2016年春 欧州アート写真オークション 元気のない低価格帯カテゴリー

アート写真オークションは、4月のニューヨーク、5月のロンドンが終わり、6月にかけて、欧州各都市で低価格帯中心(約7500ユーロ以下)の中堅業者であるVilla Grisebach(ベルリン)、Kunsthaus Lempertz(ケルン)、WestLicht(ヴェストリヒト・ウィーン)によるオークションが開催された。
今までの動向を見るに、大手業者が取り扱う中間、高額の価格帯は比較的堅調、中堅業者が取り扱う1万ドル(約105万円)以下の低価格帯は出品数は増加しているものの低迷しているという構図だった。最近はドル・ユーロ・ポンド・円の為替が大きく変動しているが、とりあえず、アート写真市場では、1万ドル、5000ポンド、7500ユーロ以下を低価格帯としている。
ロンドンで5月20日に行われた低価格帯中心のDreweatts&Bloomsburyの”Smile-Photographs and
Photobooks from 1960s”オークションでは落札率は約35%、総売り上げ10.5万ポンド(約1742万円/@165)とかなり厳しい結果だった。
さて3社の結果だが、昨年同時期と比べると、今回はオークション開催数が4から3に減少していることから、総出品数は約18%減少して651点だった。総売り上げはKunsthaus Lempertzが伸ばしたものの他の2社は減少。全体では約4%微減の約186万ユーロ(約2.195億円)。落札率はVilla Grisebachが減少したが他2社は改善。全体では約56%から61%にわずかだが改善した。
2016年の複数市場における落札率を比較すると、大手業者はニューヨーク約67.8%、ロンドンが約64.4%。一方で中堅はニューヨーク約62%、欧州約61%という結果だ。今回の欧州動向を分析するに、全体的には予想通りの元気がない低価格帯市場が続いているという印象だった。翻って先週に開催された47回目の伝統のある世界最高峰のアート・フェアのアート・バーゼル。メディア・レポートによると、事前の予想に反して100万ドルを超えるような高額作品の売り上げが好調だったという。改めて資産価値の高い有名作品の人気が強く印象付けられた。いまのところアート市場の2極化傾向には変化がないようだ。
ベルリンのVilla Grisebachでは6月1日に”Modern and Contemporary Photographs” を開催。こちらは91%が低価格帯。総売り上げは、約63.4万ユーロ(7481万円)、落札率は58.9%だった。最高額はピーター・ベアードの”Andy Warhol at Home in Montauk, Church Estate, New York, 1972″。落札予想価格の上限の7万ユーロ(約826万円)で落札された。
ケルンのKunsthaus Lempertzでは6月3~4日に、”Photography and Contemporary Art”を開催。こちらも94%が低価格帯。総売り上げは、約57.8万ユーロ(6820万円)、落札率は56.3%だった。最高額はアルベルト・レンガー=パッチェのヴィンテージ・プリント”Natterkopf, 1925″。落札予想価格のほぼ上限の7倍以上もする14.88万ユーロ(1755万円)で落札された。
今回はレンガー=パッチェ作品が、予想落札価格を大きく超える事例が多くみられた。他のヴィンテージ・プリントと比べると過小評価されており割安感があったということだろう。
ウィーンのWestLicht(ヴェストリヒト)では6月12日に”14th Photo Auction” が行われた。こちらも90%が低価格帯。総売り上げは約65万ユーロ(7670万円)、落札率は約68%だった。最高額はバート・スタンによるマリリン・モンローの56点のポートフォリオ“The Last Sitting,LA,1962”。死後55年経過しても彼女の人気に変化はない、落札価格上限の12万ユーロ(1416万円)で落札された。

2016年のいままでの落札率は約64.4%。昨年の全平均の約63.5%とほぼ変わっていない。アート写真市場は、とりあえず二極化傾向が続きながら今のレベルで留まっている印象だ。

(1ユーロ/118円で換算)

2016年春ロンドン・アート写真オークション 深瀬昌久”鴉、襟裳岬”が驚きの高額で落札!

5月ニューヨークで行われた大手による定例モダン&コンテンポラリー・アート・オークション。クリスティーズで、美術館創設構想を持つ株式会社スタートトゥデイ代表取締の前澤友作氏が、ジャン=ミッシェル・バスキアの「Untitled」を約5728万ドル(約62.4億円)で個人所有として落札したことが大きな話題になった。彼はその他にも、リチャード・プリンス、ジェフ・クーンズ、アレクサンダー・カルダー、ブルース・ニューマンなどを落札した。
しかし全体の落札結果は決して楽観できるものではなく、オークション総売り上げは昨年比約50%以上も減少している。これはリーマンショック後の回復期の2010~2011年の売上高となる。中国経済の減速などの世界経済の不透明さと、今季はいままで続いていた高額評価の名品の出品が少なかったことが売り上げ減少につながったと分析されている。
さて同時期に開催された大手3社によるロンドンのアート写真オークションはどうだったのだろうか。アート写真は、モダン&コンテンポラリー・アートよりも価格帯がはるかに安いカテゴリーだ。こちらの市場ではいち早く変調が見られた。
昨秋にニューヨークで行われた大手の定例オークションでは、売上総額がリーマンショック後の2009年レベル近くまで急減。落札率も直近ピークの2013年春の81%から60%台まで悪化たのだ。2016年春のニューヨーク・オークションでは若干の回復したものの、弱めのトレンドに変化はなかった。その後に行われた低価格帯中心のニューヨークでの中堅業者のオークションでも平均落札率が前年の67.7%から61.9%に低下。低価格帯市場の低迷が強く印象づけられた。
今回のロンドンは出品総数が昨年並みの388点、低価格帯はわずか19%程度、中間価格帯が全体の2/3を占めていた。ほぼニューヨークの大手オークションと同じ作品構成だった。結果は落札率64.4%とほぼ昨年と同レベル、しかし総売り上げは約34%増加して533万ポンド(約8.79億円)となった。クリスティーズ、フィリップスが大きく数字を伸ばし、ササビーズは減少した。全体的に落札作品の単価が上昇している。これは予想外に順調な結果だったといえるだろう。
大手3社の中で低調だったのがササビーズ。
落札率59.7%、総売り上げも約142.2万ポンド(約2億3469万円)だった。最高額はアーヴィング・ペンのカタログ・カバー作品の”Mouth (for L’Oreal), New York,1986″。ダイトランスファーによる、約69X67cmサイズの1992年制作の作品。落札予想価格の上限に近い22.1万ポンド(3646万円)だった。
フリップスは、落札率67.5%、総売り上げは約224.8万ポンド(約3億7102万円)。今回のロンドンセールでのトップ売上だった。同社のプレス資料によると今回の売り上げはロンドンにおいての史上最高額とのことだ。従来の複数委託者のセール以外に、ファッション中心の「Ultinate Vogue」、個人コレクションの「Collection of Paul and Toni Arden」、若手・中堅を戦略的に取り扱う「Ultimate」、アーティストのポートレートに特化した「Private Collection,
Europe」、独自編集の「Concept. Composition. Creator.」などを加えた作品提示方法とカタログ編集は見事だった。多様な写真表現を、どのようにグルーピングして顧客に提案するかという、プロの巧みな見立て力が発揮されていた。最高額はピーター・ベアードの約124X248cmの巨大コラージュ作品の”Maureen and a late-night feeder, 2.00 am, Hog Ranch, 1987″。落札予想価格のほぼ上限に近い、14.9万ポンド(約2485万円)だった。
今回の大きなサプライズは日本人写真家、深瀬昌久の”鴉、襟裳岬、1976″だった。カタログの表紙を飾るとともに、4ページにわたる解説が記載されていた注目作。カタログ資料によると、プリントは1986年なのでヴィンテージ・プリントではない。しかし、写真家自身プリント制作の36.5X49.1cmサイズのこのイメージのオリジナル作品は2点しか存在が確認されておらず、残り1点はフィラデルフィア美術館に収蔵されているとのことだ。1987年のツァイト・フォト・サロンの「鴉」出版を記念して行われた個展で売られたものとのこと。日本写真をコレクションしている美術館は喉から手が出るほど欲しい作品だろう。落札価格は驚きの9.375万ポンド(約1546万円)。落札予想価格上限の3倍だった。
クリスティーズは、落札率65.9%、総売り上げは約166万ポンド(約2億7412万円)。最高額はこちらもピーター・ベアードの約128X217cmの巨大コラージュ作品の”Heart Attack City, 1972″。マリリン・モンローのヴィジュアルがメインに使用されているベアードの人生が反映された人気作だ。落札予想価格の上限を超える、43.4万ポンド(約7169万円)で落札。今シーズンの最高値だった。
安定した人気を誇るのが杉本博司の海景シリーズ。118.7 x 147.3 cmサイズ、エディション5の”Baltic Sea, 1996″が落札予想価格の上限を超える、26.6万ポンド(約4397万円)で落札されている。

今回のオークション結果からは、とりあえず高額、中間価格帯の市場が比較的安定している状況が読みとれるだろう。一時期に動きが鈍っていたファッション系が予想外に検討した印象だ。有名ファッション写真家の市場にフレッシュな作品も人気を集めていた。落札予想価格の微調整がうまくいったのだろう。
また比較的好調だった背景には為替レートの動向もあったのではないか。2016年早々に、イギリスのEU脱退というニュースが注目を集め、為替相場が一気にポンド安に進んだ。これが米国などの海外のコレクターに割安感を感じさせた可能性があると考えている。ただし、同時期に開催された低価格帯中心のDreweatts&Bloomsbury”Smile-Photographs and
Photobooks from 1960s”オークションの落札率は30%台に低迷している。6月にかけて、欧州各都市で低価格帯中心のアート写真オークションが開催される。いままでの流れだと、こちらはかなり厳しい結果が予想される。

(為替レート 1ポンド/165円換算)

勢いを欠く低価格帯アート写真
ニューヨークの中堅業者オークション

ニューヨークでは、大手3社の春の定例アート写真セールに続いて、中間価格帯のアート写真、フォトブックを取り扱う中堅業者のオークションが行われた。
4月中旬から下旬にかけて、ボンハムス(Bonhams)ヘリテージ・オークションズ(Heritage Auctions)スワン(Swann  Auction Galleries)の3社が開催。今年の特徴は、ヘリテージ・オークションズが出品数を大幅に増やしたことだ。大手は、有名作家の希少で良質の作品を中心に編集してくる。まさにこの対極の方針で臨んだことになる。
欧米で写真が本格的にコレクションされるようになって約40年くらい経過している。一部作品は高額になっている一方で、それ以上の不人気作品がコレクターの手元に大量に存在している。大手が取り扱うのは、厳しい生存競争を勝ち抜いた一部のブランド化した作品のみ。コレクターの高齢化に伴い、不人気作であっても値がつくのなら売却したいという潜在ニーズもあるのだ。
ヘリテージ・オークションズはそこに目を付けたのだろう。出品作のラインアップは、人により好みが大きくわかれる、ドキュメント系やポートレート系が多い印象だった。
結果的に3社合計の出品数は、昨春の709点と比べて大幅増加して、1103点。93.5%が1万ドル(約110万円)以下の低価格帯作品だった。昨春の結果と比べると、出品数増加に関わらず総売上合計は約272万ドル(約3億円)と、わずか約1.5%の伸びにとどまった。平均落札率は67.7%から61.9%に低下している。今年のオークションの平均落札率が約66.5%なので、低価格帯の作品市場の元気がない状況が良くわかる。
以前から指摘しているように、昨年来の弱気モードが続く市場は、景気循環というよりも、もっと根源的な社会の構造変化による影響という印象を持っている。アート写真コレクターの中心は富裕層というよりも中間層だった。欧米社会で進行している中間層減少と貧富の差の拡大は、多くの経済学者が指摘している通りだ。不要不急の商品といえるアートをコレクションする行為は、未来に対する明るいヴィジョンが描けることが前提で活性化する。もし将来に不安があると、どうしても資産価値のある作品以外の購入には消極的になるだろう。逆に既に持っているコレクションを換金化しようという流れになる。
高額価格帯には、世界的に増加している美術館や金融緩和の恩恵を受けている富裕層コレクターがいる。現代アート市場と重なるので底堅いのだ。一番影響が大きいのは5万ドル(約550万円)以下の、中間、低価格帯となる。
昨年秋以降の市場の落ち込みは個人所得の増加率低下とともに、このようなじわじわと進行してきた社会の構造変化の顕在化ではないだろうか。アメリカ大統領予備選挙のトランプ・ブームと同様の背景があるかもしれないのだ。
アート写真市場の関心は5月中旬に大手3業者によりロンドンで相次いで開催されるオークションに移っている。
(為替レート 1ドル/110円で換算)

2016年春のNYアート写真シーズン到来! 市場の2極化がさらに進行する
最新オークション・レビュー

春の訪れとともに、いよいよ定例の2016年ニューヨーク・アート写真シーズンが始まった。4月3~6日にかけて、大手のクリスティーズ、ササビーズ、フィリップスでオークションが開催された。
昨秋から半年の間に経済環境は再び大きく変化した。2016年の年明け以降、原油価格急落、中国経済のバブル崩壊懸念、欧州景気の低迷、米国での金利上昇予想などによる世界経済先行きへの不安感が高まり金融市場が不安定になった。米国の短期金利は昨年12月に約10年ぶりに引き上げられた。しかしその後は、新興国や資源国の経済の先行き不安などから利上げのペースが遅れるという見通しが強くなった。結果的にニューヨーク・ダウ平均株価は、年初に15000ドル台に急落したものの、春には再び17000ドル台に回復。株価はほぼ昨年秋時期のレベルに戻っている。
2015年秋のオークションはかなり厳しい結果だった。オークションの総売り上げは、2013年春から2014年春にかけてリーマンショック後の減少傾向からプラスに転じた。しかし2014年秋以降は再び弱含みの推移が続き、ついに昨秋にはリーマンショック後の2009年春以来の低いレベルに大きく落ち込んでしまったのだ。特にそれまで好調が続いていた高額価格帯が大きく失速したのが響いた。
今年は春の定例オークション前の2月17~18日に、”MODERN VISIONS (EXEPTIONAL
PHOTOGRAPHS)”という、大注目オークションがクリスティーズ・ニューヨークで開催された。落札結果は予想外に好調で。全279点が出品され落札率は驚異的な90.32%だった。総売り上げはなんと約889万ドル(約10.2億円)を記録した。同オークションのレビューでは、出品作は作品来歴もしっかりとしている極めて貴重なヴィンテージ・プリントが中心だったので、市場全体の趨勢を必ずしも反映されたものではないかもしれないと分析した。残念ながら予想は当たってしまったようで、今春シーズンは昨秋の弱めのトレンドからの大きな変化は見られなかった。大手3社の総売り上げは約1190万ドル(約13.32億円)。昨秋よりは約17%増加したものの、1年前と比較すると約32%減。いまだにリーマンショック直後の2009年春以下のレベルにとどまった。
平均落札率は約67.8%と、昨秋の62.1%より改善している。しかしこれでも約1/3の出品作は不落札ということだ。価格帯別の落札率に大きな違いは見られなかった。この数字から、今後に開催される中堅業者のオークションはかなり苦戦すると予想できるだろう。
ササビーズは4月3日に複数委託者による「PHOTOGRAPHS」を開催。
落札率73.68%、総売り上げ約332万ドル(約3億7200万円)だった。昨秋よりも出品数を絞ったものの落札率が向上したことでほぼ昨年並みの売り上げを達成した。
最高額はヘルムート・ニュートンの”Sie Kommen (Dressed) and Sie Kommen (Naked), 1981″。ヌードと洋服着用の約106X106cmサイズの巨大2点セット作品。最高落札予想価格の上限25万ドルの2倍を超える67万ドル(約7504万円)で落札。ちなみに来歴によると、同作はまだニュートンが存命だった2001年にクリスティーズ・ロサンゼルスで11.05万ドルで落札されたもの。約15年で名目約6倍の上昇率は決して悪い投資ではなかったといえるだろう。本作に関しては落札予想価格が低すぎたと思われる。
カタログ・カバーに掲載されていた、マン・レイの1点もの”Rayograph, 1924″は、落札予想価格の下限の25万ドル(約2800万円)だった。
最近続いている、アンセル・アダムスの巨大作品の人気は衰えていない。”Yosemite Vallery from Inspiration Point, circa 1940″は182X243cmの巨大作品。かつては銀行のオフィス用に制作されたもの。落札予想価格の上限の2倍近い11.875万ドル(約1330万円)だった。ちなみに来歴によると、同作は1999年にササビーズ・ニューヨークでわずか1.265万ドルで落札されたもの。21世紀になり、現代アートの価値基準でアート写真が再評価された。アンセル・アダムスがアナログ銀塩写真でのサイズの限界に挑戦していたことが認められ、昨今は相場が急上昇しているのだ。
フィリップスは、4月4日に、複数委託者による「PHOTOGRAPHS」を行った。落札率67.8%、総売り上げ約449万ドル(約5億370万円)だった。高額セクターが不調だったものの、出品作が264点と多かったことからフィリップスが今季の売上高トップを獲得した。高額落札の上位を占めたのは彼らが得意とする現代アート系だった。
最高額はアンドレアス・グルスキーの”Athens, 1995″。落札予想価格上限を超える40.1万万ドル(約4491万円)だった。続いたのはリチャード・プリンスの”Untitaled(Cowboy,1993)”。
落札予想価格の範囲内の約23.3万ドル(約2609万円)だった。
それ以外では、シンディー・シャーマン、アンドレ・セラノ、トーマス・スュトゥルート、トーマス・ルフなどが売り上げ上位を占めた。アート写真系では、リチャード・アヴェドンの”The Beatles, 1967″が、やや期待外れの落札予想価格下限付近の12.5万ドル(約1400万円)で落札された。
クリスティーズは、「PHOTOGRAPHS」を4月6日に開催。落札率は昨秋の56.2%から63.37%へ、総売り上げも約272万ドルから約408万ドル(約4.57億円)に改善した。今回は杉本博司の特集が組まれたことが注目された。”SPOTLIGHT:HIROSHI SUGIMOTO”として、彼の数10年にもわたるキャリアを振り返る15点が出品。結果は良好で、見事に13点が落札されている。カタログ表紙にもなった約149X119cmの大作”Church of the Light, Tadao Ando,1997″は、落札予想価格上限を超える23.3万ドル(約2609万円)で落札。人気の高い海景シリーズの”Caribbean Sea, Jamaica,
1980″は、落札予想価格上限の2倍の6万ドル(約672万円)で落札された。
最高額はポール・ストランドの”The Family, Luzzara, Italy, 1953″。世界中に現存しているこのイメージのプリントはわずか15枚で、ほとんどが美術館所有とい逸品。最高落札予想価格の上限を超える46.1万ドル(約5163万円)で落札された。続くのはダイアン・アーバスの”Boy with a straw hat waiting to march in a pro-war parade,N.Y.C., 1967″。こちらは落札予想価格の下限をやや超える、24.5万ドル(約2744万円)で落札。

1年前のレビューでアーヴィング・ペンの相場のピークアウトの予感に触れた。今シーズン、ペンは全オークションで24点が出品されて16点が落札。落札率はほぼ全体平均の約66%だった。しかし”Cigarette,#37,NY,1972″や”Two Guedras,Morocco,1972″などの人気作が不落札。リザーブ価格がまだ高すぎたのだろう。相場動向から代表作品が出品されなかった中でクリスティーズで”Gisele,  NY,1999″が13.7万ドル(約1534万円)で落札されている。ペン作品の中でも、有名モデルのファッション・イメージには根強い人気があるようだ。

一方で、もう一人の20世紀ファッションの巨匠のヘルムート・ニュートンはどうだったか?全オークションで20点が出品されて13点が落札。落札率はほぼ全体平均と同じ約65%だった。ササビーズで”Sie Kommen (Dressed) and Sie Kommen (Naked), 1981″が今季の最高額を記録するなど、ニュートン相場はしっかりしている。代表作は落札予想価格の上限近辺で落札されている。ただし、不人気、知名度が低いイメージは不落札が多かった。コレクターはイメージ選択にかなり慎重になっているようだ。
今シーズンで気になったのは、同じくファッションの巨匠だったリチャード・アヴェドンの相場動向だ。全オークションで14点が出品されて8点が落札。落札率は全体平均よりも低めの約57%にとどまっている。2点出品された”Nastassja Kinski and the Serpent, Los Angeles, California,1981″がいずれも不落札。その他、人気作でもエディション数が多い作品が不落札か、落札予想価格下限付近の落札にとどまっていた。アヴェドンが2004年に亡くなってから価格は上昇して、ずっと安定傾向だった。そろそろ相場はピークアウトしてきたと思われる。
リーマンショック後の回復過程で、市場では人気作家と不人気作家の2極化がすすんできた。最近ではそれが更に先鋭化して、同じ作家の中にも人気作と不人気作の2極化が見られるようになってきた。今春は、さらに人気作の中でも作品の希少性がより重要視されるようになった。つまり有名作家、希少性、代表作というような、より高い資産価値のある作品に人気が集中しているのだ。アート写真市場の多様性がかなり失われつつあるように感じている。いま世界で起きている資本主義の変貌がアート写真市場にも反映されているのではないだろうか。ぜひ詳しい背景分析を試みたいと考えている。

ライフスタイル系アート・オークション 新規の富裕層顧客は開拓できるのか?

ここ数年、大手オークションハウスは新規客獲得を目指して複数ジャンルにまたがる作品を取り扱うオークションを試みている。通常よりも比較的落札予想価格が低い現代アート、版画、彫刻、写真、家具、陶器などが、キュレーターの価値基準で集められ同じオークションで取引されるのだ。若い世代の消費のスタイルが、高級品のブランド消費から、ライフスタイル消費にシフトしている状況に対応しているのだと思われる。従来は、有名作家の作品を所有するという、ステイタスをアピールするオークションだった。このカテゴリーでは、生活の中に様々なジャンルの良質なコレクタブルを紹介していこうという意図なのだ。
違う見方をすると、大手各社の作品委託競争が非常に激しく、貴重作品を集めるのがますます困難な状況の中で、キュレーション力、エディティング力を駆使して中級クラス作品を中心とした魅力的なオークションを開催したいという思惑もあるだろう。
2016年になり、早くもこのようなライフスタイル系オークションが欧米各地開催されている。ササビーズ・パリでは2月18日に「Now!」が行われた。総売り上げは約108万ユーロ(@130/約1.4億円)、出品213点、落札率は約78%だった。
フィリップス・ニューヨークでは2月29日に「New Now」が開催された。 これはかつての「Under the Influence」。総売り上げは約440万ドル(@115/約5.06億円)、出品295点、落札率は約51%だった。ササビーズ・ロンドンでは3月16日に「Made in Britain」を開催、こちらは総売り上げ211万ポンド(@165/約3.48億円)、出品244点、落札率86%だった。
フィリップスの「New Now」では、高額アート作品中心のイーブニング・セールと、5万ドル以下中心のデイ・セールを行った。前者は従来型の高額品、後者がライフスタイル系のオークションだ。高額品の出品により総落札額は400万ドルを超えたものの、全体の落札率は出品数が多かったことで平均的だった。イーブニング・セールの写真作品で注目された杉本博司による119.4 x 139.7 cmサイズの”Red Sea, 1992 “は、落札予想価格25~35万ドルのところ不落札。勢いが衰えている現代アート市場の状況が反映された結果だったといえるだろう。
この種類のオークションの特徴は、落札予想価格が控えめの、複数ジャンルにまたがる作品が中心なので、あまり目玉作品がないことだ。ちなみに昨年のアート写真だけのオークションの落札率は60%台の前半だ。これと比べると、「Now!」、「Made in Britain」はかなり良好な落札結果だったといえるだろう。ササビーズのプレス・リリースによると「Now!」オークションでは落札の約35%が新規客だったとのことだ。最初のうちは各分野の専門業者やコレクターの参加比率が高いと思われていたので、これはオークションハウスにはかなり勇気づけられる数字だといえるだろう。
今まで開催された大手のオークション内容を見るに、価格帯は抑え気味ではあるが、ターゲットはいままでアートやコレクタブルに関心を持っていなかった富裕層だと思われる。
私はこの企画は、より低価格作品を中間層向けに行った方が効果的だと考えている。ライフスタイル系消費の担い手の中には、高級品消費に飽きた富裕層がいる一方で、収入が不安定かつ減少し、選択的消費を行っている中間層がはるかに多くいるからだ。ぜひ中小業者に積極的に取り組んでほしいのだが、専門家の人材がいないことから彼らにはマルチ分野のオークション開催は難しいかもしれない。大手の場合は、低価格帯の取り扱いはコスト的に難しいだろう。しかしネットなどを活用して行えば新たな市場開拓の可能性があるのではないだろうか。

日本では独立したカテゴリーとしてアート写真オークションは存在しない。国内には独自の市場を持つ写真家がほとんど存在しないことが原因だ。市場を開拓していくには、他のカテゴリーを巻き込んだライフスタイル系のオークションが効果的ではないかと考えている。

SBIアートオークションは、昨年秋に音楽関連商品とアート作品を同時に販売する「ART+MUSIC」オークションを開催している。初めてだったので一般にはあまり浸透しなかったようで、落札率は50%台にとどまった。しかしとても野心的な試みだったと評価したい。ぜひもう一歩踏み込んで、家具、陶器、骨董なども取り込んだライフスタイル系のアート・オークションを企画してほしい。

クリスティーズNY” MODERN VISIONS” オークション・レビュー
衰えない貴重作品への強い需要

2016年の年明け以降、原油価格急落、中国経済のバブル崩壊懸念、欧州景気の低迷、米国での金利上昇予想などにより世界経済先行きへの不安感が高まり金融市場が不安定になっている。日本でも、株価低迷と円高進行で日銀が追加金融緩和策としてゼロ金利を導入している。現在の市場は、原油価格の底打ち観測、日銀や欧州中央銀行の金融緩和策で落ち着きを取り戻しているものの、将来への不安は消え去っていない。
アート市場にもその影響が出始めているようだ。2月にロンドンで行われた現代アートオークションでは、大手の落札結果は極端に悪くなかったものの、昨年と比べて大きく売上高を落としていた。特に話題になったのがササビーズで落札されたパブロ・ピカソの油彩画“Tete de femme,1935”。落札価格は1885万ポンド/2714万ドル(約31億円)だった。実は本作は2013年11月のササビーズ・ニューヨークで約3990万ドルで落札されたもの。今回、委託者は単純計算で約2年あまりで手数料抜きで約1276万ドル(約14.6億円)の売却損を被ったわけだ。
ニューヨーク証券取引所のササビーズ・ホールディングの株価はすでにアート市場の減速を織り込んでいるようだ。2014年の初めにリーマンショック後の高値の50ドル台だった株価は現在20ドル台に低迷している。その他の今まで好調だった富裕層向けの高額商品市場でも、欧米大都市の高級不動産やクラシック・カーの相場も弱含んできたという報道が多く見られるようになった。
さてアート写真市場の動向を見てみよう。4月に予定されていたParis Photo L.A.の、売上低迷と過密なフェア日程によるキャンセルなど、年明けから気になるニュースが飛び込んできた。写真雑誌アパチャーの最新222号の裏表紙には同フェアの全面広告が掲載されている。本当に急な経営判断だったことが想像できる。
市場自体は早くも昨秋のオークションから明らかに勢いがなくなってきていた。低中価格帯とともに高額価格帯でも不落札率が上昇していた。(ただし全体のアート市場では、アート写真は低価格帯になる)私どもの集計では2015年のアート写真オークションは、売り上げベースで前年比約35%減、落札件数ベースで約15.7%減だった。
アート写真市場は、春にニューヨークで開催される定例オークションから本格スタートとなる。しかし今年は以前解説したように、2月17~18日にクリスティーズ・ニューヨークで”MODERN VISIONS (EXEPTIONAL PHOTOGRAPHS)”という、大注目のオークションが開催された。これらは、詐欺事件がらみで政府に押収されたフィリップ・リヴキン・コレクションのオークション。コレクションの中心は、20世紀初頭のフォトセセッション期の重要作家、エドワード・スタイケン、アルフレッド・スティーグリッツ、アルヴィン・ラングダン・コバーン、フランク・ユージン、ガートルード・ケーゼビアや、モダニスト写真の巨匠エドワード・ウェストン、ポール・ストランドなど。
また20世紀の欧州写真家、ウジェーヌ・アジェ、コンスタンティン・ブランクーシ、マン・レイ、アンリ・カルチェ=ブレッソン、フランチシェク・ドルチコル、ヤロミール・フンケ、ヨゼフ・スデク、ビル・ブラントなど。日本人では荒木経惟などが含まれる。
オークションの性格から落札予想価格はかなり抑え気味の設定で、低価格作品は最低落札価格なしだった。
落札結果は久しぶりの非常に好調なものだった。イーブニング・セールとデイ・セールにわかれて279点が入札され、252点が落札。落札率は驚異的な90.32%。トータル売り上げは、最近では珍しい落札予想価格上限合計額の約800万ドル(約9.2億円)を超え、約889万ドル(約10.2億円)を記録した。
イーブニング・セールでの出品数が多かったエドワード・ウェストンは、適正に最低落札価格が設定されていたようで、ほとんどが落札予想価格近辺で落札されていた。
しかし、その他作品では落札予想価格上限を超える作品が非常に多かった。特に5点出品されたコンスタンティン・ブランクーシは、ほとんどが落札予想価格上限の約2~7倍の高値で落札。貴重なドロシア・ラング、ポール・ストランド、アルフレッド・スティーグリッツなどのヴィンテージ作品も高額落札が相次いだ。
政府の差し押さえ作品ではあるものの、控えめな最低落札価格で、来歴はしっかりしたものばかりだったことからコレクターの関心を引きつけたのだろう。
注目作だったカタログの裏表紙掲載のギュスターヴ・ル・グレイ(Gustav Le Gray)の、港を去っているフランスの皇帝の艦隊帆船のイメージ”Bateaux quittant le port du Havre (navires de la flotte de Napoleon III)、1856-57″が最高値を付けた。
今回の落札予想価格は、30~50万ドル(@115/約3450~5750万円)と控えめだったが、96.5万ドル(約1.1億円)で落札。もともと本品は2011年6月フランス・ヴァンドームのルイラック(Rouillac)オークションでの88.8万ユーロ(1ユーロ/111円で約9856万円)で落札された作品。結果的に当初の購入価格が意識された落札結果となった。
評価が一番高かったはエドワード・スタイケンによるプラチナ・プリントの”In Memoriam, 1901″。同じ作品はメトロポリタン美術館、オルセー美術館に収蔵されているという逸品。落札予想価格は、40~60万ドル(@115/約4600~6900万円)のところ66.5万ドル(約7647万円)で落札された。
昨年秋のニューヨーク・アート写真オークションにおける大手3社の売上合計は約1000万ドル(約11.5億円)だった。それを考えると今回の約889万ドル(約10.2億円)は極めて好調な売り上げと評価できるだろう。
しかし、今回の出品作はいまや市場で極めて貴重となっているヴィンテージ・プリントが中心だった。作品来歴も非常にしっかりとしていた。よく高級車フェラーリの売上から自動車業界全体の売り上げ動向を判断してはいけないといわれる。今回のオークション結果はそれに当たるのではないだろうか。
アート写真関係者の関心は、来月にかけて開催されるニューヨーク市場の定例オークションの動向に移っている。

マネー・ローンダリング疑惑のコレクション売却”MODERN VISIONS “オークション がクリスティーズNYで開催

アート写真シーズンは通常3~4月にニューヨーク開催される定例オークションから本格スタートとなる。今年は閑散期の2月17~18日にクリスティーズ・ニューヨークで “MODERN VISIONS (EXEPTIONAL
PHOTOGRAPHS)”という、大注目のオークションが開催される。カタログは通常より一回り大きなサイズで分厚い。イーブニング・セールとデイ・セールに分かれて309点が入札される。トータルの落札予想価格上限は約800万ドル(約9.2億円)となる。

いま貴重なヴィンテージ作品が市場から消えつつあるといわれている。その中でカタログを見るに、19~20世紀の写真史の教科書のような見事な作品がキュレーションされている。 これは単一コレクションからの売却とのこと。
通常はこれだけ大規模な場合、春秋シーズンのメイン・オークションとして取り扱われる。またカタログに価値を高めるために、コレクションの成り立ち、市場の評価などが事細かに記されている。しかしなぜか今回はそれらの情報がどこにもない。さらに調べてみると興味深い事実がわかってきた。
なんと売主はアメリカ政府。オークションに至った経緯はやや複雑だ。2013年、ニュージャージー・ニュアーク米連邦地検は市場価値約1500万ドル(約17.25億円)と見込まれる写真コレクション約2000点を没収。 これらはバイオディーゼル燃料詐欺事件で有罪となったヒューストンのグリーン・ディーゼル社オーナーだったフィリップ・リヴキンのコレクションだったとのこと。これら作品群は詐欺により得られた資金で、マネー・ローンダリングつまり資金洗浄目的で購入されたと伝えられている。今回はクリスティーズが政府から委託されて売却するオークションで、残りの作品は主にオンライン・オークションでテーマごとに編集されて約1年をかけて売却される予定らしい。
コレクションの中心は、20世紀初頭にニューヨークで展開されたピクトリアリズム写真運動として知られるフォトセセッション期の重要作家、エドワード・スタイケン、アルフレッド・スティーグリッツ、アルヴィン・ラングダン・コバーン、フランク・ユージン、ガートルード・ケーゼビアやモダニスト写真の巨匠エドワード・ウェストン、ポール・ストランドなど。また20世紀の欧州写真家、ウジェーヌ・アジェ、コンスタンティン・ブランクーシ、マン・レイ、アンリ・カルチェ=ブレッソン、フランチシェク・ドルチコル、ヤロミール・フンケ、ヨゼフ・スデク、ビル・ブラントなど。日本人では荒木経惟などが含まれる。注目作はギュスターヴ・ル・グレイ(Gustav Le Gray)の”Bateaux quittant le port du Havre (navires de la flotte de Napoleon
III)、1856-57″。港を去っているフランスの皇帝の艦隊帆船のイメージ。2011年6月フランス・ヴァンドームのルイラック(Rouillac)オークションで88.8万ユーロで落札された作品。2011年の平均のユーロ/円レートは1ユーロ111円だったので円貨で約9856万円となる。 今回の落札予想価格は、30~50万ドル(約3450~5750万円)とやや控えめな評価になっている。

リヴキンはエドワード・ウェストンのコレクターとしても知られており、今回もウェストン作品が26点出品される。最注目作はカタログ表紙を飾る”Shell, 1927″。これは1930年ごろにプリントされた貴重作品。落札予想価格は、25~35万ドル(約2875~4025万円)。
一番評価が高いのはエドワード・スタイケンの”In Memoriam,
1901/1904-1905″。落札予想価格は、40~60万ドル(約4600~6900万円)。
カタログの作品来歴を見ると、多くの作品は2010~2011年に、世界中のオークションやギャラリーを通して購入されている。ギャラリー名は、Robert Miller、Edwynn Houk Gallery、Andrew Smith Gallery、Weston Gallery、Zabriskie Gallery、Lee Gallery、Joel Soroko Gallery、Paul Hertzman Vintage Photographs、Bruce Silverstein Galleryなど、アート写真界の錚々たるところからだ。

同時期はちょうどリーマン・ショックによる大きな落ち込みから、オークション売り上げが急激に回復してきたころだ。もし本当に資金洗浄の意味で詐欺資金が使われたのだとすれば、市場の作品評価よりも高く買われた可能性も否定できないだろう。

作品の市場価値はオークションでの落札実績を参考に導き出される。フィリップ・リヴキンがコレクションしていた作品の市場価格は、彼の購入以降に過大評価されてきた可能性が高いといえるだろう。今回のクリスティーズの落札予想価格がやや低めに設定されている印象があるのは、昨年来の相場低迷以外にも、このような事情への配慮があると思われる。
上記のギュスターヴ・ル・グレイ作品の他に、アンドレ・ケルテスの”Distortion No. 6, Paris、1933″は、4万ドル購入されたものの、 2~3万ドル(約230~345万円)、ウジェーヌ・アジェ”Notre Dame、1923″は、ギャラリーから13万ドルで購入したものが、6~8万ドル(約690~920万円)の落札予想価格になっている。

ちなみに2015年の世界中でのオークション総売り上げは72億円程度。約6100点余りの出品数で約3800点が落札されている。アートを取り巻く経済環境が悪化している中での年間に約2000点、1500万ドル(約17.25億円)のセールは市場の需給関係に多少なりとも影響を及ぼすと思われる。

今年は、金融市場の変調とともに、売上低迷によるParis Photo L.A.のキャンセルなど、気になるニュースが出てきている。これから本格的に始まる春以降の市場動向を占う意味でも”MODERN VISIONS (EXEPTIONAL PHOTOGRAPHS)”は要注目のオークションだ。
(為替レート 1ドル/115円で換算)

2015年アート写真オークション
高額落札ベスト10

最近はオークションでの高額落札のランキングの集計が複雑化してきた。写真と広く定義すると現代アート系・オークションに出品される写真表現による作品が含まれてくる。アート写真と比べて、1点ものの絵画などを含む現代アート市場は値段スケールが格段に高いのだ。100万ドル(約1.15億円)を超えるケースは珍しくない。ちなみに2015年にアート写真でこの大台を超えた作品はない。100年前の有名写真家の貴重なヴィンテージ・プリントよりも、エディションがついた現存作家の巨大デジタル写真の方がはるかに高額で落札されるのは珍しくない。それゆえ、ここではオークションのなかの、アート写真関連、つまり”Photographs”と区分されるからカテゴリーから高額落札を選んでみた。
しかし、最近はさらに状況を複雑化しているオークションも散見される。アート写真系でも一部の落札予想価格が高額な作品が現代アート系オークションに出品されることがある。(ダイアン・アーバスやウィリアム・エグルストンなど。)それらも今回の集計に含めることにした。

このような紛らわしい様々な解釈があるのは、現在のオークション・カテゴリーが過渡期を迎えていることの表れだろう。実際に、最近のオークションには、複数ジャンルにまたがるものが急増している。クリスティーズ・パリの「アイコンズ&スタイルス」、ササビーズ・パリの「Now!」、Bloomsburyロンドンの「Mixed Media: 20th Century Art」、ササビーズ・ロンドンの「Made in Britain」、ササビーズ・ニューヨークの「Contemporary Living」などだ。いずれも”Contemporary Art”、”Photographs”、”Prints”、”20th Century Design”のカテゴリーなどの、現代アート、写真、版画、家具、オブジェなどが企画趣旨によって同時に出品されている。以前も触れたが、いま大手オークションハウスは新しいカテゴリー分けの実験を世界各地で行っているのだ。

さて高額落札だが、現代アート系オークションで落札された写真作品を含めると、
1位 シンディー・シャーマン
“Untitled Film Still #48, 1979”
US$2,965,000(約3.4億円)
2位 トーマス・シュトルート
“Thomas Struth, Pantheon, Rome, 1990”
US$1,810,000(約2.08億円)
3位 アンドレアス・グルスキー
“Shanghai, 2000”
£1,109,000(約1.94億円)となる。

この3人と、現代アート系アーティストのリチャード・プリンス、ギルバート&ジョージ、ゲルハルト・リヒター、ジョン・バルデッサリを除外。また、リー・フリードランダーの38点の”The Little Screens Series,1961-70″、ニコラス・ニクソンの40点の”The Brown Sisters  Series,1975-2014″  はポートフォリオなので除外している。

以上の条件で集計したアート写真の高額落札ベスト10は以下の通りになった。

1.ヘルムート・ニュートン
“Walking Women, Paris,1981″(3点組み作品)
US$905,000(約1.04億円)

2.ダイアン・アーバス
“Child with a toy hand grenade in Central Park,N.Y.C.,1962”
US$785,000(約9027万円)
3.ロバート・メープルソープ
“Man in Polyester Suit,1980”
US$478,000(約5497万円)
4.アルフレッド・スティーグリッツ
“From the Black-Window,-291″,1915”
US$473,000(約5439万円)
5.ロバート・メープルソープ
“Man in Polyester Suit,1980”
£361,500(約4699万円)
6.ダイアン・アーバス
“A Family on their Lawn one Sunday in Westchester, NY, 1968”
US$365,000(4197万円)
7.リチャード・アヴェドン
“Dovima with Elephants,1955”
US$341,000(約3921万円)
8.マン・レイ
“Reclining Nude with Satin Sheet,1935”
US$329,000(約3783万円)
9.ウィリアム・エグルストン
“Memphis,1969-1970”
US$305,000(約3507万円)
10.ハーブ・リッツ
“Versace Dress, Back View, El Mirage,1990″
£158,500(約2773万円)(1ドル/115円、1ユーロ/130円、1ポンド/175円で換算)

しかし、写真作品といっても巨大サイズの現代アート的な要素を持つ作品が特にファッション系で増えている。いわゆるラグジュアリー商品化したといわれている種類のアート写真だ。1位のフィリップス・ニューヨークのイーブニング・セールでのメイン作品だったヘルムート・ニュートンの”Walking Women, Paris, 1981” 。これは、171.5 x 149.5 cmサイズの巨大な銀塩写真の3枚組みセット。

また7位のリチャード・アヴェドン”Dovima with Elephants,1955″は、125.8X101.6cm、 10位のハーブ・リッツ”Versace Dress, Back View, El Mirage, 1990″も、134.5X107cmの超巨大作品なのだ。
かつては、銀塩写真の巨大作品は、アナログ写真の引き伸ばしには限界があることからアート写真コレクターにはあまり好まれなかった。これらの巨大作品の高額落札は、明らかに違う価値観を持つ現代アート系コレクターが購入しているのだろう。アート写真としては高額だが、現代アートの相場からすると魅力的な値段に見えるのではないか。

ロバート・フランク “The Americans”オークション歴史的名作の人気に衰えの気配なし!

1955年、スイス出身の写真家ロバート・フランクはグッゲンハイム奨学金を得て全米を縦断する写真撮影の旅を敢行した。彼は約2年の旅をとおして数千点にもおよぶ写真を撮影。その中から綿密に編集を行い83点を選びだしフォトブックを制作する。まず1958年にフランスで”Les Americins”が、1959年に米国版”The Americans”が刊行される。
彼は全米を旅することで、もはや道の先にはアメリカン・ドリームが存在しないことを暴き出す。しかし、幻想は持たないものの多様な面をもつ米国の現状をポジティブに肯定し、そこで生きる支えを家族愛に求めている。彼の当時に追求したテーマは現在にも通じるものがあり、今では最も影響力のあるフォトブックの1冊といわれている。

このロバート・フランク”The Americans”に収録されているオリジナル・プリント83点の美術館による完全コレクションは全世界に4セットしか現存しないとのことだ。今回ササビーズ・ニューヨークで12月17日に開催された”Robert Frank:The Americans(The Ruth and Jake Bloom Collection)”は、収録作のうち77点がオークションにかけられるという、フランクのコレクターには極めて重要なイベントだった。

この機会に世界中の美術館やコレクションが、できるだけ多くの未保有作品の落札を試みたであろう。結果は、ササビーズのクリストファー・マホニー(Christopher Mahoney)の以下のコメントに集約されている。彼は”今回の強い落札結果は、ロバート・フランクの代表作に対する市場の長きにわたるコレクション熱を示したものだ。オークションを通して入札希望者同士が激しく競り合っていた”と語っている。
出品77点のうち69点が落札、落札率約89.6%と非常に良好な結果だった。総売り上げは約373万ドル(約4億6742万円)で、ほぼ事前の落札予想価格上限に近いものだった。オークションは、ちょうど米国の景気回復に伴う金利正常化を意図した利上げが行われたばかりのタイミングで行われた。利上げ後の金融市場の冷静な動きもコレクターを安心させて入札に参加できた面もあるだろう。
内容を見てみると、落札予想価格上限を超えたのが35、予想範囲内が30、下限以下が4だった。5万ドル越えの高額価格帯の不落札はわずか2点だった。最高額は写真集”The Americans”の最初の収録イメージの”Hoboken(Parade),1955″と、オリジナル米国版のダストジャケットに使用されている”New Orleans(Trollery),1956″だった。ともに237,500ドル(約2968万円)で落札されている。予想を大きく超える高額落札も散見された。黒人女性が白人の赤ん坊を抱きかかえている”Charleston,S.C,1955″は、何と落札予想価格上限の2倍の162,500ドル(約2031万円)で落札。炭鉱町として知られるモンタナ州ビュートのホテルから撮影された、テーマ的には米国のダークサイドに関わる”Blutte, Montana(View from Hotel
Window),1965″も、落札予想価格上限の10万ドルを大きく超える175,000ドル(約2187万円)で落札。”Public Park-An Arbor, Michigan,1955″も落札予想価格上限の2倍を超える68,750ドル(約859万円)で落札。これらは、”The Americans”のテーマ性が色濃く反映されていたが、イメージ的に不人気だった作品が評価されたという印象だ。
“The Americans”50周年版刊行以来、美術館での展覧会や関連するカタログ・フォトブックの発売で市場でのロバート・フランク作品人気は大いに盛り上がった。オークション結果は、その人気はいまだに続いていることを示しているといえるだろう。しかしすでに高価な代表作”New Orleans(Trollery),1956″が予想落札価格範囲内での落札にとどまったことから、相場にいまの取引レンジを上に抜けるほどの勢いはないと思われる。今回のオークションのレベルが今後のフランク作品の指標となるだろう。

アート写真市場の最前線 現代アート/欧州のオークション結果

2015年秋のニューヨーク・アート写真オークションは、リーマンショック後の2009年春以来の極めて低い売上だった。今まで順調だった高額価格帯が大きく失速し、すべての価格帯で勢いがなかった。
その後、11月上旬にはニューヨークで現代アートのオークションが開催された。こちらは写真メディアでの表現だが価格は現代アートの範疇となる。ほとんどが5万ドル超えの高額価格帯なのだが、富裕層コレクションや美術館を相手とする100万ドル(約1.25億円)超えの作品も出品される。この分野は、どの作品までを写真作品に含めるかでやや判断がわかれる。将来的にカテゴリーの再編が行われる可能性もあると考えられている。写真作品だが、狭いアート写真分野の動向というよりも、現代アート系分野の動向が反映されているといえるだろう。コレクターの顔ぶれも、アート写真分野とはかなり違っている。
今シーズンは、ササビーズ、クリスティーズ、フィリップスの大手3社で約120点の写真関連作品が出品された。全体の落札率は約65%と、まさにアート写真分野の平均落札率とほぼ同じレベルとなった。価格では予想価格上限を大きく超える落札はなく、非常に平均的な結果だったといえよう。
高額落札を見てみよう。最高額はササビーズのゲルハルド・リヒターが音楽家ジョン・ケージに触発されて制作した16点からなる”Cage
Grid (Complete Set), 2011″。これらはすべてジグリー・プリントで制作されている。落札予定価格上限を大きく超えて、145万ドル(約1億8125万円)で落札された。続いたのは、これもササビーズでのアンドレアス・グルスキー作品の”Pyongyang  IV, 2007″。落札予想価格下限に近い、139万ドル(約1億7375万円)で落札。クリスティーズでは、英国人のアーティスト・デュオのギルバート&ジョージの”Dead Boards No. 5,1976″が96.5万ドル(約1億2062万円)で落札されている。
ちなみに今シーズンの現代アートオークション全体での最高額は、ササビーズのイーブニング・セールに出品されたサイ・トゥオンブリー
(1928?2011)の”UNTITLED (NEW YORK CITY),1968″で、7053万ドル(約88億1625万円)で落札された。

11月、アート写真のオークションは舞台を欧州に移して行われた。欧州中央銀行がマイナス金利を導入するなど、この地の景気状況は米国よりもはるかに悪い。予想通り、ニューヨークでの弱気トレンドがそのまま続いた。

フィリップス・ロンドンでの”Photographs”オークションは全体の落札率自体は73%と良好だったものの高額セクターの不落札率が非常に高い47%という内容だった。
クリスティーズ・パリは優れた19世紀のJoseph-Philibert Girault de Prangey のダゲレオタイプが41点出品された。同作の落札は順調だったもののその他の作品は平均的な結果だったことから、全体では75%の落札率だった。希少性の高い作品に対する需要が根強いことが改めて印象付けられた。また話題性が高いロバート・メイプルソープの”Man in Polyester Suit, 1980″は、36.15万ユーロ(約4699万円)で落札された。
同じくクリスティーズで行われたShalom Shpilmanコレクションの単独セールは落札率約62%だった。
ササビーズ・パリでは”Back to Black”が開催された。こちらは、まさに今秋のオークションの傾向を見事に反映した結果で、落札率は約54%にとどまった。高額落札が期待されていたダイアン・アーバスの有名作 “Identical Twins, Cathleen and Colleen, Roselle, New Jersey, 1967″は不落札だった。

その後は、11月13日にパリでテロ事件が相次いだことで、アート・コレクションどころの雰囲気ではなくなってしまった。パリフォトが途中でキャンセルされ、週末に予定されていたオークションは延期されて実施された。それらは平均的な作品のオークションであり、もともとの地合いの悪さも相まって非常に厳しい結果となった。
11月に、ロンドン、パリ、ベルリン、ケルン、ウィーンで開催された8オークションでは、1382点の写真関連作品が出品され、平均の落札率は約59%だった。2015年の年間平均落札率約63%を下回る、厳しい欧州の景気状況やテロの影響が反映された結果だった。

実はこれで今年のアート写真市場は終わりではない。12月17日にササビーズ・ニューヨークで、ロバート・フランクの歴史的なフォトブック “The Americans”収録83点のうち77点を集中的に取り扱う”Robert Frank:The Americans(The Ruth and Jake Bloom
Collection)”が開催される。ロバート・フランク作品は、近年の美術館での回顧展開催でアート性が再評価され、市場価格が上昇した代表例だ。今回の出品作のなかには最近不調気味の高額価格帯のものも含まれる。12月はアートのオフシーズンなのだが、市場がこのオークションをどのように評価し消化するか非常に楽しみだ。市場トレンドが悪化しているだけに、入札参加者が従来のアート写真の範疇のコレクターだけだとややきついのではないかと感じる。現代アート系のコレクターが現代アメリカ写真に興味を持つかがキーポイントになるだろう。

(為替レート 1ドル/125円、1ユーロ/130円で換算)