高級車の残骸からのメッセージ ラファエル・ワルドナー写真集”Car Crash Studies”

 

スイス出身の写真家ラファエル・ワルドナー(1972-)は2005年にスイスのエリゼ美術館が開催した”ReGeneration’ 50 photographers of tomorrow”に選ばれた若手の一人だ。これは、世界中のアート写真系大学が推薦した写真家50人によるイベント。同展のカタログは、”写真のドキュメント性とアート性に魅了され、日常生活に横たわる多義性の表現に挑戦している。ワルドナーは日常的な場所やモノが本来の機能をはたさない状況を観察する写真家だ。”と彼の作品を解説している。
本書”Car Crash Studies 2001-2010″(Jrp/Ringier、2010年刊)、は上記本にも収録されていた Car Crash Studies シリーズがついに1冊にまとめられたもの。彼は過去10年に渡り、カー・クラッシュつまり自動車事故の探求を体系的に行ってきた。クルマという工業製品が一瞬のうちに想像できないように変形してしまうことに注目。 いままでに約300もの事故車を写し続けてきた。背景を黒くするために撮影はすべて夜間に行われている。
抽象的で絵画的でもあるクルマ・ボディーのダメージのクローズアップ、衝突のインパクトの大きかった部分の詳細、ひびの入ったウィンドシールド、エアバックが作動しているインテリア、車体から飛び出したエンジン部分などをセクションごとにまとめている。それらは残骸のタイポロジー(類型学)でもあるだろう。

ワルドナーが撮影しているのは、ポルシェ、ランボルギーニ、アストンマーチン、フェラーリ、BMW,メルセデスなどの高級スポーツ・カーやラグジュアリー・カーだけ。巻末には車の検索リストまでが収録されている。カー・クラッシュで富の象徴の高級なステータス・シンボルが一瞬にして無価値になる。無残な一種の静物は、資本主義の高度消費社会で人間が取りつかれている、テクノロジー、移動、富、見栄、セクシーアピール、などのはかなさに気付かせてくれる。

また本作は、未来に何が起こるか分からない人生の不条理さも伝えてくれる。欧州では交通事故で毎年約5万人が死亡し、10万人が怪我をするという。欧州では自動車産業は重要な基幹産業だ。そして多くの人の生活の一部にすらなっている。人々の意識は低いものの、実は自動車により得られる利便性は常に怪我や死と隣り合わせなのだ。彼の写真は徹底的に客観的。事故の被害者などは一切写っていない。エアバックが作動している事故車のインテリアや、ひびが入ったウィンドシールドに血の跡も見当たらない。ドライバーが事故でどのような怪我を負ったかの記載もない。しかし、見る側の心はどうしても死を感じてしまう。

最近、死を意識させるもう1冊の写真集を入手した。ロニ・ホーン(1955-)という米国人アーティストの”Another Water”(Scalo、2000年刊)だ。全編にわたってテムズ河の川面の写真約47点が収録されている。脚注には細かい文字によるショート・ストーリや詩が収録。様々な表情を見せる川の見開き写真を約10ページくらいめくるごとに、警察から発表されたテムズ河で上がった死体の所見レポートのテキストに遭遇する。自殺した人、殺された人などの、名前、年齢、性別、眼の色、職業、髪型、服装、所有物、死体発見場所、事前の行動、死にいたる前の生活環境などがシンプルな文章で詳細に記載されている。死体レポートからの情報が与えられると川の印象が大きく変わり、メランコリックで複雑な気持ちになってしまう。
たまに病院に行くと、健康のありがたさを実感するだろう。誰もが普通に生活している都市にも普通に死が存在することを改めて気付かせてくれる。 マスコミなどで報道されない人の死は私たちの周りに数多くあるのだ。本作はロンドンのテムズ河だが、たぶん東京の多摩川でも隅田川でも同じような状況があるのだろう。

“Car Crash Studies”、”Another Water”ともに、ラテン語で「自分が死ぬことを忘れるな」という意味のメメント・モリがテーマになっている優れた作品なのだ。これらの作品をどのように解釈するかは見る側の意識によるだろう。どうせ人は死ぬのだからと、諦めや、開き直りの気持ちになる人もいるかもしれない。 しかし社会でサバイバルしなければならない現在の状況ではそれは空虚な響きしか持たない。私は、以前に”Imperfect Vision”展でテーマとして取り上げたように、ネガティブをポジティブに置きかえる考え方を取ってほしいと願う。人生が有限であるからこそ今という時間を精一杯生きるとうことだ。

速報 写真集人気ランキング 何でロバート・フランク”The Americans”はすごいのか?

 

アート写真コレクションの人気分野として確立しつつあるフォト・ブック。アート・フォト・サイトでは毎年写真集人気ランキングをネットでの売上高をベースに算出して発表している。
2008年の速報データが整ったのでその一部をご紹介しよう。

1位はダントツにロバート・フランクの歴史的な写真集”The Americans”だ。これは同書の刊行50周年記念版。今回のスタイドル版ではフランクが、デザイン、制作、紙のセレクションまで、全ての過程に参加。83点のイメージはヴィンティージ・プリントから新たに制作。スカロ、アパチャー、デルピエールなど、複数出版社から過去に何度も出版されているが、今回また新たに購入した人も多かったのではないだろうか。私にとっても4冊目の”The Americans”になる。この本についてはあらゆるところで書かれている。その評価はだいたい作家論的、社会学的、写真の方法論的な見地のものによるものだ。
彼は1955~1956年にかけて一万マイルにおよぶ全米をめぐる旅を行った。その実践を通して提示された視点は、米国ドキュメンタリー写真の伝統を受け継ぐとともに、当時の物質文明や国家権力に反発し自由に生きるというビートの精神と通じていたのことがまず重要なのだ。米国版の序文は当初、グッゲンハイム奨学金の推薦者でもあったウォーカー・エバンスが書いていたが、出版時はビート時代の代表作家ジャック・ケルアックになっていた。つまり彼は、現代的なアーティストの姿勢を持つ最初の写真家の一人だったということ。写真で表現する現在のアーティストの精神はすべて彼につながっているのだ。またフランクが、当時の華やかなアメリカのダークサイド・シーンを撮影したことは60年以降に起こる、公民権運動、性革命などを予感させるものでもあった。後にこの点が社会学的に高い評価を受けるようになるのも重要だ。このあたり関しては多くの人が語っているのでここでは詳しく触れない。
写真での作品制作も革新的だった。当時はアンセル・アダムス的な高いプリントクオリティーを愛でるモノクロ写真やフォトジャーナリスト的な決定的瞬間を重視した写真が中心だった。彼は写真を通じてパーソナルなメッセージを伝えようと試みた。35mmライカカメラを駆使し、自由なフレーミング、フォーカス、ライティングで撮影された写真は当時の常識からはかけ離れていた。そして写真のセレクション、編集、配列を自らが手がけ、写真集形式のダミー版を制作している。彼はすでに1946年の時点にスイスで撮影した写真を”40 Fotos”と呼ばれる写真集形式にまとめていた。その後の南米の旅でも作品を写真集にまとめている。当時の写真は記録性が重視だったので、撮影年や、撮影場所で編集されることが多かった。彼のように、イメージの流れの中で作品テーマを伝えるアプローチは決して一般的ではなかったのだ。
ロバート・フランクは作家の精神を持った写真家だった。現在では当たり前の、パーソナルな視点で時代的テーマを写真で追求し、写真集形式で発表したはしりの写真家だった。彼は写真が自己表現の手段に成りうることを実証したのだ。
だから彼の写真集”The Americans”と、ウィリアム・クラインの”New York”は現代写真のルーツと高く評価されているのだ。

ランキングのその他では、ティム・ウォーカーが大健闘。2冊の本がベスト10に入っている。昨年1位のスティーブン・ショアーも引き続きランクイン。その他、アニー・リーボビッツ、マイケル・デウイック、アンドレ・ケルテスがベスト10入りした模様。
現在、最終的な編集作業を行っています。2008年の最終順位は近日中にアート・フォト・サイトで紹介します。