2012年春のアート写真市場 ニューヨーク・オークション速報

景気の先行指標である株価。ここ数カ月に渡り、NYダウは13,000ドルを挟んで上値と下値が限られたレンジ内取引が続いている。景気回復の経済指標が続くとレンジ上限に向かうが、雇用や小売売上の改善が遅れているニュースでレンジ下限に向かう。そうなると今度は金融緩和期待が浮上し株価の下値を支える。もう一つの不安定要因は欧州情勢。短期的に状況が改善しないのは市場のコンセンサスで、スペインなどの先行き不安なニュースが出ると株価はレンジ下限に向かう。

さてニューヨーク春のアート写真オークションは4月第1週目に行われた。株価は13,000ドル超えのレンジ上限あたりの取引が続いており、市場のセンチメントは悪くはなかったと思う。主要3ハウスの売り上げは、ササビーズ約378万ドル(約3.8億円)、落札率約69%、クリスティーズ約688万ドル(約5.5億円)、落札率約82%、フィリップス(Phillips de Pury & Company)約610万ドル(約4.88億円)、落札率約81%だった。ササビーズの不落札率が上昇したことで全体の売り上げは昨年秋より減少。他2社はほぼ前回並みの数字を達成している。主要3社の総売り上げはリーマンショック後の2009年春に急減。その後、株価同様に回復トレンドが続いた。2010年春以降は1600万ドルから1900万ドルの範囲内に落ち着いている。今回のオークションもほぼそのレンジ内に収まる結果だった。

市場の売買トレンドも変わらない。質の高い希少作品へのコレクター需要は強い。しかし中級から普通レベルの作品ではコレクターは高値を追わないのだ。ただし、美術館で展覧会が開催されている作家に関しては、資産価値の再評価による上昇もみられた。
この傾向を象徴していたのが、ササビーズに出ていた、ダイアン・アーバスの”A Box of Ten Photographs”が不落札だったことだろう。これは、エディション50点の10作品入りポートフォリオ作品。作家の死後に制作され、娘のDoon Arbusによるサインがあるエステート・プリントだ。作家本人のサイン入り作品が非常に高額なことから、エステート・プリントも通常では考えられないほど値が上がっていた。今回のセットの落札予想価格は40万~60万ドル(約3200万~4800万円)。冷静に考えるに本人のサインがなく、エディション50点のエステート・プリントは決して希少作品ではない。作家人気先行によりつけられた落札予想価格が高すぎるとコレクターは判断したのだと思う。しかし、ササビーズによると同作品はオークション終了後に売れたとのことだ。落札予想価格下限以下に設定されているリザーブ価格を引き下げたのだろう。

さて今シーズンの高額落札を見てみよう。フィリップスでは、シンディー・シャーマン”Untitled Film Still #49,1979″が626,500ドル(約5012万円)で落札。これが今シーズンの最高額だった。ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催中の回顧展や現代アートオークションでの度重なる高額落札が影響していると思われる。ルイジアナ美術館で回顧展開催中のアンドレアス・グルスキーの人気も不動。”Taipei, 1999″が302,500ドル(約2420万円)で落札されている。2011~2012年にかけて全米の美術館で回顧展が開催中のフランチェスカ・ウッドマンの “Untitled, Room, 1977″が170,500ドル(約1364万円)という作家のオークション落札最高値をつけている。サリー・マンも、”Candy Cigarette, 1989″が266,500ドル(約2132万円)という、作家のオークション落札最高値で落札された。

ササビーズでは、アンセル・アダムス作品が落札上位を占めた。明らかにクラシック作品が復権している。約84X97cmの大判サイズの、”Mount McKinley and Wonder lake, Danali national Park, 1947″が266,500ドル(約2132万円)、また約101X72cmのサイズの、”White House Ruin, 1942″が122,500ドル(約980万円)で落札されている。同じくロバート・メイプルソープの美しいプラチナ・プリント”Calla Lily,1984″も、 122,500ドル(約980万円)で落札されている。

クリスティーズでは、写真集”アメリカ人”の表紙にもなっているロバート・フランクの代表作”Trolley, New Orleans, 1955″が落札価格上限の15万ドル(約1200万円)をはるかに超える434,500ドル(約3476万円)で落札されている。また、アーヴィング・ペンの代表作”Black and White Vogue Cover, 1950″も同額で落札。これは1968年にプリントされた貴重なプラチナ作品。ちなみに落札予想価格上限は30万ドル(約2400万円)だった。
ウィリアム・エグルストンのダイトランスファー作品”Untitled, 1973″は242,500ドル(約1940万円)で落札。これは落札予想価格上限は9万ドル(約720万円)の約3倍近い。明らかに3月の単独オークションの成功が影響していると思われる。
今回のクリスティーズで注目されたのはヒューストン美術館のコレクションからのセールだった。欧米の美術館は将来の作品コレクション用の資金調達のために重複作品を市場で売却することがある。一般コレクターにとってこれは最高の来歴の作品となる。予想通り、出品71点のうち67点が落札。売り上げ総額は当初予想の上限を超えたとのことだ。

さて、ニューヨークのオークション終了後、米国では雇用者数の伸び悩んでいる統計結果が発表された。欧州でも南欧財務危機問題の再燃、財政再建に反する選挙結果などが明らかになるなど、 経済、社会情勢はふたたび不安定になってきた。どうもふたたび株価も上記のレンジの下限をためすような雰囲気だ。中長期のチャートを見ていると、いまはリーマンショック後の安値からの上昇トレンドチャンネルの中にいる。しかし上限を突き抜ける力はない。個人的には何かのショックで支持線を下に抜ける可能性の方が高いのではないかと感じている。
5月写真オークションは規模は小さくなるがロンドンに舞台を移して行われる。不安定な外部状況が続く中、アート写真市場の質と希少性追求の傾向はまだ変わりそうもないだろう。