シャネル・ネクサス・ホールでパリを拠点とするアーティスト、ザビーヌ・ビガールの写真展が開催されている。
展示作品はカラーによるポートレートの連作だが、実はデジタルによる画像処理を駆使して制作されている。15~16世紀ルネサンス期の、ダビンチ、ラファエロ、ホルバイン、ファンエイク、クルーエなどの巨匠の宮廷肖像画と、現代の様々な人種のポートレート写真を重ねて制作されたものなのだ。ただ顔の部分を入れ替えただけではなく様々なパーツにもデジタル処理で手が加えられているとのことだ。さらに、その合体した写真の背景には彼女の以前の来日時に撮影された抽象的な東京の夜景が使われている。大判を含む様々なサイズの全50点がクラシカルな雰囲気のフレームに額装され、黒を基調としたシックな会場に展示されている。
資料によると、本作は彼女が東京で経験した東日本大震災においての心理的混乱が制作のきっかけになっているとのことだ。そして大震災での物質的破壊を一時的な堆積(たいせき)と解釈し、それを表現するために本作に取り組んだという。やや難解なので、これはどのような意味なのか考えてみたい。
ネットで調べると、堆積とは、地層を形成するに至るまでの過程を意味するとのこと。彼女は震災経験後に思索を重ね、地震や津波による地形や構造物の破壊をより宇宙的な視点と時間軸で解釈しようとしたのだろう。天変地異は、僅か80余年の寿命しかない人間にとっては非常に衝撃的な出来事である。 しかし、地球規模の時間軸でとらえた場合、この破壊と再生は幾度となく繰り返されその痕跡が堆積したうえで現在の状況があることも事実だろう。大震災で起こされた破壊も時間経過の末にやがて堆積物の一部となっていく。日本人は八百万の神というように古代から自然に神を見出してきた。また地震や台風などを何度となく経験しているので、自然災害に対して諦めの感覚を持ち、また自然が再生するという仏教の輪廻のような感覚を本能的に理解している。しかし、キリスト教を信じる欧米人は自然は神が作ったもので人間が支配するべきという発想を持っている。ザビーヌ・ビガールは地震の直接体験がきっかけとなり、日本人が生まれ持つ自然への畏れのような感覚に気付き、それを論理的に作品コンセプトとして自作に落とし込んだのだ。永遠に繰り返される自然の営みや輪廻のようなことを理解してもらうためにその考えを言葉と作品で提示しているわけだ。その方法は画像を重ね合わせることで試みている。複数の時間軸が1枚の写真の中に共存することを時間の堆積として暗喩的に表現しているのだ。タイトルの「TIMEQUAKES」は、時間の「TIME」と、揺れる、振動するを意味する「QUAKE」をくっつけた造語だと思う。自然で繰り返される堆積を、時間の堆積で表現しようとした意図が読み取れる。
ビガールの作品は、時代性が反映されたアイデアと、インテリアにも飾り易い親しみやすいヴィジュアルをあわせ持っている。まさに欧米で主流の、写真表現を取り入れた最先端の現代アート作品だと思う。日本ではややなじみの薄いこのようなタイプの写真作品が、欧米市場では熾烈な生き残り競争を続けているのだ。作品テーマと時代との関連性構築の考え方や、デジタル技術を多用した巧みな画像処理による作品制作アプローチはアーティストを目指す人にも大いに参考になると思う。