KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2016
古都京都で体験する写真の見立て

“KYOTOGRAPHIE”は、京都市内の15会場で写真作品を展示する今年で第4回目となる町興しのフォト・フェスティバルだ。昨今は、国内の主要観光地は海外からの人で溢れていると伝えられている。しかし日本人による国内旅行はあまり盛り上がってないとも聞く。関東出身の人なら、多くの人が修学旅行で京都を訪れた経験はあるだろう。しかし、よほどお寺回りや歴史好きの人でないと、わざわざ京都へ再度観光に訪れるきっかけはない。また関西地方在住でも京都に行く機会はあまりないという話も聞いたことがある。私も一時期、京都に近い高槻市に住んでいたことがあるが、京都はほとんど訪れなかった。
“KYOTOGRAPHIE”はカメラや写真趣味の人に「今一度、新緑の京都を訪れよう」という誘いかけなのだ。観客が展示会場を順に回ることで古都京都の魅力を再発見してもらおうという趣旨。京都にはカメラ好きには嬉しい撮影に最適の観光名所も数多い。
また本イベントでは、ギャラリーや美術館以外にもステレオタイプにとらわれない意外な場所での写真展示の試みも行われている。寺院内や古い京町屋での写真展示は、建築、インテリア、デザインが好きな人でも興味を持つことができるはずだ。

このようなフォト・フェスでは、集客力が期待できる核となる展覧会が必要不可欠となる。今回は京都市美術館別館で開催される「コンデナスト社のファッション写真でみる100年」がそれに当たる。これはフランスのラグジュアリー・ブランドであるシャネルの協賛により実現している。シャネルは毎年銀座のネクサスホールで年初に開催される美術館級の写真展を京都に巡回させることで”KYOTOGRAPHIE”を全面的にサポートしている。このイベントは、日本の古都京都とフランスの老舗シャネルという両強力ブランドによるコラボレーションでもある。その上、なんとこのフォト・フェスの中心となる展覧会は無料なのだ。文化支援とブランド構築に対する日本企業との考え方の違いを実感する。

 2013年の第1回以来の訪問になったが、今回も写真の”見立て”を意識した興味深い展示が多かった。作家のアイデアやコンセプトを提示するようなアート表現ではなく、京都という歴史伝統のある場所で、日本の伝統的な見立てを意識した写真の見せ方が提案されているのだ。展示場所が古い家屋や寺院などなどで、壁面にフック利用して行うような一般的な写真展示が不可能なことも理由だと思われる。写真家以外の、キュレーターによる写真をセレクションして、写真の展示方法つまり設えを考え、空間の取り合わせを意識した自己表現が楽しめるのだ。

古い家屋と見事にマッチングしていたのがサラ・ムーンの写真だった。ギャラリー素形/招喜庵(重森三玲旧宅主屋部)、何必館・京都現代美術館での展示は見事に空間に調和していた。ギャラリー素形では、壁面や障子の前に、屏風の骨組みだけ残したような細いつや消し黒色ポールが長方形に組まれており、それに額装されたプラチナプリント作品を吊っている。画像のように、ポール部分が全く目立たないで、写真がうす暗いスペースに浮いている感じだった。

何必館は壁面展時なのだが、額装写真が魯山人の陶芸作品と違和感なく存在していた。これらは、サラ・ムーンの写真作品が絵画的で柔らかな佇まいで、あまり強く自己主張していないから成立するのではないか。このような写真は見立てやすいのだ。日本で彼女の人気が高い理由はそのあたりにもあるだろう。
写真はいまやテーマやコンセプト重視の現代アートの一部として存在している。
展示のなかには、強く作家性が表現された作品も見られた。
ロームシアター京都で展示されていた銭海峰(チェン・ハイフェン/中国)の”The Great Train”は、展示スペースが合板のベニヤ板で新たに造作されていた。壁面はなにも加工されておらず、裏打ちされた作品が直接展示されている。壁面一部には窓のような穴が開けられており外界とつながっている。(上記画像の右側)中国で最も安く乗れる客車の緑皮車で8年間にわたり撮影されてきた写真には、一般大衆への人間性あふれる眼差しと中国の生の活力が感じられる。それらが無造作に作られた安っぽい板による展示スペースと見事に調和しているのだ。
 それと対極だったのが、両足院(建仁寺内)での、アルノ・ラファエル・ミンキネン(フィンランド)の展示だ。自然風景とともに撮影されるセルフ・ヌード作品が中心なのだが、ヴィジュアルと歴史と伝統のある禅寺空間との空気感がやや対立している印象だった。見方を変えると東洋文化と西洋文化との違いを象徴的に示した展示内容といえるだろう。もしかしたら他のとの対比を強調する意味での、主催者の確信犯での演出かもしれない。
誉田屋源兵衛 黒蔵での、クリス・ジョーダン(アメリカ)+ヨーガン・レール(ドイツ)の展示は環境問題をテーマのした作品展示だった。この蔵は普段は非公開とのことだ。
特に印象に残ったのがデザイナーのヨーガン・レールによる作品。彼は晩年を石垣島で過ごし、日課で清掃していた浜辺で拾ったゴミで照明器具を制作していた。本来は醜いゴミなのだが、それらはポストモダン的な光のオブジェとして蔵内部の天井高の曲面の空間で新たな意味を与えられていた。光輝くオブジェの照明はとてもカラフル、ポップで美しいのだ。これとともに、ミッドウェー島で行われた、ゴミによる海鳥への影響を告発したクリス・ジョーダンの写真作品がテーマつながりで展示されている。
今回の外国人作家の展示では、テーマ性が分かり難い、複雑な技法による抽象的なヴィジュアルが多かった。イメージを作る方法論が目的化しているように感じられるものも見られた。その点、誉田屋源兵衛 黒蔵での展示は作家のメッセージがストレートでわかり易かった。
写真家が参加するイベントとしては、”KG+”という約40の写真展示が市内で同期間に開催されている。趣旨は、「京都から新たな才能を国際的に発信することを目指し、世界を舞台に活躍する意欲ある参加者を公募し、約30の展覧会を選出します。国際的に活躍する写真家やアーティスト、国内外キュレーター、ギャラリストとの出会いの場と国際的な情報発信の機会を提供します」とのこと。やや無味乾燥気味な正式コメントのように感じるが、これだけ多くのイベントでの統一感演出は不可能だろう。
優れたアート表現を愛でるのが好きな人以外にも、写真を通して社会で認められたい考えている膨大なアマチュア写真家がいる。”KG+”そのような人にはとても興味深いイベントだろう。積極的に動く人には何らかの出会いがあるかもしれない。
今回は、ロームシアター京都やホテルなどの数カ所の展示しか見ることができなかった。私の訪れた先が公共スペースの一部での展示が多かったのだが、そこでは不思議と違和感なく空間の中に写真が溶け込んでいた。一種の写真によるパブリック・アートだった。公共空間での取り合わせが行われている意味では、”KYOTOGRAPHIE”が意識的に行っている展示と通底していると感じた。
“KYOTOGRAPHIE”は、アート写真の作家性の紹介とともに、作品展示自体に”見立て”の要素が感じられるところが大きな魅力だと考えている。東京で同様な試みが行われると「デザイン」として語られてしまうところが、京都の歴史的空間だと違うのだ。少なくとも私はそのように感じた。結果的に、写真を違和感なく日本家屋に展示するのは可能である事実が提示されている。しかし、それには適切な作品セレクション、額などの設え、展示方法、空間との取り合わせなどの極めて高度な見立てが必要であることも教えてくれる。さらに考えを推し進めると究極的な疑問がわいてくる。それでは写真がない元の空間と比べてどちらが居心地がよいのだろうか?これについての評価は観る側に委ねられるだろう。
また、作家性が全面に出た作品の展示は伝統的な日本家屋には難しいようだ。一方で、東京にもある多くのモダンなギャラリー空間での作品展示を見て感じたのは、テーマ性が明確に作家から語られないと、作る側の自己満足のヴィジュアル・デザイン重視のインテリア系写真作品になってしまうという厳しい現実だ。様々な会場を短期間に一気に見て回ることで、目が肥えた観客はそれらの違いを明確に感じてしまうだろう。
“KYOTOGRAPHIE”は、古都京都の様々な場所で、写真を見て、感じて、考えるきっかけを与えてくれる楽しいフォト・フェスだ。会期は5月22日まで。東京からは日帰りでも主要会場だけなら鑑賞可能、一泊すればだいたいの場所は見て回れる。ただし、月曜休みの会場も多いので注意してほしい。
(番外編)

この時期の京都では”KYOTOGRAPHIE”以外にも興味深い写真作品の展示が行われている。

○「杉本博司 趣味と芸術-味占郷(みせんきょう)」
  細見美術館
京都市美術館別館の近くの細見美術館では「杉本博司 趣味と芸術-味占郷(みせんきょう)」が6月19日まで開催されている。平安時代から江戸時代の作品を中心に、西洋伝来の作品、昭和の珍品を含む杉本コレクションで25の床飾りのしつらえを作りあげている。昨年に千葉市美術館で開催された展覧会の巡回展となる。
本展は、古美術~現代アートを好む人向けの展示だ。しかし写真好きには、杉本の代表作の「海景」シリーズから、”Yellow
Sea,Cheju,1992″も展示されている。
世界のアート・シーンの最先端を行くアーティストによる究極の”見立て”だ。
○「ロベール・ドアノー写真展」
  ライカギャラリー京都
建仁寺に行く途中にあるライカギャラリー京都では、5月15日まで「ロベール・ドアノー写真展」を開催している。
・住所:京都市東山区祇園町南側570-120
・営業時間:11時~19時
・定休日:月曜日 入場無料