夏休み必見の写真展!東京都写真美術館コレクション展「自然の鉛筆」

東京都写真美術館で開催中のコレクション展「自然の鉛筆」は写真コレクターをはじめ、学生、美術愛好家、アマチュア写真家など、写真を愛する全ての人々にとって必見の写真展だ。本展は「技法と表現」とサブタイトルが付いているように、写真の化学面に焦点を絞り、プリント制作技法の変遷や印画紙の古典的手法と現代表現にスポットを当てる展示、のようにマスメデイアに紹介されている。一見、つまらなそうな写真展の印象を受けるだろう。
しかし、小難しい写真技法の解説などは全く無視してかまわない。実は本展、同館コレクションの貴重な名作写真の展示を通じて、写真の誕生から現代アートの写真までを網羅した「写真の歴史」展なのだ。いままでに米国や欧州の写真史という切り口でのグループ展示は何度も行っているので、こんどは展示のグループ分けの基準を制作技法にしたのだ。珠玉のコレクションを多くの人に見てもらう為の企画で、キュレータのアイデアの勝利といえる写真展なのだ。もちろん趣旨の通りに、オーディエンスは展示作品を鑑賞することで、直感的に写真表現の変化や移り変わりが体験できる。要は、表現の変化は技法の変化なのだ。

作家を目指す人は、写真史、美術史のどこと自分がつながっているかを明確に把握する必要がある。新人は自身のヴィジュアル・データベースが充実してないのでこのつながりを探しだすのに悪戦苦闘する。本展は全体を鑑賞することで写真史の流れを体感させてくれる効果がある。概観するだけで、直感的に自分がどことつながるかのヒントを見つけられるのではないか。
コレクターにとっては究極の学習の場になるだろう。目利きになるためには本物を数多く見ることが重要。今回は普段はなかなか見られない逸品が展示されている。例えばタイトルにもなっている自然の鉛筆。これは世界初の写真集といわれる、W.H.F.タルボットの作品のこと。ガラスケース内に24点セットの一部が展示されている。じつはこれ、美術館開館時に「有名作品 買いあさりと?!」と批判された収集作の一部なのだ。1990年4月11日の朝日新聞掲載の写真美術館関連記事によると購入価格は1570万円だったとのこと。今では信じられないが当時はバブル期で都財政も潤っていたのだ。幸運にも現在ではたいへんな市場価値を持つ貴重コレクションになったのだ。ちなみに最近のオークション落札記録では、2009年10月8日にクリスティーズ・ニューヨークで開催された”The Miler-Plummer Collection”のセールで11作品が収録された1冊が3万ドルで落札されている。また上記記事に570万円で購入されたと掲載されていたマン・レイの1926年作のレイヨグラフ(カメラを使用しないで露光した作品)も今回展示されていた。その他、ウィリアム・エグルストンの野外のカラフルなソファーに老女が腰掛けたダイトランスファー作品”Untitled,1970″。ダイアン・アーバスの”Identical Twins, Roselle NJ, 1967″、アンセル・アダムスのクラシック作品”Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941″などは必見だろう。アルフレッド・スティーグリッツ、ポール・ストランド、エドワード・ウェストンらのモダニズム写真、現代アメリカ写真の元祖であるロバート・フランク、ウィリアム・クライン、ゲイリー・ウィノグランドらの作品も見ることが出来る。
個人的にはハリー・キャラハン、フランコ・フォンタナ、石元泰博、山沢栄子らのカラーによる抽象適写真は非常に興味深かった。
現代アートよりの作品は、ドゥイン・マイケルズ、リチャード・ミズラック、チャック・クローズなどを展示。たぶんこの分野の同館コレクションはあまり充実していないのだろう。

これだけの名作の展示を通して写真史をカバーする写真展は海外の美術館でもなかなか鑑賞できないだろう。かつてのバブルのおかげで私たちはいま世界的な名品を鑑賞することが出来るのだ。これこそは高度成長期がもたらしてくれた数少ない正の文化遺産だろう。写真ファンの人はぜひ夏休みの一日は同展で過ごしてください。