マヌエル・アルバレス・ブラーヴォ

ALVAREZ Bravo, Manuel (1902-2002)

アルバレス・ブラーヴォは1902年メキシコ・シティー生まれです。 祖父が画家、写真家、父親が画家、作家であったので幼少から広いジャンルのアートに触れながら育ちました。会計を勉強し財務省で働きながら1922年頃に写真に興味を持ちはじめ、1924年に初めてのカメラを購入しています。 1927年にティナ・モドッティ(イタリア生まれのウェストンの写真モデル、写真家)と知り合い、彼女から エドワード・ウェストンを紹介されています。 ウェストンは彼の作品を高く評価して、作品制作の継続を励ましています。

革命後の1920~30年代のメキシコは固有文化の見直しと 前衛アートの時代でした。彼は同時代に 活躍していたディエゴ・リビエラらの文化活動に写真家として参加しています。 当初はスティーグリッツやスタイケンの絵画的写真に影響されますが、 一番大きな影響を受けたのは同時代に活躍したメキシコの芸術家だったと語っています。また海外のアート動向も自由に作品に取り組み、アンドレ・ブルトンに会ったことでシュールレアリズムも意識するようになります。 しかし初期の実験的な写真には満足しておらず、パーソナルなスタイルが確立した1940年代に多くの初期作品を破棄しています。 その後1960年~70年代にかけてはカラーやプラチナプリントを手掛けています。

彼はメキシコが持つ独自の生活文化のエッセンスを常に意識していました。作品にはマヤ文明を引き継ぐ南米の神秘的な空気感、 シュールな感覚、死や生が感じられます。 1933年にメキシコで出会ったポール・ストランドは後に 『彼の作品はメキシコの土地、民衆、社会問題に対する深い哀れみと愛情に深く根差している。 アジェがパリにいだいたのと同じ厚い愛情をメキシコに注いでいる。』と語っています。

1955年にはニューヨーク近代美術館で開催された有名写真展 『ファミリー・オブ・マン』展に出品しています。1970年代にはその評価が欧米で認められるようになり、現在では南米を代表する写真家として高い評価受けています。 世界中の美術館で作品がコレクションされるとともに メキシコ・シティー現代美術館では彼の作品が常設展示されています。 1986年パリ国立近代美術館、 1997年ニューヨーク近代美術館で回顧展、2001年ゲッティー美術館で 100歳の記念展が開催されています。

2002年10月19日、 地元メキシコシティーで100歳で亡くなりました。



Polaroids


Manuel Alvarez Bravo


Nudes: The Blue House