■Artist's Story■
ヘルムート・ニュートン |
NEWTON, Helmut
1920-2004 |
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1952年にヴォーグ・オーストラリア版で仕事を始めます。1957〜1958年にはヴォーグ・イギリス版と契約して、一時ロンドンに住んでいます。1962年にパリに移り住みヴォーグ・フランス版の仕事がきっかけで実力が認められるようになります。初期のニュートンの写真は映画やドラマをヒントにしたものが多く見られます。しかし70年代以降に開花するヨーロッパ上流階級の退廃的な雰囲気と潜在的な暴力、エロティシズムを感じさせるスタイルのベースをこの時代の写真に発見することができます。60年〜70年代にかけて各国のヴォーグ誌、マリークレール、エル、シュテルン、プレイボーイで大活躍します。 彼のスタイルは1971年に心臓発作を起こして大きな転機を迎えます。それ以降ニュートンは自分の体のことを考え自分の望むイメージしか撮らなくなります。雑誌やクライエントの為に心臓に負担のかかるプレッシャーの中でアイデアを絞りだすことをやめたのです。彼は戦前のベルリン時代からの自分自身の体験をベースにしたイメージのみを撮影することになります。 彼の写真スタイルはより激しいセクシーさやエロティシズムを追求するように変貌していきました。今までファッション写真ではタブーであった 売春婦、フェティシュ、女性の男装などをモチーフに取り入れるようになるのです。時代の流れを先取りしたイメージは最初ポルノだとの物議をかもしました。しかしこのスタイルの変化が彼のオリジナリティーを確かなものにし、特に写真集 "White Women"を1976年に出版後は彼は写真家どころかアーティストの地位を不動のものとしていきます。 1975年からオリジナル・プリントの展示、販売を初め、彼の作品は世界中のギャラリー、美術館で 展示されるとともにコレクションされています。1981年よりモナコに在住、80歳を過ぎても現役で広告、ヴォーグ誌、ヴァニティー・フェアー誌で作品を発表していました。 日本ではヘアヌードがブームの90年代前半に石田えりの写真集を撮り下ろして話題になりました。また2002年には世界巡回写真展"Helmut Newton Work"が大丸ミュージアムで開催さています。 2003年には自叙伝"Helmut Newton Autobiography"Random
House刊、を発表し更なる活躍が期待されていましたが、 2004年1月23日、ハリウッドのChateau Marmont Hotel
を出るとき、自らが運転するキャデラックが 壁に激突して事故死しました。83歳でした。 |