ラグジュアリー・グッズとしてのアート作品
大手オークション・ハウスの新たな挑戦

アート写真のオークションは、いままで業者ごとに専門とする価格帯が区分されてきた。
大手のササビーズ、クリスティーズ、フィリップスが1万ドル(約120万円)以上の中価格帯から高額価格帯を取り扱い、中小業者が低価格帯の写真作品やフォトブックを取り扱ってきた。
最近になって大手が新たな切り口のオークションを相次いで開催して注目されている。 それも通常オークションを開催しないシーズン最後半の夏の時期にあえて行っている。
新しいカテゴリーを他分野の定例オークションと重複させない配慮だろう。新たなアプローチのエディティングを行うことで、シリアスなアート・コレクター以外の幅広い顧客を呼び込もうという作戦だと思われる。

クリスティーズ・パリは昨年から、7月上旬のパリコレの時期に合わせて「アイコンズ&スタイル(Icons & Style)」を開催している。文字通り誰でも知っている、リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ヘルムート・ニュートン、ホルスト、ピーター・ベアードなど有名アーティストの有名イメージとファッション系の作品が中心のオークションだ。価格帯は中間価格帯が中心なのだが、低額から高額までも網羅している。今年も6月30日に第2回が開催された。
欧州の経済環境は、ギリシャ危機などで決して芳しいものではなかったものの、総売り上げ約172万ユーロ(約2億3226万円)と健闘。落札率は昨年の約73.5%を上回る約75%、2015年の写真オークション平均を上回る好調な結果だった。春にニューヨークとロンドンで開催された”Christie’s 20/21 Photographs”よりも高い落札率だったことを考えると、間違いなくこの分野に新たな資金が流入していると判断してよいだろう。
ちなみに最高額は、ヘルムート・ニュートンの巨大200x119cmサイズの”Big Nude II, Paris, 1980″で、36.15万ユーロ(約4880万円)だった。
これは写真を含むアート作品を一種のラグジュアリー・グッズとして新しい層にアピールする試みともいえるだろう。アート界で良く言われる、目ではなく耳で作品を買うブランド志向のコレクターを想定していると思われる。アートの知識や経験が浅い富裕層を狙っていると、手厳しい評価を下す専門家もいる。

いままでクリスティーズが、この動きをリードしてきた。通常の写真オークションでも、アイコンやファッション系の比率が高いのだ。グッチなどの有名ブランドを傘下に持つラグジュアリーグループのケリング(Kering)のフランソア=アンリ・ピノー氏の持ち株会社が彼らの大株主であることが影響しているといわれている。この分野で後れをとっていたのがライバルのササビーズ。実は昨年末に大きな人事が行われている。長年写真部門を担当していたダニエル・ベセル(Denise Bethel)氏が退任し、新たにジョン・ホールドマン(Josh Holdeman)氏が、写真、プリント、20世紀デザインを担当するヴァイス・チェアマンに就任した。彼は、ロバート・ミラー・ギャラリー、オークション・ハウスのフィリップス、クリスティーズで実績を積み上げ、アート写真のラグジュアリー・グッズ化に取り組んできたキャリアを持つ人物なのだ。

ササビーズがどのよう名新しい方針を出してくるか注目されていた。彼の21世紀のアート・カテゴリーの再分類への初挑戦が、ササビーズ・パリで7月1日に行われた「Now!」オークションだと思われる。「Now!」は、1930年代から現代までの、現代アート、デザイン、写真、モダン・アート作品をインテリアをテーマに一緒にオークションにかける実験的な試みだ。明らかにクリスティーズの「アイコンズ&スタイル」を意識していると思われる。
写真作品は約183点のうち約54点。ピーター・リンドバーク、ホルスト、ジャンルー・シーフ、マイケル・ケンナ、ウィリー・ロニ、ロベルト・ドアノーなど欧州系の写真家が多かった。
「Now!」は、カタログの編集方法に非常に特徴があった。リビングを意識した壁面がある空間に、家具、照明スタンド、アート作品、写真がコーディネートされて展示された見開きが数多く挿入されており、まるでインテリア雑誌のページを見ているような印象だ。

今回の総売り上げは約115万ユーロ(約1億5548万円)。
全体の落札率は約73%と比較的好調な結果だった。ただし写真作品だけに限ると、落札率は約64%、落札予想価格下限付近での落札が多く全般的に力弱い印象だった。
ちなみに最高額は、オーストリア人アーティストのフランツ・ウェスト(Franz  West) の、”POUF KOMPLIMENT, VERS 2003″で、13.5万ユーロ(約1822万円)だった。実はササビーズの挑戦はパリだけでとどまらない。
7月22日にニューヨークで「Contemporary Living」が開催される。

こちらでも”Photographs”、”Prints”、”20th Century Design”のカテゴリーの作品群、つまり、写真、版画、家具、オブジェなどをリビング・ルームをテーマにオークションを行う。
総出品数は約250点だが、写真は約102点、20世紀デザインが約77点、残りが版画類のプリント作品。たぶん出品数が多いニューヨークの方が同社の本命ではないだろうか。今回のパリとニューヨークの両オークションで興味深いのは、低価格帯の比率が非常に高いこと。「Now!」では、183点うち約84%の155点が、「Contemporary Living」では250点うち約73%の183点が低価格帯なのだ。いままで大手のオークションハウスとなじみのなかった、経験の浅いコレクター、デザイン・コンシャスな若い層を取り込んで、低迷している低価格帯のアート作品の活性化をはかろうという野心的な試みだといえるだろう。
「Contemporary Living」の写真関連はインテリアとの兼ね合いがよいヘルムート・ニュートン、アービング・ペン、ホルストなどのファッション系だけでなく、ダイアン・アーバス、ラリー・クラーク、アンリ・カルチェ=ブレッソン、リー・フリードランダーなどのドキュメント系も複数点出品されているのが興味深い。モノクロ写真はインテリア空間でコーディネートしやすいのだと思う。一方で、カラー作品は現代アート系の大判作品が中心に出品されている。
7月下旬ころは、富裕層は夏休みでニューヨークのマンハッタンにはいないといわれている時期だ。中間層の新たな顧客層をどれだけひきつけられるか非常に興味深い。結果の分析レポートは後日にお届けする予定だ。