2015年秋のNYアート写真シーズンが到来! 最新オークション・レビュー

夏休みが終わり、いよいよ2015年秋のニューヨーク・アート写真シーズンが始まった。

10月5~8日にかけて大手のクリスティーズ、ササビーズ、フィリップスがオークションを開催した。実は春のオークション以降、市場の外部環境に大きな変化があった。8月になってから、中国経済の想定以上の減速と6月中旬から続く上海総合指数の急落が、世界的な株安を引き起こしたのだ。その後も中国の実体経済の悪化を示す統計の発表が続き、世界経済へのリスクが大きく意識されるようになった。経済の先行きに対する不透明さから、広く予想されていた9月の米国の利上げも先延ばしとなった。10月になり、株式市場は落ち着きを取り戻したものの、景気の先行きに対する不安は大きくなっている。世界経済を引っ張ると期待されていた中国経済の実態は悪く、中央銀行による金融緩和だけがたよりという極めて不安定な状況であることが明らかになったのだ。先般、国際通貨基金(IMF)の国際通貨金融委員会が「世界経済のリスクが増大した」との共同声明を採択したが、まさにその通りの状況だろう。

そのような環境下で行われたニューヨークのアート写真オークションだが、実はその前から嫌な兆候もあった。アートで投機を行う裕福なコレクターたちの投資対象になっている、ヴィジュアル重視、内容が希薄な、マンネリ化した抽象作品は、「ゾンビ・フォーマリズム」系として知られ、2010年代に市場での存在感が大きくなっていた。9月にニューヨークで開催された複数の現代アートオークションで、このカテゴリーの入札不調が伝えられていた。アート市場に流入していた資金が減少している兆候だ。

さて2015年秋の写真オークションだが、ふたを開けてみると残念ながら嫌な予感は的中した。1万ドル(約120万円)以下の、低価格帯の動きが鈍いことは以前から指摘していた。この価格分野は前回とほぼ同様の入札結果だった。ところが今秋は、今まで好調を維持してきた5万ドル(約600万円)以上の高額価格帯が大きく苦戦した。落札点数は2014年秋とほぼ同じで、平均落札率は60%代前半なのだが、総売り上げが大きく減少したのだ。3社の総売り上げは約1017万ドル(約12.2億円)と、今春より約43%減、昨秋より約45%減だった。これはリーマンショック後の2009年春以来の結果で、ネットバブル崩壊後に低迷していた2000年代前半期の売上だ。

過去5年の平均売り上げの移動平均を比較すると、2013年春から2014年春にリーマンショック後の売り上げ減少傾向からプラスに転じたものの、2014年秋以降は弱含んで推移して、ついに今秋に下離れしてしまった。低価格帯~中間価格帯作品は、いままでの低調な動きから相場が適性レベルに修正されてきた。しかし、貴重作品や有名作品を含む高額セクターは、現代アート同様に資産性が高いという理由から比較的強めの相場が続いていた。今秋の入札結果により、今後は適性相場の修正が行われることになるだろう。高額セクター市場は金融緩和による過剰な流動性により支えられていたという指摘もある。世界的な需要不足を埋め合わせていた、金融緩和による資産上昇という構図に変化が訪れつつあるのだろうか?これから欧米で開催される現代アートと、欧州のアート写真のオークションの動向に注目したい。

今回クリスティーズは、現代アートなどと同様に、高額作品による「PHOTOGRAPHS」イーブニング・セールスと中間価格帯中心のデイ・セールスを10月5日~6日に開催した。今春のフィリップスを参考にしたようだ。

トータルの落札率は56.2%、総売り上げも約272万ドル(約3.26億円)にとどまった。特に高額セクターが極端に不振だった。高額落札が予想された上位10点のうち、なんと、アンセル・アダムス、アーヴィング・ペン、マン・レイ、ウィリアム・エグルストン、エドワード・スタイケンなど9点が売れなかった。最高額は、カール・ストラスのプラチナ・プリント”Man’s Construction,1912″で、16.1万ドル(約1932万円)で落札された。ピーター・リンドバークの120X176.5cmの巨大作品”Helena Cristensen, Debbie Lee carrington, Vogue Italy, ET Mirage,1999″が11.8万ドル(約1425万円)だった。

ササビーズは10月7日に複数委託者による「PHOTOGRAPHS」を開催。落札率59.64%、総売り上げ約328万ドル(約3億9364万円)だった。こちらも同様に高額セクターの不落札率が高かった。

最高額はカタログに2ページにわたる解説が掲載されていた注目のロバート・メープルソープ作品”Man in Polyester Suit, 1980″で、47.8万ドル(約5736万円)。本作が今秋のアート写真オークションでの最高額だった。 ちなみに、2015年春の最高額は、フイリップスで落札された、ヘルムート・ニュートンの大判3枚セット”Walking Women, Paris, 1981″。90.5万ドル(約1億860万円)で落札されている。カタログ・カヴァーに掲載されていた、ダイアン・アーバスの注目作”National Junior Interstate Dance Champions of 1963, Yonkers, NY, 1963″は不落札。続くのは、ティナ・モドッティの”Campesions Reading El Machete,1929″。カタログに現物サイズの写真画像が折込ページで紹介されている注目作。落札予想価格内の22.5万ドル(約2700万円)で落札されている。
アルフレッド・スティーグリッツの”Georgia O’Keefe, 1918″は、21.25万ドル(約2550万円)で落札されている。

フィリップスは、10月8日に単独コレクションの「Innovators
of Photography: A Private East Coast Collection」と、複数委託者による「PHOTOGRAPHS」を行った。53点が出品された前者のオークションは比較的良好な結果だった。落札率77.36%、総売り上げも約166万ドル(約1億9965万円)。最高額はダイアン・アーバスの”A
Family on their Lawn one Sunday in Westchester, NY, 1968″。最高落札予想価格の上限をやや超える、36.5万ドル(約4380万円)で落札。続くのは、ウィリアム・エグルストンの”Memphis, 1969-1970″。30.5万ドル(約3660万円)で落札されている。

一方で、複数委託者による「PHOTOGRAPHS」は、まさにクリスティーズとササビーズと同じ展開となった。全体の落札率は67.5%なのだが、高額セクターの落札率は47.8%と低迷したのだ。総売り上げは約256万ドル(約3億780万円)にとどまった。しかし、フィリップスは売上高合計では大手3社でトップだった。
最高額は、ロバート・フランクの代表作”Trolley, New Orleans, 1955″。14.9万ドル(約1788万円)で落札されている。次はエルガー・エッサー(Elger Esser)の約139X198cmの巨大カラー作品”Dout, Frankreich,1999″。最高落札予想価格の上限の2倍近い、13.7万ドル(約1644万円)で落札。リチャード・アヴェドンの約140x113cm作品の”Bubba Morrison, oil field worker, Albany, Texas, 1979″は、11.8万ドル(約1425万円)をつけている。ただし、高額落札が期待されていた、アヴェドンのビートルズ・メンバー4人のポートレート”The Beatles, London, August 11, 1967″は残念ながら不落札だった。ちなみに、10月15日に開催された低価格帯作品が90%を占めるスワン・ギャラリーでの「Icons & Images: Fine & Vernacular Photographs」オークションは落札率約68%と平均的な結果に終わっている。高額セクターでは、ここでもアーヴィング・ペンの最高落札予想価格が10万~15万ドル(約1200~1800万円)の”Pablo Picasso at La Californie, Cannes,1957/1962″が不落札。まさに今秋の高額セクターの不調傾向を象徴していた。
(為替レート 1ドル 120円で換算)