アート系ファッション写真のフォトブック・ガイド(連載) (4):ファッション写真の美術館展カタログの歴史

長きにわたり、ファッション写真は作り物のイメージなのでアート性は認められていなかった。しかし、70年代以降の欧米では写真は客観的真実を伝えるのではなく、写真家がパーソナルな視点で自己表現するメディアと認識されるようになる。ここで作りものの写真だから評価に値しないという考えが覆ったのだ。70年代後半から、美術館やギャラリーでのグループ展などが開催されるようになる。それらを通して優れたファッション写真は各時代の言葉に表せない人々のフィーリングを伝えるメディアだと認識されるようになる。欧米の美術館はアートの歴史で見逃されていた価値基準を再評価して、そこに新たなページを書き加えてきた。ドキュメントやファッション写真のアート性はその活動から見いだされた。
美術館がファッション写真独自の価値基準を認めると、プライマリー市場でギャラリーが作品を取り扱いコレクターが購入するようになる。そして時間経過とともにセカンダリー市場のオークションでも頻繁に売買されるようになり、相場が上昇した。30年前、ほとんどのコレクターが見向きもしなかったファッション写真は、いまでは市場の人気カテゴリーとなったのだ。

一番高価なのはリチャード・アヴェドンの代表作“Dovima with elephants”(1955)だろう。ディオールの黒いドレスのモデルと象の作品。誰でも一度は見たことがるだろう。2010年11月に、クリスティーズ・パリで1978年プリントの216.8×166.7cmサイズ作品が約115万ドルで落札された。当時は円高時で1ドル82.50円くらいだったので、円貨だと約9,503万円となる。
以上の流れを踏まえて、私がアート系のファッション写真のオリジナルプリントやフォトブックを選別する場合、以下の3点を判断基準にしている。今回の連載でも、それらに該当する写真家のフォトブックを取り上げていくことになる。
 
a.美術館などで開催されるグループ展に選出されている、

b.アート・ギャラリーでの個展開催や取り扱い実績、
c.アート写真オークションに作品が継続的に出品されている

アート系ファッション写真のフォトブックの刊行数は、美術館による再評価以前は非常に少なかった。リチャード・アヴェドンやアービング・ペンなど、作品プロジェクトのアート性が認められていたファッション写真家のモノグラフが中心だった。またそれ以外は、アートのカテゴリーというよりは、服飾のファッションのカテゴリーで取り扱われていた。90年代になり、ファッション写真のアート性が市場で広く認識されるようになると、上記のフォトブックのアート性の価値が見直される。見向きもされなかった本がレアブック扱いされるようになる。同時に過去に活躍した写真家の作品が見直されて再評価されるようになり、新たにフォトブックも刊行されるようになるのだ。
今では有名なギイ・ブルダン、リリアン・バスマン、ソール・ライターなどもここに含まれる。いま刊行されている多くのファッション系フォトブックは、90年代以降に再評価された写真家によるものだ。分類すると以下のようになる。

(1)美術館で開催されたファッション写真の展覧会カタログ
(2)ファッション写真のアート性が認識される以前の本
(3)90年代以降に再評価された写真家の本

すべては、美術館で開催されたファッション写真のグループ展での写真家たちの評価から始まる。これらの展示に作品が複数回選出された人がコレクター間で人気作家となる。実際のフォトブック紹介にあたって、個別の写真家のモノグラフよりも、まず20世紀に刊行された美術館展カタログの紹介から始めるのが適当だと考えた。(ちなみに21世紀のファッション写真の展覧会カタログは別の機会に紹介する。)以下に、私が選んだカタログのリストを上げておく。次回以降に個別に紹介していきたい。

“The History of Fashion Photography”Nancy Hall-Duncan, Alpine Book Co.Inc New York, 1979
“Shots of Style – Great Fashion Photographs Chosen by David Bailey” Vivtria & Albert Museum, London, 1985
“Images of Illusion” The fashion Group of St.Louis, 1989
“Appearances : Fashion Photography Since 1945” Martin Harrison, Jonathan Cape, London, 1991
“VANITES – PHOTOGRAPHIES DE MODE DES XIXe ET XXe SIECLES” CENTRE NATIONALDE LA PHOTOGRAPHIE, Paris,1993

もしかしたら、私が把握できていない美術館展カタログもあるかもしれない。資料を持っている人はぜひ情報を提供してほしい。

アート系ファッション写真の
フォトブック・ガイド(連載3)
ファッション雑誌の中だけではない
幅広い分野にあるアート系ファッション写真

前回から人気の高いアート系ファッション写真のフォトブックのガイドが出版されていない理由を考えてきた。
ファッション写真自体の評価の難しさも、いままでにガイドが制作されなかった背景にあると考えている。ここからはやや小難しい解説になるが、どうかご容赦いただきたい。
つまり、ファッション写真には、単に洋服の情報を伝えるだけのものと、ファッションが成立していた時代の気分や雰囲気を伝える、アート系と呼べるものが混在しているのだ。たとえば現代アート作品の場合、写真家は時代が抱える問題点をテーマとして見つけ出し、それに対する考えをコンセプトとして提示する。アート系ファッション写真は、頭でテーマを考えるのではなく、各時代を特徴づける言葉にできないフィーリングを写真家が感じとり、ヴィジュアルで表現することになる。分かり難いのは、その時代に生きる人が共有する未来の夢や価値基準の存在が前提条件となることだろう。アート系ファッション写真は、それらが反映された時代性を写真家が抽出しているわけだ。
例えばヘルムート・ニュートンは、早い時期から、男性目線ではない自立した女性を意識した作品を提示してきたのが評価につながっている。見る側にこの部分の明確な認識がないとファッション写真の区別や評価はできない。

時代性が反映された写真という前提に立つと、アート系ファッション写真の定義は従来のステレオタイプ的なものよりかなり広範囲になってくる。

80年代を代表する米国人写真家ブルース・ウェバーは、”私は新聞に掲載されている消防士の写真や、30年~50年代のパリのドキュメントやストリート写真にファッション性を感じる”と”Hotel Room with a View”(Smithsonian Institution Press, 1992年刊)掲載のインタビューで語っている。
“Hotel Room with a View”(Smithsonian Institution Press,  1992年刊)

また、”被写体となる人間自身が最も重要で、もし彼らが自らのライフスタイルを表現して、とてもパーソナルな何かを着ていれば、私にとってそれらの写真は人生の何かを伝えている”とも発言。評論家のマーティン・ハリソンは、ウェーバーはキャリアを通して、確信犯でファッション写真を次第にブルース・ウェバーの写真に展開させてきた。と評価している。

ハリソンは彼の著書”Appearances”でヴォーグ誌のアート・ディレクターのアレクサンダー・リーバーマンが理想としているファッション写真を紹介している。それは、最高のセンスを持つアマチュアで、写真家の存在を感じられない写真、だとしている。1940年代に新人編集者にそれに当てはまる、アーティストの自己表現とファッション情報の提供がバランスしている2枚の写真を紹介している。

 

最初の1枚は、エドワード・スタイケンによるヴォーグ誌1927年5月号に掲載されたマリオン・モアハウス(Marion Morehouse)をモデルとした写真。
“Appearances”page 47 掲載のエドワード・スタイケン作品 
リーバーマンは、その写真は流行りのシェルイ(Cheruit)のドレスを明確に撮影しているものの、女性に敬意を表し彼女の最高の魅力的な瞬間を表現している、としている。ハリソンは、この写真は1920年代に欧米で流行した革新的なフラッパーの要素を従来の婦人像と融合させている、と評価している。
もう1枚はファッションとは縁遠いウィーカー・エバンスがキューバのストリートで1923年に撮影した白いスーツを着た男性のドキュメント写真。
“Appearances”page 46 掲載のウォーカー・エバンス作品

彼は”これは明らかにファッション写真ではないが、私はこれこそが根源的なスタイルのステーツメントだ”と語っていると引用されている。これも上記のウェバーと同じ意味だ。本稿の中でセレクションしていくアート系ファッション写真も同様の基準で行われることになる。つまり、雑誌用などでファッション写真として制作されたもの以外にも、時代性が反映されたドキュメント系、ストリート系、ポートレート系が含まれることになる。

次回は時代で移ろうアート系ファッション写真の前提条件に触れる予定だ。もう少しで具体的なフォトブックの紹介となる。

アート系ファッション写真の
フォトブック・ガイド(連載-2)
玉石混交のファッション系の写真集

いままでに刊行されたフォトブック・ガイドはだいたい次のように分類できる。
著者の個人的な好み、刊行年代別、国や都市や地域別、カテゴリー別、単独コレクションの紹介などだ。最近はマグナム・フォトの写真家だけのフォトブック・ガイド“MAGNUM PHOTOBOOK”(Phaidon Press、2016年刊)も発売されている。
“MAGNUM PHOTOBOOK”(Phaidon Press、2016年刊)

そのなかで、種類が少ないのがカテゴリー別だろう。ヌード系をまとめた“Book of Nude”(Alessandro Bertolotti、2007年刊)があるくらいだ。

“Book of Nude” (Alessandro  Bertolotti、2007年刊)私が個人的に発刊を待ち望んでいるのが、アート系ファッションやポートレート分野のフォトブック・ガイドだ。ファッション写真自体だけなら、写真家、歴史、ヴォーグ/ハーパース・バザー/ザ・フェイスなどの掲載された雑誌メディア、またブランドやデザイナー、ファッション・エディターごとにまとめられて刊行されている。しかし、写真家のモノグラフの包括的なガイドブックは私の知る限り存在していない。

 この分野は、アート写真コレクターだけでなく、ファッション業界の人にもアピールできる。出版すればかなりの売り上げが予想できると版元も考えるはず。不思議に感じたので、いくつかその理由を考えてみた。
一番単純なのは、各時代を代表するファッション写真家のキャリアを回顧したフォトブックのガイドを制作することだろう。しかし、それだとすでに引退したり亡くなった人が対象になり、本の数があまり多くないのだ。ファッション写真のアート性が認められたのが比較的最近であることも影響している。それ以前に活躍した人の再評価は現在進行形なのだ。現役のファッション写真家の場合は、キャリアの途中でそれまでの仕事を回顧するケースは稀だと思われる。

また現役写真家の本の場合、かなりの数の自費出版が含まれているのが状況を複雑化していると思う。広告で稼いだ写真家が経費を思う存分に使って自分の広告写真のアザー・ショットやヌード、スナップ、風景などのプライベート写真を大手出版社を通して写真集化する場合が多く見受けられるのだ。それらは、仕事上のクライエントや広告代理店へのアピールが主目的で制作されるのだが、時に豪華本で、有名出版社から刊行される。広告業界で知名度が高いファッション写真家も含まれる。表面上は自費出版かどうかが非常にわかり難い。

“Understanding Photobooks” (A Focal Press Book、2017年刊)

以前のブログで紹介したヨーグ・コルバーグ(Jorg Colberg、1968-)著の、フォトブック解説書“Understanding Photobooks(The Form And Content of the Photographic Book) ”によると、いまほとんどのフォトブック出版では写真家が資金を出しているという。それゆえ、フォトブックを出している出版社からも、ファッション写真家の写真を本形式にした、自費出版本は刊行されているのだ。厳しい経営環境の中、有名出版社でも長い物には巻かれよになってしまうのは理解できる。またコールバークの本では、フォトブック制作では写真家は独裁者ではなく、多くの関係者間のコーディネーターの役割を果たすべきだとしている。しかし、上記のファッション系の本では、写真家が独裁者となりすべて自分の思い通りにする場合が多い。残念ながらアマチュア写真家の本作りと同じ構図になっているのだ。

それらはもちろんフォトブックではなく、ファッション写真家による写真集形式の作品カタログとなる。現存の写真家なので資料的な価値もない。
このように制作意図が全く違うファッション写真家の写真集が世の中には混在している。外見は豪華なのだが、内容が伴わない写真集が非常に多いのだ。膨大な数のなかから、アート系のフォトブックを区別するのはかなり難しい作業になるのだ。ファッション写真家による作品カタログのガイドブックをわざわざ制作しても、それは職業別の写真家ガイドでしかない。アートに興味を持つコレクターは全く面白味を持たないだろう。これこそがアート系ファッション写真のフォトブック・ガイド制作を考えるときに真っ先に直面する大問題なのだ。
アート系を分別するには、すべての刊行物を購入して内容を吟味するのが理想だ。しかし昨今の出版物の洪水のなかでは費用的、時間的に実際的ではない。私が判断する際に参考にしているのは、刊行後の古書市場での相場動向だ。アート系ファッション写真のフォトブックはプレミアムが付くが、それ以外は当初販売価格以下で売られている場合が多いのだ。また洋書店のバーゲンセールで売られている場合も多くみられる。ファッション雑誌の売り上げが落ちているように、ファッションのカタログ的な写真集も消費者になかなか買ってもらえないのだ。

次回の第3回では、アート系ファッション写真の評価基準を少しばかり小難しく解説する。

ファッション写真を愛する人へ
新分野のフォトブック・ガイド (連載-1)いよいよ連載開始!

いままでになかった、ファッション系フォトブックのガイドブック。これから個人的に不定期の連載形式でまとめていきたい。最初の数回は、フォトブックやアートとしてのファッション写真の前提条件の確認を行っていく予定だ。たぶん完成までにはすごく長い道のりになると思われる。興味ある人はどうかお付き合いください。
(1)はじめに
まず最初に、フォトブックがどのような経緯でアート写真コレクションの一部になったかを見てみよう。アート系ファッション写真のフォトブックはその延長線上に登場することになる。21世紀になって、写真集のカテゴリーの一つであるフォトブックのガイドブックが相次いで発売された。念のために確認しておくが、フォトブックは写真家が本のフォーマットを利用して自己表現しているものを指す。世の中に氾濫している、写真を本形式にまとめたものとは別物になる。
いままでに、
“The Book of 101books”(Andrew Roth、 2001年刊)、
“The Open Book”(Hasselblad Center、2004年刊)、
“The Photobook : A History Volume 1 & 2 & 3”(Martin Parr &Gerry Badger、2004、2005、2014年刊)
が相次いで発売され、2009年には金子隆一氏による日本のフォトブックのガイドブック“Japanese Photobooks of the 1960s &’70s”が発売。私自身も“アート写真ベストセレクション101 2001-2014″(玄光社、2014年刊)を出版させてもらっている。

当時のアート市場の状況にも触れておこう。経済は2000年初めのITバブル崩壊から立ち直り、2008年ごろま景気拡大が続いていた。好況を背景にアート・ブームが起き、アート写真相場も同時に上昇していた。そのような環境下で、過去の出版物の系統だった情報と評価を提供するガイドブックの登場が、フォトブック・コレクションを後押しした。比較的割安だったフォトブックが、最後に残された未開拓のアート・コレクション分野としてにわかに注目されたのだ。

いままであまり知られていなかった60年代~70年代の日本のフォトブックも欧米に紹介され、ミニブームが到来した。浮世絵の伝統を持つ日本では、オリジナルプリントではなくフォトブックが写真の自己表現で、日本人写真家のヴィンテージ・プリントに該当するのが初版フォトブックだと解釈されるようになる。神田神保町の写真集専門店には海外からの引き合いが増大。ガイドブック掲載の日本人写真家の古書相場は急騰した。
いままで、この分野はスワン・オークション・ギャラリーズなどの中堅オークション業者が写真作品の一部として取り扱っていた。ブーム到来で大手オークション・ハウスもフォトブックに注目した。クリスティーズ・ロンドンは2006年に“Rare Photobooks”の単独カテゴリーのオークションを開催。ついに2008年4月には、クリスティーズ・ニューヨークで200冊のフォトブックの“Fine Photobook”セールが行われ、260万ドル(@102.685/約2.67億円)の売り上げを達成している。残念ながら、その後の2008年9月に起きたリーマン・ショックの影響で市場は急速に縮小。単独カテゴリーでのセールは2010年5月のクリスティーズ・ロンドンを最後に行われていない。現在では、レア・フォトブックは低価格帯アート写真を取り扱う、中小業者が取り扱っている。
Christie’s London 2006″Rare Photobooks”
Christie’s NY 2008 “Fine  Photobook”

2017年には、スワンが春に“Images and Objects: Photographs and Photobooks”、秋に“Art & Storytelling: Photographs & Photobooks”を開催している。大ブームは終焉したが、レア・フォトブックの地位はアート写真の一部のカテゴリーとして確立されたといえるだろう。

次回は、フォトブックガイドの分類と、アート系ファッション写真の評価基準を解説していきたい。