「Publish Your Photography Book」写真集出版のためのノウハウ本

現在は世界的に写真集ブームの時代だ。いまや写真集は自己表現であると広く認識され、多くの人がコレクションするようになった。またテクノロジーの進歩で出版の敷居は以前よりはるかに低くなっている。有名写真家でなくても、自分の写真集出版はもはや夢ではない。しかし、どのようにすれば自分の本が出せるかはネットを調べても詳しくは分からない。 本書「Publish Your Photography Book」(2011年、Princeton Architectual Press刊)は、一般にはあまり知られていない写真集制作と出版のプロセスを解説したノウハウ本。狭い客層のファインアート系中心に書かれているが、客層の多い大きなテーマの本にも触れている。写真集コレクターには、最初のセクションに書かれているレアブックのガイドブックのリストが役に立つだろう。私も知らなかった本が何冊かあった。

著者は、ダリウス・ハイムス(Darius Himes)と、メアリー・ヴァージニア・スワンソン(Mary Virginia Swanson)。ハイムス氏はオンライン書店のphotoeyeの創設時のエディター、またRadius Booksの共同創業者でもある。スワンソン氏は有名なファインアート写真のコンサルタント。写真家からの相談を1時間300ドル(約2.5万円、ただし最低2時間)で行っている。これは米国の弁護士の相談費用と同じ。アート写真市場が小さい日本では到底考えられないだろう。状況の違いに本当に驚かされる。本書の値段は29.95ドル(アマゾンならもっと安い)。 彼女の名前だけで購入する人も多いのでないか。

本文の内容はいたって平凡だ。絶対に成功する写真集の秘訣などは書いていない。
内容は6つのセクションにわかれている。写真家が写真集出版に関して検討しないといけない、版元探し、制作手順、出版コスト、契約、デザイン、販売の解説が網羅されている。出版社に提出すべき書類のリストも記載。ケーススタディーのセクションは、アレック・ソス、ジョン・ゴセージなど7人の作家とのインタビューで構成されている。その他、作家、出版人、デザイナー、編集者などの幅広い分野の業界関係者とのインタビューも収録。資料として、デザイン印刷、マーケティングのスケジュールの見本。出版に際しての基本をまとめたワークシートまでが用意されている。
ワークシート最初の質問は、”なぜあなたは写真集を出したいのか?”、”どのような本にしたいか1行で書け”。シンプルだが最も重要な点だろう。自分の思いを本にする理由を明確に語れないといけないのだ。アーティストを目指す人へのノウハウ本の最初に、”あなたにパッションがあるか?”と書いてあるのと同じことだろう。

ノウハウ本なので英語の本文はとても読みやすい。辞書片手だったが比較的短時間に読破できた。自分が興味があるセクションから読んでも問題ない。本の形式の、出版のためのチェックリストと関連資料集と考えてもよいだろう。
私もやや期待したのだが、作品のコンセプトやテーマの具体的なまとめ方などは書いていない。よく考えると、これは個別の写真家で全て違うから簡単に解説などできないだろう。ここについてはコンサルタントに相談料を支払わんければアドバイスはもらえないようだ。

興味深かったのは、アート系出版でもマーケティングが重んじられること。出版時に購入してくれるターゲットを明快にすることを求めている。過去の同様の出版例から予測するまでが必要とされている。誰が買ってくれるかの想定が明確にできない場合は中堅、大手での出版は難しいようだ。アート系写真集の印刷部数は有名写真家でもだいたい3000部とのこと。ネイチャー系など、大きなポピュラーなテーマの写真集と比べてかなり敷居が高そうだ。
しかし、写真家にとって実際に出版しないと売れるかどうかはわからない、というのが本音だろう。米国でも状況は同じで、本書では自費出版や、Zine、オンディマン印刷などを通して写真家が写真集を世に送るチャンスが増えていることも説明している。アレック・ソスやライアン・マッギンレーも自費出版からチャンスをつかんでいるのだ。
そして、本書内で一貫して強調されているのが写真家本人の自助努力の重要性。当たり前なのだが、自分の写真集は本人が率先してマーケティングを行わなければ誰が動いてくれるかということだ。出版社は数多くの出版プロジェクトを抱えている、 本人の熱意がないかぎり必要以上に動いてくれることはない。

本書は写真家が出版社とがどのように仕事を進めていくかを書いた本だ。読み続けていて感じたのは、これはギャラリーと写真家との関係とまったく同じだということだ。例えば上記のマーケティングの自助努力を写真展に置き換えると、写真家が積極的に動かない写真展は集客や売り上げが悪い。本人の熱意が、ギャラリーの動きと重なることでマスコミや世の中の人々が複合的に反応してくる。世の中にはヴィジュアルは氾濫している。いくら作品が優れていてもそれだけではその他の中に埋もれてしまうのだ。本書は、キャリア・レベルがセミプロ期で作家を目指す写真家には、商業ギャラリーへの営業の手引としても十分に使えると思う。