アンドレアス・グルスキー展 世界最高峰の写真世界を体験する!

国立新美術館で「アンドレアス・グルスキー展」が始まった。
グルスキーはその作品の市場価格が高額なことで知られる現代アート作家。同展でも展示されている1999年の作品 “Rhein II”は写真のオークション最高価格をつけたことでに知られている。2011年11月8日にクリスティーズ・ニューヨークで開催された”Post-War and Contemporary Art”のイーブニング・セールで$4,338,500.(@80.約3億4708万円)で落札されている。落札作は185.4 x 363.5 cmの巨大作品、国立新美術館での展示作は小ぶりサイズの作品だった。
実は、せっかくの「アンドレアス・グルスキー展」開催にやや水を差すのだが、同作はもはや世界一高額な写真作品ではない。2013年5月14日ササビーズ・ニューヨークで開催された”Contemporary Art”のイーブニング・セールで米国人作家ジェフ・クーンズ(1955-)が1980年に写真を使って制作した1点物の”THE NEW JEFF KOONS”が$9,405,000.(@100.約9億4050万円)で落札されたのだ。これは、掃除機をアクリルケースに入れ蛍光灯で照らし、新商品のショーケースのように見せる”The New”シリーズのなかの1点。しかし本作はオブジェではなく、モノクロのクレヨンを持つ男の子のポートレート写真が使われている。
さてこれが厳密に写真かどうかは議論が分かれるところだろう。まず本作は、蛍光灯ライトボックスにセットされたディスプレイ用デュラトラン(Duratran)の写真作品。アート作品としての耐久性には問題があると言われている。その上、モノクロの男の子の写真はクーンズが撮影したものではない。リチャード・プリンスのように、世間に流通している普通の写真から流用しているアプロプリエーション・アートなのだ。写真ベースの現代アート系オブジェ作品と理解した方が良いだろう。

さて、「アンドレアス・グルスキー展」だが、本展は彼のキャリア初期の1980年から2012年の最新作まで65点を展示する日本初個展。彼のキャリアを通しての代表作品がほぼすべて鑑賞できる。回顧展のように制作順に展示するのではなく、小ぶりの初期作品から巨大作品まで様々なキャリア期のものを2つの展示室内に並置している。一部のグルスキー作品はジャクソン・ポロックの絵画と比較されることが多い。ポロックのドリップ・ペインティングは適当なように見えて実はフラクタル性が強く反映された構図になっている。フラクタルは部分と全体の構造が類似の形状をしているということ。本展ではフラクタル的な作品要素を展示方法にも反映させているのではないかと思わせる。つまり全てがグルスキーの一貫した世界観につながっているので、適当のように並べられている個別作品は大きな作品コンセプトの一部である、という意味だろう。
しかし、図録は制作順に図版が掲載されているので作品制作の流れがよくわかる。ハードカバーだし、網点がわからない高品位の印刷が採用されている。図録というより写真集と呼んでよいだろう。そのように思えば図録としてはやや高い3500円も逆にお買い得に感じる。アート写真好きの来場者は絶対に買いたい。

アンドレアス・グルスキーの簡単なキャリアをアート・フォト・サイトの情報をベースに簡単に紹介しておこう。
グルスキーは1955年旧東ドイツのライプツィヒ生まれ。1978~1981年までエッセンのドイツ有数の写真学校フォルクワンクシューレで学んでいる。一時期ハンブルグでフォトジャーナリストを志すが、1981年にアンセルム・キーファーやゲハルト・リヒターなどを輩出した前衛教育で有名なデュッセルドルフ美術アカデミーに入学、その後7年間に渡ってトーマス・シュトゥルートらとともに学んでいる。彼の指導者はベッヒャ-夫妻、写真家であるとともに表現者としてのキャリア形成の重要性を教え込まれたとのことだ。彼はベッヒャ-夫妻のように客観的な写真表現法を5X7″フォーマットのカラー写真で実践し評価されるようになる。

1980年代後半には、広大な風景に人間が点在している焦点のない均一な作品を制作。プールに点在するスイマー、山登りのハイカーなど、人間を風景の一部とした作品は初期の重要作だ。1987年にデュッセルドルフ空港において初個展を開催している。

1990年代には東京証券取引所から始まった世界の取引所シリーズが大きな転機になる。本展にも、”Tokyo, Stock Exchange, 1990″が展示されている。事前に計算し尽くされて撮影、制作された作品群はベッヒャ-夫妻の影響をうかがわせる。同シリーズの5点はちょうど2013年6月にササビーズ・ロンドンで開催された”Contemporary Art”オークションに出品され、総額約5.5百万ポンド(約8億5250万円)で落札されている。

それ以降、90年代を通してデジタル技術を駆使し試行錯誤を繰り返しながら新自由主義のなかで進行するグローバル経済化をモチーフに超リアルで巨大な作品制作に挑戦していく。証券取引所、港湾地帯、工場、巨大オフィス・ホテル、空港、ショップなど、経済の最先端の現場を巨大で眩いカラー作品で表現することで高い評価を受けるようになる。2001年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催された米国初の美術館展がきっかけで一気に世界的人気作家に躍り出る。いまでは世界的なスーパースター・ディーラーのラリー・ガゴシアンが作品を取り扱っている。

彼の作品のなかでも、資本主義のシステムの中で、閉じられた巨大空間の中で消費という価値感を与えられた一般大衆を表現した、小売店舗、ショップなどのシリーズはグローバル経済のダークサイドに深く切り込んだ秀作だ。続いて、大衆の娯楽、レジャー、生活なども同じようなシステムのなかに組み込まれていることを暴きだし、ロックコンサート、巨大クラブ・シーン、F-1サーキット、ツール・ド・フランス、登山、ツーリスト、美術館などのシリーズに取り組んでいる。また図書館を撮影した”Library, 1999″や、長編小説から内容を断片的に抜きだして新たなテキストを作り、本のページを複写したように見せている”Untitled XII,no1,2000″などでは、人類の知的財産や文学は一種のミームであることを示しているのではないだろうか。ミームとは、人の脳や書物のなかにあり、模倣によってつたわる文化の一要素のこと。
さらに、より大きい社会システムとして宗教を意識させられる大聖堂、国家システムに目を向けた独裁国家北朝鮮ピョンヤンでのマスゲームなどを撮影テーマに作品を制作。最近は衛星写真を加工したオーシャンシリーズ、 バンコクのラプラタ川の抽象作品などで、彼の視点は地球や環境問題にも向かっている。

グルスキーは、現代社会において私たちが当然のことと信じ込んでいる様々な思い込みを撃つのだ。いま何でアートが私たちに必要なのかの答えを作品で示している作家なのだ。
現代アートのコンセプトは難解なのだが、彼は比較的私たちの生活に身近なシーンを取り上げている。つまり見る側がリアリティーを感じやすいのだ。また巨大なサイズだが、作品は大きいほどオーディエンスを画面の中に取り込む効果があると言われる。つまり自分の体験と作品が重なってくるのだ。社会のシステムに取り込まれている一般大衆はまさに美術館のオーディエンスのことでもある。巨大作品は彼の作品コンセプトの一部でもあるのだ。

「アンドレアス・グルスキー展」は、いまのアート界そして市場で、世界的に最も高い評価を受けている現存作家の展覧会だ。戦後日本で開催された写真作品の展覧会のなかで間違いなくベスト・スリーに入ると思う。グルースキーのメッセージを受けとめるために、見る側も、視覚、頭脳と心を総動員して能動的に作品と対峙することが求められる。l