アート写真市場の現在
高額、低額価格帯の動向は?

アート写真セールは、春のニューヨークが終了すると、次はロンドンのオークションとなる。その間に一部写真作品が含まれる現代アート・オークションと中小ハウスによる写真オークションが開催される。ちょうど前者は高額セクター、後者は低額セクターが中心となる。中間価格帯が中心の春季ニューヨーク・オークションでは全体の落札率が70%台前半。やや弱めな印象だったのが気になるところだが、まあ標準的な落札結果だったといえるだろう。今回は市場全体の勢いを俯瞰する意味で、上と下のセクターの動きを簡単に見ておこう。

まず低価格帯の写真市場。私はこの分野の動きが市場全体の健康度を指し示していると考える。アート写真市場は中間層が主要顧客だ。いくら富裕層相手の高額セクターが活況でも、 ここの部分が元気にならないと、より大きな規模のプライマリー市場で若手や新人が売れてこないのだ。
4月28日にニューヨークのボンハムス(Bonhams)で「Photographs」オークションが開催された。107点の出品作の9割近くが落札予想価格1万ドル以下の低価格帯が占める。結果は芳しくなく、落札率は59.8%、総売り上げは約66.8万ドル(約8025万円)だった。 昨年12月のオークションより、落札率は改善するものの、売り上げは減少した。最高額は、アンセル・アダムスの”Winter Sunrise,Sierra Nevada from Lone Pine, California,1944″。これは最近人気が高い約56X77cmの大判作品。落札予想価格15~25万ドルのところ、17.9万ドル(約2148万円)で落札された。
5月3日には、ニューヨークのヘリテージ・オークション(Heritage
Auctions)で、”Photographs Signature Auction”が行われた。こちらも217点の出品作品の約9割が落札予想価格1万ドル以下の低価格帯が占める。結果は落札率は74.6%だったものの、総売り上げは約59万ドル(約7085万円)にとどまった。こちらも昨年10月のオークションより、落札率は改善するものの、出品数が少ないことから総売り上げ額は減少した。最高額は、アンセル・アダムスのポートフォリオ”Portfolio Two: The National Parks and Monuments”。落札予想価格4~6万ドルのところ、下限以下の3.75万ドル(約450万円)で落札されている。

以上の結果を見るに、低価格帯は相変わらず動きが鈍いという印象が強い。

次に高額価格帯のアート写真の動きを簡単に見てみよう。
5月中旬にかけては、ニューヨークで大手による現代アートのオークションが開催された。クリスティーズでは、11~14日にかけて”Looking Forward to the Past”と”Post-War and Contemporary Art”が開催された。新聞報道にあったように、ピカソの”Les Femme d’Algers, 1955(アルジェの女たち)”が絵画史上最高額の1億7940万ドル(約215億円)で落札されたオークションだ。やや意外な感じだが、ここではダイアン・アーバス作品が出品されていた。彼女のヴィンテージ・プリントはもはや値段的に現代アートの範疇になっている。子供が手榴弾を持っている有名作”Child
with a toy hand grenade in Central Park, N.Y.C., 1962″が、作家最高額の78.5万ドル(約9420万円)で落札された。
最高額はシンディー・シャーマンの”Untitled Film Still #48, 1979″。落札予想価格範囲内の296.5万ドル(約3.55億円)で落札されている。インスタグラムから写真を引用した「ニュー・ポートレーツ」シリーズの一部が、引用元から再引用されて低価格で販売されるなど、アート界で大きなゴシップになっているリチャード・プリンス。彼のエディション2の、149.2 x 101.6 cmの巨大作品”Untitled
(Girlfriend)、1993″は、83.3万ドル(約9996万円)で落札された。

ササビーズは、5月12~13日に”Contemporary Art”を開催。こちらではシンディー・シャーマンの落札予想価格は200~300万ドル(約2.4~3.6億円)だった”Untitled #153, 1985″が不落札。最高額は、トーマス・シュトゥルートの”Pantheon, Rome, 1990″で181万ドル(約2.17億円)だった。

フィリップスは、5月14~15日にかけて”Contemporary Art”オークションを開催。ここでは、アンドレアス・グルスキ―の284.5 x 200.7 cmサイズの”James Bond Island II, 2007″72.5万ドル(約8700万円)で落札されている。

今回の一連のオークションで少し気になったのが、杉本博司の人気の高い海景シリーズの動向。クリスティーズでは、119.3 x 149.2 cmサイズの”Marmara Sea, Silivli,1991″が38.9万ドル(約4668万円)で落札されている。しかしササビーズでは大判サイズの”Redsea,1992″や、16X20″~20X24″サイズ作品数点が不落札だった。フィリップスでもエディション25の2点が落札予想価格下限での落札だった。いままではコンスタントに落札予想価格内かそれ以上で落札されていたことを考えるに、 もしかしたらこの人気シリーズも、いまの価格レベルが今回の上昇サイクルでの相場のピークかもしれないと感じた。杉本博司の入札状況は相場全体の動向とも写し絵のように重なってくる。高額セクターも、弱くはないものの全般的にやや勢いが衰えてきたようだ。

近日中には、ロンドンで大手ハウスが開催したアート写真オークションのレビューをお届けする予定。
今度は中価格帯のアート写真市場の動向を分析したい。

(円貨は1ドル120円で換算)