ライフスタイル系アート・オークション 新規の富裕層顧客は開拓できるのか?

ここ数年、大手オークションハウスは新規客獲得を目指して複数ジャンルにまたがる作品を取り扱うオークションを試みている。通常よりも比較的落札予想価格が低い現代アート、版画、彫刻、写真、家具、陶器などが、キュレーターの価値基準で集められ同じオークションで取引されるのだ。若い世代の消費のスタイルが、高級品のブランド消費から、ライフスタイル消費にシフトしている状況に対応しているのだと思われる。従来は、有名作家の作品を所有するという、ステイタスをアピールするオークションだった。このカテゴリーでは、生活の中に様々なジャンルの良質なコレクタブルを紹介していこうという意図なのだ。
違う見方をすると、大手各社の作品委託競争が非常に激しく、貴重作品を集めるのがますます困難な状況の中で、キュレーション力、エディティング力を駆使して中級クラス作品を中心とした魅力的なオークションを開催したいという思惑もあるだろう。
2016年になり、早くもこのようなライフスタイル系オークションが欧米各地開催されている。ササビーズ・パリでは2月18日に「Now!」が行われた。総売り上げは約108万ユーロ(@130/約1.4億円)、出品213点、落札率は約78%だった。
フィリップス・ニューヨークでは2月29日に「New Now」が開催された。 これはかつての「Under the Influence」。総売り上げは約440万ドル(@115/約5.06億円)、出品295点、落札率は約51%だった。ササビーズ・ロンドンでは3月16日に「Made in Britain」を開催、こちらは総売り上げ211万ポンド(@165/約3.48億円)、出品244点、落札率86%だった。
フィリップスの「New Now」では、高額アート作品中心のイーブニング・セールと、5万ドル以下中心のデイ・セールを行った。前者は従来型の高額品、後者がライフスタイル系のオークションだ。高額品の出品により総落札額は400万ドルを超えたものの、全体の落札率は出品数が多かったことで平均的だった。イーブニング・セールの写真作品で注目された杉本博司による119.4 x 139.7 cmサイズの”Red Sea, 1992 “は、落札予想価格25~35万ドルのところ不落札。勢いが衰えている現代アート市場の状況が反映された結果だったといえるだろう。
この種類のオークションの特徴は、落札予想価格が控えめの、複数ジャンルにまたがる作品が中心なので、あまり目玉作品がないことだ。ちなみに昨年のアート写真だけのオークションの落札率は60%台の前半だ。これと比べると、「Now!」、「Made in Britain」はかなり良好な落札結果だったといえるだろう。ササビーズのプレス・リリースによると「Now!」オークションでは落札の約35%が新規客だったとのことだ。最初のうちは各分野の専門業者やコレクターの参加比率が高いと思われていたので、これはオークションハウスにはかなり勇気づけられる数字だといえるだろう。
今まで開催された大手のオークション内容を見るに、価格帯は抑え気味ではあるが、ターゲットはいままでアートやコレクタブルに関心を持っていなかった富裕層だと思われる。
私はこの企画は、より低価格作品を中間層向けに行った方が効果的だと考えている。ライフスタイル系消費の担い手の中には、高級品消費に飽きた富裕層がいる一方で、収入が不安定かつ減少し、選択的消費を行っている中間層がはるかに多くいるからだ。ぜひ中小業者に積極的に取り組んでほしいのだが、専門家の人材がいないことから彼らにはマルチ分野のオークション開催は難しいかもしれない。大手の場合は、低価格帯の取り扱いはコスト的に難しいだろう。しかしネットなどを活用して行えば新たな市場開拓の可能性があるのではないだろうか。

日本では独立したカテゴリーとしてアート写真オークションは存在しない。国内には独自の市場を持つ写真家がほとんど存在しないことが原因だ。市場を開拓していくには、他のカテゴリーを巻き込んだライフスタイル系のオークションが効果的ではないかと考えている。

SBIアートオークションは、昨年秋に音楽関連商品とアート作品を同時に販売する「ART+MUSIC」オークションを開催している。初めてだったので一般にはあまり浸透しなかったようで、落札率は50%台にとどまった。しかしとても野心的な試みだったと評価したい。ぜひもう一歩踏み込んで、家具、陶器、骨董なども取り込んだライフスタイル系のアート・オークションを企画してほしい。

「コンデナスト社のファッション写真で見る100年」 シャネル・ネクサス・ホール ファッション写真の現在・過去・未来を考える

ファッション写真ファンは絶対の見逃せない日本巡回展が先週から銀座のシャネル・ネクサス・ホールで始まった。
「コンデナスト社のファッション写真で見る100年」では、1911~2011年までの各国版のヴォーグ誌をはじめとしたコンデナスト社のファッション誌に掲載された作品のオリジナルプリント約120点と実際のヴィンテージ・ファッション雑誌が展示されている。
同展は、2012年からC/O ベルリンで始まり、世界中を巡回してきた展覧会の東京展。企画は、FEP(Foundation for the Exhibition of Photography)、キュレーターは、スイス・エリゼ写真美術館元キュレーターのナタリー ヘルシュドルファー(Nathalie Herschdorfer)が担当。彼女がコンデナスト社のニューヨーク、パリ、ミラノ、ロンドンのアーカイブスから作品をセレクションしている。
展示されている写真家は、バロンド・メイヤー、ホルスト、エドワード・スタイケン、マン・レイ、ジョージ・ホイニンゲン・ヒューネ、アーウィン・ブルメンフェルド、ジョン・ローリングス、ウィリアム・クライン、ノーマン・パーキンソン、ヘルムート・ニュートン、ギイ・ブルダン、デビッド・ベイリー、デボラ・ターバヴィル、ピーター・リンドバーク、ブルース・ウェバー、コリーヌ・デイ、マリオ・テスティーノ、ティム・ウォーカー、マイルズ・オルドリッジ、ソルヴァ・スンツボなど。
キュレーターは写真史の専門家であることから、ファッション写真をアート写真の視点から評価。時代ごとのアイコン的な作品を中心としたセレクションではない。ファッション写真特有の時代性よりも、20世紀写真の評価軸を重視している。フォルムやデザイン性などの作品同士の連続性や関連性にも焦点を当てた展示だとも感じた。それゆえ写真家の知名度が低いが、写真的には魅力的な作品も多数展示されていた。ファッション写真の歴史を見せる展示ではなく、キュレーター視点で解釈された各時代の優れたファッション写真のセレクションとなっている。
すべての展示作が実際に雑誌で掲載されたファッション写真だ。初期のジョージ・ホイニンゲン・ヒューネやエドワード・スタイケンなどの写真は正真正銘のヴィンテージ・プリントだと思われる。ファッション写真にアート性が認められたのは80年代以降になってから。それ以前の写真でオリジナルプリントが厳密に管理されて残っているのは出版社のアーカイブのみだろう。資産価値を生むアート作品という認識がなかったので、写真家もネガは残していても、プリントは保存してない場合が多かったのだ。これだけの美術館クオリティーの貴重作品を一堂に鑑賞できるのは本当に貴重な体験だろう。
80年代のブルース・ウェバー、ハーブ・リッツ、70年代のアーサー・エルゴート、アルバート・ワトソン、パトリック・デマルシェリエ、60年代のヘルムート・ニュートンなど、有名写真家のキャリア初期の作品セレクションが多いのも本展の特徴だろう。
またダイアン・アーバスのタイプCプリント”Glamour, May 1948″も展示してあるので見逃さないでほしい。彼女はドキュメント系で知られる写真家だが、ファッションの仕事も行っていたのだ。
さて、本展では100年を以下の4つのパートでファッション写真の変遷を見せている。
パート1 1911~1939年、
パート2 1940~1959年、
パート3 1960~1979年、
パート4 1980~2011年になる。
各時代別のアートとしてのファッション写真の鑑賞方を簡単に解説しておこう。
ファッション写真の社会での役割は時代とともに変化してきた。戦前のファッション写真は階級制の中で上流階級の趣味を中産階級に紹介する機能があった。戦後は女性が社会に進出してファッションもそれに合わせて民主化される。欧米社会、特にアメリカでは、50~70年代にかけて大量生産と大量消費の経済システムが浸透して所得格差が少なくなり、中間層が生まれる。市民の努力が報われる可能性を持つ時代となり、多くの人が共有する価値観や夢が存在するようになる。ファッション写真は、そのような時代の気分や雰囲気を作品に取り込むとともに、さらに社会の理想や未来像までも反映させることが求められるようになる。ここまでが展示のパート3までだ。ところがその構図が80~90年代以降に徐々に変化してくる。情報革命が始まり、欧米諸国で経済グローバル化が広まっていく。日本では、それらの本格的な影響は2000年以降なのだが、90年代以降はバブル崩壊と金融危機で長期不況に突入する。結果的に今につながる中間層の没落と貧富の拡大がはじまる。社会で多くの人が共有する大きな物語がなくなり、価値観は多様化していった。そうなると、ファッション写真の肝である時代の気分や雰囲気は社会の各層でバラバラに存在することとなる。さらに2000年以降には携帯電話、インターネット普及などの高度情報化が進み、さらにソシアル・ネットワーキング・サービスが普及することで、ファッション自体がコミュニケーション・ツールとしての地位から没落していく。複数の要因により、かつての情報伝達手段としてのファッション写真が機能しなくなるのだ。
2012年刊の同展カタログ最終章”A New Generation”で、キュレーターのナタリー ヘルシュドルファーは、ファッションは作り物のイメージだが、リアリティーとつながっていることが必要で、読者に夢を提供しなければならなかった。しかし、いまや現実とかい離した、まるでSF映画の世界のような新しいアイデンティティーが創作されている、と指摘している。回りくどい言い方なのだが、彼女は、21世紀を迎えた最近のファッション写真はリアリティーとのつながりも、夢の提供もできなくなってきたと分析しているのだろう。これは写真家の能力の問題ではない。世界的な社会の構造変化とファッション自体の役割の変化により人々が持つリアリティーや夢が分散したことにより起きたのだ。
アートとしてのファッション写真の意味も変質するだろう。多数ではなく、個別もしくは少数の人たちの生き方や考え方が反映されたものになる。それは社会と関わるかなり絞り込まれたテーマ性が重視される現代アート作品とほとんど同じものになるだろう。ファッション写真家に求めるのは酷かもしれないが、撮影者が何を考えを持って生きているかが重要になってくる。
たぶん相変わらず、服の情報を提供するファッション写真は残るだろう。アート写真市場には、時代性を写したアートとしてのファッション写真として、多くの人が価値観を共有していた90年代前半くらいまでの作品群は残る。懐かしいという感じでその時代を生きた人とつながり、作品はコレクションされるだろう。
それ以降、特に21世紀以降になると、従来の基準のアートとしてのファッション写真はなくなり、ファッション的な要素がある、テーマ性を持つ現代アート的な写真になる。それらは、かつてのようにファッション雑誌の中ではなく、より自由な表現空間の、フォトブックや美術館やギャラリー展示から生まれるのだ。
それらが同展の最後のパートで展示されるべきなのだが、今回のような雑誌アーカイブからのセレクションでは限界があったと考えられる。上記の彼女の文章には、このあたりのキュレーターとしての苦しい心の内がにじみ溢れている。もし自由な展示ができるのならば、ファッション写真の未来像を提示したかったのだろう。しかしそれらはもはやファッション雑誌の中には存在しないかもしれないのだ。
鑑賞者は最終コーナーの作品展示を通して、ぜひ戦後のファッション写真の一時代の終わりを意識するとともに、それがどこに向かうのかにも思いを馳せてほしい。
本展はファッション写真の歴史を独自視点で見せているとともに、その最前線で起きている変化を見事に提示している。ファッション、アート、写真、経済、社会との複雑な関連性の解釈を試みた優れた展覧会だと評価したい。
◎開催情報
「Coming into Fashion A Century of Photography at Conde Nast
(コンデナスト社のファッション写真でみる100年)」
期間/2016年3月18日(金)~4月10日(日)  12:00~20:00
場所/シャネル・ネクサスホール
東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング4F
入場無料・無休
※2016年4月23日(土)~5月22日(日)、
京都市美術館別館で開催される「KYOTOGRAPHIE京都国際写真祭2016」で展示予定。

クリスティーズNY” MODERN VISIONS” オークション・レビュー
衰えない貴重作品への強い需要

2016年の年明け以降、原油価格急落、中国経済のバブル崩壊懸念、欧州景気の低迷、米国での金利上昇予想などにより世界経済先行きへの不安感が高まり金融市場が不安定になっている。日本でも、株価低迷と円高進行で日銀が追加金融緩和策としてゼロ金利を導入している。現在の市場は、原油価格の底打ち観測、日銀や欧州中央銀行の金融緩和策で落ち着きを取り戻しているものの、将来への不安は消え去っていない。
アート市場にもその影響が出始めているようだ。2月にロンドンで行われた現代アートオークションでは、大手の落札結果は極端に悪くなかったものの、昨年と比べて大きく売上高を落としていた。特に話題になったのがササビーズで落札されたパブロ・ピカソの油彩画“Tete de femme,1935”。落札価格は1885万ポンド/2714万ドル(約31億円)だった。実は本作は2013年11月のササビーズ・ニューヨークで約3990万ドルで落札されたもの。今回、委託者は単純計算で約2年あまりで手数料抜きで約1276万ドル(約14.6億円)の売却損を被ったわけだ。
ニューヨーク証券取引所のササビーズ・ホールディングの株価はすでにアート市場の減速を織り込んでいるようだ。2014年の初めにリーマンショック後の高値の50ドル台だった株価は現在20ドル台に低迷している。その他の今まで好調だった富裕層向けの高額商品市場でも、欧米大都市の高級不動産やクラシック・カーの相場も弱含んできたという報道が多く見られるようになった。
さてアート写真市場の動向を見てみよう。4月に予定されていたParis Photo L.A.の、売上低迷と過密なフェア日程によるキャンセルなど、年明けから気になるニュースが飛び込んできた。写真雑誌アパチャーの最新222号の裏表紙には同フェアの全面広告が掲載されている。本当に急な経営判断だったことが想像できる。
市場自体は早くも昨秋のオークションから明らかに勢いがなくなってきていた。低中価格帯とともに高額価格帯でも不落札率が上昇していた。(ただし全体のアート市場では、アート写真は低価格帯になる)私どもの集計では2015年のアート写真オークションは、売り上げベースで前年比約35%減、落札件数ベースで約15.7%減だった。
アート写真市場は、春にニューヨークで開催される定例オークションから本格スタートとなる。しかし今年は以前解説したように、2月17~18日にクリスティーズ・ニューヨークで”MODERN VISIONS (EXEPTIONAL PHOTOGRAPHS)”という、大注目のオークションが開催された。これらは、詐欺事件がらみで政府に押収されたフィリップ・リヴキン・コレクションのオークション。コレクションの中心は、20世紀初頭のフォトセセッション期の重要作家、エドワード・スタイケン、アルフレッド・スティーグリッツ、アルヴィン・ラングダン・コバーン、フランク・ユージン、ガートルード・ケーゼビアや、モダニスト写真の巨匠エドワード・ウェストン、ポール・ストランドなど。
また20世紀の欧州写真家、ウジェーヌ・アジェ、コンスタンティン・ブランクーシ、マン・レイ、アンリ・カルチェ=ブレッソン、フランチシェク・ドルチコル、ヤロミール・フンケ、ヨゼフ・スデク、ビル・ブラントなど。日本人では荒木経惟などが含まれる。
オークションの性格から落札予想価格はかなり抑え気味の設定で、低価格作品は最低落札価格なしだった。
落札結果は久しぶりの非常に好調なものだった。イーブニング・セールとデイ・セールにわかれて279点が入札され、252点が落札。落札率は驚異的な90.32%。トータル売り上げは、最近では珍しい落札予想価格上限合計額の約800万ドル(約9.2億円)を超え、約889万ドル(約10.2億円)を記録した。
イーブニング・セールでの出品数が多かったエドワード・ウェストンは、適正に最低落札価格が設定されていたようで、ほとんどが落札予想価格近辺で落札されていた。
しかし、その他作品では落札予想価格上限を超える作品が非常に多かった。特に5点出品されたコンスタンティン・ブランクーシは、ほとんどが落札予想価格上限の約2~7倍の高値で落札。貴重なドロシア・ラング、ポール・ストランド、アルフレッド・スティーグリッツなどのヴィンテージ作品も高額落札が相次いだ。
政府の差し押さえ作品ではあるものの、控えめな最低落札価格で、来歴はしっかりしたものばかりだったことからコレクターの関心を引きつけたのだろう。
注目作だったカタログの裏表紙掲載のギュスターヴ・ル・グレイ(Gustav Le Gray)の、港を去っているフランスの皇帝の艦隊帆船のイメージ”Bateaux quittant le port du Havre (navires de la flotte de Napoleon III)、1856-57″が最高値を付けた。
今回の落札予想価格は、30~50万ドル(@115/約3450~5750万円)と控えめだったが、96.5万ドル(約1.1億円)で落札。もともと本品は2011年6月フランス・ヴァンドームのルイラック(Rouillac)オークションでの88.8万ユーロ(1ユーロ/111円で約9856万円)で落札された作品。結果的に当初の購入価格が意識された落札結果となった。
評価が一番高かったはエドワード・スタイケンによるプラチナ・プリントの”In Memoriam, 1901″。同じ作品はメトロポリタン美術館、オルセー美術館に収蔵されているという逸品。落札予想価格は、40~60万ドル(@115/約4600~6900万円)のところ66.5万ドル(約7647万円)で落札された。
昨年秋のニューヨーク・アート写真オークションにおける大手3社の売上合計は約1000万ドル(約11.5億円)だった。それを考えると今回の約889万ドル(約10.2億円)は極めて好調な売り上げと評価できるだろう。
しかし、今回の出品作はいまや市場で極めて貴重となっているヴィンテージ・プリントが中心だった。作品来歴も非常にしっかりとしていた。よく高級車フェラーリの売上から自動車業界全体の売り上げ動向を判断してはいけないといわれる。今回のオークション結果はそれに当たるのではないだろうか。
アート写真関係者の関心は、来月にかけて開催されるニューヨーク市場の定例オークションの動向に移っている。

2015年に売れた写真集
カルチェ=ブレッソンの名作”The Decisive Moment”が1位 !

アート・フォト・サイトは、ネットでの売り上げをベースに洋書中心の写真集人気ランキングを毎年発表している。2015年の速報データが揃ったので概要を紹介する。
昨年度も、ここ数年続いている当たり外れのない歴史的名作・人気本の再版・改訂版の人気が相変わらず高かった印象が強い。ここ数年は、アベノミクスによる短期的かつ急激な円安で洋書の販売価格が上昇し、全体の売上高・販売冊数が激減していた。昨年は円安がさらに進んだものの、やや回復傾向を示した。決して楽観はできないが市場縮小にやっと歯止めがかかったのではないか。
2015年に一番売れたのは、20世紀写真の巨匠アンリ・カルチェ=ブレッソン(1908-2004)の”The Decisive Moment”だった。
 同書のオリジナル版は、1952年にEditions Verve(パリ)とSimon and Schuster(ニューヨーク)により共同で出版された”Images a la Sauvette(The Decisive Moment)”。日本では”決定的瞬間”と訳されている。収録されているのは、カルチェ=ブレッソンのキャリア初期のベスト作品。彼の写真スタイルの”決定的瞬間”をコンセプトに制作されたフォトブックだと認識されている。カバーは画家のヘンリ・マチスによる美しいコラージュで装飾、本自体の装丁も非常に高い評価を受けている。また、ロバート・フランクをはじめ、その後の多くの世代の写真家に多大な影響を与えたことでも知られている。
当時は、フランス版、英語版の合計1万冊がプリントされた。高い評価の割に当初の売り上げは良くなかったらしい。しかし、今ではコンディションのよいオリジナル版はレアブック市場で1000ドル(@115/11.5万円)以上で取引されている。本書は、このフォトブック史上の名作を、美しい本作りで知られるドイツのシュタイデル(Steidl)がオリジナルに忠実に再現した待望の再版。(英語版2015年、フランス版2014年刊) 1万円を超える高価本だが、大判、スリップケース入り、ブックレット付で、コレクターの所有欲を十分に満たしてくれる。たぶんアート写真に興味ある人はほとんどが買ったと思うので、皆が納得の1位獲得といえるだろう。将来的な値上がりを期待して購入した人も多かったのではないか。本書の人気は今年になっても衰えず、いまでも売れ続けている。
2014年まで3年連続で1位だったヴィヴィアン・マイヤー(1926-2009)の「Vivian Maier: Street Photographer」(powerHouse Books 2011年刊)。首位の座は明け渡したものの昨年も2位を獲得した。
その他は、ウィリアム・エグルストンやスティーブン・ショアーの定番本がランクイン。”Stephen Shore: Uncommon Places: The Complete Works”は、2004年版に未発表作が追加されたの2015年刊の再版。
マイク・ブロディーは2013年に、”A Period of Juvenile Prosperity”がTwin Palmsより刊行され注目された。初版は完売して、現在は2版が販売されている。”Tones of Dirt and Bone”は、待望のブロディー2作目の写真集。デビュー作より前の、2004~2006年までにポラロイド・カメラとTime-Zeroフィルムで撮影された作品が収録されている。
今回はテリー・オニールの本が2冊ランクインした。写真展開催と作家来日という特殊事情で売り上げが伸びたと思われる。彼は音楽、映画、政治、皇室、スポーツなど全分野をカバーする世界的に有名な英国人写真家だが、今まで日本では知名度が低かった。”The A-Z of Fame”は彼のキャリアを本格的に回顧する写真集。”Terry O’Neill’s Rock ‘n’ Roll Album”では、彼の得意分野のロック系名作をコレクションしている。
“Tim Walker Pictures”は、2008年刊行で、絶版だったティム・ウォーカーの人気本の改訂版。
“Wim Wenders: Written in the West,Revisited”もヴィム・ヴェンダースによる長らく絶版だった人気本の改訂版。テキサスのパリで撮影された15点を新たに収録している。
2015年ランキング速報
1.Henri Cartier-Bresson:The Decisive Moment, 2015
2.Vivian Maier: Street Photographer, 2011
3.William Eggleston’s Guide, 2002
4.Stephen Shore: American Surfaces, 2005
5.Tim Walker Pictures, 2015
6.Terry O’Neill:The A-Z of Fame, 2013
7.Mike Brodie: Tones of Dirt and Bone, 2015
8.Stephen Shore: Uncommon Places: The Complete Works, 2015
9.Wim Wenders: Written in the West, Revisited, 2015
10.Terry O’Neill’s Rock ‘n’ Roll Album, 2015
より詳しい解説は、近日中にアート・フォト・サイトで公開します。

変貌する目黒インテリア・ストリート
ライフスタイル系消費とアート写真

ブリッツはインテリア・ストリートなどと呼ばれる家具関連ショップが多い目黒通りの近くにある。同じく小売に関わる業者として街の日々の変化を常に観察している。
約15年くらいこの地にいるが、最近はショップの入れ替わりが激しくなってきた印象が強い。特に今年になって、雑誌などでよく紹介されていた複数の有名店がいつの間にか移転していた。
このところの状況を素人視線から分析してみるに、新品家具を取り扱うショップが少なくなり、中古のブランド家具専門店、一般の中古家具を扱うショップ、既製品でない手作り家具を取り扱うショップなどが増えている印象だ。取り扱われているスタイルは、アンティーク、モダン・アンティーク、ミッドセンチュリー、北欧デザイン、などとより多様化している。
視点を変えると、有名ブランドや大量生産の新品家具はアウトで、オーダー家具、手作り家具、中古家具は生き残っている印象だ。ほとんどが家具だけではなく、国内、欧州、米国のアンティーク、ヴィンテージ、骨董、古道具などの雑貨・小物、洋服類を総合的に扱うショップに変貌している。カフェも専門店は減少しているが、併設ショップは増加中だ。
私はマーケティングのコンサルタントでもないので、専門的な答えが出せるとは思えないが、このような変化の要因について自分なりに考えてみた。
まず上質な、自分好みの、選び抜かれたモノの中で暮らすという考えが浸透してきたようだ。これはライフスタイル系消費ということで、実際的には消費に疲れた富裕層が質の高い生活を求める場合と、収入が増えない中で充実した暮らしを求めるケースがある。多くの人はその中間に位置するだろう。
ライフスタイル系消費の人は特に新品にこだわらない。大量生産の既成品よりも、古くても個性的な家具や商品を求める傾向もある。これらは価格も比較的的安い。不況による若年層の厳しい懐事情も反映されているだろう。また販売業者にとっても中古品の方が利幅が大きいので取り扱いやすいだろう。
ライフスタイル系では、消費者の個別の商品の見立てと空間での取り合わせの能力が求められる。今までの日本、たぶん団塊から新人類世代くらいまでは、モノを全体でコーディネートする視点がなかった。ただ新品か、有名ブランドかで買い揃えてきたので、生活空間には複数のスタイルが混在していた。昭和のカオス的なインテリアを思い浮かべてほしい。その状況がどうも変化しているようだ。
今の若い世代は子供の頃から、自分で商品を選んで買ってきた。昔は、選択肢もなかったし親が買い与えている場合が多かった。いまは自分の好みのスタイルを意識する人が増え、それに合わせて家具や雑貨類を綿密にこだわって選んでいるのだ。
最近の目黒通り界隈のショップの変化は、このようなライフスタイル系消費の浸透が反映された結果なのではないか。彼らには、自分好みの商品を時間をかけて楽しみながら見て回れる回遊エリアになっているのだろう。
ブリッツがこの地に出店したのは、家具購入者はその延長上にアート写真を買うのではないかという発想からだった。実際、2000年代からリーマンショック前までは、同じ発想でアート作品を壁面に展示販売していたショップも存在していた。
私どもの店頭でも、都市伝説のような、自分へのご褒美でアート写真や写真集を買う若いビジネスマンや女性客が少なからず存在していた。いま思うに壁面に飾られた本物のアート作品の提案は典型的な「モノ」消費であり、ステータス消費だった。
現在は、家具ショップでの写真展示は額装した印刷物や、ポスターがほとんどだ。かつてはそれらを本物ではないと蔑視していたが、最近はどうも違うのではないかと考えるようになった。壁面に飾る写真が本物でなくても、優れた見立てと、取り合わせができると、心地よい空間創出は可能ということ。それができる人が実際に増えているようなのだ。ライフスタイル系消費が進行してくると本物というだけではアート写真は売れなくなる予感がする。もしかしたら、そんな状況は始まっているのかもしれない。実際にいまの日本では、写真はオリジナルを買うものではなく、撮影して自らが楽しみ、また家族や友人とコミュニケーションを図るものになっている。
ギャラリーの商売も、資産価値のある作品へのコレクターからの需要が中心。若手・新人は安いのでそこそこ売れるが、それ以外の中途半端な価格帯の作品の動きは非常に鈍い。
欧米では、写真は買いやすい価格帯の民主的アートだと認識されている。日本でも同じように一般の人が写真を普通に買うようになるとギャラリー関係者は考えていた。どうもその目論見は想定していた通りには進行してないようだ。

グローバル経済進展やIT革命による中間層の減少で、もはや先進国では消費ブームは期待できないという経済専門家の指摘もよく聞かれる。その大きなうねりがついに日本にも訪れつつある。ライフスタイル系消費とも本質が重なるのだが、いま人々がものをあまり買わない生活に向かっているといわれる。かつてはシンプルライフがあったが、最近は更に過激化して最小限のもので生活する断捨離やミニマリストも増加しているという。

最近のこのような消費状況は、単なるトレンドではなく、もっと大きな社会経済的な変動がその背景にあるかもしれないとも感じている。
日々複雑化するこの状況の中でアート・ギャラリーはどのように対応していくべきか、目黒通りのショップの移り変わりを横目に色々と考えている。