ピーター・リックの7.8億円写真とアート・フェア用の抽象絵画
勢力拡大するする高額インテリア・アート

最近の欧米のアート・メディアで話題になっていて、私が注目しているのが「ゾンビ・フォーマリズム(Zombie Formalism)」とピーター・リック(Peter Lik)の高額写真作品だ。アート系情報を取り扱うウェブサイトでも頻繁に取り上げられるので、聞いたことがある人も多いだろう。絵画と写真でまったく異なる分野のアート作品の話題だが、報道される視点はかなり似通っている。欧米のアート界の現状を象徴している現象ともいえるので紹介しておこう。

「ゾンビ・フォーマリズム」は、アーティスト・批評家のウォルター・ロビンソン氏が指摘する最近のアート・トレンド。ゾンビは死体のまま蘇った人の総称。直訳するとゾンビのように蘇った、型式主義のフォーマリズムという意味になる。
それは、35歳以下の比較的若い男性アーティストが制作した、見やすく、内容が希薄な、マンネリ化した抽象作品のことをさしている。インテリア・コーディネートに向いていて、売ることを主目的に制作されている作品の総称ともいえる。それらが、アートフェアで良くみられることから、アートフェア・アートともいわれている。
また、これらは2010年代に急増したアートで投機を行う裕福なコレクターたちの対象になっている。彼らはオークションなどを通して短期間に売買を繰り返し、値段を何10倍に吊り上げたりする。有名アーティストと違い、当初の値段が安いので結果的に非常に高い利回りの投資となるのだ。まるで株式公開(IPO)投資と同じだと指摘されている。
これはまさにアート・バブルそのもので、ブームが去るとそのアーティストの相場は急激に縮小してしまう。それは店頭公開した企業が倒産するのと同じ現象だ。

ピーター・リック(1959-)はオーストラリア出身の風景写真家。アート界での知名度がほとんどないが、昨年”Phantom”という1点もの作品が6.5mioドル(約7億8000万円)でコレクターに売れたと自らがプレスリリースを発表して話題になった。

作品画像と英文のプレス・リリース

NYタイムズによると、彼は大量生産の絵画風プリント販売で知られるトーマス・キンケードの写真バージョンのような存在であるとのことだ。作品は彼が経営する約15のギャラリーで販売される。それらはハワイ、ビヴァリー・ヒルズ、キーウェスト、マイアミなどの観光地にあり、アートの知識がないお金持ち相手に商売している。限定エディションが995点、最初は4000ドルで販売を開始。売れるごとに、将来的な供給が減ることから値段をステップアップする方式をとっている。ギャラリーでの作品販売価格が上昇するので、買った人は所有作、の資産価値が上がったように感じる仕組みなのだ。エディション数が異常に多いものの、これはアート界では一般的に行われている手法だ。
しかしアート写真の資産価値を証明するオークション市場での取引実績はほとんどないことから、彼のやり方に対して業界内で議論を引き起こした。私も2013年のデータを調べてみたが、大手オークション業者の取引実績はなく、中小業者でわずか4件が出品されていた。最高額はわずか2500ドル(約30万円)だった。6.5mioドルの取引実績はセカンダリー市場の相場とかけ離れており、今回の発表は彼の作品の既存コレクターや、自身のギャラリーでの販売促進策だったのではないだろうか、という疑念がわいてくる。
まるで日本でもおなじみの、イベント会場で販売されるハッピー系のプリントと同じではないだろうか。

上記の2例は、アート・コレクション経験の浅い人たちや、単にアートを投機の対象とした人たちがターゲットになっている。シリアスなアートコレクションを行うためには、相当量の勉強と経験が必要になる。それは歴史を勉強して、美術館やギャラリーを回って多くのよい作品を見て、ディーラーやアーティストから情報を集めることだ。その積み重ねの上で自分なりのアートを見る視点が構築されていく。しかし、そんな面倒なことはしたくないが、壁に飾るアートが欲しい、短期間に値が上がるアートが欲しいという人もいる。彼らは、多くのギャラリーが一堂に集まるアートフェアや旅先のギャラリーに行き、自分のフィーリングにあったアートを買う。旧来のギャラリーが衰退して、アートフェアが活況を呈している背景には新しいタイプの裕福なコレクターの増加があるのだ。

このような事象が話題になるのは、欧米のアート界の根底にはお金儲けのためのインテリア系アートとオリジナリティーを追求するファイン・アートは別だという認識があるからだろう。アーティスト、ギャラリー、アートフェアでも明確な区別がある。市場が拡大するとどうしてもアート・リテラシーが低い富裕層が市場に参加してくる。 そうなると、マーケティングが行われて、彼ら好みの作品が大量に供給されるようになる。彼らを想定して商品開発されたのが「Zombie Formalism」の抽象絵画とピーター・リックの写真作品なのだ。やがてアートの歴史に足跡を残すよりも、お金儲けを優先する業界関係者の存在感が大きくなっていくのだ。
アート界では、これらのアート性があいまいな作品や作家の存在は、市場拡大時の必要悪としてある程度までは黙認されている印象もある。その存在感が一定のレベルを超えて目立ってくると、評論家・アート・ライターなどの専門家による区分けを明確にする行動が顕在化する。新しいコレクターは、ファイン・アートとインテリア・アートの区別がつかない。両者に違いがあることすら認識されていない。特に写真に関してはその傾向が強い。専門家は警告を発して、バブルを鎮静化させて、市場の健全化を図ろうとする。この辺が西欧アート界のシステムの良心であり、バランス感覚だと感心してしまうところだ。
翻って日本には、このようなアート界のお目付け役的なメディアの存在感が感じられない。特にアート写真に関しては、感想を述べる専門家はいるが、市場を俯瞰して問題提起したり批評する人は非常に少ない。

セレブリティ―の写真はアート作品になり得るのか? アート写真の新ジャンル誕生の予感

有名ミュージシャンや映画スターを撮影した写真作品はアートギャラリーとしては非常に扱いにくい。どうしても作家性ではなく、セレブリティ―である被写体で写真が評価されてしまうのだ。世界的に、それらが被写体のオリジナル・プリントが数多く販売されている。それらは、アート作品ではなく有名人のブロマイド写真のような扱いになっていることが多い。海外ギャラリーでの販売価格は、インテリア系写真とほぼ同じ相場になっている。だいたい1000~2000ドル(約12~24万円)くらいだ。日本から考えたら高価だが、海外ではインテリア系写真でも相場はそのぐらいするのだ。

かなり以前から、有名写真家が撮影したセレブリティ―の写真作品は存在していた。ホルスト、リチャード・アヴェドン、アービング・ペン、ジャンルー・シーフ、ハーブ・リッツ、ブルース・ウェバーらのフォトブックにはそれらがポートフォリオ作品の一部として収録されている。被写体が有名人でも特別扱いはなく、写真家の作品相場が販売価格の基準だった。いまでもそのように販売している人もいる。

ところが最近になって、有名写真家が撮影した一部アイコン的なセレブリティ―の作品を、特別に販売する新市場が生まれつつあるようだ。それらは、少数限定、大判サイズという、現代アートのマーケティングを利用して、従来よりもかなり高額の値段設定を行っている。
2015年、大手出版社のタッシェンが米国西海岸ビバリー・ヒルズにギャラリーを新規オープンさせ、ローリングストーズが被写体の複数写真家による写真作品の販売を開始した。昨年、彼らはローリング・ストーンズのメンバーのサインが入った豪華写真集を制作。 デビット・ベイリーのオリジナル・プリントが付いたアート・エディションは、限定75点、15,000ドル(約180万円)で販売している。今回、ギャラリーでは写真集に収録されている作品を販売。主目的な豪華写真集の広告プロモーションだと思われる。しかし巨大サイズ(一番大きいのは約139.7x 143.5cm)、エディション5~10と限定数を少なくすることで、販売価格は非常に高価になっている。デビット・ベイリーやアルバート・ワトソンが撮影した作品の中には1000万円近くするものもある。
サイズとエディションがこれまでとは違うので直接の比較はできないが、それらは写真家のギャラリー店頭での作品相場とかなり離れている印象だ。あるコレクターからの情報によると、被写体のミュージシャンに多額のコミッションを支払っていることが理由らしい。どうもこの新ギャラリーは、アート市場の従来のコレクターではなく、富裕層を顧客相手と想定した、時代のアイコンをテーマとした「ラグジュアリー・アート写真」というような、まったく新しいカテゴリーを意識しているようなのだ。
ギャラリーがアートの中心地ではないビバリー・ヒルズに設置されたのも納得する。つまり、富裕層は誰でもわかる時代のアイコン的な作品を好み、特に写真コレクターのように写真家の適性相場などを気にしない。銀塩写真に対するこだわりもないので、すべてインクジェットで制作されているのだと解釈できるだろう。

商業ギャラリーでも、有名写真家が撮影したアンコン的なセレブリティ―作品を、少数限定、大判サイズで販売する例が散見されるようになってきた。上記の写真家と重なるが、ピーター・リンドバーク、アニー・リーボビッツ、アルバート・ワトソン、デビット・ベイリー、ピーター・ベアードなどだ。
しかしミュージシャンに限ると、高額でも売れるのは、熱狂的なファンがいるザ・ビートルズ、ローリング・ストーンズ、デビット・ボウイ、ボブ・ディランくらいになる。リンドバークがキース・リチャーズを撮影したシリーズは、エディション3、サイズ120X180cm、裏打ちされた銀塩写真で、1000万円以上するイメージもある。インクジェット作品でないのが商業ギャラリーのこだわりだと感じている。

英国を代表するファッション・ポートレート写真家のテリー・オニールは、本人と被写体のサインが入った、極め付きのセレブリティ―作品を制作して話題になっている。いままでに、フェイ・ダナウェイ、ブリジット・バルドーのダブル・サイン作品を発表している。(上記の掲載イメージ)こちらはエディション数が50点と比較的多く、サイズも50X60cm程度で、当初販売価格が80万円くらいからと、上記の例よりもはるかに買いやすく商品設計されている。少し前に在庫状況聞いたところ何とほぼ完売状態とのことだった。今度は、ロジャー・ムーアとのダブル・サイン作品がリリースされる予定らしい。
また、デビット・ボウイの代表作「アラジン・セイン」(1973年リリース)のLPカヴァーを撮影したブライアン・ダフィー(1933- 2010)の財団も興味深い作品制作を試みている。ダフィーは、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で行われたボウイの回顧展開催がきっかけで作家性が再評価された。写真家本人は亡くなっているものの、なんと被写体のデビット・ボウイがサインした約100㎝四方の大判作品を制作したのだ。エディションは25点なのだが、売り上げは好調のようで、現在の価格は300万円以上だという。
いずれにしても、このようなプロジェクトは、写真家と被写体とが相当に尊敬し合う関係性を構築してないと実現できない例だ。現代ではちょっと考えられないだろう。

私がいつも主張しているように、ファッション写真でも、単に洋服の情報提供だけでなく、撮影された時代の気分や雰囲気が作品に取り込まれていればアートになり得るのだ。現代アートが時代のコンセプトを提示するように、それらは時代が醸し出すフィーリングを表現しているのだ。セレブリティーは、その顔や存在自体がファッション同様に時代を反映しているといえる。優れた時代感覚を持った写真家が撮影したセレブリティ―写真のなかにも、アートになり得る作品が存在すると考える。

それでは、いわゆる「ラグジュアリー・アート写真」の高額な販売価格は正当化できるだろうか?見方を変えると、それらはアート写真としては高価なのだが、現代アートと比較すると決して高価とは言えない。いままで、アート写真の相場が現代アートと比べて安すぎたということもあるのだろう。

少数限定、大判サイズの現代アート的なアート写真作品が市場に登場してきたときにも値段の正当性についての議論がなされた。しかし、従来のアート写真コレクターが疑問符を投げかける中で、現代アート分野のコレクターにより作品は受け入れられてしまった。2012年の、ウィリアム・エグルストン初期作品を大判作品化で行われた単独オークションは大成功だった。
この流れは、難解なコンセプトを持ち、コレクターの高いアート理解力を求める現代アート作品に対するアンチテーゼでもあるだろう。時代のアイコンの写真作品は、誰にでもわかりやすく、受け入られやすいのだ。そして欧米では有名写真家自体がアーティストでセレブリティ―であることも忘れてはならない。有名写真家と時代のアイコンとのコラボレーション作品とも解釈できる。限定、大判サイズとともに、ダブルネームにより値段が高くなったといえないことはない。
上記の販売例をみるに、実際の市場では、現代アート・コレクターや富裕層がそれらの作品の価値を認めつつあるようだ。また投資的な視点を持つアート写真コレクターも買っているという。大きなくくりの現代アート市場が、従来のアート写真市場を飲み込んでしまった状況が改めて印象付けられる。その流れの中でセレブリティー写真が独自の進化を始めているようだ。

個人的には、現在のような一部セレブリティーがアイコン化する以前に撮影された70~80年代くらいの銀塩写真作品に注目している。それらは、サイズは小さめで、エディション数が多めなので、相場も比較的リーズナブルだ。現在のセレブリティ―写真の活況を見るに、優れた写真家によるそれらのファッション、ポートレート作品は明らかに過小評価されていると感じる。もしかしたら、単に現代アート・コレクターや富裕層がまだ気づいてないだけかもしれない。

2015年のマーケットを展望する アート写真の格差拡大が進行?

2014年に私が最も注目したのは7月のクリスティーズ・パリで開催された「Photographs Icon & Style(イコン&スタイル)」オークションだった。通常7月にはメジャーなアート写真オークションは開催されないが、パリコレ期間を意識してあえて夏休み前の時期に行われたようだ。売上総額約253.2万ユーロ(約3億5325万円)、落札率約74%とオフシーズンにしては極めて好調な結果だった。最高額はアーヴィング・ペンのダイトランスファー「Gingko Leaves, NY, 1990」。これは写真集「Passage」(Alfred A. Knopf 1991年刊)の表紙作品で、285,000ユーロ(@140、約3990万円)で落札された。

以前も指摘したが、ポートレート、ヌード、スティル・ライフを含む広義のファッション系分野が注目され相場が上昇した背景には現代アートが市場を席巻して従来の写真市場を飲み込んでしまったことが関係している。

つまり、現代アートでは時代の持つアイデア、コンセプトを重視するが、ファッション系では時代の持つ気分や雰囲気が作品に反映されている点を評価する。イコン&スタイル系作品は単にブランド写真家の代表作というだけではないのだ。またイコン的とファッション系の写真がそれぞれ売れているという意味でもないので、注意が必要だろう。この両方の要素を兼ね備えた作品が売れるのだ。クリスティーズはこの点を意識して、極めて綿密に出品作のセレクションと編集作業を行っていた。
12月にニューヨークのボンハムス(Bonhams)で開催された「The
Art of Fashion Photography(ジ・アート・オブ・ファッション・フォトグラフィー)」はこのイコン&スタイル系作品の意味を勘違いをした例だろう。一部には優れたアートとして通用するファッション系作品も見られたが、多くは単に洋服を撮影したモード写真、ファッションショーのドキュメント写真、有名人を撮影しただけのポートレート写真、現代アート風に大判サイズで制作されたインテリア系の写真だった。ただファッション、セレブリティ―風の写真を集めてきたという印象が強い。大手と中堅とのオークションハウスの実力の違いが強く感じられた。

イコンの意味の中には写真家自身のブランドも含まれる。知名度が低い写真家の作品にコレクターはあまり興味を示さないのだ。写真家が有名でないと、どうしても被写体が撮影の主導権を握る状況になる。撮る側の作家性や時代性が反映された作品にはなり難いのだ。また戦前のファッション写真も、知名度の高いホルストは苦戦していた。いままでに相場は大きく上昇しているので、明らかに最低落札価格が高すぎたのだと思う。
落札予想価格が一番高かったのがアーヴィング・ペンの”Women
in Wartime (Dorian Leigh and Evelyn Tripp), New York, 1950″(4~6万ドル)。有名作家の作品だが、有名イメージでないことから不落札。最終的な落札率は約32.6%、非常に厳しい結果だったといえよう。
しかし、イコン&スタイル系はアート写真の中でも富裕層が多い現代アートのコレクターが興味もつ分野である。優れた作品さえ提供できれば将来性が高いといえよう。来年も営業力のある大手オークション・ハウスは力を入れてくると思われる。この分野、いまや人気のカテゴリーとなり、かつてのような割安感は完全に無くなってしまった。コレクターにとっては、適性レベルの相場ならばドル資産を持つと考えて有名作品をコレクションするのは悪くない選択だと思う。今年は為替レートが大きく円安に動いた年だった。円は最も高かった時期と比べて約50%も価値が落ちている。日本人写真家の作品のドル建ての価値が減少し、外国人写真家の円貨の価値が上昇したということだ。あまりにも短期間の急激な変化なので、どうしても購入心理に影響を与えてしまう。
円高時には、外国人の若手・新人写真家が割安感から買われことがあったが、今後は多少高くても本当に資産的な価値のある作品の方が選ばれるようになるだろう。この傾向は洋書フォトブック市場にも出てくると思う。いまや主流購入先となったネット・ショップでは、常にその時点での為替レートが円価格に反映される。円高時のように、面白そうだからと気軽に新人・若手のフォトブックを買う人は間違いなく減少していくだろう。しかし、ずっと主張しているように写真集のなかのフォトブックはアート写真作品の一つの形態なのだ。多少輸入価格が上昇しても、作品として中身を吟味して優れたものはコレクションしていきたい。

いまフランス人経済学者トマ・ピケティの著書「21世紀の資本論」が日本でも話題になっている。彼は歴史的に労働者の収入の伸びよりも、資産が生む収益の伸びが大きい事実を膨大な資料分析から明らかにしている。最近の格差拡大は資本主義システムに内在する要因により引き起こされており、グルーバル資本主義の先に中間層のさらなる減少の可能性を示唆している。
最近のアート写真市場をみるに作品間の価値格差が広がっており、ピケティの主張とかなり重なっている印象がある。先週紹介した、極めて貴重なヴィンテージ作品が数多く出品された”175 MASTER WORKS TO CELEBRATE 175 YEARS OF PHOTOGRAPHY”は、総額の売り上げが2132万ドル(約25億5900万円))、落札率も90.3%。まさに驚異的な好結果だった。最近は、高額価格帯作品が出品されるオークションの落札率が高い一方で、低価格帯作品のものになると落札率が極端に低くなる傾向がある。これはオークションハウスの格差拡大とも重なってくる。大手のブランド・ハウスのササビーズ、クリスティーズ、フィリップスと比べて、それ以外の中小ハウスでのオークションは総売り上げが100万ドル(1.2億円)以下で、不落札率が高いのだ。そして中小ハウスでの低価格帯の出品作品数が増加傾向にある。中間層の没落がいわれているが、いままでアート写真をコレクションしていた中間層が高齢化して資金的な余裕がなくなり作品を手放しているのではないだろうか。

またギャラリーの店頭市場の規模はオークション市場の約1倍~2倍といわれている。上記状況は、店頭での低価格帯作品の売り上げ減少を示唆している。今後は、ギャラリー格差、アーティスト格差も拡大していく可能性が高いのではないか。現代アート分野ですでに始まっているギャラリー淘汰の波が写真分野にも訪れるかもしれない。新興のギャラリー、若手・新人の写真家には厳しい環境が続くだろう。

この環境では、コレクションの方向性が決まっていない人は作品購入の判断が難しいだろう。ただし何を買うかを明確に認識している人には掘り出し物を見つけるチャンスでもある。

2015年には、為替レートを見ながら、低価格帯の作品群の中から将来性のあるイコン&スタイル系作品を探していきたいと個人的には考えている。

アート写真コレクションのオークション世界最高売り上げ記録を達成!”175 MASTER WORKS TO CELEBRATE 175 YEARS OF PHOTOGRAPHY” ササビーズNYで開催

2014年12月11~12日にササビーズ・ニューヨークで市場が注目していた”175  MASTER WORKS TO CELEBRATE 175 YEARS OF PHOTOGRAPHY”開催された。

これはアート写真の振興のために活動をおこなっている”Joy of giving something foundation(JGS)”コレクションからのセール。元々はハワード・ステイン(Howard Stein)が80年代から行っていた世界的な写真コレクションがベースになっている。1998年のJGS創設に際して、主要なコレクションが寄贈されのだ。内容は、銀塩写真だけでなく、ダゲレオタイプ、ダイトランスファー、デジタル写真までを含む、19世紀中盤から現代までの写真史を包括的に網羅する多様なセレクションになっている。貴重な、アルフレッド・スティーグリッツ、ギュスターブ・ル・グレイ、ウージェーヌ・アジェ、エドワード・スタイケン、エドワード・ウェストン、ポール・ストランドなどの20世紀写真の珠玉のヴィンテージ・プリントが複数点出品。日本人では森山大道の作品が1点含まれていた。

ササビーズの写真部門チェアマンDenise Bethelは、自身の25年以上のオークションハウスのキャリアの中でも最高のコレクションと語っている。まるでフォトブックのような豪華なカタログが彼らのコレクションに対する高いリスペクトを感じられる。全368ページ、透明のダストジャケット付きで、ほとんどのロットが見開き2ページで紹介。ある専門家は、貴重なヴィンテージ作品が見られるオークション・プレビューはまるで美術館クラスの展示に匹敵すると指摘していた。
落札予想価格は、175点のうちなんと100点が5万ドル(約600万円)超という、アート写真オークションとしては異例の高額作品が中心。上限が50万ドル(約6000万円)を超える作品も多数ある。なぜこの時期に特別のアート写真オークションが開催されたのだろうか?
たぶん、春・秋の定例オークションやフォト・フェアのように中堅ディーラーやバーゲン狙いの個人コレクターを買い手とまったく想定していないのだ。美術館、潤沢な資金を持つ個人や企業コレクション、富裕層が多い現代アートコレクターを念頭に置いているのだろう。

注目度が高かったことから、オークションは近年まれに見るような活況を呈し、なんと総額の売り上げは2132万ドル(約25億5900万円)。落札予想価格の上限総額約2000万ドル(約24億円)を上回る驚異的な数字だった。ササビーズによると、写真単独コレクションのオークション世界最高売上とのことだ。
これは、2014年秋のNYオークション・シーズンでの主要ハウス3社とスワン・オークションの売上総合計を上回る。また2000年代前半の写真オークション年間総売り上げ額に匹敵する。落札率も90.3%と極めて高かった。

最高価格は、アルヴィン・ラングドン・コヴァーン(Alvin Langdon Coburn)のガム・プラチナ・プリントによる代表的なピクトリアリズムの抽象作”Shadows and Reflections,Venice,1905″。落札予想価格をはるかに超える96.5万ドル(約1億1580万円)で落札。もちろん作家のオークション最高落札記録となる。これは2004年のクリスティーズで約36.5万ドルで落札された作品。10年で約2.6倍の価値になっている。

2位はアルフレッド・スティーグリッツ(Alfred Stieglitz)の”Evening, New York from the Shelton、1931″。落札予想価格上限の3倍近い92.9万ドル(約1億1148万円)で落札。カタログ・カヴァー掲載作品だ。(上記カタログ画像の写真作品)

3位はラースロー・モホイ=ナジ(Laszlo Moholy-Nagy)の”Photogram with pinwheel and other shape,1929″と、ギュスターブ・ル・グレイ(Gustave Le Gray)の”The pont du carrousel seen from the pont royal, circa 1859″。ともに77.3万ドル(約9276万円)だった。

5位はアウグスト・ザンダー(August Sander) “Handlanger, Porteur de Briques(The Bricklayer),1927″で、74.9万ドル(約8998万円)。カタログの裏カヴァーにもなっているザンダーの代表作品で、作家のオークション最高落札記録となった。

6位は再びギュスターブ・ル・グレイ(Gustave Le Gray)。”The pont du carrousel seen from the pont des art, circa 1859″が72.5万ドル(約8700万円)。
7位はエドワード・ウェストン(Edward Weston)の”Charis, Santa Monica(Nude in Doorway),1936″で、65.3万ドル(約7836万円)。ウェストンの代表作で、息子コールが制作・サインしたエステート・プリントの相場は約1万ドルくらいだ。ヴィンテージプリントはその65倍もすることになる。
8位はウージェーヌ・アジェ(Eugene Atget)の”Corsets(Boulevard de Strasbourg),1912″。落札予想価格上限15万ドルの3倍以上の50.9万ドル(約6108万円)で落札。

なんと本オークションでは、8作品が節目となる50万ドル(6000万円)以上で落札されている。ちなみに2014年秋のNYオークション・シーズンの高額落札は、クリスティーズのエドワード・ウェストン”Nautilus Shell, 1927″が46.1,万ドル、ササビーズのマン・レイ”Lee Miller, c1930″が45.5,万ドルだった。今回のオークションにどれだけ驚くべき貴重な高額作品が複数点も出品されていたかがわかる。

現代アート系では、シンディー・シャーマン、ベッヒャー夫妻、、ジョン・バルデッサリ、トーマス・ルフ、トーマス・シュトュルート、フィリップ・ロルカ=ディコルシア、アダム・フス、ヴィック・ムニーズが出品され、全て落札されている。最高額はシンディー・シャーマンの”Untitled Film Still #2,1977″で、31.7万ドル(3804万円)だった。

不落札作品はわずか17点だった。その内訳を見てみよう。
知名度の低い写真家、またスティーグリッツ、ウェストン、フランクでも人気度の高くないイメージはヴィンテージ作品でも不落札となっている。一方で20世紀後半の現代写真や現代アート系はすべて落札されている。古いという骨董的な価値だけでは現代のコレクターは高額を支払わない傾向が読み取れる。落札予想価格が高額になってくると、作品のアイコン的な価値も必要になってくるのだろう。従来、貴重なヴィンテージ作品は中間層であるアート写真のコレクターが買っていた。 しかし最近の中間層の没落と相場上昇によって彼らは手が出せなくなってしまったのだ。

ちなみに12月11日には、スワン・オークションNYで”Vernacula Imagery, Photobooks, Fine Photographs”のオークションが開催された。これは、古写真、フォトブック、アート写真などの低価格帯の写真作品を取り扱う、ササビーズとは対極のオークションだ。結果は、トータルの落札率が約62%、アート写真243点の落札率が約55.9%と低迷していた。
12月の同時期に開催された二つのオークションは、ここ数年続いている高価格帯セクターの好調、低価格帯セクターの低迷のトレンドを改めて印象付けられる結果だったといえよう。

(為替レートは1ドル120円で換算)

TOKYO PHOTO 2014(東京フォト)アジア市場における独自フォトフェアの可能性

「写真に何ができるか」(2014年、窓社刊)に書いているが、日本のアート写真マーケットの規模は欧米に比べて極端に小さい。お金がまわらないから、優れたアーティストや関連の専門家が育たない、優秀な若い人材がこの業界に入ってこないという状況に陥っている。特に日本人写真家の市場はインテリア向けの低価格帯のもの以外は本当に小規模でしかない。一時期、現代アート風のデザイン・コンシャスで大きなサイズの作品が売れたことがあったが、いまは全くダメになってしまった。ただし欧米で資産性が認知された外国人写真家の市場は日本にも存在するが、これも最近のドル高による輸入価格上昇と消費増税で厳しい状況となっている。

今年の東京フォトはこのような状況が全般的に反映されたものだったといえるだろう。規模が小さくなったという意見が多くの参加者、来場者より聞かれた。海外からの参加者が減少したのは明らかに9月のフォト上海にギャラリーが流れたことによるだろう。海外勢は多額のコストをかけて参加する。やはり市場拡大の可能性がある場所を選びがちになる。今回は過去の販売実績があったベルリンのギャラリー・カメラ・ワークが唯一3回連続して参加していた。彼らは「イコン&スタイル」の作品に特化している。今回は、ピーター・リンドバーク、エレン・ヴォン・アンワース、アルバート・ワトソンなどを展示していた。彼らの取り扱い写真の市場は日本にも存在するのだ。

アジアで初めてのフォト・フェアは、2009年から韓国で開催されているソウル・フォトだ。ソウル・フォトは回を重ねるごとにイベント内容が変化していった。今回の東京フォトの展開がそれに似てきたような印象をもった。ソウルも最初のうちは、欧米的フォトフェアをアジアで開催することを目指していた。多くの国内外ギャラリーが参加して表層的にはそれなりの活気があった。しかし、参加ギャラリー数が回を重ねるごとにどんどん減少していき、代わりにアマチュア写真家の展示や、主催者企画による写真家の個展が展示ブースで開催されるようになっていった。ギャラリーでなく写真家がブースを持って出品するイメージだ。つまり観客はそれなりに来るもののほとんどが鑑賞目的。作品がほとんど売れないことから商業ギャラリーが参加しなくなり、欧米的な販売目的のフォトフェアとは全く違うイベントに変異していったのだ。2010年は日本からもかなりの数のギャラリーが参加していたが、2011年は震災の影響もあり2業者だけとなった。その後は日本からもアマチュア写真家のグループや出版社が参加するようになっていった。私どもも3回参加したものの、しだいに参加する意味があまり見いだせなくなったので今年は様子見とした。

今年の東京フォトも展示スペースの半分が、独自企画の写真展示になっていた。私は市場が未成長のアジアでは、フォトフェアは特に欧米的な販売目的である必要はないと考えている。この地域で行うべきなのは、まず写真がアート作品であることを多くの人に知ってもらうための様々な啓蒙活動や展示活動である。ソウルフォトも販売目的の商業ギャラリーには参加する意味が希薄化したが、その他のエマージング・アーティスト、アマチュア写真家、有名アーティストの作品展示を見たいオーディエンスには魅力的な場なのだ。毎年、ヤングポートフォリオを開催して参加者を世界中から募集している清里フォトミュージアム。彼らはここ数年ソウル・フォトに参加しているが、韓国からの応募者が大きく増加したといっている。
作品があまり売れなくても、プロ・アマチュア写真家が参加して、多くのオーディエンスが来場するような、アジア的フォトフェアというビジネスモデルは構築可能なのではないだろうか?
これはまさに写真文化振興の側面も持つ。ソウル・フォトも国からの間接的な支援があると聞いている。東京フォトも今年から文化庁の「優れた現代美術の海外発信促進事業」を意識した展示を行っている。主催者は今後の外務省の文化事業とのかかわりも示唆していた。100%コマーシャル・ベースでない場合は、どうしても事業継続に様々な公的機関や企業の支援が必要になってくる。今年の東京フォトは、過去の経験の蓄積から欧米とは違うアジア独自のフォトフェアのスタイルが必要だと感じ、新たな方向の模索をはじめたのだろう。
一方で欧米の主催者が取り仕切っているフォト上海は、いまのところ市場性がある作品を現地の富裕層に新たなラグジュアリー・グッズとして販売していくことをメインにしていくようだ。ここも、もし作品販売が低迷した場合は、ソウルや東京と同じ方向性を模索するようになるだろう。

 

来週の15日から六本木のアクシスギャラリーで第1回の「フォト・マルシェ」というカジュアルなフォト・フェアが約14ギャラリーが参加して開催される。低価格の写真作品を提供することで市場の裾野を広げていこうという戦略的企画だ。アクシスの支援により出展料が安くなっていることから、ギャラリーも3万円からという低価格の写真作品の展示販売が可能になっている。9月には広告写真大手のアマナが中心になって同じようなカジュアルなフォトフェア「ヒルサイド・テラス・フォト・フェア」が代官山で開催されている。このフェアはフォトブックに重点が置かれていたのも特徴だった。日本では写真は売れないがフォトブックはまだ売れている。ここにも新たなスタイルのフォトフェアのヒントがあるように感じた。日本でもやっと市場規模を現実的に捉えた身の丈にあったフォトフェアの模索が行われるようになってきたようだ。

「フォト上海(Photo Shanghai)」レビュー(2)アート写真ブランド化の試み

今回、上海をはじめて訪れた。中国の高度経済成長はもちろんマスコミ報道で知っていたが、現実は予想をはるかに超えていた。中心市街地は世界的なトップ・ブランドが店を構える巨大商業施設が複数乱立しており、シンガポールがより巨大化したような感じだった。日本の銀座さえもスケールでは凌駕するのではないだろうか。
そしてどの店もお客でにぎわっているのだ。収入が多くなくても将来に経済的に豊かになるという見通しがあれば人々は消費をするのだ。バブル期の日本を思い出した。

地元の人によると不動産価格はここ20年で約15倍になったそうだ。上昇率はあくまでも個人の感覚的による比較だと思うのだが、不動産上昇による資産効果が消費を刺激している面は間違いなくあるだろう。直近は成長率が低下したというが、それでもGDPは7%以上、日本の1%台と比べるとまだまだ高度成長だ。高齢化が進む日本と違い、中国には将来的に豊かになりたいと考える若い人の人口がまだまだ多い。このような国に活気があるのは当たり前だと実感した。

道路には普通に欧米の高級車が走っているし、街中の高級店の乱立とそれなりの活況を見るに中国人がブランド志向なのが直感的にわかった。そして次に来るのが究極のブランドであるアートなのだろう。

「フォト上海」にも写真を新しいブランドとして富裕層に紹介しようという意図が強く感じられた。会場が上海展覧センターである点も重要のようだ。上海中心部の高級ブランド店や欧米系ホテルが立ち並ぶ南京西路に位置するイコン的なランドマーク建築物なのだ。
フェアのメイン・ヴィジュアルに使用されていたのはハーブ・リッツの”Versace Dress, Back View,1990″とパトリック・デマシェリエのカラーのファッション写真だった。

そしてフェアのメイン展示は20世紀写真の巨匠ヘンリ・カルチェ=ブレッソンの展覧会という具合だ。外国からの参加者は明らかに「イコン&スタイル」を意識した資産価値のあるセカンダリー作品の展示が中心だった。一方で地元ギャラリーはコンテンポラリー系のプライマリー作家中心の展示が多い印象だった。

私はもっと地元写真家中心の展示なのかと思っていたが、国際的に認知された有名写真家のイコン的作品とファッション系が数多くみられたのは嬉しい誤算だった。ギャラリーのレベルや品格はその在庫のクオリティーによるといわれる。特に海外ギャラリーは自らの珠玉の在庫を上海に持ち込んだ印象が強かった。結果的に会場全体では写真史やファッション写真史を網羅する、鑑賞目的の人が楽しめる展示構成だったといえる。
東京、ソウル、タイペイのフォトフェアは地元のプライマリー・アーティストの展示が中心だ。どちらかというと、販売というよりも取り扱いアーティストを紹介する面が強く出ている。市場が小さいので販売よりもギャラリー自身や取り扱いアーティストの紹介が目的となっている。主催者も販売目的というよりも、アマチュア写真家や鑑賞目的の人を意識した運営を行っている。しかし、上海は明らかに欧米的な販売を意識したフォトフェアになっていた。

この分野の作品をメインに取り扱っているのは、ベルリンのCamer
WorkとロサンゼルスのFahey/Klein。両ギャラリーは、まるで競い合うがごとく非常にハイレベルのファッション系作品を展示していた。前者はピーター・リンドバーク、リチャード・アヴェドン、ジャンルー・シーフ、ブランアン・ダフィー、ミッシェル・コント、ロバート・ポリドリなど、後者はウィリアム・クライン、メルヴィン・ソコルスキー、エレン・ヴォン・アンワース、パトリック・デマシェリエなどだ。
また、サンタモニカのPeter Fettermanは、リリアン・バスマン、アンドレ・ケルテス、 セバスチャン・サルガドなど、パリのA.Galerieはアルバート・ワトソン、ピーター・リンドバークなど。また北京のSIPA CHINAはバート・スターンのマリリン・モンローを展示していた。

あまりにも市場で評価されている有名作品の展示が多かったので、まだ評価が未確定の地元ギャラリーの作品はどうしても印象が薄く感じられた。私が興味を感じたのは北京のTime Space galleryの展示。

ここではモノクロのアウグスト・ザンダーとカラーのJiang Jianの作品を対比して「August Sander & Jiang Jian」として見せていた。まるでインスタレーションのように壁面全体に同時展示していた。果たしでザンダーの写真がオリジナルプリントかどうかは不明だったが、興味深いアプローチの作品だった。
アート・フェアでは、会期終了後に取引が行われることが多い。果たして今回のフェアでは高価な海外の「イコン&スタイル」系か、比較的買いやすい地元のコンテンポラリー系か、どちらの系統が地元の富裕層により強くアピールしたのであろうか? 「フォト上海」は来年も2回目が開催されるとのこと。たぶん来年の参加者の変化と展示内容を見ると今年の結果が想像できると思う。結果次第では、ニューヨーク、パリに次ぐアート写真の中心市場に短期間で育っていく可能性があると感じた。しばらくは目が離せないフォトフェアになりそうだ。

「フォト上海(Photo Shanghai)」レビュー(1) アジアのアート写真中心地となるか?

9月5日から7日にかけて第1回「フォト上海」が上海展覧センターで開催された。
上海は中国中部の東海岸、長江の河口に位置する人口約2300万人の中国最大都市。経済成長を続ける中国を目の当たりにできる場所なので、フェア開催地としては最適だと思う。マネージメントは世界的にアートフェアーを手掛けるモンゴメリー(MONTGOMERY)が出資するWorld Photography Organisation (WPO)が担当。約40のアート写真を取り扱うギャラリーが世界中から参加している。約半分が上海をはじめ中国から。その他は、香港、東京、ロンドン、ベルリン、フロリダ、プラハ、ロサンゼルス、チューリヒ、サンタ・モニカ、コペンハーゲン、パリなどからだ。

Fahey/Klein、Peter Fetterman、Camera Workなどの業界大手ギャラリーも参加。日本からはアマナ・サルトが来ていた。初回でこれだけのギャラリーが世界中から集まったのは、実績のあるマネージメント会社への信頼と中国市場への大きな期待があるからだろう。

会場の上海展覧センターは、ソビエト連邦の経済技術支援を受けて「中ソ友好記念会館」として1955年に竣工したもの。先細りの塔が中央ホールの中心軸上にそそり立ったスケールの大きな歴史的な建造物。 

会場内部はアーチ型の高い天井と照明などの設えによりレトロな雰囲気を強く感じられる。ニューヨークのフォトグラフィー・ショーやパリ・フォトに近い趣がある。
ブースは2フロアーに分けて施工されており、1階のメイン展示場を囲むように2階展示場が設置されていた。会場の細部の作り込みには、一部雑な仕上げの箇所も散見された。メイン・スポンサーはソニーとイタリアの高級車マセラーティ。4K技術の実演や会場外の実車の展示などがあった。
特別展示は現代中国写真を展示する「Contemporary Photography in China, 2009-2014」と、Peter Fettermanコレクションからの見ごたえのあるヘンリ・カルチェ=ブレッソン展覧会だった。
私は土曜日の午後に訪れたのだが、会場の混雑ぶりには本当に驚かされた。一般入場料は50元(約850円)と地元感覚では決して安くはないとのことだったが、人気ブースの周りは本当に立錐の余地がない感じ。じっくりと作品を見る余裕はなかった。また来場者が人気作品をカメラで撮りまくっているのも特徴。記念撮影も当たり前だ。イコン的作品、ユニークなヴィジュアルの作品の人気が高いようだ。
職業柄どうしても作品売上をチェックするのだが、私の見た限り作品自体はそんなに売れている感じはなかった。東京、ソウル、タイペイなどのフォトフェアと同様に、鑑賞目的の観客か、カメラ好きのアマチュア写真家が数多く来場している印象が強かった。
しかし今回は中国での初フォトフェアであることから主催者も地元の観客の啓蒙を開催目的に掲げている。複数の参加者もそのように発言していた。会期中にわたり、写真コレクションに関するトークイベントなどが数多く企画されていた。
やはりギャラリーにとって、経済発展が続いている中国市場はとても魅力的であり、この地でギャラリーの知名度を富裕層たちにいち早くアピールしておきたいという心理が強いのだと思われる。街の持つエネルギッシュな雰囲気に実際に触れると、誰しも将来的にマーケットが育っていくような印象を抱いてしまう。 とにかく人口が多いので何が起きてもおかしくない。今回のフォトフェアがきっかけでもし実際にコレクターが生まれてくると、アジアにおけるアート写真の中心地は上海になる可能性も十分にあると感じた。
(以下はパート2につづく)

ヴィヴィアン・マイヤーとデジタル革命第2ステージ

ヴィヴィアン・マイヤー(1926-2009)は、死後に大きく再評価された欧米で話題の米国人アマチュア写真家。2007年にシカゴの歴史家ジョン・マーロフが発見するまでその存在は全く知られていなかった。一生独身で、親しい友人もいなかったとのこと。50年代から約40年間、主にシカゴで育児教育の専門知識を持つナニーの仕事に従事していた。
彼女は優れたヴィジュアル・センスと画面構成能力を持っていた。女性のロバート・フランクといわれたり、ダイアン・アーバスと対比されて語られることさえある。都市のなかの一瞬の詩的な瞬間をまるでアンドレ・ケルテスのように切りとり、また被写体に思い切り迫ってポートレートを撮影している。
まさにアマチュア写真家のリアルな夢物語で、いままでに25余りの写真展が開催されるとともに、2014年の秋にはハッセルブラッド・センターでの写真展も予定されている。フォトブックも既に3冊が刊行され、今秋には新刊が予定されている。
オリジナル・プリントは、ニューヨークの老舗写真ギャラリー、ハワード・グリンバーグでエステート・プリントとしてエディション15で販売されている。

彼女は50~90年代にかけて約10万点以上にもおよぶ写真をフランス、ニューヨーク、シカゴで撮影。モノクロ写真のカメラは主に2眼レフのローライフレックスを愛用していた。分類上、それらは20世紀クラシック写真に分類されるだろう。
しかし彼女の再評価はアート写真界における「デジタル革命第2ステージ」の訪れと深くかかわりがあると私は解釈している。「デジタル革命第2ステージ」とは、市場面では拡大する現代アート市場が従来のアート写真市場を飲み込み、また技術面では写真家・アーティストがデジタル技術を使い、自分の思い通りに表現することが可能になった新時代のこと。興味ある人は「写真に何ができるか」(窓社、2014年刊刊)に詳しく書いてあるのでそちらを読んでほしい。

デジタル革命を象徴するネットの普及で、いま優れたアマチュア写真家の作品がアート写真界で注目されやすい状況になっているといえるだろう。ヴィヴィアン・マイヤーの場合は、専門でない人が発見した写真がネット投稿を通して欧米に広まって再評価のきっかけとなった。アートとしての写真は、最終的にキュレーター、評論家、ギャラリストなどの専門家に作家性が認められ市場に紹介される。従来はそこに行きつくまでにかなりの高いハードルがあったのだ。またアート写真市場が欧米では大きな市場になっており、多くの関係者が優れた才能を常に探している点も見逃してはならないだろう。

彼女は撮った写真を誰にも見せなかったとのことで知られている。現像する際もお店で偽名を使っていたとのこと。多くの写真はプリントされず、未現像フィルムも数多く残されていたそうだ。彼女が周りの評価を求めなかったのは当時の写真界の環境も影響していただろう。まず彼女がモノクロで撮影していた50~70年代の写真の主流はドキュメンタリーだった。 また一部にアート写真といわれていたのは、モノクロの抽象美とファインプリントのクオリティーを愛でる高尚なものだった。今のデジタル時代と違い、プロとアマには撮影時とプリント時に決定的な技術的な違いがあった。かつては写真は暗室で写真家本人がプリントするのが当たり前だった。もしかしたら、マイヤーは撮影は好きだがプリント作業は苦手だったのかもしれない。 実際に80年代以降は、モノクロをやめてカラーポジによる撮影にシフトしている。たぶん自分の写真が認められる分野はプロの世界に存在しないと考えていたのだろう。

彼女の発見と再評価は「デジタル革命第2ステージ」の訪れで、写真が大きなくくりの現代アートのひとつの分野と理解されるようになったのが影響していると思う。それは評価の上でアーティストの作品制作の動機が最も重要視されるということだ。プロ写真家、アマチュア写真家でも自分の名誉欲や金銭欲などのために作品を作る人は、その技術が評価されることはあっても、決してアーティストとし認められることはないだろう。そのような人は意識的に世の中に対峙していないので、作品には観る側を感動させるメッセージ性がない。専門家が評価しようとしてもその中身自体が存在しないのだ。
一方でマイヤーには社会で認められたいとか、評価されたいというエゴが微塵もないのだ。自分が感動する被写体を単純に追い求めて撮影し続けてきた。50~70年代のシカゴ、ニューヨークなどで撮影された写真は繁栄を謳歌するアメリカのダークサイドにも目を向けていた。黒人、浮浪者、貧困者、子供など社会の周辺に生きる人も撮影。そして100%パーソナルな視点で被写体と対峙している。彼女に乳母として面倒を見てもらった人が、彼女は社会主義者だった、と表現していたという。もしかしたら社会主義的な視点でアメリカ社会をカメラで見つめていたのかもしれない。

私は彼女の写真の本当の魅力はこの作家性にあると思う。米国人写真家スティーブン・ショアは「私は、写真、世の中、自分自身を知りたいがために作品を作る。優れた作品は何らかの個人的な探求の結果としてに生まれている」と、「Image Makers Image Takers」(Thames& Hudson,2007年刊)のインタビューに答えている。彼女は間違いなくその実践を行っていた。
また、いまやアーティスト自身がプリントしなくても全く問題ないし、カメラを使用しないでアート写真作品を制作する人さえ珍しくなくなった。アート写真界で長きにわたり重要視されていた価値観が大きな変化に直面しているのだ。従来は写真家がプリント制作していない、本人のサインなしのエステート・プリントの価値はあまり高くないと考えられていた。しかし、現在は厳密な管理下で限定制作されるものは資産価値が認められるようになってきたのだ。
彼女は「デジタル革命第2ステージ」というアート写真にとって全く新しい環境が整いつつあった絶妙なタイミングで奇跡的に発見され、その流れに乗ったのだ。たぶん20年前なら、いまほどアート写真界で熱狂的に受け入られることはなかったと思う。
いまアート写真界では、新たな視点からアマチュアを含む過去の写真家の仕事の再評価が始まっている。ギャラリストのハワード・グリーンバーグはインタビューで「自分が彼女の写真アーカイブスを発見したかった」と語っているのが象徴しているだろう。いま密かに第2のヴィヴィアン・マイヤー探しが行われているのだ。

アート写真の新しいトレンドになるか?注目されるイコン&スタイル系作品

先日、2014年春のロンドン・オークションのレビューを紹介したが、今年は常連のクリスティーズがオークションを行わなかった。どうもロンドンの市場があまり良い状態ではないようで、彼らは7月1日にパリでアート写真オークションを行うとのことだ。なんでロンドンでなくパリかというと、まず世界的なフォトフェアのパリフォトが秋に開催される点が重要視されているようだ。ロンドンでもフォトフェアは開催されているが、ローカル色が強く規模も小さい。ちなみに2010年11月には、クリスティーズ・パリはリチャード・アヴェドンの単独オークションを開催して大成功を収めている。ここには名作”Dovima
with elephant,1955″の、1978年のメトロポリタン美術館の展覧会時に展示された約216X166cmの1点ものの巨大作品が出品された。なんと、841,000ユーロ(当時の為替レート換算・約9671万円)という作家オークション最高金額で落札されている。今回のオークション・タイトルは、”Photographs Icons & Style”。私はこの動向を非常に興味深く見守っている。今回の特徴は、通常の複数コレクター出品によるオークションではなく、有名写真家による、ファッション、ポートレート、花などのイコン的な作品だけがセレクションされている点だ。出品数が多いのは、アーヴィング・ペン、ロバート・メイプルソープ、リチャード・アヴェドン、ヘルムート・ニュートン、デビット・ラシャペル、ホルスト、荒木経惟など。開催時期もちょうどファッション・ピープルがパリに集うコレクションと重なっているそうだ。

このオークションは、落札率を気にする大手が、いま市場で何が実際に売れているか(売れそうか)を意識したものといえるだろう。私は最近「写真に何ができるか」(窓社刊)という本の中で「デジタル革命第2ステージを迎えて」というエッセーを書いた。そこで現代アートが市場を席巻したことで、従来の写真市場の眺めがかなり変化していることを指摘している。イコン的な作品は単に知名度が高い写真家の代表作というだけではない。 つまり、現代アートでは時代の持つアイデア、コンセプトを重視するが、ファッション系(スタイルも同様の意味)は、それよりも時代の持つ気分や雰囲気が作品に反映されている点が評価されているのだ。この分野の作品に関心が集まる背景には、やはり現代アート的な視点を持つコレクターの増加があるのだろう。そしてこの分野のコレクターには不況にあまり影響を受けない富裕層が多いのが特徴なのだ。

一方で、従来のモノクロームの抽象的な美しさやファイン・プリントの美しさだけを追求したものは、アート的というよりも歴史的な工芸品的な価値しか認められないとも指摘した。実は、ロンドンの大手のオークションの後で、欧州の中小ハウスによる写真オークションが開催された。こちらの出品作は特に意識的にイコンやスタイルを意識したものではない。
中小ハウスは出品作品をエディティング(選択)してセールの方向性を明確化する余裕はない。どちらかというと、大手が取り扱わない作品を拾ってオークションを開催する傾向がある。大手では絶対に取り扱わない、無名写真家、プレス・プリント、状態の劣る作品などが出品されることもある。ここでよく取り扱われるフォトブックは、一部を除いて典型的な反イコン、反スタイルのアート写真作品になるだろう。作品の絞り込みをあまり行わないので、結果的に出品数も約240~300点とかなり多めになっている。

結果は、Grisebach(ベルリン)”Photographs”の落札率は約64%、Lrmpertz Cologne (ケルン)”Photography”の落札率は約48%、Dreweatts & Bloomsbury (ロンドン)”Photographs &
Photobook”は落札率約57%だった。トータルすると落札率は約53%、つまりほぼ半分の作品には買い手がついていない。
最近の欧州地域では、中央銀行がマイナス金利を導入したり、景気テコ入れ策が次々と実施されている。企業の経済活動はようやく回復傾向にあるようだが、一般の人が本格的な景気回復を実感するにはまだ時間がかりそうだ。つまりイコンやスタイル以外の写真作品を買っていた一般の写真コレクターは、いまだ景気回復を実感していないのだと思う。趣味的なコレクションにはまだお金が回らないのだろう。

しかし、これはアート写真コレクターの初心者には決して悪くない状況だと思う。イコンやスタイルを意識したものではなくても素晴らしい作品は数多く存在する。もしそれらが、富裕層があまり興味を示さないという理由でリーズナブルな値付けがされているのなら、絶好の買い場ではないかと思う。もし景気が本当に良くなると、そのような周辺銘柄の作品価格が上昇してくるのだ。

アート写真の市場が存在するという意味 国内市場のいま

アートとして販売されている写真の市場は突然うまれるのではない。欧米市場は長い歴史の積み重ねにより現在の姿に成長してきた。最初の写真ギャラリーが生まれた20世紀の初めまでさかのぼる。
まず写真家が継続して作品を制作することからはじまる。それらの中の優れた写真をコレクターや美術館がコレクションするようになる。その後、売買規模の拡大からアート写真のマーケットが成立し、商売として写真を扱う商業ギャラリーが増加する。ギャラリーで売られた作品の中から資産価値が高まったものが生まれ、それらを定常的に扱うオークションハウスが参加し、 さらにギャラリーやディーラーが販売機会を拡大する目的でフォト・フェアを行うようになった。

資産価値を本源的に持つ作品群が生まれると若手や新人市場が活性化する。それらの中から同じような成功例が生まれると市場参加者が考えるようになるからだ。 株式市場で将来上場するかもしれない未公開株を物色するのに近い感覚といえるだろう。
個性が強い市場参加者だが、自らの利益拡大という目的のために妥協を重ねて共通の基準をつくりだす。現在はその結果として、美術館、オークションハウス、ギャラリー・ディーラー、コレクター、メディア、出版者などによる業界が成立しているのだ。アート写真の世界は参加者の利益拡大という資本主義の原理で成り立っているのだ。

残念ながら日本では上記のような歴史的な市場の発展が起きていない。外国人写真家の場合は、海外の延長上の市場が存在するが、日本人写真家の市場がほとんど存在しないのだ。
いままで、写真を販売する数々の試みが行われてきた。しかし、それらが中途半端に終わった理由は、写真をいかにもインテリア用の商品のように取り扱ったからだと思う。商品開発と同様のアプローチで作品が作られ、 マーケティング的な販売の仕掛けが用いられてきた。一般商品のように、単純に投資をすればすぐに結果に現れるような単純な仕組みではないのだ。
写真をアートとして販売することは、作品に資産価値を持たせるという意味。長期にわたる作家のブランディングを行っていく必要があるのだ。しかし現状は、作品を制作する人は数多くいるが、短期的に、金銭的、社会的な結果がでないのでほとんどが継続できない。
作家の継続的な作品制作なくして作品の価値は維持されないし、まして上昇することなどはない。

現状をみるに、突然アート写真ブームが到来するなどとは思わない方が良いだろう。関係者が日本で市場を作り上げていく地道な努力を行うとともに、優れた若手新人が海外市場に挑戦できる仕組みを整えていくのが重要だと考えている。 彼らの海外での評価は国内市場の活性化につながるだろう。
デジタル化した日本のアート写真市場の詳しい解説については、近いうちに紹介する機会があるだろう。