今回の”ザJpadsフォトグラフィーショー”は、なかなか内容の充実したフォトフェアだったと思う。価値が未確定な現代アート系がほとんどなく、主にセカンダリー市場で売買されているものを中心に非常にバリエーション豊富な作品を各参加者が持ち寄った。
制作技法では、現代アートで中心のデジタル加工されたインクジェットが少なく、銀塩作品がほとんどだった。
20世紀写真では、制作年と制作者がどのように作品価値を決めるかについて明確な基準がある。これを伝説のディーラー、ハリー・ラン氏(1933-98)の意見として”Photographs:A Collector’s Guide”(Ballantine Books 1979年刊)が引用しているので紹介したい。 評価は満点100点として、以下のように序列が示されている。もちろん絵柄によっても価値は大きく変わるのでだいたいの目安と考えていただきたい。
100点 撮影年から数年以内に本人によりプリントされた、作家サイン入りのもの:ヴィンテージ・プリント
80点 撮影年から時間が経過した後に本人によりプリントされた、作家サイン入りのもの:モダン・プリント
40点 撮影年から時間が経過した後に作家管理下で、アシスタント等なおがプリント:これもモダン・プリントと呼ばれる
20点 作家の死後に彼に指導されたアシスタントなどによりプリントされたもの:ネガの管理団体によりエステート・プリント、トラスト・プリントなどと呼ばれる
5点 作家の死後に彼と仕事上の関係が薄いプリンターによりプリントされたもの
経験が少ない人は写真市場での相場観を得ることは非常に難しい。今回のフォト・フェアでは上記の様々な種類の写真作品が同時に展示されていたので、 価格が違う理由をとても説明しやすかった。
前回は、フォトクラシックからエドワード・ウェストンのヴィンテージ・プリントが出ていたが、今回は”ときの忘れもの”から植田正治のヴィンテージがでていた。鑑賞できるだけでありがたいプリントだ。
モダンプリントの出品は、ホルスト、エリオット・アーウイット、アンドレ・ケルテス、ウィリー・ロニス、ブルース・ダビットソンなどと非常に多かった。これだけ選択肢が多彩なことはあまりないだろう。
エドワード・ウェストンの死後に息子コールによりプリントされたいわゆるコール・プリントも出品されていた。上記リストでは得点は低いものの、コールも亡くなり、また市場拡大でヴィンテージが高騰したことで、こちらも決して安くない価格になっている。
ダイアン・アーバスのニール・セルカーク(Neil Selkirk)によるプリントも出品されていた。こちらも作家死後のプリントだがヴィンテージ高騰により値が上昇している。
アウグスト・ザンダーの孫によるプリント作品は同イメージが東京都写真美術館の”ストリート・ライフ”展に展示されていることなどから関心を集めていた。こちらも死後のプリントだが決して安くはない。
多くの人から聞かれたのが、アンセル・アダムスのヨセミテ・エディションだ。巨匠の写真が何と3万円代なのだ。これも上記序列をみると安い理由が明確だ。しかし私は個人的にはこれらはお買い得だと考えている。
上記リストはいまから約30年前に書かれた基準。現在はどのようになっているだろうか。特にヴィンテージ・プリントの価値急上昇が相場全体に影響を与えている。モダン・プリントでも、エステート・プリントでも特に古いものの価値は大きく上昇しているのだ。ただし注意が必要なのは、上記評価はまだアート写真市場が確立する以前に撮影された写真作品に当てはまる基準であること。20世紀後半以降のコンテンポラリー作品は最初からアート作品として制作されている。またエディションが導入されており、限定枚数の多さによって価格が左右される。
例えばマイケル・デウィックの場合、一番人気のあるのは”The End Montauk”なのだが、このシリーズはエディションが20~30点。その後のシリーズはエディションが10点になった。結果として人気のある初期作の方が、後期作よりも安いような状況もあった。実はこれこそがお買い得ということなのだ。
上記のような価値の序列はワークショップではよく話す。今回は現物が実際に展示されていたのでより説得力を持っていたと思う。アート写真には様々な値段がついている。しかし、それには明確な基準が存在するのだ。今回のフォトフェアは展示作品を通してそんな仕組みがあることを一般オーディエンスに少しばかり提示できたのではないかと思っている。相場観がつかめるようになると、コンテンポラリー作家につく値段が適正かどうかを判断できるようになる。今回の参加ディーラーは上記のセカンダリー作品を基準にしてコンテンポラリー作家も値付けしているのだ。
寒波の中、本当に多くの人が来場してくれました。ありがとうございました。