コレクションの基礎(5)
エステート・プリントの資産価値

写真はネガがあれば、そこから何枚でもプリント可能である。しかし写真家が生きているときに自らの管理下で手作業で制作されたオリジナル・プリントは印刷物では表現できない優れた再現力やクオリティーを持つ。それらは単なるネガからの複製品ではなく、それぞれが写真家による一点もの作品であるとアート写真界では言われてきた。
20世紀のアート写真市場が成立する以前に制作された写真作品は、撮影時とプリント制作時の時間経過の違いにより価値が区別されてきた。珍重されるのが、いわゆるヴィンテージ・プリントと呼ばれる、撮影から約1年以内にプリントされて作品だ。
一流の美術館では、写真家の作家性が一番反映されているという理解から、ヴィンテージ・プリントににこだわって収集・展示を行ってきた。
撮影後に時間経過して制作されたものはモダンプリントと呼ばれ、市場価値はやや下がる。写真撮影時の感動の薄れ、制作意図がプリントへ反映されている度合いが低いという解釈だ。
コンテンポラリーの写真作品の場合、最初から販売を念頭に置いてプリントが制作されている。初期制作時のデータが厳密に管理されているので、ヴィンテージ・プリント、モダン・プリントによる価格差はない。
このあたりまでのことは、写真コレクションに興味を持つ人はだいたい知っているだろう。
今回は作家の死後に制作された作品の市場価値について探求してみよう。
それらはポーツマス・プリント、エステート・プリント、トラスト・プリントなどと呼ばれている。写真家が死亡しているので、もちろん作品承認の印であるサインの記載はない。しかし、その中にも将来的に価値が上昇するものと、変わらないものがあるのだ。
まず価値が上昇するものを見てみよう。それらには以下のような要件が認められる。複数項目の要件を満たしている方がより高額になっている。
  1. 作品管理が写真家の直系の親族などにより財団などを創設して行われている。
  2. 上記の親族の承認サイン。
  3. エディション番号をつけ限定数で販売。
  4. 死亡後に写真家の仕事が写真史上で再評価され、サイン入りオリジナル作品の市場評価が上昇する。
典型的な例が、エドワード・ウェストンのエステート・プリントだろう。息子のコールが制作し、サインしたコール・プリントと呼ばれる作品だ。コールは写真家の生存時に共に作品制作に関わっていたし、彼自身も写真家として評価されていた。エドワード・ウェストンのヴィンテージ作品の価値上昇やコールの死亡もあり、人気イメージはエステートプリントでも1万ドル(約110万円)を超える。
アウグスト・ザンダーは、息子と孫までがプリント制作に携わっている。孫の関わったプリントは年間に制作枚数を限定していた。ザンダー人気の高まりもあり、5000ドル~(約55万円)の相場がついている。
80年代にファッション写真で活躍したギイ・ブルダン。ファッション写真のアート性が再認識されて死後に人気が盛り上がった。息子サミュエルが限定数で作品を制作してサインして販売。さらにデジタル技術を利用して作品サイズを巨大化させ、元々がシュールなイメージに現代アート的な要素も加えて提示している。ギャラリー店頭では1万ドル(約110万円)を超える値段がついている。
デビッド・ボウイのLPジャケット「アラジン・セイン」のビジュアルで知られるブライアン・ダフィー。彼の息子クリスも同様なアプローチでエステート・プリントを制作して成功を収めている。
一方でその要件に当てはまらない作品のアート性評価は低く、オークションなどのセカンダリー市場で取引されることはない。つまり、以下のように上記の逆の要件と考えてもらいたい。
  1. 作品の管理を、写真家の作品制作意図を知らない第3者が管理している。
  2. サインなし。もしくは親族と関係のない人のサイン。
  3. オープン・エディションで販売。
  4. 死亡後に写真家の写真史上の評価が変わらない。オリジナル作品の相場に変化がない。
アンセル・アダムスのヨセミテ・スペシャル・エディションは、オープン・エディションで26種類の写真が295ドル~(約32,450円)でいまでも販売されている。20世紀を代表する人気写真家の素晴らしいクオリティーの作品なのだが、オープンエディションで今までに膨大な数が制作されたこともありセカンダリー市場で取引されることはない。
しかし、さすがにアンセル・アダムス。ヨセミテ・スペシャル・エディションの初期作品は、セカンダリーを扱うギャラリーで現在価格よりも高く値付けされている。
その他、ジャック=ヘンリー・ラルティーグは、オープン・エディションが800ユーロ~(約10万円)、エルンスト・ハースは、オープン・エディションが1500ドル~(約16.5万円)。
注意が必要なのは、同じエステートプリンの同じイメージでも、サイズ違いでエディション付き、オープン・エディションがあることだ。それらの将来の市場価値は区別して考えるべきだ。またエディション付きでも、例えばファッション写真家ホルストのエステート・プリントの最小サイズは限定250点で180ドル~(約1.98万円)となっている。3サイズ販売されていてエディション合計は550点にもなる。これらはオープンと変わらないと判断すべきだ。高品位のポスターとも解釈できるだろう。
これらの例から、親族のサインがあって、リミテッド・エディションの作品は、アート写真市場の相場が参考に値段が決められていることが分かる。それらはオークションにも出品される可能性がある資産価値を持つアート作品になる。一方で、親族のサインなしのオープン作品は写真の一般商品で、売られた後は中古品としての価値しか持たない。したがって販売価格の基準は原価計算などを考慮して行われる。基本的には売り手の事情で決まるので、販売価格はばらばらになる。
この分類に当てはまらないのが、ヴィヴィアン・マイヤーのエステート・プリントだ。これは、リミテッド・エディション15点、アーカイブスを発見した歴史家ジョン・マーロフが認証のサインを行っている。値段は数千ドルしているという。強気の価格設定ができるのは、取り扱いギャラリーがニューヨークの老舗ギャラリーのハワード・グリンバーグだからだと考えている。つまりグリンバーグ氏の「見立て」がエステート・プリントの価値を担保しているのだ。作者不詳のファウンド・フォトが専門家の「見立て」により価値が認められるのと同様の構図だ。ヴィヴィアン・マイヤーは有名になったことで、著作権に関わる色々な権利関係の問題が発生している。権利関係が最終決定した後の市場動向は非常に興味深い。
それでは、現在ブリッツで展示中の新山清のエステート・プリントはどのように評価すべきだろうか。全作が写真家の息子の新山洋一の管理下で銀塩写真で制作され、彼のサインが入る。またエディション数は11×14″で10点としている。
間違いなく上記の値上がりする要件を満たした作品となる。あとは写真家の評価が今後どうなるかだろう。若くして亡くなった新山清。もし生きていれば、植田正治と同様の評価を受けていたかもしれないという人もいる。実際にドイツ・ベルリンのキッケン・ギャラリーは、彼のヴィンテージプリントの名品をすでにかなりの点数コレクションしているのだ。実は本当の価値は彼のヴィンテージ・プリントの方にある。海外の同世代の写真家のヴィンテージと比べると、現在の約60万円程度の作品価格は非常に魅力的なのだ。将来的にヴィンテージ・プリントの相場が上がると、エステートプリントの値段も上昇することにだろう。上記エディション10のうち3までが一番安い価格帯で、それ以降は値段は上昇するステップ・アップのシステムを採用している。日本のコレクターにとっての朗報は、新山清のエステート・プリントはつい最近から販売開始されたということ。まだ市場の大きな海外では販売されていないのだ。写真集の表紙やDMで使用された代表作もまだ一番安いに価格帯で購入可能なのだ。絵柄も、抽象、スナップ、風景、シティースケープなど多様だ。モノクロの抽象作品はインテリアに飾りやすい、初めて写真を買う人には最適だと思う。その上で、絵柄によっては資産価値を持つ可能性もかなり高いと考えられるのだ。
新山清のエステート・プリントは3.5万円(税別)から。エディション4/10以降は8万円(税別)となる。