セレブリティ―の写真はアート作品になり得るのか? アート写真の新ジャンル誕生の予感

有名ミュージシャンや映画スターを撮影した写真作品はアートギャラリーとしては非常に扱いにくい。どうしても作家性ではなく、セレブリティ―である被写体で写真が評価されてしまうのだ。世界的に、それらが被写体のオリジナル・プリントが数多く販売されている。それらは、アート作品ではなく有名人のブロマイド写真のような扱いになっていることが多い。海外ギャラリーでの販売価格は、インテリア系写真とほぼ同じ相場になっている。だいたい1000~2000ドル(約12~24万円)くらいだ。日本から考えたら高価だが、海外ではインテリア系写真でも相場はそのぐらいするのだ。

かなり以前から、有名写真家が撮影したセレブリティ―の写真作品は存在していた。ホルスト、リチャード・アヴェドン、アービング・ペン、ジャンルー・シーフ、ハーブ・リッツ、ブルース・ウェバーらのフォトブックにはそれらがポートフォリオ作品の一部として収録されている。被写体が有名人でも特別扱いはなく、写真家の作品相場が販売価格の基準だった。いまでもそのように販売している人もいる。

ところが最近になって、有名写真家が撮影した一部アイコン的なセレブリティ―の作品を、特別に販売する新市場が生まれつつあるようだ。それらは、少数限定、大判サイズという、現代アートのマーケティングを利用して、従来よりもかなり高額の値段設定を行っている。
2015年、大手出版社のタッシェンが米国西海岸ビバリー・ヒルズにギャラリーを新規オープンさせ、ローリングストーズが被写体の複数写真家による写真作品の販売を開始した。昨年、彼らはローリング・ストーンズのメンバーのサインが入った豪華写真集を制作。 デビット・ベイリーのオリジナル・プリントが付いたアート・エディションは、限定75点、15,000ドル(約180万円)で販売している。今回、ギャラリーでは写真集に収録されている作品を販売。主目的な豪華写真集の広告プロモーションだと思われる。しかし巨大サイズ(一番大きいのは約139.7x 143.5cm)、エディション5~10と限定数を少なくすることで、販売価格は非常に高価になっている。デビット・ベイリーやアルバート・ワトソンが撮影した作品の中には1000万円近くするものもある。
サイズとエディションがこれまでとは違うので直接の比較はできないが、それらは写真家のギャラリー店頭での作品相場とかなり離れている印象だ。あるコレクターからの情報によると、被写体のミュージシャンに多額のコミッションを支払っていることが理由らしい。どうもこの新ギャラリーは、アート市場の従来のコレクターではなく、富裕層を顧客相手と想定した、時代のアイコンをテーマとした「ラグジュアリー・アート写真」というような、まったく新しいカテゴリーを意識しているようなのだ。
ギャラリーがアートの中心地ではないビバリー・ヒルズに設置されたのも納得する。つまり、富裕層は誰でもわかる時代のアイコン的な作品を好み、特に写真コレクターのように写真家の適性相場などを気にしない。銀塩写真に対するこだわりもないので、すべてインクジェットで制作されているのだと解釈できるだろう。

商業ギャラリーでも、有名写真家が撮影したアンコン的なセレブリティ―作品を、少数限定、大判サイズで販売する例が散見されるようになってきた。上記の写真家と重なるが、ピーター・リンドバーク、アニー・リーボビッツ、アルバート・ワトソン、デビット・ベイリー、ピーター・ベアードなどだ。
しかしミュージシャンに限ると、高額でも売れるのは、熱狂的なファンがいるザ・ビートルズ、ローリング・ストーンズ、デビット・ボウイ、ボブ・ディランくらいになる。リンドバークがキース・リチャーズを撮影したシリーズは、エディション3、サイズ120X180cm、裏打ちされた銀塩写真で、1000万円以上するイメージもある。インクジェット作品でないのが商業ギャラリーのこだわりだと感じている。

英国を代表するファッション・ポートレート写真家のテリー・オニールは、本人と被写体のサインが入った、極め付きのセレブリティ―作品を制作して話題になっている。いままでに、フェイ・ダナウェイ、ブリジット・バルドーのダブル・サイン作品を発表している。(上記の掲載イメージ)こちらはエディション数が50点と比較的多く、サイズも50X60cm程度で、当初販売価格が80万円くらいからと、上記の例よりもはるかに買いやすく商品設計されている。少し前に在庫状況聞いたところ何とほぼ完売状態とのことだった。今度は、ロジャー・ムーアとのダブル・サイン作品がリリースされる予定らしい。
また、デビット・ボウイの代表作「アラジン・セイン」(1973年リリース)のLPカヴァーを撮影したブライアン・ダフィー(1933- 2010)の財団も興味深い作品制作を試みている。ダフィーは、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で行われたボウイの回顧展開催がきっかけで作家性が再評価された。写真家本人は亡くなっているものの、なんと被写体のデビット・ボウイがサインした約100㎝四方の大判作品を制作したのだ。エディションは25点なのだが、売り上げは好調のようで、現在の価格は300万円以上だという。
いずれにしても、このようなプロジェクトは、写真家と被写体とが相当に尊敬し合う関係性を構築してないと実現できない例だ。現代ではちょっと考えられないだろう。

私がいつも主張しているように、ファッション写真でも、単に洋服の情報提供だけでなく、撮影された時代の気分や雰囲気が作品に取り込まれていればアートになり得るのだ。現代アートが時代のコンセプトを提示するように、それらは時代が醸し出すフィーリングを表現しているのだ。セレブリティーは、その顔や存在自体がファッション同様に時代を反映しているといえる。優れた時代感覚を持った写真家が撮影したセレブリティ―写真のなかにも、アートになり得る作品が存在すると考える。

それでは、いわゆる「ラグジュアリー・アート写真」の高額な販売価格は正当化できるだろうか?見方を変えると、それらはアート写真としては高価なのだが、現代アートと比較すると決して高価とは言えない。いままで、アート写真の相場が現代アートと比べて安すぎたということもあるのだろう。

少数限定、大判サイズの現代アート的なアート写真作品が市場に登場してきたときにも値段の正当性についての議論がなされた。しかし、従来のアート写真コレクターが疑問符を投げかける中で、現代アート分野のコレクターにより作品は受け入れられてしまった。2012年の、ウィリアム・エグルストン初期作品を大判作品化で行われた単独オークションは大成功だった。
この流れは、難解なコンセプトを持ち、コレクターの高いアート理解力を求める現代アート作品に対するアンチテーゼでもあるだろう。時代のアイコンの写真作品は、誰にでもわかりやすく、受け入られやすいのだ。そして欧米では有名写真家自体がアーティストでセレブリティ―であることも忘れてはならない。有名写真家と時代のアイコンとのコラボレーション作品とも解釈できる。限定、大判サイズとともに、ダブルネームにより値段が高くなったといえないことはない。
上記の販売例をみるに、実際の市場では、現代アート・コレクターや富裕層がそれらの作品の価値を認めつつあるようだ。また投資的な視点を持つアート写真コレクターも買っているという。大きなくくりの現代アート市場が、従来のアート写真市場を飲み込んでしまった状況が改めて印象付けられる。その流れの中でセレブリティー写真が独自の進化を始めているようだ。

個人的には、現在のような一部セレブリティーがアイコン化する以前に撮影された70~80年代くらいの銀塩写真作品に注目している。それらは、サイズは小さめで、エディション数が多めなので、相場も比較的リーズナブルだ。現在のセレブリティ―写真の活況を見るに、優れた写真家によるそれらのファッション、ポートレート作品は明らかに過小評価されていると感じる。もしかしたら、単に現代アート・コレクターや富裕層がまだ気づいてないだけかもしれない。