(第1回)日本のファッション系フォトブック・ガイド 横須賀 功光 「射」

最初の1冊は横須賀功光(よこすか・のりあき)(1937-2003)の「射」(1972年刊、中央公論社刊)。
横須賀は、日大芸術学部卒業後にフリーカメラマンになり、資生堂などの仕事を行っている。1983年からは欧州各国のヴォーグ誌のフリーランスのスタッフ・フォトグラファーとして活躍。キャリアを通して主に広告分野の仕事を行っている。

本書は、1971-72年に中央公論社から出版された「フォトシリーズ・映像の現代」の第9冊目。このシリーズで選ばれた写真家は、奈良原一高、植田正治、深瀬昌久、東松照明、佐藤明、立木義浩、石元泰博、横須賀功光、富山治夫、森山大道の10人。古書市場での評価が一番高いのが森山大道による映像の現代10 「狩人」。現在の相場は、状態より約15万円~。良い状態のものは高価だ。これだけが、”The Photobook:A History Volume 1″(Martin Parr &Gerry Badger,2004年刊)に選出されている。
また、植田正治、深瀬昌久、東松照明、石元泰博も人気が高い。相場は3万円~。広告、雑誌、ポートレートで活躍している立木義浩や横須賀功光は本シリーズの中では人気が低い。
ちなみに、神田神保町の老舗古書店の小宮山書店さんでは、10冊揃いで65万円の値をつけている。

この企画ではガイドブックに収録されていない本を紹介すると前回書いた。しかし「射」はAlessandro Bertolotti著のヌード系写真集をセレクトとした「BOOKS OF NUDES」(2007年、Abrams,NY刊)に収録されている。
それも、褐色のヌードダンサーをスタジオで撮影した「亜」のページがダストジャケット表紙にそのまま使われているのだ。そのシンプルでモダンな写真は日本人離れした魅力を持っている。この本が何で海外のガイドブックに掲載されていないかは中身を見れば一目瞭然だろう。収録作のほとんどは欧米的な感覚を持ったクールでドライな写真ばかり。つまりいくら日本人離れした感覚でも、しょせん本家本元の欧米人にはかなわないということなのだ。 彼らが好んで選ぶのは、欧米とは異質な文化を持ったウェットな日本人写真家によるフォトブック。つまり価値基準が違うがゆえに選ばれているのだ。
残念なのは、日本では欧米と同じ評価軸で現代日本のアート写真が論じられていること。これが、いまの日本で写真作品とオーディエンスとのリアリティーのギャップが生じている理由でもあるだろう。

本書で興味深いのは、巻末にあるカメラ毎日の山岸章二氏の作品解説だ。一部を以下に抜粋しておく。

・・・だがここにたいへん日本的な状況が彼を待っていた。
それは写真雑誌を中心とした創作活動で、時には写真展、写真集の形をとるにせよ
とにかく作家としての力量を問い、問われる試練である。
写真家は手の内にした職人芸だけに満足せず、企業もまた完成されたスタイルで技術にだけ着目するのではない。
つまり一流を保つためには、与えられた課題にはプロとして応え、一方で倦まず自分の殻を破って作品を作り出す努力が要求される。・・・
(山岸章二)

60年代にかけて写真は真実を伝えるメディアとしての地位はテレビなどに代わられてしまう。 その後、自己表現のツールとして展開していくことになる。興味深いのは70年代前半の日本では欧米と同じように写真家にとっての作品制作の重要性が語られていることだ。その後、山岸氏は、海外の写真家やキュレーターと交流を持ち、 欧米の視点で日本写真を評価しようと努力を続けるが、79年に亡くなってしまう。70年代後半から80年代にかけて、特に米国では写真はよりアートへと接近していく。しかし日本は高度経済成長による消費社会の拡大により広告写真が中心になっていく。実際、好景気による広告予算増大により、コマーシャル・フォトの世界でも写真家が自由裁量を持って表現できるという幻想を多くの写真家が見てしまったのだと思う。アートとコマーシャル・フォトとは分断してしまい現在にいたっている。山岸氏の早すぎる死が日本の写真界にかなり大きな影響を与えたと思う。

本書は、帯、ビニールカバー付きで完本。当時の定価は2500円だった。古い本なので販売価格は状態による。だいたいの相場は、1.5~3万円くらいです。