フォトブックの多様なアート性
テリー・オニール写真集
「Terry O’Neill:A-Z of the Fame」

フォトブックのアート性とは何だろうかと考えさせられたのがテリー・オニールの写真集「A-Z of the Fame」だ。

これは彼のポートレート、ファッション写真家としての約50年のキャリアを振り返る回顧写真集だ。フォトブック・コレクターはこの種の本に対して、ブロマイド的な写真が収録されたアート性が低いものという先入観を持っている。本書も一見そのようなカテゴリーと勘違いしやすい。だが時間をかけて内容を吟味していくと、収録されている写真作品は、被写体とのコラボから生み出された写真家の自己表現であり、各時代を代表する各界の顔が撮影された、当時の気分や雰囲気が反映された広義のアートとしてファッション写真であることがわかる。何気なくページをめくると、観る側は直ぐに本の世界に引き込まれてしまう。本書はアート作品になり得る写真集であるフォトブックと評価してよいだろう。
実際にこの本の人気は非常に高い。分厚く重くて、決して低価格ではないのに関わらず予想以上の売り上げを記録している。ちなみに私どももリンクしている日本のアマゾンでの販売価格は約11,000円だ。
一般大衆向けインテリア用写真集ではないか、というツッコミが入るかもしれない。確かに欧米ではその種の一般客が間違いなく買う本だと思う。しかし日本の一般客は、廉価版の展覧会カタログは買うが、決して豪華写真集の類は購入しない。今回は極めてまれな状況といえるだろう。間違いなく多くの人が収録写真作品に何らかのリアリティーを感じ、欲しいと思ったのだ。

余談になるが、興味深いことにこれほど一般客に人気のあるテリー・オニールの本が、いままで蔦屋、リブロなどの大手洋書店で取り扱ってなかった。同書は巨大で重いので送料が非常にかかってしまう。値段面と宅配してくれる利便性から洋書店はアマゾンに太刀打ちできないのだ。結果的に、いまの洋書店はアマゾンなどの通販サイトが取り扱わない、マニアックなフォトブックの占有率が非常に高くなっている。洋書店で面白い本が少なくなったという意見をよく聞くが、このような事情が影響しているのだろう。

最近はあらゆるところで、限界芸術や民藝としてのアート写真の可能性を語っているのだが、もしかしたらこの分野の写真にも適応できるのではないかと感じている。どういうことかというと、いままでアートとしてのファッション写真はファイン・アート写真の一分野だと考えていた。しかし、実際は写真家から作品テーマやコンセプトは提示されない。彼らが感覚的に捉えたファッションを取り巻く時代性を評論家、キュレーター、ギャラリストなどの第3者がその他と区別して評価することが多いのだ。ファイン・アートの一部ではなく、大衆向けインテリア・アートの中間のカテゴリーに分類する方がすっきりするのではないだろうか。これについては機会を改めて分析を行いたい。

さて、なんでテリー・オニールの写真集が売れるのかの分析を進めよう。まず彼が異例ともいえる長期間にわたり業界最前線で活躍したこと。また、撮影している分野が多岐にわたることも大きな特徴だろう。音楽界、映画界はもちろん、なんとサッチャーなどの英国政界の人々や、エリザベス女王など英国王室の人たちも撮影している。またその範囲は、スーパーモデル、スポーツ文化界、自動車レース界まで及ぶのだ。
多くの写真家はだいたい専門分野がある。活躍するのもピークはだいたい10年くらいではないだろうか。特にファッション写真の場合、その傾向が強い。しかし、テリー・オニールは、1963年のビートルズの撮影以来、常に社会の最前線で活躍。エイミー・ワインハウスやネルソン・マンデラまで撮影している。彼は、幸運にもビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、デビット・ボウイのヴィジュアル作りに初期段階から関わってきた。彼らが世界的なロック・スターへと成長していくにしたがって、オニールの写真家の名声も上がっていくのだ。
しかし、そのような写真家は数多くいる。彼が特別なのは、自身がジャズドラマーでもあり、ミュージシャンとしても被写体から尊敬されていたことだろう。単に仲のいい写真家以上の深い関係性が構築できたのだ。

私はフォトブックとして認識された本が売れるのは、ブック形式のアート作品が売れるのと同じ意味だと考えている。実際に、彼のポートレート写真のオリジナル・プリントは世界的に売れている。バルドー、シナトラなどを撮影した代表作は、大手のアート・オークションでも頻繁に取引されている。単にセレブリティ―を撮影しているだけの写真は、インテリア用写真に分類されアート写真界では取り扱われないのだ。ポートレートのアート性が認知されているのは、他にはアニー・リーボビッツくらいではないだろうか。作品相場はリーボビッツの方が高い。これは彼女がアート写真市場の中心地であるニューヨークで活躍していること、エディション数が少ないのことによると考えられる。

ロンドンをベースにしていること、比較的多いエディション数ゆえにテリー・オニールの作品相場には割安感があると思う。ディーラーとして、この厳しい円安局面の中でコレクションとして価値が見いだせる数少ない写真家だ。

この分厚くて重い1冊の写真集「A-Z of the Fame」のなかに、約50年にわたるロックの歴史、映画の歴史、そして社会の歴史までもが詰め込まれているのだ。いまや多くの人が多様な興味を持っている。これだけ広範囲をカヴァーしていると誰しも、自分が若かりしときに憧れていた俳優やスポーツ選手、 愛聴していたミュージシャンのポートレートと出合えるのだと思う。現代アート的な時代の価値観とは違う、各時代が持っていた独特の気分と雰囲気が世相を代表する有名人のポートレートを通して表現されているのだ。

最後に、ユニークな作品レイアウトにも触れておこう。本書は、オーソドックスに撮影年代別に並べるのではなく、アルファベット順に写真を並べている。どのように写真を見せるかは編集者とデザイナーの力量によるのだが、この手法によりページ展開に心地よいリズムを生みだそうという仕掛けなのだろう。 「Q」の箇所の見開きページには、ロックバンドのクィーンとエリザベス女王が掲載されている。逆にいうと。A~Zのシークエンスで写真が並べることが可能なほど、テリー・オニールは質も量も豊富なアーカイブスを持っているということなのだ。
フォトブック・コレクションに興味のある人は、何も自分が十分に理解できない小難しい内容のものから始める必要はない。まずは自分が気に入ったポートレート写真が掲載されているフォトブックを買ってみてはどうだろうか。