アート写真の海外市場動向
進行する2極化傾向

今春のNYアート写真オークションの解説を近日中にサイトに追加する予定だ。

オークション全体の結果は予想以上に良好だった。
ササビーズ(Sotheby’s)、クリスティーズ(Christie’s)、フィリップス(Phillips de Pury & Company)の主要3社ともに売り上げ、落札率ともに昨秋よりも改善している。以前も書いたが、この成果は主要3社の出品作品の見事な選択と編集作業による。彼らは、売りたい人が持ち寄る作品をただ自動的にオークションに出しているのではない。市場にフレッシュな(過去に出品歴がない)、来歴の良い、人気作家のヴィンテージ・プリントを中心に、写真史を意識しながらカタログを編集、制作していく。そして、どの程度のオークションの目玉作品を持ってこれるかが担当者の力量になる。
今春は、クリスティーズが特に頑張った感じで、カタログは3冊となった。通常の複数出品者のものと、二つの単独コレクターのよるオークションを企画している。 残り2社は複数出品者のものだけ。出品数は現代アート系にも積極的なフィリップスが260点と頑張り、ササビーズは量より内容を優先させ173点だった。2社の総売り上げほとんど同じで、ササビーズは落札率が低い割に約563万ドルと検討。 フィリップスは90%超えの落札率だが約580万ドルだった。ちなみに、クリスティーズの複数出品者オークションの売り上げは約536万ドル。単独コレクターの2回を合計すると約814.8万ドルとなり、クリスティーズはNY春のオークションの売り上げ1位を獲得した。

貴重な優良作品を持っているコレクターは、上記の主要3社に出品すればよい。しかし、実際のところそれはごく一部の富裕層のコレクターたちだ。写真市場の中心は中間層の人たち。彼らのコレクションは、希少性が欠けるモダンプリントが中心になる。また、自分の好みで買っているので必ずしも市場の人気作家や人気カテゴリーでない場合があるだろう。実際、一部の現代アート系作家をのぞき、現存する若手、中堅写真作家の作品はほとんどオークションでは取り上げてくれない。
何年か前に、比較的活躍している中堅作家のモダンプリントの見積もりを大手業者の求めたことがある。彼らの提示してきた最低落札価格はかなり低くて驚いたことがる。その価格で売れても、送料、保険料、カタログ掲載料、手数料を差し引くと手元にはほとんど残らない計算なのだ。もし、売れない場合は経費倒れになる。これは暗に、オークションハウスによる出品を勧めない意思表示だと感じた。ただし、それはイメージもよるらしい。中堅作家でも、エディションが売り切れたり、 残り1枚になった人気イメージなら取り扱う場合が多いという。
またある有名写真家のメールヌード作品の落札予想価格を大手業者に確認したところ、プライマリーの販売価格の半分以下というとてつもなく低い評価だったこともあった。理由を聞いたら、いくら写真家が有名でもゲイ・テイストの強い作品は市場性がないので評価が低いという回答をもらった。

それでは売却の際に欧米の一般コレクターはどうするかといえば、中小のオークション業者に持ち込む込むことになる。スワン・ギャラリーズやブルームスベリー・オークションなどだ。これらの落札結果を見ると、大手オークションハウスが支配している市場とは違う世界が見えてくる。5月23日にスワン・ギャラリーズNYで行われた、フォトブックとアート写真のオークションの落札率は、約64%と約62%だった。(出品数は、128点と261点)また、5月18日にブルームスベリー・ロンドンで開催されたアート写真の落札率は約55%だった。(出品数は226点)大手の落札率と比べてかなり低い。全体の1/3は売れないのだ。実はこれでも1年前よりはかなり改善している。
つまり、市場は明らかに2極化しており、希少作品に対する需要は強いものの、いつでも買えるモダンプリントの売り上げは低迷しているということだろう。つい最近まで大ブームだったフォトブック・セクターに元気がないのも同じ理由から。 写真のモダンプリント以上にフォトブックは桁違いに流通量が多い。
富裕層はいつでも金を持っているが、中間層は間違いなく不況の影響を受けているようだ。なお日本から海外オークションに出す場合は、不況で売れない可能性の他に円高が大きく影響してくる。5年前、1万ドルは約100万円以上だったのが、今では約80万しかないのだ。視点を変えると、もし円の余剰資金があるのなら、カテゴリーを絞り込んで海外作家の中長期的コレクションを開始する絶好のタイミングであるともいえる。
真剣にご興味のある人はぜひお問い合わせください。ご相談に乗ります!

「Publish Your Photography Book」写真集出版のためのノウハウ本

現在は世界的に写真集ブームの時代だ。いまや写真集は自己表現であると広く認識され、多くの人がコレクションするようになった。またテクノロジーの進歩で出版の敷居は以前よりはるかに低くなっている。有名写真家でなくても、自分の写真集出版はもはや夢ではない。しかし、どのようにすれば自分の本が出せるかはネットを調べても詳しくは分からない。 本書「Publish Your Photography Book」(2011年、Princeton Architectual Press刊)は、一般にはあまり知られていない写真集制作と出版のプロセスを解説したノウハウ本。狭い客層のファインアート系中心に書かれているが、客層の多い大きなテーマの本にも触れている。写真集コレクターには、最初のセクションに書かれているレアブックのガイドブックのリストが役に立つだろう。私も知らなかった本が何冊かあった。

著者は、ダリウス・ハイムス(Darius Himes)と、メアリー・ヴァージニア・スワンソン(Mary Virginia Swanson)。ハイムス氏はオンライン書店のphotoeyeの創設時のエディター、またRadius Booksの共同創業者でもある。スワンソン氏は有名なファインアート写真のコンサルタント。写真家からの相談を1時間300ドル(約2.5万円、ただし最低2時間)で行っている。これは米国の弁護士の相談費用と同じ。アート写真市場が小さい日本では到底考えられないだろう。状況の違いに本当に驚かされる。本書の値段は29.95ドル(アマゾンならもっと安い)。 彼女の名前だけで購入する人も多いのでないか。

本文の内容はいたって平凡だ。絶対に成功する写真集の秘訣などは書いていない。
内容は6つのセクションにわかれている。写真家が写真集出版に関して検討しないといけない、版元探し、制作手順、出版コスト、契約、デザイン、販売の解説が網羅されている。出版社に提出すべき書類のリストも記載。ケーススタディーのセクションは、アレック・ソス、ジョン・ゴセージなど7人の作家とのインタビューで構成されている。その他、作家、出版人、デザイナー、編集者などの幅広い分野の業界関係者とのインタビューも収録。資料として、デザイン印刷、マーケティングのスケジュールの見本。出版に際しての基本をまとめたワークシートまでが用意されている。
ワークシート最初の質問は、”なぜあなたは写真集を出したいのか?”、”どのような本にしたいか1行で書け”。シンプルだが最も重要な点だろう。自分の思いを本にする理由を明確に語れないといけないのだ。アーティストを目指す人へのノウハウ本の最初に、”あなたにパッションがあるか?”と書いてあるのと同じことだろう。

ノウハウ本なので英語の本文はとても読みやすい。辞書片手だったが比較的短時間に読破できた。自分が興味があるセクションから読んでも問題ない。本の形式の、出版のためのチェックリストと関連資料集と考えてもよいだろう。
私もやや期待したのだが、作品のコンセプトやテーマの具体的なまとめ方などは書いていない。よく考えると、これは個別の写真家で全て違うから簡単に解説などできないだろう。ここについてはコンサルタントに相談料を支払わんければアドバイスはもらえないようだ。

興味深かったのは、アート系出版でもマーケティングが重んじられること。出版時に購入してくれるターゲットを明快にすることを求めている。過去の同様の出版例から予測するまでが必要とされている。誰が買ってくれるかの想定が明確にできない場合は中堅、大手での出版は難しいようだ。アート系写真集の印刷部数は有名写真家でもだいたい3000部とのこと。ネイチャー系など、大きなポピュラーなテーマの写真集と比べてかなり敷居が高そうだ。
しかし、写真家にとって実際に出版しないと売れるかどうかはわからない、というのが本音だろう。米国でも状況は同じで、本書では自費出版や、Zine、オンディマン印刷などを通して写真家が写真集を世に送るチャンスが増えていることも説明している。アレック・ソスやライアン・マッギンレーも自費出版からチャンスをつかんでいるのだ。
そして、本書内で一貫して強調されているのが写真家本人の自助努力の重要性。当たり前なのだが、自分の写真集は本人が率先してマーケティングを行わなければ誰が動いてくれるかということだ。出版社は数多くの出版プロジェクトを抱えている、 本人の熱意がないかぎり必要以上に動いてくれることはない。

本書は写真家が出版社とがどのように仕事を進めていくかを書いた本だ。読み続けていて感じたのは、これはギャラリーと写真家との関係とまったく同じだということだ。例えば上記のマーケティングの自助努力を写真展に置き換えると、写真家が積極的に動かない写真展は集客や売り上げが悪い。本人の熱意が、ギャラリーの動きと重なることでマスコミや世の中の人々が複合的に反応してくる。世の中にはヴィジュアルは氾濫している。いくら作品が優れていてもそれだけではその他の中に埋もれてしまうのだ。本書は、キャリア・レベルがセミプロ期で作家を目指す写真家には、商業ギャラリーへの営業の手引としても十分に使えると思う。

フィーリングを意味づける
写真を考えるためのヒント

自分自身で考えることは当たり前だ。しかし、日本ではそれが当たり前でないという意見がある。その理由は、わたしたちは伝統的に世間の中に生きてきたから。そのしきたりに従って生きていれば特に個人が自分で考え、決断を下さなくてもよかった。戦後には世間は会社組織に置き換わり、終身雇用崩壊後は「空気」が代用するようになったというのが最近の識者の主張だ。自分で考えて判断する習慣がないから「空気」を読んでそれに従おうとするわけだ。意見を求められると、空気に合った発言をしている識者の主張を取り入れて自分の考えのように話す人が多い。受け売り知識なので、妙にすっきりした断定的な意見になる。これらの分析は、実生活での経験と照らし合わせても納得する部分も多い。この辺のことは、最近のベストセラー「日本辺境論」(新潮新書 内田樹 著)や、「検索バカ」(朝日新書 藤原智美 著)に書かれている。興味ある人は読んでほしい。

私は、日本で感覚重視の写真作品が多いのは、上記のような歴史的な背景があるからではいないかと疑い始めている。学校ではテーマについて徹底的に考えることを教えない。それでもまったく問題視されない理由もここにあるだろう。そもそも一般人が個人として考えを追求する必要はなかったのだ。しかし、作家を目指す人にはこれは大きな弱点になる。自分が見て感じたことを総合化しテーマを明確に提示しないと見る側にメッセージは伝わらない。アート作品としての評価が非常に難しくなる。

もし考えるのが苦手なら、いっそ海外作家の作品テーマとのつながりを考えることからはじめてもよいと思う。色々なきっかけで訓練すれば自然と慣れてくるはずだ。
現在ブリッツ・ギャラリーで開催している下元直樹の作品で説明してみよう。
彼は抽象表現の絵画が好きで、同じような写真を撮影しようとしたという。作品をいきなり絵画との関連で語ることもできるだろう。しかし、彼は写真家なので写真史との関連で語られた方が立ち位置が明確になる。彼の作品のベースになるのはアーロン・シスキン(1903-1991)の作品だ。シスキンは、テーマがないこと自体をテーマにしている作家。写真で絵を描いたともいわれる。町の壁面などを絶妙なフレーミングとクローズアップで抽象的に撮影している。写真界では理解されず、抽象表現主義の画家が最初に評価した。シスキンの70年代の作品をまとめた写真集「Places」(Light Gallery1976年刊)には、アーティスト・ステーツメントも作品タイトルがない。写真には撮影場所と撮影地の制作番号のみが記されている。下元作品は、まさにカラー版のシスキンだ。
抽象表現主義絵画とシスキンの写真との違いは、このカラーとモノクロということ。これをつなげる写真家としてウィリアム・エグルストンが登場する。彼は、最初はモノクロで作品を制作していた。しかしテーマの一部の米国ディープサウスの色彩はモノクロで表現できないとカラーに取り組んだ。下元も東北の漁村の抽象的でカラフルなシーンを的確に表現するためにカラーで撮影しているのだ。
もうひとつのつながりは、ドイツ現代写真の重鎮ベッヒャー夫妻だ。彼らのタイポロジーは、作品をグリッド状に組み合わせることで互いを関連づけ、比較可能にしている。ドキュメント写真をアート作品としてコレクターの部屋に飾りやすくした、ともいわれている。下元作品のアプローチはまさにこれそのもの。彼の作品のベースは寂れた東北の漁村のドキュメント。影が出来ないように曇天の日を選び、できるだけ同じポジションでの撮影を心がけている。ギャラリーではベッヒャーを意識して複数作品をグリッド状に並べて展示している。

このように海外作家の仕事との関連から作品の様々な視点を引き出したり、明確にすることは可能だ。現代写真はその上で時代との接点が重要だ。それは、経済成長から取り残された東北人のメンタリティー。日本の伝統的美意識とのつながりが見られる点も忘れてはならないだろう。そして最後に、彼が撮影した海岸地帯が今回の大津波で流されてしまったことで作品は時代の記憶と重なった。
作家を目指す写真家には本作のコンセプトとテーマ性をぜひ見てもらいたいと思う。