
仕事柄、気になったフォトブックは新刊、古書に関わらずできる限り購入するようにしている。しかし、普段は雑用に追われていて、なかなか購入したフォトブックの中身をゆっくりと読む機会がない。
夏休み期間は現状維持バイアスに陥りがちに自分を律するために、日常と違った生活のペースで過ごすことを心がけている。いつもは絶対読まない分野の本を手に取ったりしている。その一環として買いだめていたフォトブックの、収録写真をじっくり観察するとともに、解説やエッセーも興味が続く限り読むようにしている。最近は円安と物価高の影響で新刊の洋書が本当に高価になってきた。フォトブックが高級品だった1990年代前半と同じような感じだ。当時は1ドル150円くらいの円安の時もあった。まさに今と同じ為替水準だ。その上で当時と比べ海外の物価は大きく上昇し、制作コストや送料が販売価格に影響を与えている。現地価格が75ドルや100ドルも珍しくない。円貨だといま新刊の洋書はアマゾンなどでも1万円越えは当たり前だ。それゆえに、最近はかなり慎重に吟味したうえで購入するようになった。
またかつては価格が割安の海外の書店/古書店や出版社から直接に購入していた。それらはクレジットカード払いの通販扱いだった。しかし、最近は海外のサイトではカードが決済されない場合が非常に多くなっている。クレジットカードの不正使用が世界的に増加している影響だと思われる。個人的にも、いまでは海外の業者にクレジットカード情報を提供するのにはかなり抵抗がある。したがって最近は多少高くても、安心できる大手の業者か、国内代理店の利用が一般的になっている。

Alexey Brodovitch
「BALLET: 104 PHOTOGRAPHS」
Little Steidl、2024年刊
さて2025年前半に自腹で買ったフォトブックだが、個人的に一番満足したのは2024年後半にドイツのLittle Steidlから刊行されたアレクセイ・ブロドビッチの「Ballet」の復刻版(リ・イッシュー)だった。ハ―パースバザー誌のアート・ディレクターだったブロドビッチは写真家としても活躍していた、オリジナル版は1935~1937年に35㎜カメラで、バレエのスピード感や舞台の盛り上がりを表現した1945年刊の幻のフォトブック。本書はオリジナルに忠実に、こだわりぬいて制作されている。現存する当時に近い古い印刷機のヴィンテージ 1993 ローランド 200 オフセットリトグラフ印刷機を使用して再現された印刷は素晴らしい完成度だ。出版社が再版ではなく、オリジナル版を現在の技術を駆使して再現した復刻版(リ・イッシュー)だとのたまう理由もよくわかる。ページをめくると、紙とインクの織りなす何か懐かしい匂いまでする心憎い演出がなされている。技術的な詳細は出版社の以下の公式サイト記載されているので、参考にしてほしい。復刻版の現地販売価格は190ユーロ、送料を入れると円安/ユーロ高の影響もあり4万円越えになる。
私はファッション写真を専門にしているので、ブロドビッチは神様のような存在。雑誌「Portofolio」や彼がデザインを手掛けたフォトブックはだいたいコレクションしている。しかし「Ballet」だけは、ページ自体を複写したErrata Editions(2021年刊)版しか持っていなかった。オリジナル版の市場動向は常にチェックしていたが、なにせ限定500部の古い本なので、状態と販売価格で納得のいく個体との出会いはなかった。いまでも古書市場ではオリジナル版は3000ドル(約45万円)以上する。バリュー・フォー・マネー、つまり金額に見合った価値で判断すると、私は今この復刻版で十分満足だという気持ちになっている。

Alexy Brodovitch: Ballet

Edward Burtynsky
「Essential Elements 」
Thames & Hudson、2016年刊
エドワード・バーティンスキー(1955-)は、カナダ出身のアーティスト。彼は、鉱山の尾鉱(びこう/廃棄物)、採石場、スクラップの山、中国の巨大工場、バングラデシュの船舶解体、世界の石油産業の企み、有毒物質の流出、塩田、水資源、森林伐採されたジャングル、死にゆくサンゴ礁など、工業化の進展とそれが自然と人間の存在に与える影響を表すシーンを世界中で撮影。手付かずの生態系から人間のニーズによって形成された人工地形までを連続体ととらえて大判写真作品で表現している。アート史的には、1960年代から1970年代に出現したEarth Art、1975年の「New Topographics : Photographs of a Man-Altered Landscape」の流れの延長線上で評価されている。彼の写真は、美しい色彩、幾何学的、抽象的な構図が大きな特徴。マグナム出身のサルガドなどとは違い、オーディエンスが写されて環境に直接に介入しないように配慮されている。見る側は過激な産業化や消費主義の結果を目撃するが、その地球的、政治的意味を静かに熟考させようとしているのだ。つまりこの問題は単純に2分法で判断できるものではなく非常に複雑であり、写真作品は単純に環境破壊を非難するのではない。作品を通してまず現状を的確に認識してその存在を認め、そこから問いかけや対話を生み出すための仕掛けにしようとしているのだ。
本書は彼の過去の一連の作品を新しい視点からセレクションして編集したもの。新刊は売り切れで古書で購入した。いまのアマゾンの相場は8,810円~。彼の今までのフォトブックは人気が高く、ほぼ完売して古書市場では高価なレアブックになっている。
本書の序文を書いているのはキュレーターのWilliam A. Ewing。 解説文の最初に、本書の趣旨を的確に言いあらわしている、イギリスの著作家で、後にアメリカ合衆国に移住したオルダス・ハクスリーによる、1928年の文章を紹介している。
“近年における莫大な物質的拡大は、おそらく一時的で一過性の現象に過ぎないでしょう。私たちは資本を消費して生きているからこそ豊かであるのです。私たちが無謀に消費している石炭、石油、リン酸塩は、決して代替可能なものではありません。供給が尽きれば、人間はそれらを諦めざるを得なくなるでしょう……それは究極の災厄として感じられるでしょう。”
オルダス・ハクスリー
Alexy Brodovitch: Ballet

Jeff Wall
「Landscape and Other Pictures」
Kuntsmuseum, Germany, 1996年刊
ジェフ・ウォール(1946-)は、演出され制作された大規模バックライト付きカラー写真で知られるカナダ人アーティスト。現代ドイツ写真の巨匠グルスキーはウォールを主要な影響を受けた作家に挙げている。ウォールの大規模写真と研究された構図は、アンドレアス・グルスキー、トーマス・シュトゥルート、トーマス・ルフ、カンディダ・ヘーファーなどデュッセルドルフ学校に影響を与えている。
90年代初頭から、デジタル技術を使用し、俳優、セット、特殊効果の組み合わせで制作された様々なネガのモンタージュを作成、それらを1枚の写真のように統合したフォトモンタージュ「シネマトグラフィック」写真に取り組む。代表作は、1993年の「突然の突風」(北斎以後)。葛飾北斎の木版画、富嶽三十六景「駿州江尻」(すんしゅうえじり) (1832年頃)を題材に、19世紀日本の風景を現代のブリティッシュコロンビア州で再現している。

本書は彼の80~90年代の風景写真を紹介。1996年5月25日から8月25日までヴォルフスブルク美術館で開催された展覧会の機会に出版されたカタログ。本で見ると何気ない都市や自然のスナップ的な風景写真なのだが、実際の展示作は大規模バックライト付きチバクロームの写真作品。表紙の「The Pine on the Corner, 1990」のサイズは、なんと165X135cmもある 。フォトブックの写真とは全く印象が違うと思われる。展覧会で大きな現物を見たかったと感じた。すでに絶版なので古書で購入。アマゾンでは13,000円程度で販売されている。







