| 中村ノブオ"New
York City Blues" シリーズご案内
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| 中村ノブオは東京写真専門学校出身。卒業後の1970年に何もコネクションを持たずにプロ写真家を目指して無謀にもニューヨークへ渡ります。 写真で独立するという自らの強い信念が幾多もの幸運を呼び寄せ、広告写真家のアシスタントに採用されます。 その後経験を積み1981年にはフリーとして憧れの地で独立します。 30歳代の中村が写真家の可能性を試すために行なったのが、 当時は治安が極端に悪かった黒人街ハーレムでの写真撮影でした。チャレンジ精神豊かな中村は、大胆にも誰も行なっていない8X10の大型ビューカメラでの撮影を開始します。 ハーレムのストリートで三脚を立て、暗幕の中でピントを合わせるときは、緊張で心臓の鼓動が聞こえ、冷や汗が流れたそうです。どこからともなくブルースが流れるハーレムの町中での撮影中、中村の頭の中では日本ブルース、演歌のメロディーが流れていたそうです。 色々な幸運に恵まれて週末のハーレムでの撮影が数年間続きました。怖いからと隠し撮りしなかったこと、奥様、子供を同伴させたことが住民の暖かい サポートが得られた理由だったかもしれないと、中村は語っています。彼の作品モデル達は皆リラックスしていて緊張を全く感じられません。ハーレムに住む人々のドキュメントが、まるで綿密に何気なさが計算された高度なファッション写真のように見えてきます。いや1980年代のニューヨークの雰囲気とスタイルを記録した一流のファッション写真としても 通用します。これら一連の作品は現地で非常に高く評価され、ニューヨーク市立図書館、 ニューヨーク市立博物館、ブリックリン国立美術館に収蔵されています。 帰国後コマーシャル写真家として超多忙な生活を続けていた中村は1994年に腎臓病に倒れます。病床で感じたことは 80年代のニューヨークで行なったように、好きな写真をもう一度撮影したいという気持ちでした。 その思いは自らのふるさと福島県三春の人々を約10年に渡って撮影したポートレート作品集『MIHARU』(シングルカット2000) として結実します。今回、中村が若かりしニューヨーク時代の作品を再セレクションしてニューヨーク・シティー・ブルースとして 発表するのは、今後は原点復帰し再び都市の写真を撮り始めたいという宣言です。2004年夏にはアート・フォト・サイトギャラリーで 個展“New York City Blues”も開催されました。2004年の秋、中村は再び8X10カメラを抱えて 今度は東京の街を撮影し始めています。 アート・フォト・サイトのオンラインショップでは、“New York City Blues”から個展でも人気の高かった6点を販売いたします。写真集“ハーレムの瞳”筑摩書房1985(絶版)からの作品もご注文可能です。 写真集はギャラリーの店頭でご覧いただけます。そのほかの作品についてはお問い合わせ下さい。
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