デジタル・プリントの最前線 ファインアート系プリントのスタンダード

ⒸWilliam Wylie

現在、”As the Crow Flies”展をテリ・ワイフェンバックとともに開催中の米国人写真家ウィリアム・ウィリー(1957-)。ヴァージニア大学アート部門の教授も務めているベテラン写真家だ。彼の展示作品”The Anatomy of Trees”(木の解剖学)”シリーズは、全作が8X10の大判カメラで撮影され、インクジェット・プリンターで制作されている。アクリル越しという理由もあるかもしれないが、銀塩写真だと思いこんでいる人もいるくらいだ。多くの人がプリントの高いクオリティーに驚いている。

作品制作は、スキャニング、プリント出力までも経験豊富な専門業者に委託しているという。(ただしデジタル・ファイルは自らが制作している)来日した本人に話を聞いてみるに、米国でのファインアート系のインクジェット作品制作の認識が日本とかなり違うことに気付かされた。
日本ではまだ写真のインクジェット出力はアマチュアのものだという認識を持つ人が多いだろう。しかし、米国では専門業者に依頼すればインクジェットでもアート用のファイン・プリントが制作できると考えられているようだ。(彼のようなモノクロ写真でも当てはまるとのこと)いまではほとんどの写真家やアーティストは専門業者に発注しており、美術館も普通にそれら作品をコレクションしているという。ちなみに彼のプリントも、ワシントンD.C.のアダムソン・エディションに依頼している。今ではインクジェット用ペーパーの方が、アナログ用よりもはるかに種類が豊富になっている状況らしい。特にこの10年でテクノロジーがハード・ソフト両面で格段に進化して、また制作ノウハウが専門家に蓄積されたという。現在では、専門業者による仕事がデジタルによるファイン・プリントのスタンダードだと認識されるようになったと断言していた。
このような状況に至ったのは、2000年代に現代アート系のアーティストがデジタル写真での表現を採用するようになったことがある。それがきっかけで、かつては個別に存在していたアート写真と現代アートの市場が急激に融合していくのだ。しかしここの部分を説明すると非常に長くなるので本稿では触れないことにする。
私は欧米でプリント技術が進歩した背景には、マーケットの存在が大きいと考えている。たとえデジタルでも、ファインプリント制作には、すべての作業過程で多大なコストがかかる。しかし、大きな規模の市場があれば作品が売れるので技術への投資が可能になる。そのような状況で、ハード面の技術進歩とともに、デジタル時代のインクジェット・プリントのノウハウがプリント業者に蓄積されてきた。
私は世界中のアート写真オークションをフォローしているが、2016年にはいままで28の写真専門オークションが開催され売り上げは約64億円だ。これでも減少傾向なのだ。これにギャラリーの店頭市場がある。市場規模はオークションの約2倍程度といわれている。大まかな計算だがだいたい192億円くらいのアート写真市場が存在しているのだ。これには現代アート系写真は含まれていない。
一方で、日本には写真専門のオークションはないし、コマ―シャル・ギャラリーも数えるほどしか存在しない。作品が売れないので高いコストを支払ってプリントを制作する人はあまりいない。写真家が民生用プリンターで作品制作する場合も見られる。業者依頼は大判のロール紙にプリントするときが中心になっている。したがって、アート系デジタル・プリントのノウハウがプリント業者に蓄積されていない。現状ではデジタル・プリントの品質にはかなりのばらつきが見られる。一部には、アナログのCプリントや銀塩プリントと比べてイメージ再現力が不自然に感じる作品も散見される。したがって、写真家やシリアスなコレクターはいまだにアナログの銀塩プリントを好む状況が強く残っているのだ。
上記のウィリー氏によると、10年前の米国でもインクジェットの品質が悪く、銀塩写真の優位性を主張する人が多かったそうだ。日本はいまだにその状況にとどまっているのではないか。写真が売れないといわれて久しい日本市場。デジタル時代を迎え、その状況はさらに混沌としてきたようだ。

今回の”As the Crow Flies”展では、テリ・ワイフェンバックがカラー、ウィリアム・ウィリーがモノクロのインクジェット作品を展示している。米国のスタンダートになっているデジタルによるファイン・プリント2種類を見比べることができる絶好の機会といえるだろう。ブリッツでの写真展は12月17日まで開催しています。

アート写真コレクション
中長期投資の可能性は?

前回、ササビーズ・ロンドンでデヴィッド・ボウイのコレクション約350点のオークション”The Bowie/Collector”が開催されたことを紹介した。ボウイの持つ優れたアートの見立て力が評価され、全作完売のホワイト・グローブ・オークションだった。オークションで最も話題になったのはジャン・ミッシェル・バスキアの2点だ。”Air Power、1984″が710万ポンド、(@135/約9.58億円)”Untitled、1984″が280万ポンド(@135/約3.78億円)で落札された。2点は1995年に購入されたもので、購入金額は前者が7.85万ポンド、後者が5.87万ポンドだったという。約21年で各90倍、47倍も価値が上昇している。
貴重な1点ものの絵画はアーティストの人気が高まると相場が急上昇する。価格が高いものほど将来の上昇率が大きいのだ。同時としては高額だったバスキア作品を購入したボウイの決断が見事だったということだろう。

アート・コレクションはコレクターの余裕資産によって購入する分野が違ってくる。高額な絵画などは富裕層が、エディション数がある版画や写真は中間層が購入してきた。

ちなみに90年代の写真作品の相場をいまと比べてみよう。
ヘルムート・ニュートンの”Private Property”というエディション75点のシリーズがある。これはフォトブックにもなっているので知っている人が多いと思う。90年代初頭の販売価格は1枚2500ドルだった。ちなみに為替レートは1991年が1ドル/約134円、1995年が1ドル/約94円。ニュートンは2004年に亡くなっているが、現在の”Private Property”の価値は絵柄の人気度によって7500~25000ドル。数が多いのに関わらず、だいたい3倍~10倍になっている。

ちなみにオープン・エディションが中心の欧州系写真家はもっと安かった。ジャンルー・シーフの14X17″作品は850ドル、ホルストの11X14″が1200ドルだった。二人ともいまは亡くなっており、相場は絵柄の人気度によってシーフが2500~12000ドル、ホルストが3500~15000ドル程度になっている。こちらもだいたい3倍~6倍だ。
まだ高いと感じる人に画集やフォトブックのコレクションはどうだろうか。ボウイのコレクション展で高額落札されたバスキアの例で思いだしたのが、1985年に刊行されたバスキアのエディション1000点のサイン本。当時渋谷パルコ・パート1の洋書ロゴスで8,000円くらいで売られていた。彼は1988年に亡くなっているが、現在の相場は3000ドルになっている。こちらはなんと30倍以上だ。
これらの例はファイン・アートとして売られている作品の中には、数十年で価値が驚くべく上昇するものがあることを示している。しかし一方で価値がゼロになるアート作品も存在するのだ。コレクション初心者は、何を基準に判断すべきか悩むだろう。もちろんアートは作品への情熱で買うのが本筋で投機目的は邪道といえる。しかし、価値上昇は自分の目利きが正しかったことが時間経過の中で証明され、結果的にコレクション価値に反映されたとも解釈できるだろう。

では何を基準にコレクションを始めればよいか簡単にアドバイスしてみよう。よく若手アーティストを支援するために彼らの作品を買うと主張する人がいる。富裕層の人はアート業界支援のためにぜひお金を使って欲しい。残念ながら、多くの若手新人の作品価値はあまり上昇しないという歴然たる事実がある。作品制作が継続できないからだ。彼らを支援する富裕層は、数多くの新人若手をコレクションして、その一部でも超有名になればよいと考えているのだ。資金的な余裕と情報収集力が必要不可欠になる。資金をより有効的に使いたい人には、新人作品だけを集中的に購入する手法はあまり推奨できない。

作品の価値はアーティストのキャリアの積み重ねによる業界での評価が関わってくる。それゆえ、ある程度のキャリアを持ち、コマーシャル・ギャラリーが作品を取り扱い、フォトブックの出版実績がある人が好ましい。ただし、まだオークション実績が低く、相場が高くない人を狙うべきだ。
彼らは新人より値段が高いものの、すでにベースの評価が確立しているので将来的に相場が上昇する確率は高いのだ。そしてアーティストが亡くなったりしてセカンダリーのオークションに出品されるようになると相場が本格的に上昇する。価格は需給で決まる。作品の供給が減ったり、途絶えても、欲しい人が多ければ作品がオークションで取引されるようになる。

また相場の上昇率は絵柄の人気度が影響する。絵柄選定で悩んだら、自分の予算内で多少高価でも写真集の表紙やフライヤー、カードへ採用された人気の高い方を選ぶべきだ。プライマリーでの多少の価値の違いは、セカンダリーでは非常に大きな差に広がっていく。ちなみに新作展の場合、だいたいすべての作品は同価格になっている。
またアーティストの年齢では、50代くらいまでのキャリア・ピーク時の代表シリーズから作品を選びたい。
写真家のプリント制作にこだわる必要もない。専門のプリンターが制作していれば価値に変わりはない。
将来の価値を予想するのは困難なのだが、上記の点に注意すれば質の高いコレクション構築の確率が高くなると考える。作品の将来性の予想には業界情報が非常に役に立つ。作品購入を通してギャラリストやディーラーと親しくなると各種の内部情報が聞こえてくる。例えば数年後の美術館展や有名な奨学金受給が決まっている人は、将来的に価値が上昇する可能性が高い。また価格上昇のきっかけになる、個別作品のエディション情報や個展の開催予定などには留意しておくべきだろう。これらの情報で、ディーラーやコレクターは相場を予想して行動しているのだ。

デヴィッド・ボウイ
“The Bowie/Collector” 評価された高い見立て力

“アートは、本当に真剣に、私が心から所有したかった唯一のものだ。それらは私に安定した栄養を与えてくれた。私はそれを利用した。私の朝の感じ方を変えてくれることができた。何を経験しているかによって、まったく同じ作品が全く違う私に変えてくれたのだ”
これはデヴィッド・ボウイのアートに対する姿勢があらわれている、としてよく引用される1998年のニューヨーク・タイムズのインタビューでの発言。下手な和訳で申し訳ありません。
11月10日、ササビーズ・ロンドンで彼の膨大な数のアート・コレクションのオークション”The Bowie/Collector”が開催された。マスコミ報道によるとロンドンで開催されたササビースのオークションで最も多くの入札希望者が登録したとのことだ。ロンドンで開催された内覧会には約5万人が参加、カタログは約2万冊が売れたそうだ。その結果は、予想をはるかに超えていた。356点の作品が全部落札されるホワイト・グローブ・オークションで、トータル売上は事前予想の約3倍の3290万ポンド (約44.41億円)だった。
オークションで最も話題になったのはジャン・ミッシェル・バスキアの2点だ。”Air  Power、1984″が710万ポンド(約9.58億円)、”Untitled、1984″が280万ポンド(約3.78置く円)で落札された。近年のバスキアの再評価の流れと、ボウイ所有という最上の来歴から高額落札が実現したのだ。

今回のオークションで、ボウイはミュージシャンであるとともに、情熱的かつ真剣なアートコレクターだったことが明らかになった。彼はアートを評価する目を持っていた多彩なアーティストとして新たに認められたのだ。今まで過小評価されていたアートに光を当てる行為は一種の自己表現だと考えられている。実際に彼はキャリアを通して絵画を描いてきた。また1990年代はアート雑誌で文章も書いている。

今回、今まであまり市場で知られたいなかった20世紀英国アートやイタリア・デザインの作品が高額で落札されている点が重要だ。その背景には彼の知名度とともに、その見立て力に対する信頼と評価がある。なんと20世紀の英国人アーティスト11人のオークション最高額落札が記録されたのだ。上記の画像はFrank Auerbachの” Head of Gerda Boehm, 1965″。約378万ポンド(約5.1億円)という、落札予想価格上限の約7.5倍で落札された。
イタリアの建築家・デザイナーのエットレ・ソットサス(Ettore Sottsass)とメンフィス・グループのデザイン関連の出品作などは、軒並み落札予想価格の何10倍で落札。ステレオ・キャビネットの”Achille and Pier Giacomo Castiglioni RADIO-PHONOGRAPH, MODEL NO. RR126″は落札予想価格上限1200ポンドの約200倍を超える25.7万ポンドで落札。また赤色のオリベッティー製で1969年デザインの”Ettore Sottsass and Perry King、Valentine”タイプライターは、落札予想価格上限500ポンドの約90倍の4.5万ポンドで落札されている。
ササビースは、特にデザイン関連の出品作に関してはボウイの見立て力を過小評価していたといえるだろう。今後、同オークションで落札されたアートやデザインの関連作品はボウイ見立て品という輝かしい来歴を持つことになるだろう。

さてデヴィッド・ボウイといえば、2017年1月8日からは、英国ヴィクトリア&アルバート美術館企画による”David Bowie is”の巡回展が、東京のテラダ倉庫GIビルディングで開催される。同展は、いままでに世界中を巡回し8会場で約150万人の来場者を動員したという。ちょうど1月8日は、彼が生きていれば70歳の誕生日、1月10日はボウイ1周忌に当たる。新年の日本はボウイ関連の話題で持ちきりになるだろう。

実は、私どもは同美術館展に作品を提供している、テリー・オニール、ブライアン・ダフィーなどを日本・アジアで取り扱うギャラリーでもある。それに合わせて、テリー・オニール(Terry O’Neill)、ブライアン・ダフィー(Brian Duffy)、鋤田正義(Masayoshi Sukita)、ジュスタン・デ・ヴィルヌーブ(Justin de Villeneuve)、マーカス・クリンコ (Markus Klinko) 、ギスバート・ハイネコート(Gijsbert Hanekroot)による、”Bowie : Faces”展を開催する。
開催場所は、代官山 蔦屋書店 2017年1月6日(金)~2月7日(火)、アクシスギャラリー・シンポジア 2月10日~11日、ブリッツ・ギャラリー 2月17日(金)~4月2日(日)を予定している。
また、ブリッツではブライアン・ダフィー(Brian Duffy / 1933-2010)の写真展「Duffy/Bowie-Five Sessions」(ダフィー・ボウイ・ファイブ・セッションズ)を2017年1月に開催する。「David Bowie is」では、メイン・ヴィジュアルにダフィーによるアラジン・セインのセッションで撮影されたボウイが目を開いたアザーカットが使用され話題になっている。これらの展示を通しては、ボウイのヴィジュアル・アートへ与えた多大な影響の軌跡を見てもらいたい。

(為替レート/1ポンド・135円で換算)

オークション・セールの最前線 キュレーション力が問われる時代

いままで各オークション業者は、アート写真を売るために多くの優れた作品を集め、写真史を意識しての作品提示に力を注いできた。これは作品のエディティングなどと呼ばれていた。取り扱いが20世紀写真だけの時代はそんなに難しいことではなく歴史の流れに沿って、ばらつきなく並べればよかった。20世紀の写真オークションはまさに写真史が反映されていた。オークションの下見会は下手な写真展よりも歴史的な名作を一堂に目にすることができたものだ。
90年代になりファッションやドキュメントがアートとして認められ、さらに21世紀になると現代アート分野の写真も登場してくる。オークションの出品作品のエディティングはどんどん複雑化してくるのだ。
2010年代になると、作品供給面でも壁にぶつかることになる。優れた作品の委託獲得が困難になるのだ。特に19世紀から20世紀初頭の名作写真は、ほとんどが美術館や有名コレクションの所蔵となり市場出品数が非常に少なくなった。
また、オークションに参加する顧客層も変化した。いままで写真を買っていたのはある程度の経験と知識を持つ中間層のマニア的コレクターが中心だった。彼らは自らの眼でアート史で過小評価されていたカテゴリーやアーティストを見つけ出していた。彼らの活動によりアート写真の価値観が多様化してきたともいえる。
それが急拡大した現代アート市場がアート写真を飲み込んでしまい、主要な客層が変化する。オークション参加者の中で経験や知識が蓄積されていない富裕層の比率が大幅に高まっていったのだ。またグローバル経済の進行により、従来の中間層コレクターの勢いがなくなっていく。
このような状況でオークションハウスには、作品の”見立て”と”提案力”が求められるようになってきた。いままで誰も気づかなかった視点で写真史や写真家を評価して新たな価値を創出し提案するということだ。アート写真オークションのセレクトショップ化ともいえるだろう。オークションの落札結果は、業者のキュレーション力の優劣により大きく左右されるようになってきた。当然それは人的能力により違いがでてくる。優秀な人材が豊富な大手が圧倒的に有利になる。
そのような状況が明確に見られたのは今秋にロンドンで行われたフィリップスとDreweatts & Bloomsburyのアート写真オークションだろう。
フィリップスは大手の中でも極めて明確にオークションのいままでの流れに新しい輪郭を作り上げようというキュレーションの意志が感じられる。複数の委託者の作品を集めるのが一般的の中で、作品のテイストが同じになる単一コレクションを積極的に導入したり、ULTIMATEという新セクションを構築し、様々なカテゴリーの作品からフィリップスのオークションでしか買えない作品を集めて毎回提示している。

オークションの格は、どれだけ過去の出品歴が少ない高額落札が期待できる有名作をメイン作品に採用できるかで決まってくる。今回、フリップスが持ってきたのはドイツのベッヒャー派の最重要人物の一人のトーマス・シュトルートの美術館シリーズから出品。90年にコレクションされてからずっと収蔵されていた逸品だ本作は、何と落札予想価格の上限の約4倍の、63.5万ポンド(約8572万円)で落札された。

またアーヴィング・ペン、リチャード・アヴェドン、ウィリアム・エグルストン、アニー・リーボビッツ、ニック・ナイトなどを持つGeorges Bermannコレクションを紹介。全体で89%という非常に高い落札率だった。特にウィリアム・エグルストンの”Untitled 1971-1974″は、落札予想価格の上限の約2倍を超える、19.7万ポンド(約2659円)で落札された。これは2012年に制作された 80.8 x 121.8 cm サイズのピグメント・プリント作品だ。リチャード・アヴェドンの”Blue Cloud Wright, slaughterhouse worker, Omaha, Nebraska, August 10, 1979″落札予想価格の上限の約2倍の、16.1万ポンド(約2173万円)で落札されている。
またフランス人コレクター所蔵の珍しい南アメリカ写真12点のオークションにも挑戦。こちらも12点中10点が落札されていた。
ULTIMATEでも、ヴォーグ誌のエクゼクティブ・ファッション・エディターを長年勤めるピュリス・ポゾニック(Phyllis
Posnick)に焦点を当てている。今秋に刊行される”Stoppers: Photographs from My Life at Vogue”とのコラボ企画が実現。”stopper”とはヴォーグ誌の伝説的なアート・ディレクターのアレクサンダー・リーバーマンがアーヴィング・ペンの写真を表現したもの。彼の写真を見た人は、その際立った魅力で急に立ち止まらされる、という意味。アービング・ペンの”Bee on Lips, 1995″をはじめ、スティーブン・クライン、パトリック・デマルシェリエ、ティム・ウォーカー、マリオ・テスティノという5名の超有名写真家のアートになり得るファッション写真をセレクションしている。今秋はファッション系はあまり元気がなかったが、今回の全作品は落札予想価格内で見事に落札された。全体の結果は最近のオークションでは異例の76.3%という高い落札率を記録した。総売上高も、予想落札価格上限合計額を超える274万ポンド(約3.69億円)だった。

一方、Dreweatts & Bloomsburyロンドンで行われた低価格帯作品中心262点の”Fine Photographs”オークションは総売上高14.1万ポンド(約1903万円)、落札率36%という対照的な結果だった。知名度の低い英国や欧州の写真家が多かったことが一番影響していると考えられる。

またこのオークションは20世紀から続く複数委託者の作品を並べるだけの従来型のもので、特に専門家によるキュレーションが積極的に行われた形跡はない。このような状況はかつては一般的で、従来は地元のシリアスなコレクターやディーラーが積極的に入札していた。やはり英国経済の先行きの不透明さからだろうか、どうも彼らはあまり積極的ではないようだ。
ただし世界的に美術館がコレクションするジュリア・マーガレット・キャメロンは、出品された4点がすべて落札予想価格を超える価格で落札されていた。また世界的に人気のあるセレブのアイコン的なポートレートも確実に落札されていた。これらはポンド安を享受している英国外からの入札ではないだろうか。
今週はパリ・フォトに合わせて、パリでクリスティーズとササビーズのオークションが、また12月かけて欧米の中小業者のオークションも開催される予定だ。2016年アート写真オークション・シーズンはいよいよ終盤を迎えつつある。
(為替 1ポンド/135円で換算)

2016年秋ニューヨーク中堅業者オークション 中低価格帯で進む市場の2極化現象

ニューヨークでは、大手3社の秋の定例アート写真セールに続いて、10月下旬にかけて、中堅業者のボンハムス(Bonhams)、ヘリテージ(Heritage Auctions)、スワン(Swann Auction  Galleries)による、中間~低価格帯中心のアート写真、ファウンド・フォト、フォトブックを取り扱うオークションが行われた。出品作品の価格帯を見ると、スワンでは一部に1万ドルを超える中間から5万ドルを超える高額作品が含まれていたが、他の2社はほとんどが1万ドルどころか5000ドル以下の低価格帯だった。
今シーズン好調だったのがスワン。珍しく落札結果のプレスリリースまで発表していた。
総売上は約182万ドル(約1.91億円)、平均落札率は70.88%だった。エドワード・カーティスの”The North American Indian”のコンプリート・セットが144万ドルの高額で落札された2012年秋以来の売上成績ではないだろうか。最高額は、ジュリア・マーガレット・キャメロンの”Portrait of Kate Keown, 1866″で、落札予想価格上限を大きく超える10.6万ドル(約1113万円)だった。その他の注目作品は、ロバート・フランク”Political Rally, Chicago, 1956″ が6万7500ドル(約703万円)、ヨゼフ・カーシュの15点のポートレートは8.75万ドル(約918万円)、マーガレット・バーク・ホワイト貴重なライフ誌掲載作品”At the Time of the Louisville Flood, Kentucky,1936″の6.5万ドル(約682万円)などだった。高価格帯の落札予想価格作品はすべて落札されている。
ヘリテージは、総売上は約69.6万ドル(約7308万円)、平均落札率は48.88%と低迷した。今回から同社は、ヴィンテージ・カメラやレンズのオークションを写真・フォトブックと同時開催している。
最高額はイアン・マクミラン(Iain Macmillan)による、ザ・ビートルズのLPアビーロードのヴァリエーション・カット6点、”The Beatles, Abbey Road (six rare alternate cover photograph outtakes), 1969″。6.25万ドル(656万円)で落札された。70年代後半にプリントされた、アンセル・アダムスの名作”Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1942″は、2万7500ドル(約288万円)だった。
ちなみにカメラ部門に出品された、アンセル・アダムス使用のアルカスイス4×5ビュー カメラ”Ansel Adams’ Arca-Swiss 4×5 View Camera Outfit used from 1964 to 1968 (Total: 2 Items)”は、落札予想価格7万~10万ドルだったが不落札だった。
ボンハムスの売り上げも不振。総売上は約29.8万ドル(約3129万円)、平均落札率43.33%だった。最高額はアンセル・アダムスの名作”Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1942″。1963~1973年にプリントされた作品で4万7500ドル(約498万円)だった。1万ドルを超える作品や、ジャンルー・シーフ以外の、ホルスト、ウィリアム・クラインなどのファッション系作品が不落札が目立った。

3社の合計を今春結果と比べると、出品数はほぼ同じで総売上合計は約282万ドル(約2.96億円)と約3.5%の伸びだった。中身はスワンの売り上げが大きく増えて、他の2社が大きく減少している構図だ。しかし平均落札率は61.9%から56.88%に低下。中高価格帯が中心の大手の秋のオークションの平均落札率が約65.16%なので、低価格帯作品市場の不振が反映された結果だったいえるだろう。しかし、適正な最低落札価格がついたアンセル・アダムスなどの巨匠の有名作は確実に落札されている。今回のオークションで不落札だった20世紀写真、ファッション系、現代アート系の作品相場は今後さらに調整されるだろう。

有名写真家でも不人気作の落札率はかなり低くなっており、人気度が普通の作品は落札されても90年代の相場レベルになっている。買うなら高くても人気写真家の人気作を、それ以外はいらない、という傾向が強いようだ。写真家とイメージの、人気・不人気による相場の2極化がいまだに進行中なのだ。しかし、写真家のブランドや有名作にこだわらなければ、かなり魅力的な価格の作品が数多くみられるようになってきた。個人的には買い場探しの時期が近づきつつあると考えている。
需給的には、相場の見通しがあまり良くないことから中価格帯以上の貴重で人気作品の出品が手控えられている中で、換金目的の低価格帯の出品が増えていると考えられる。まさにアート界全体の状況と市場環境の構図は変わらないわけだ。
アート写真市場の関心は11月に行われる大手3業者によるロンドン・パリで開催されるオークションに移っている。英国は為替が急激にポンド安になっており英国外のコレクターには魅力的な状況だ。しかし、10月20日にDreweatts & Bloomsburyロンドンで行われた低価格帯作品中心の”Fine Photographs”オークションは落札率36%とかなり厳しい結果だった。
今秋のロンドンでのオークションはフリップス・ロンドンだけになるが、中高価格帯作品の動向が注目される。
(為替レート 1ドル/105円で換算)