「ロバート・フランクの”The Americans”」アートとしてのドキュメント写真とは?

 

アメリカ国旗をデザインしたカヴァーに魅了されてジョナサン・デイ著の「Robert FranK’s “The Americans”」(Intellect、2011年刊)を購入。これはロバート・フランクの米国版写真集「アメリカ人」を分析した本。実は参考写真もある程度は収録されていると思っていたのだがイメージはほとんどなしだった。2008年スタイドル社の「アメリカ人」刊行50周年版とともに読み進めるように書かれている。本書自体は写真集ではない。興味のある人も勘違いしないでほしい。ただし評論なのだが英語文章は比較的分かりやすい。割と早いペースで読み進むことができる。写真集はそれが生まれた時代背景と写真史との関連がわからないと正しく評価できない。 著者のデイ氏は、それらをうまく引用、解説しながらフランク論を展開していく。

写真集イメージの順番、セレクション、フォーマットの分析は興味深い。この当時は、ライフなどのグラフ誌が全盛だった。その特徴は、写真に解説文章がつけられていたこと。フランクはそれらに対して新たな方法を試みた。彼は優れた写真自体の持つ物語性を信じたのだ。写真集は見開きの右側に写真が置かれ、左側には短いキャプションがつけられている。 これはウォーカー・エバンスの「アメリカン・フォトグラフス」を意識したとのこと。 解説文なしで写真を並べるのは当時としては画期的だった。
「アメリカ人」収録写真は、一見かなり適当にセレクションされたと感じる人もいるだろう。しかし彼はイメージ・セレクションに約1年も時間をかけているという。約27000点がコンタクトシートにプリントされ、それが1000点、100点へと絞られていったそうだ。写真の配列はジャズの即興演奏にたとえられている。「アメリカ人」では星条旗やクルマなど作品テーマが明確なイメージがある。これがジャズのイントロのような役割を果たしている。ページ展開の中でそのバリエーションが続き、テーマを掘り下げていく。ここがジャズの即興演奏のようだと分析されている。
それを意識してページを眺め直してみると、確かにイメージ展開の中にリズム感のようなものを感じる。これが意識されて行われたのは驚きだ。即興演奏は「いまという瞬間に生きる」意図がある。これこそは禅の奥儀に通じる考え方だ。フランクは旅の現場で経験したリアリティーをいままでにない方法で写真集にまとめて伝えようとした。ここの認識こそが「アメリカ人」をより深く理解するヒントになるのだろう。

それでは「アメリカ人」刊行時の50年代の時代の雰囲気はどうだったのか?当時はアメリカン・ドリームという幻想が社会に蔓延していた。新しい国アメリカに求められる新しい信念。それは、国旗であり、車であり、道の先にあると信じられていたフロンティアの存在だ。 フランクは、それらに隠れるリアリティーを暴いて見せたと著者は分析している。
このあたりの評価は特に目新しくないだろう。興味深かったのは、それに続くアートとしてのドキュメンタリー写真の考察だ。これは同書の主題でもある。フランク以前のドキュメントは、写真で社会を教育して変革させようというものだった。一方で、アート写真はエドワード・ウエストン、アンセル・アダムスなどの様に上品なものだった。彼のドキュメント風の写真には視点が明確にあり、それを見る側に伝えたいと考えていたのが特徴。それこそが、現代のアート写真で重要視される、写真家と見る側とのコミュニケーションなのだ。
アート写真のオリジナリティーは、写真史のつながりの中から新しいものを作り上げること。フランクはどことつながるのだろうか?著者は上記のウォーカー・エバンスの「アメリカン・フォトグラフス」とビル・ブラントの「イングリッシュ・アット・ホーム」からの強い影響を受けていると分析している。アートとしてのドキュメント写真の歴史の流れは、エバンス、ブラント、フランクと受け継がれてきたのがよく分かる。
そして重要なのはフランクの写真に対する姿勢なのだろう。彼は「写真家は社会に無関心であってはならない。意見は時に批判的なものでもあるが、それは対象への愛から生まれている」と語っている。さらに「写真家に必要なのは博愛の気持ちで状況に対すること。そのように撮影されたのがリアリズムだ。しかしそれだけでは不十分で、視点を持つことが重要だ。この二つがあって優れた写真が生まれる」と続けている。
現代でも、写真家の姿勢はギャラリーが作品を評価するときの最重要ポイントになっている。本書は、なんでロバート・フランクが、写真集「アメリカ人」がすごいのかを、新しい視点から知らしめてくれる優れた著作だと思う。