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アート・フォト・ニュース

海外アート写真オークションやフォトグラファーの動向などの関連ニュースをお知らせしています。

Last Update : 2007/3/8


アンドレアス・グルスキー作品が世界一高価な写真に!!
2007.3.8

2007年2月7日、ササビース・ロンドンでの現代アートオークションで
ドイツを代表するアーティスト、アンドレアス・グルスキーの写真作品、"99-Cent II, Diptych,2001" が170万ポンド(334万ドル)で落札された。最近は円高になっているが、当時の為替レート1ポンド約237円で換算すると約4億290万円となる。これはオークションにおいての写真の最高落札価格。ちなみに落札予想の上限は120万ポンドだった。
いままでの最高額は、2006年2月14日のササビーズ・ニューヨークにおいて、$2,928,000.(@120、約351,360,000円)で落札されたエドワード・スタイケンの"The Pond-Moonlight"1904年作だった。
本作品はチバクロームで2001年に制作された2枚組写真で、サイズはそれぞれ206X341cmの巨大サイズ。


1999年作の"99-Cent" 作品の1,写真集より

ベッヒャー派の最有力作家のグルスキーは現代社会の消費優先主義において"個人が巨大消費社会の中の閉じられた空間で意味を与えられている状況"をテーマのひとつに作品制作をしている。膨大な商品が溢れるディスカウントショップを撮影した本作品はその代表作といわれている。最近ではジャクソン・ポロック、ドナルド・ジェッダ、アンディー・ウォーホルなどからの影響も語られている。

*過去(1999年秋以降)の写真オークションの結果はこちらでまとめています。


アーノルド・ニューマンが死去
2006.6.16

ポートレート写真家として知られるアーノルド・ニューマンが2006年6月6日ニューヨークで亡くなりました。
88歳でした。
ニューマンは1918年ニューヨーク生まれ。ニュージャージとマイアミで育ち、マイアミ大学でアートを学んだ後、1938年にフィラデルフィアのポートレートスタジオに入り技術を学びます。1941年にニューヨークに移り住み、多くのアーティストと知りあい、彼らの仕事場でポートレート撮影を行い自らのスタイルを確立させています。その後、フォーチュン、ライフ、ルック、ニューズウィーク、ハーパース・バザーなどの仕事を行っています。

彼は、アート、文化、科学、政治分野などで活躍する人たちの実験的ポートレート写真で有名です。その人物の持つイメージや、仕事環境をシンプルかつグラフィカルな構図でいったん取り込んだ上で被写体を撮影する手法は、「enviromental portraits」と呼ばれました。
最も有名なのは1946年に撮影された作曲家イゴール・ストラビンスキーがグランドピアノの片隅に座っているイメージです。その他、パブロ・ピカソ、ジョン・F・ケネディー、マリリン・モンローなど65年のキャリアに渡って20世紀を代表する数百の人々のポートレートを撮影しています。


エドワード・スタイケンの写真がオークション最高価格を大幅更新
約3億5千万円の写真誕生!
2006.2.16

2006年2月14日のササビーズ・ニューヨークで開催されたアート・フォト・オークションでエドワード・スタイケンの"The Pond-Moonlight"1904年作が予想落札価格の約3倍となる$2,928,000.(@120、約351,360,000円)で落札されました。
これはオークションで取引された1枚の写真の最高金額です。

本作品は1983年にギルマン・コレクションが購入したものです。
メトロポリタン美術館の同コレクション取得に際して、重複作品売却のためにオークションに出品されました。


サザビーズ オークションカタログより

作品来歴が最高に良いことが高値落札の理由のひとつでしょう。もともとは、1906年に当時スタイケンのエージェントだった、アルフレッド・スティーグリッツにより当時としてはかなりの高額の75ドルでコレクターに売られたそうです。

また本作は、スタイケンによるピクトリアル(絵画調)写真の最高傑作といわれ、プラチナのベースにgum bichromate printという顔料を使用してイメージを作る手法を繰り返し行うという、非常に高い技術力を要する手間のかかった大判作品(41X50.8cm)である点も高い評価の背景でしょう。

同オークションでは、その他、アルフレッド・スティーグリッツの、"Georgio O'Keeffe(Hands)"1919年が$1,472,000.(@120、約176,640,000円)、同じく "Georgio O'Keeffe (Nude)"1919年が$1,360,000.(@120、約163,200,000円)と予想落札価格を大きく上回って落札されています。

*過去(1999年秋以降)の写真オークションの結果はこちらでまとめています。


リチャード・プリンスの写真がオークション最高価格を更新!
2005.11.24

2005年11月8日のクリスティーズ・ニューヨークで開催された現代アートオークションでリチャード・プリンスの"Untitled"1989年作が手数料込みで$1,248,000.(@120、約149,760,000.)で落札されました。
これはオークションで取引された1枚の写真の最高金額です。
作品はエクタカラー、サイズ127 x 177.9 cmの大判、エディションが僅か2枚で、もう一枚はメトロポリタン美術館に収蔵されているそうです。

リチャード・プリンスは1949年生まれの米国人作家です。主にアメリカン・ドリームをアピールする広告写真を複写して新たなイメージを作りだしています。今回の作品もマルボロ・タバコによるカウボーイの広告写真を使用して制作されています。複写された写真が信じがたい高額で落札されたことに市場関係者は驚きを隠せないようです。


エドワード・ウェストンとドロシア・ラングの写真がともにニューヨーク・ササビーズの写真オークションで20世紀写真の競売最高値をつける!
2005.10.16

10月10日のササビーズ・オークションでエドワード・ウェストン(1886-1958)の1921年のプラチナ・プリント作品"The Breast"(上のイメージ)が予想落札価格上限$400,000(@115/\46,000,000.)を大幅に上回る$822,400.(@115/\94,576,000.)の20世紀写真のオークション最高値で落札されました。
この作品は後のメキシコ時代にウェストンのパートナーとなるイタリア人女優、写真家のティナ・モドッティを撮影した非常に希少なヌード作品です。現存するプリントは僅か3枚といわれているそうです。

10月11日には同じくササビーズ・オークションでドロシア・ラング(1895-1965)の1933年作のシルバープリント"White Angel Bread Line"(下のイメージ)が予想落札価格上限$300,000(@115/\34,500,000.)を大幅に上回る$822,400.(@115/\94,576,000.)と前日と同価格の競売最高値で落札されました。
これは大恐慌時の写真で、食料の無料配給を待つ列に一人背を向けている男性を通して貧困の中の威厳と孤立を撮影した名作です。作家からシカゴの科学工業美術館に寄贈されたという来歴もしっかりしている作品です。

2005年秋のニューヨーク・オークションは相変わらず好調で、ハリー・キャラハンアンドレ・ケルテスリチャード・アヴェドンアーヴィング・ペンホルストピーター・ベアードなどが作家のオークション最高落札価格を更新しています。
また10月12日のクリスティーズ・オークションではエドワード・カーティス(1968-1952)の"The North American Indian, Portofolio"のポートフォリオ完全セットが米国において初めて百万ドルを超え、予想落札価格上限$600,000(@115/\69,000,000.)を大幅に上回る$1,416,000.(@115/\162,840,000.)の高値で落札されました。




Robert Doisneau の"市庁舎前のキス"(オリジナル作品)、約2千2百万円で落札
2005.4.29

Robert Doisneau (ロベール・ドアノー)(1912-1994)の有名写真、"市庁舎前のキス"のオリジナル作品がパリ Artcurial Briest Pulain le Fuで4月25日に開催されたオークションで155,000ユーロ (@140、約2千2百万円)を値がつけました。なんと落札予想価格の十倍以上でスイスのコレクターが落札しました。
売りに出したのは写真のモデルだった元女優で現在75歳のフランソワ・ボネ氏です。1950年に撮影された数日後にドアノーからプレゼントされた非常に貴重なヴィンテージ・プリントで、裏面にはドアノーのスタンプが押されているそうです。超人気イメージの来歴が確かな非常に貴重なヴィンテージ・プリントだったことが高額落札の理由です。
この写真は当時のライフ誌の"パリの恋人"という企画で発表された作品です。 1986年にポスターになったことで大人気となります。世界中で50万枚以上がポスターに複製されたそうです。
実は彼女が90年代に写真の肖像権料の支払いをドアノーに求めた裁判を起こし、この写真が純粋なドキュメントでなかったことが明らかになります。彼女によると、写真は演出して撮影されたが当時恋人だった二人のキスには偽りがなかったそうです。


多くの写真集の表紙 に
も使われている
上のイメージは、
"Doisneau Portfolio "
(Poster Portfolios S.)

リチャード・アベドンが死去
2004.10.2

ファッション、ポートレート写真の巨匠リチャード・アベドン氏81歳が10月1日 テキサス州サンアントニオの病院で亡くなったそうです。 彼は雑誌ニューヨーカーの仕事でテキサスを訪れており、 先週土曜日に脳内出血で入院、その合併症が死因とのことです。 大統領選挙年の今年は、予備選などを撮影した“デモクラシー”という作品に取り組 んでいたそうです。


カルティエ・ブレッソンが死去
2004.8.5

マグナムと、ブレッソンファミリーのステイツメントによると、2004年8月3日、カルティエ・ブレッソン (Henri Cartier-Bresson)氏が亡くなったとのことです。95歳でした。


フランセスコ・スカヴロ、ヘルムート・ニュートンが死去
2004.1.27

2004年に入り、戦後のファッション写真界に影響を与えた二人の巨匠の訃報が 相次いで飛び込んできました。

  • フランセスコ・スカヴロ
    コスモポリタン誌のカバー写真や、有名人のポートレートで知られていたスカ ヴロ氏は撮影の準備中に倒れ、1月6日心臓機能停止で死亡。82歳でした。

  • ヘルムート・ニュートン
    モノクロの挑発的でエロチックなファッション写真で名高いヘルムート・ニュートン氏。 1月23日、ハリウッドで自ら運転するキャデラックが壁に激突し亡くなりました。 83歳でした。

クリスティーズロンドンオークションで写真作品の最高値を更新!
2003.6.30
フランス人写真家 Joseph-Philibert Girault de Prangey(1804〜1894年)のダゲレオタイプ作品”Athenes,1842”が2003年5月20日クリスティーズロンドンで開催のオークションで、565,250ポンド(@190,約1億7百万円)で落札され、アート写真の最高落札価格記録を更新しました。
サイズは18.9X24cm、落札予想価格の上限は120,000ポンド(@190,約2千2百万円)
でした。今までの記録は1999年10月27日ササビーズ・ロンドンのオークションで落札されたGustave Le Gray(ギュスターヴ・ル・グレイ)の"Grande Vague-Sete, circa, 1855"のStg507,500.でした。

*ダゲレオタイプ
フランスのダゲールが1839年に発表し、主に肖像撮影に1850年代まで使われていた手法。カメラで露光した銀を塗った銅板を水銀蒸気で現像し、食塩水で定着する。1点もので、鏡面のような仕上がりが特徴。


コール・ウェストンが死去
2003.5.6

エドワード・ウェストンの四男として知られるコール・ウェストンが4月20日に84歳で亡くなりました。

エドワード・ウェストンのアシスタントやプリンターとして活躍する一方で早くからカラーでの作品探求を行ったことで知られています。 また彼は写真以外の分野でも才能があり、 地元のカリフォルニア・カーメルで演劇関係の仕事も行っています。


ハーブ・リッツが死去
2002.12.27

ファッション・ポートレート写真家ハーブ・リッツが2002年12月26日、肺炎の併発症でロサンゼルスの病院で亡くなりました。 50歳でした。 数日前から入院していましたが、その直前まで雑誌ヴァニティー・フェアーの表紙撮影などをしていたそうです。

ハーブ・リッツは、80年代後半から 90年代にかけて数多くの有名雑誌のカバーを飾り、ファッション・ページを席巻しました。 日本でもパルコなどで写真展が開かれ、 オリジナルプリントや写真集も高い人気を誇るなど知名度の高い写真家でした。


マヌエル・アルバレス・ブラーヴォが死去
2002.10.26
メキシコを代表する写真家マヌエル・アルバレス・ブラーヴォが2002年10月19日、 地元メキシコシティーで100歳で亡くなりました。
近年、その仕事が世界的にも高く評価されるようになり、ロスアンゼルス・ゲッティー美術館で100歳記念写真展 "Manuel Alvarez Bravo: Optical Parables,"が開催されたばかりでした。

ユーサフ・カーシュが死去
2002.7.21

チャーチル英首相の写真で有名な写真家ユーサフ・カーシュが7月13日にボストンで亡くなりました。93歳でした。

写真家の経歴については、アーティストストーリーに掲載致しました。
ユーサフ・カーシュのストーリーをご覧下さい。


アンセル・アダムス・センターが閉館
2001.11.1

1967年にカリフォルニアのカーメルでアンセル・アダムスやブレット・ウェストンらにより 設立され、現在はサンフランシスコを拠点にする 非営利団体の"フレンズ・オブ・フォトグラフィー" は10月末日を持って活動を停止することを発表しました。 従って写真美術館として有名な"アンセル・アダムス・センター" も同時に閉館となりました。 不況による収益状況の悪化、多額の借入金および多額の運営費負担が 活動中止に追い込まれた理由とのことです。 各種の活動プログラムと資産はベイエリアの他の機関に受け継がれる予定とのことです。


杉本博司氏が2001年ハッセルブラッド財団国際写真賞を受賞
2001.3.29
杉本博司氏が2001年ハッセルブラッド財団国際写真賞を受賞しました。 同賞は1980年からスウェーデンのハッセルブラッド財団が事業の 一環として毎年、写真分野で際立った業績をあげた個人に送られています。
過去にはアンセル・アダムス(81年)、アンリ・カルチェ=ブレッソン(82年)、 アーヴィング・ペン(85年)、ウイリアム・クライン(90年)、リチャード・アベドン (91年)、ロバート・フランク(96年)、シンディー・シャーマン(99年)などが 受賞しています。日本人の受賞は87年の浜谷浩氏に次いで二人目です。

財団は杉本氏の授賞理由として、“彼の相互に関係し合うアート、歴史、化学、 宗教に対す洞察が西洋のモチーフと東洋の瞑想的な発想を融合させた。 ルネッサンスの絵画と19世紀初期の写真に発想を得て、大型カメラの使用、 完成された技術、細部へのこだわり、そして時間のパラドックスに魅了されたこ とにより作品全般に幅広い色調を生み出すことに成功している。”ことを挙げています。

授賞式は本年10月20日にスウェーデンのゴテンバーグで開催。 賞金約600万円とゴールドメダルが送られます。 同時にハッセルブラッド・センターで記念写真展が開催されます。

杉本博司氏のプロフィールを掲載しました。写真集も紹介しています。


O.ウインストン・リンクが死去
2001.2.25
O.ウインストン・リンクが本年1月31日に米国ニューヨークのサウスサレム で亡くなりました。86歳でした。

写真家の経歴については、アーティストストーリーに詳しく掲載致しました。
O.ウインストン・リンクのストーリーをご覧下さい。


マリオ・ジャコメッリが死去
2001.2.7
イタリア人写真家ジャコメッリが昨年11月25日に アドリア海に面したセニガリアで75歳で亡くなりました。

ジャコメッリは1925年8月1日イタリア生まれ。13歳の時、印刷所で雇われ、その後その印刷所のオーナーとなっています。 最初はアマチュアの画家および詩人でしたが、1954年以降に独学で写真を学び 印刷の仕事のかたわら写真家としてのキャリアをスタートします。50年代後半にはイタリアの新進写真家として注目されます。エチオピアやチベットなど遠方地での撮影も行なっていますが代表作は主に地元中心に旧式の改造されたカメラで行われています。
ドキュメント・タッチの中シュールでコントラストが強いスタイルのイメージが特徴です。空中撮影された抽象的なイタリア田舎風景や老人ホームの写真で知られています。


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