2015年のマーケットを展望する アート写真の格差拡大が進行?

2014年に私が最も注目したのは7月のクリスティーズ・パリで開催された「Photographs Icon & Style(イコン&スタイル)」オークションだった。通常7月にはメジャーなアート写真オークションは開催されないが、パリコレ期間を意識してあえて夏休み前の時期に行われたようだ。売上総額約253.2万ユーロ(約3億5325万円)、落札率約74%とオフシーズンにしては極めて好調な結果だった。最高額はアーヴィング・ペンのダイトランスファー「Gingko Leaves, NY, 1990」。これは写真集「Passage」(Alfred A. Knopf 1991年刊)の表紙作品で、285,000ユーロ(@140、約3990万円)で落札された。

以前も指摘したが、ポートレート、ヌード、スティル・ライフを含む広義のファッション系分野が注目され相場が上昇した背景には現代アートが市場を席巻して従来の写真市場を飲み込んでしまったことが関係している。

つまり、現代アートでは時代の持つアイデア、コンセプトを重視するが、ファッション系では時代の持つ気分や雰囲気が作品に反映されている点を評価する。イコン&スタイル系作品は単にブランド写真家の代表作というだけではないのだ。またイコン的とファッション系の写真がそれぞれ売れているという意味でもないので、注意が必要だろう。この両方の要素を兼ね備えた作品が売れるのだ。クリスティーズはこの点を意識して、極めて綿密に出品作のセレクションと編集作業を行っていた。
12月にニューヨークのボンハムス(Bonhams)で開催された「The
Art of Fashion Photography(ジ・アート・オブ・ファッション・フォトグラフィー)」はこのイコン&スタイル系作品の意味を勘違いをした例だろう。一部には優れたアートとして通用するファッション系作品も見られたが、多くは単に洋服を撮影したモード写真、ファッションショーのドキュメント写真、有名人を撮影しただけのポートレート写真、現代アート風に大判サイズで制作されたインテリア系の写真だった。ただファッション、セレブリティ―風の写真を集めてきたという印象が強い。大手と中堅とのオークションハウスの実力の違いが強く感じられた。

イコンの意味の中には写真家自身のブランドも含まれる。知名度が低い写真家の作品にコレクターはあまり興味を示さないのだ。写真家が有名でないと、どうしても被写体が撮影の主導権を握る状況になる。撮る側の作家性や時代性が反映された作品にはなり難いのだ。また戦前のファッション写真も、知名度の高いホルストは苦戦していた。いままでに相場は大きく上昇しているので、明らかに最低落札価格が高すぎたのだと思う。
落札予想価格が一番高かったのがアーヴィング・ペンの”Women
in Wartime (Dorian Leigh and Evelyn Tripp), New York, 1950″(4~6万ドル)。有名作家の作品だが、有名イメージでないことから不落札。最終的な落札率は約32.6%、非常に厳しい結果だったといえよう。
しかし、イコン&スタイル系はアート写真の中でも富裕層が多い現代アートのコレクターが興味もつ分野である。優れた作品さえ提供できれば将来性が高いといえよう。来年も営業力のある大手オークション・ハウスは力を入れてくると思われる。この分野、いまや人気のカテゴリーとなり、かつてのような割安感は完全に無くなってしまった。コレクターにとっては、適性レベルの相場ならばドル資産を持つと考えて有名作品をコレクションするのは悪くない選択だと思う。今年は為替レートが大きく円安に動いた年だった。円は最も高かった時期と比べて約50%も価値が落ちている。日本人写真家の作品のドル建ての価値が減少し、外国人写真家の円貨の価値が上昇したということだ。あまりにも短期間の急激な変化なので、どうしても購入心理に影響を与えてしまう。
円高時には、外国人の若手・新人写真家が割安感から買われことがあったが、今後は多少高くても本当に資産的な価値のある作品の方が選ばれるようになるだろう。この傾向は洋書フォトブック市場にも出てくると思う。いまや主流購入先となったネット・ショップでは、常にその時点での為替レートが円価格に反映される。円高時のように、面白そうだからと気軽に新人・若手のフォトブックを買う人は間違いなく減少していくだろう。しかし、ずっと主張しているように写真集のなかのフォトブックはアート写真作品の一つの形態なのだ。多少輸入価格が上昇しても、作品として中身を吟味して優れたものはコレクションしていきたい。

いまフランス人経済学者トマ・ピケティの著書「21世紀の資本論」が日本でも話題になっている。彼は歴史的に労働者の収入の伸びよりも、資産が生む収益の伸びが大きい事実を膨大な資料分析から明らかにしている。最近の格差拡大は資本主義システムに内在する要因により引き起こされており、グルーバル資本主義の先に中間層のさらなる減少の可能性を示唆している。
最近のアート写真市場をみるに作品間の価値格差が広がっており、ピケティの主張とかなり重なっている印象がある。先週紹介した、極めて貴重なヴィンテージ作品が数多く出品された”175 MASTER WORKS TO CELEBRATE 175 YEARS OF PHOTOGRAPHY”は、総額の売り上げが2132万ドル(約25億5900万円))、落札率も90.3%。まさに驚異的な好結果だった。最近は、高額価格帯作品が出品されるオークションの落札率が高い一方で、低価格帯作品のものになると落札率が極端に低くなる傾向がある。これはオークションハウスの格差拡大とも重なってくる。大手のブランド・ハウスのササビーズ、クリスティーズ、フィリップスと比べて、それ以外の中小ハウスでのオークションは総売り上げが100万ドル(1.2億円)以下で、不落札率が高いのだ。そして中小ハウスでの低価格帯の出品作品数が増加傾向にある。中間層の没落がいわれているが、いままでアート写真をコレクションしていた中間層が高齢化して資金的な余裕がなくなり作品を手放しているのではないだろうか。

またギャラリーの店頭市場の規模はオークション市場の約1倍~2倍といわれている。上記状況は、店頭での低価格帯作品の売り上げ減少を示唆している。今後は、ギャラリー格差、アーティスト格差も拡大していく可能性が高いのではないか。現代アート分野ですでに始まっているギャラリー淘汰の波が写真分野にも訪れるかもしれない。新興のギャラリー、若手・新人の写真家には厳しい環境が続くだろう。

この環境では、コレクションの方向性が決まっていない人は作品購入の判断が難しいだろう。ただし何を買うかを明確に認識している人には掘り出し物を見つけるチャンスでもある。

2015年には、為替レートを見ながら、低価格帯の作品群の中から将来性のあるイコン&スタイル系作品を探していきたいと個人的には考えている。