2000年代の洋書写真集ブームを振り返る
なぜコレクションは定着しなかったのか?

2000年代の日本では、洋書写真集のコレクションがミニ・ブームだった。

私どもも2004年から6年間に渡り、毎年5月の連休明けに絶版写真集や貴重本約150~200冊を販売する「レアブック・コレクション」というイベントを、渋谷パルコのロゴスギャラリー(現在は閉廊)で企画開催していた。同ギャラリーは洋書販売の洋書ロゴスの横にあるパルコ主催のイベントスペースで、新刊とレアブックの相乗効果を狙った企画だった。2週間の会期で毎年それなりの売り上げを達成していた。この期間中は洋書写真集がブームだったことは明らかだろう。

いま思い返すに、このブームのきっかけはネット普及によりアマゾンで洋書がかなり割安で購入できるようになったからだと分析している。90年代、洋書店で売られていた写真集は高額の高級品だった。よく雑誌のインテリア特集のページ内でお洒落な小物として使用されていた。私は約30年くらい洋書を買っているが、かつてのニューヨーク出張ではスーツケースの持ち手が破損するくらい膨大な数の重い写真集を持ち帰ったものだ。

アマゾンの登場は衝撃だった。とにかく重い写真集が送料込みで、ほぼ現地価格で入手可能になったのだ。最初は欧米のアマゾンでの購入だったが、2000年11月に日本語サイト”amazon.co.jp”が登場して日本の一般客も今まで高価だった洋書写真集がほぼ現地価格で購入可能になったのだ。2008年のリーマン・ショックまで続いたブームは、高価で高級品だった洋書写真集が信じられないような低価格で買えるようになったから起きたのではないか。一種のバブルだったのだ。今まで高額だったカジュアルウェアをユニクロが高機能かつ低価格で発売してブームになったのと同じような現象ではないか。時間経過とともに、洋書が安く買えるという驚きがさめ、低価格が一般化し始めたころにリーマンショックが起きたのだ。アート系商品は、心は豊かにするが、お腹を満たしてくれない不要不急の際たるものだ。それ以降は、本当にアート写真が趣味の人が興味を持つ写真家の本を購入するという従来のパターンに戻ったのだ。2010年代には、アベノミクスによる円安で輸入価格が上昇して、景気の長期低迷とともに市場規模は縮小均衡してしまった。

ブームが過ぎ去ったもう一つの理由は、写真集コレクションの本質が多くの人に理解されなかったからだろう。自分の感覚にあったビジュアルが収録されているお洒落な商品として本を買う傾向が強かったのだ。欧米では、アート写真コレクションの一分野として写真集の一分野のフォトブックが存在している。写真集とフォトブックとの違いは色々なところで解説しているので今回は触れない。さてコレクションとは高度な知的遊戯として一面を持つのだ。フォトブックはアーティストがメッセージを発信して、読者とコミュニケーションを図ろうとするもの。そのメッセージを理解するためには、読者も経験を積みアートの歴史を勉強して理解力を高めることが必要になる。ただ単に写真を見て、好き嫌いを表明することではないのだ。そしてアーティストの写真作品が評価されるのとまったく同じ構図で、フォトブックで表現されているオリジナリティーは写真史やアート史との比較、デザイン性や印刷のクオリティーなどが加味されて総合的に判断されていく。読者は、いわゆるアート写真リテラシーが高まることで、いままで見えなかったアーティストの訴えようとする時代の価値観が理解できるようになる。それを通じて自分自身をより良く理解できるようになる行為なのだ。知的好奇心を満たし、かつ自分を高めてくれる手段として取り組むことができれば、フォトブックのコレクションはライフワークとなる。
よく考えてみれば、日本では写真自体もあまりアート作品として理解されていない。デザイン感覚で評価する、アマチュアが趣味で撮影する、家族や友人間でコミュニケーションを図るツールとして認識されている。写真集の一種のフォトブックは、編集者やデザイナーが関わるので、アート作品とはより理解されにくい事情もあったのだろう。

 その中で、唯一だが多少浸透してきたと思われるのは、フォトブックの持つ資産性だろう。アート・コレクションの対象ということは、良いものを買っておけば価値も上がるということ。値段はオリジナルプリントよりも安いもののフォトブックにも当てはまるのだ。実際に2000年代に発売されたものの中で、テリ・ワイフェンバック、マイケル・デウィック、ウィリアム・エグルストンや現代アート系アーティストのフォトブックは直ぐに完売して、古書市場で相場が上昇した。フォトブック・コレクションのきっかけを作った、アンドリュー・ロス作の、歴史的写真集のガイドブック「The Book of 101 Books」(2001年刊)自体もレア・ブックになっている。しかし、現実では短期的に完売して相場が上昇するのはごく稀に起こる現象だ。一方で新刊を良いと判断して買ったものの、洋書店のバーゲンセールで同じものを発見して落胆したという話もよく聞く。本当の評価は写真家が亡くなった後になって確定してくる。短期的な相場の上下に一喜一憂するべきではない。少なくとも洋書写真集ブームを経験したことで、フォトブックは資産価値をもつ可能性があるという事実は浸透しつつあるようだ。

現状分析をしてみよう。一時のブームは過ぎ去り、洋書店の数は激減し、様々な規模のオンライン・ブックショップが販売の中心になった。継続している洋書店や独立系オンライ・ブックショップは、価格でアマゾンに勝てないことからマニアックな写真集の取り扱いが中心になってしまった。それらは経験豊富な読者向けだ、一般の人にはかなり難解だろう。一方で、アマゾンで売られる洋書フォトブックは、明らかに情報過多の状況に陥っている。情報の整理整頓が全く行われていないのだ。私どもがアート・フォト・サイトで心がけているのは、そのようなマス・スケールで売られているフォトブックの宇宙の中からのお薦めのタイトルをセレクションしてテーマ性を解説することだ。フォトブック・コレクションには、本当に幅広い分野やカテゴリーが存在する。初心者のために、興味のある分野を見つけ出すきっかけ作りを目指しているのだ。

さて今週21日から「ブリッツ・フォトブック・コレクション・2016」が始まる。上記のような分析を行いつつ何で開催するのかというツッコミもあるだろう。実は数は多くはないものの、フォトブックの真の魅力に気付いた人は確実に増加していると考えているのだ。コレクションに興味を持つ人は、フォトブック・ガイドに掲載された絶版のレアブックにも高い関心を持っている。しかし、現状ではそれらの現物を見る機会は非常に少ないといえるだろう。同展は、そのような少数の人たちへの情報提供と啓蒙活動の一環だと考えて密かに開催する。かなりマニアックな品揃えになりそうだ。夏休み中なので、今回は日曜日を営業。フォトブックが面白いと感じ始めた人は、ぜひ立ち寄って欲しい。

シンプル系とライフスタイル系
展示空間によるアート写真の違いを知る

壁面にアート、写真などを展示するギャラリー。店舗の一種類なのだが、内装の設備投資などが最も少なく開業できる業種だろう。ほとんど什器など必要なく、ホワイト系の壁面と、簡単なスポットライトさえあればすぐにオープン可能だ。
ファイン・アート系作品の展示では、ギャラリー空間はできるだけシンプルな設えが好ましい。アート・コレクターはテーマ性の見立てを行うからフレームや展示空間など作品以外の周りには過度に主張してほしくないのだ。
また私が最近提案している限界芸術や民藝の写真版のクール・ポップ写真はどうだろうか。コレクターは写真家の作品制作背景の見立てを行い、購入後のアート展示スペースを意識して、場所との取り合わせと、フレームの設えの見立てを行うことになる。こちらも想像を膨らませられるように展示空間はミニマムな方が好まれるだろう。
作品を自律した存在として取り扱う美術館はいわゆるホワイトキューブが基本だろう。しかし本音を言うと、売買を前提として作品を取り扱うアートギャラリーにおいては、作品と相性の良いフレームや壁面色が存在するのも事実だと考える。欧米では、展覧会ごとに壁面を塗り替え、フレームも特別に用意するブランド・ギャラリーも存在する。彼らはアート・フェアでも、出品作にあった壁紙をわざわざ数日間のイベントのために設える場合もある。また欧米のコレクターの中には1点の作品のためにインテリアをすべてを変えてしまう人もいると聞く。しかし、単価の低いアート写真系はそのような予算はギャラリーにもコレクターにもない。上記のような理由を述べながら無難な白色の壁面で対応してきたのが実情なのだ。
最近では、白色壁紙の空間ではなく、個性的な色や素材の壁面や家具を設え、豊富なフレームの選択肢を提案するギャラリー・スペースも散見されるようになった。会場を作ったインテリア・デザイナーの名前が誇らしく謳われていることもある。
これらは、いま流行りのライフスタイル系のショップの傾向が強いといえるだろう。欧米では、この分野の作品供給のために広告写真家が仕事の一環として綿密なマーケティングを行い商品開発を行っている。それらはデザイン重視のインテリア系アート写真作品として様々な場所で売られている。市場規模もアート市場よりもはるかに大きい。このカテゴリーでは、フレーム・デザインやショップ・インテリアも作品の一部と考えられているのだ。実際のところすべての顧客が自分で作品の見立てができるわけではない。見立てができる人はかなりのベテラン・コレクターだ。
世の中には、経験も知識もないがアート作品を求める顧客層が多数存在する。これら一般客には、専門家によりトータルかつ巧みにマーケティングされて提示される作品の方がアピールするのだ。
ギャラリーと同様に、写真家の中にもフレームや展示スペースにこだわる人がいる。作品のテーマとコンセプト等が明快に語られるのなら、作品展示方法やフレーム選択は作品の一部と解釈される。ただし作品をデザイン感覚で理解している人もいるので注意が必要だ。それらもインテリア系のアート写真作品と判断したほうが良いだろう。
同じ写真というメディアで制作され、同じ価格帯でも、実は様々なカテゴリーのものが混在しているのだ。ファインアート系写真のコレクションでは、作品購入は自己責任が基本だ。自らが情報を収集蓄積して、考えて判断を下さなければならない。ギャラリーはそれらの情報をコレクターに提供するメディア的な役割も担っている。
ライフワークとしてコレクションに取り組む人は、ヴィジュアルの表層、ショップの展示方法、セールス・トークに惑わされることなく、能動的に作品と接して、各種の見立てを行う努力を心掛けて欲しい。それが、将来的に資産価値を持つ作品をいち早く見極めて選ぶことにつながるのだ。経験を積むと今までは見えなかった作品の良さが突然見えてくる。自分のアート写真リテラシーが次第に高まっていくのだ。それこそがコレクター冥利に尽きるだろう。
シンプル系かライフスタイル系か、お店構えのなかにも作品の本質を見極めるヒントが隠れている。

マイケル・デウイック写真集は買いか?
「The End: Montauk,N.Y.」
増補 普及版がついに刊行!

今春に「The End: Montauk,N.Y.」コレクター向けのアートエディションが先行販売された。しかしこれは、アート写真コレクター向けのオリジナル・プリント付の高額なボックス・セットだった。一般のフォトブック・コレクターは手が出なかっただろう。
たいへんお待たせしました、このたびいよいよ待望の普及版が発売になり、先週から配本が開始された。昨年の秋にマイケル・デウィック本人に確認したが、普及版は発売予定がないと発言していた。しかし、その後世界中のファンから熱い発売要請があったらしい。またオリジナル版が古書市場で今でも非常に高額で取引されている状況を鑑み、多くのファンに作品を見てもらうために普及版発売を決断したようだ。
2004年刊の、帯付のオリジナル版は、いまでもレアブック市場で1000~6000ドル(約10.5万~63万円)の販売価格がついている。たぶん実売価格は500ドル(約5.25万円)~だろう。しかし、新版が出たからといってオリジナル版の価値が減じることはない。コレクションしている人はどうか安心して欲しい。ただ新刊が流通している期間は、取引数は減ると思われる。
新版の刊行数は2700部(プリント付300部で合計3000部)。オリジナル版は発売後わずか数週間で 5000 部を完売したというが、今回の販売価格は2倍に上昇している。高額本なので、完売するには多少時間がかかるだろう。しかし完売後は、新版もレアブック扱いになり長期的には相場が上昇する可能性が高いと予想している。以下にその根拠を説明しよう。
コレクターにとって一番腹立たしいのは当初販売価格で購入してた写真集が、しばらくして洋書バーゲンセールで販売されることだろう。洋書輸入業者が資金繰りの関係で放出することにより、特に大手出版社の発行部数が多い本ではこのような状況が時に発生するのだ。しかし、今回の出版元Ditch Plains Pressは写真家自身が設立に関わった会社なのだ。
出版のビジネス・モデルは薄利多売ではなく、良い本を高額でも少ロット制作して完売するというもの。そして、世界各国の販売元は作家のオリジナル・プリントを取り扱うギャラリーが担当している。日本ではブリッツが輸入販売元となる。アマゾンでの取り扱いはない。これは作家がフォトブックを作品として制作し、アート・ギャラリーが販売するということ。出版元から販売元までが、単なる写真集ではなく、アート写真作品の一形態のフォトブックだと理解して取り扱っているのだ。
写真集とみれば高額だが、アート写真の作品だと理解すれば認識も変わるのではないか。ちなみにギャラリーによる、アート作品の売れ残りによる換金売りはないのだ。たぶん、マイケル・デウィックのオリジナル・プリントの相場と、完売後の「The End: Montauk,N.Y.」新版のレアブック市場での評価はリンクしてくると思われる。ちなみに彼のオリジナルプリントはアート・オークションでの取引実績も豊富だ。初期作品のダウンサイド・リスクはあまりないと見ている。
本書は2004年のオリジナルが忠実に再現されて制作されている。出版社はHarry N. AbramsからDitch Plains Pressに変更。文字のフォント、サイズ、紙質もほとんど同じで、版元変更による出版社の表記のみが違いとなる。
 
上記のように同社は作家が設立に参加している。彼の「Mermaids」も同社から刊行されている。サーフボードを抱えた二人の女性サーファーのシルエットが同社のロゴマーク。とても素敵だ。
印刷はシンガポールからイタリアに変更。全体の写真のトーンだが、見比べるとモノクロ図版はやや濃い目になっている印象だ。作家のエッセーは「Summer、1975」に、新たに「Summer、2003」が追加されている。内容は約50ページ増えるとともに、未発表約85点が追加収録。また作家の友人のピーター・ビアードのエッセーも収録。したがってサイズは全く同じなので本の厚みは約2.8cmから3.2cmに厚くなっている。
なお本書は7月21日から開催される「ブリッツ・フォトブック・コレクション 2016」で販売される。初期ロットは近日入荷予定なので、予約も受付中。予約ご希望の方は、以下にメールにてご連絡をお願いいたします。