Swedish Landscape, 1925”
1点ものシルバー・プリント
落札予想価格 300,000~500,000ドル
落札価格 189,000ドル
(購入履歴)
“Photographs from the Collection of 7-Eleven, Inc., Sotheby’s, New York” 2000年4月5日、lot 26.
落札価格 258,750ドル(落札予想価格 120,000~180,000ドル)

Christie’s NY, ANDRE KERTESZ, “Cello Study, 1926”

・アンドレ・ケルテス(ANDRE KERTESZ, 1894-1985)
“Cello Study, 1926”
シルバー・プリント
落札予想価格 300,000~500,000ドル
落札価格 226,800ドル
(購入履歴)
“Christie’s, New York”
2000年4月5日、lot 214.
落札価格 314,000ドル(落札予想価格 180,000~220,000ドル)

Christie’s NY, PAUL STRAND, “Mullein Maine, 1927”

・ポール・ストランド(PAUL STRAND, 1890-1976)
“Mullein Maine, 1927”
プラチナ・プリント
落札予想価格 300,000~500,000ドル
落札価格 126,000ドル
(購入履歴)
“Phillips de Pury & Luxembourg, New York”
2002年4月15~16日、lot 42.
落札価格 607,500ドル(落札予想価格 250,000~350,000ドル)

Christie’s NY, THOMAS STRUTH, “Stellarator Wendelstein 7-X Detail, Max Planck IPP, Greifswald, Germany, 2009”

・トーマス・シュトゥルート(THOMAS STRUTH, 1954-)
“Stellarator Wendelstein 7-X Detail, Max Planck IPP, Greifswald, Germany, 2009”
タイプCプリント、エディション2/10、サイズ約165X214cm
落札予想価格 80,000~120,000ドル
落札価格 50,400ドル
(購入履歴)
“Sotheby’s, London, 2 July 2015, lot 413.”
2015年7月2日、lot 413.
落札価格 87,500ポンド(落札予想価格 70,000~90,000ポンド)

まず、スタイケン、グルスキー、ペンは落札予想価格上限を超えて落札されている。しかしそれ以外の、マン・レイ、アンドレ・ケルテス、ポール・ストランド、トーマス・シュトゥルートの作品は、今回クリスティーズが設定した落札予想価格下限以下での落札だった。本セールのすべての収益は、まだ指定されていない慈善団体に送られと発表されている。落札最低額のリザーブは、通常は落札予想価格下限の近くに設定されている。今回はセールのチャリティーの趣旨から、リザーブはかなり低く設定されていたか、未設定だった可能性がある。通常のオークションだったら不落札になっていただろう。

そして、これら4作品は、いずれも過去のオークションで落札されコレクションに加わっている。そして過去の落札履歴を調べてみると衝撃的な事実が明らかになった。なんと今回の4点すべての落札価格は取得価格よりも低くなっていた。つまり今回の売却で損失が出ているのだ。ポール・ストランドなどは2002年に約60万ドルで購入したのが12.6万ドルで落札されている。

今回の結果は現在のファインアート写真市場の状況をかなり的確に反映していると考える。有名写真家の貴重なヴィンテージ・プリントでも、コレクターが有名作/代表作を好むという傾向が明らかに見て取れるのだ。ヴィンテージ・プリントの中でも、スタイケンの「The Flatiron、1904」のような、ひと目で“あの写真家の作品”とわかる写真史に残るアイコン的な作品には人気が集中する。高額落札されたアンドレアス・グルスキー、アーヴィング・ペンの作品も人気のある絵柄だ。一方で、20世紀写真界の重鎮、マン・レイ、ポール・ストランド、アンドレ・ケルテスであっても、あまり知られていない絵柄の作品は骨董的価値はあるものの市場ではコレクター人気があまりないようだ。

今回は現代アート系のトーマス・シュトゥルート作品も出品されていた。2015年の落札価格はポンド建てなので、単純に当時のドル/ポンドのレート約1.5で換算すると約13.1万ドルとなる。為替レートは大きく変化しているものの今回の落札予想価格80,000~120,000ドルは購入価格を考慮した妥当の評価だろう。
一方で落札価格50,400ドルだった。本作はシュトゥルートの代表作とは言えないだろう。どうも現代アート分野においても、アーティストの代表作に市場の人気が集中する傾向は変わらないようだ。

市場での作品価値は、1.作家のアート性、2.作家の有名度/人気、3.絵柄の有名度/人気、4.希少性(エディション等)、5.プリント自体の歴史的価値(ヴィンテージ・プリント)、6.作品コンディション、7.来歴、などが総合的に吟味されて評価が下されている。最近は、その中でも”絵柄の有名度”の比重がかなり高くなっているようだ。

今回の結果に、あまり絵柄が知られていない貴重なヴィンテージプリントや現代アート系作品を持つ美術館やコレクターは動揺したと推測される。
(1ドル/140円で換算)