テリ・ワイフェンバック
2冊の展覧会カタログ

IZU PHOTO MUSEUM で開催中のテリ・ワイフェンバックの「The May Sun」展。待望の展覧会カタログが完成して今週になって手元に届いた。展示は4月9日からスタートしたのだが、美術館はアーティストの来日を待って色校正やデザイン確認を行った。印刷所で本人立ち合いで色味の調整を行っているので、かなりアーティストの意図に近い完成度の高い仕上がりになっていると判断できる。
“The May Sun” Izu Photo Museum, 2017

同展の中心展示は「The May Sun」、「The Politics of Flowers」となる。カタログのカバーは、この主要2シリーズを表現するための苦心の跡が見られる。ウグイス色の布張りの装丁と、銀色のタイトル名とアーティスト名の印字で「The May Sun」を表現しつつも「The Politics of Flowers」からのモノクロの押し花のイメージを貼り付けている。図版は前半で伊豆の自然の八百万の神を表現したカラー作品24点、映像作品「Gotemba approach to Mt.Fuji」からシークエンス作を含む8点、そして「The Politics of Flowers」約60点を収録。

やや専門的になるが、カラー作品とモノクロ作品が混在すると、それぞれの色味のトーンをアーティストの意志通りに揃えるのが非常に難しくなる。本書では、なんとカラーとモノクロの印刷別に用紙を変えてこの難問を解決している。
前者は彼女の代表的フォトブックを参考にしつつ、オリジナルの質感再現を目指して採用したそうだ。後者のマット系用紙は、実際の展示作品に近いものをわざわざ探して選んだという。オリジナルに近い印刷を目指すとは、凄いこだわりだと思う。もちろん制作コストもかさむわけで、美術館のアーティストへの多大なリスペクトと配慮を感じる。
全体のデザインはナズラエリ・プレス(Nazraeli Press)から刊行されたワイフェンバックの過去のフォトブックが強く意識されている。今までに刊行された彼女のフォトブック・デザインは非常にシンプルで、個別作品タイトル・リストが記載されていない場合もある。本カタログもそれらが踏襲されている。日本では、デザイナーが自己主張しすぎて写真を素材としか見ていないように感じられる場合が多い。写真家の側もデザイナーに頼りすぎて、実際に丸投げしたりする。本カタログは写真が中心となり、それが生かされた好感が持てる仕上がりだと思う。
「The May Sun」展には、伊豆で撮影された作品展示とともに、過去に制作した「The Politics of Flowers」を組み合わせることで、いままでの一連の作品を新しい視点から見せたいという意向がある。(詳細は以前に紹介したレビューを参照してほしい。)それゆえ、同展カタログは、単に展示作を収録したのではなく、アーティストの自己表現であるフォトブックだと判断すべきだろう。
同展のテーマやアイデア、またコンセプトがアーティストから語られていないと感じる人もいるかもしれない。しかし、欧米ではアーティスト・ステーツメントが求められるのは学生や新人アーティストなのだ。ワイフェンバックのような20年以上のキャリアを持つアーティストは、評論家、編集者、キュレーター、ギャラリストなどのまわりの専門家が展覧会の視点や歴史的な意味を語ってくれるのだ。本カタログにも、サラ・ケンネル(ピーボディ・エセックス博物館)、山田 裕理(IZU PHOTO MUSEUM )の文章が掲載されている。またアート系だけでない多様なメディアによる展覧会レビューも重要になる。日本における、写真展の情報提供と感想が語られるだけの展覧会紹介とはかなり違うのだ。
実際に、彼女の過去の多くのフォトブックにもアーティストのメッセージや解説などが記載されていない。欧米のアート界では、作品制作するアーティスト、展示するギャラリーや美術館、評価・解説を行う評論家、文筆家、編集者の分業が成り立っている。やや気になるのが、どれだけ多くの欧米のアート界の人たちが彼女の伊豆での展覧会を見に来て語ってくれるかという点だ。それには美術館の国際的な広報活動の成果が問われることになるだろう。
IZU PHOTO MUSEUMによると、「The May Sun」展覧会カタログの発行数は1000部で、販売価格は3780円(税込)。洋書で同様のフォトブックは倍以上で売られている。たぶん会期終了までには完売して近々にコレクターズ・アイテムになると思う。

ブリッツでも「Certain Days」全展示作品と展示フォトブックを掲載した小ぶりのカタログを制作している。表紙は「In Your Dreams」からの作品。いままでの彼女の出版物では表紙の写真は独立して扱われてきた。今回はあえて写真上にタイトルとアーティスト名を重ねたデザインを提案してみた。ワイフェンバック本人は、とても綺麗なカタログだと文句ひとつなく了解してくれた。

“Certain Days” Blitz Int’l,2017

こだわったのが、フォトブックのパートだ。コレクターの資料になることを意識して、彼女の代表的なフォトブック情報をマニアックに紹介している。
写真集は、アーティストの自己表現として認識されているフォトブック、第3者がアーティストの作品を編集したモノグラフやアンソロジー、展覧会の資料的価値の強いカタログに分けられる。ただし優れたキュレーター、評論家が編集したものはフォトブックに含まれることもある。今回は私どもがフォトブックと判断したものを選んで紹介している。こちらは通常版の限定350部が1400円(税込)、サイン付リミテッド・エディション50部4,320円(税込)で販売中。

「The May Sun」カタログはブリッツの店頭でも販売予定。「Certain Days」カタログもIZU PHOTO MUSEUMでも販売している。2冊揃えることで、テリ・ワイフェンバックの約20年のキャリアを俯瞰できるだろう。
なお、デジタルカメラで撮影された最新作は「As the Crow Flies」展カタログ(限定400部、2160円(税込))で見ることができる。こちらも2カ所の会場で購入可能だ。
『The May Sun』
NOHARA、2017年刊 /日英バイリンガル/
寄稿:サラ・ケンネル
ハードカヴァー:120ページ、サイズ 約305x232mm、
多数の図版を収録
3780円(税込)
『Certain Days』
Blitz International、2017年刊
パーパーバック:38ページ、サイズ 約210x148mm、
多数の図版を収録
通常版限定350部:1400円(税込)、サイン付リミテッド・エディション50部 4320円(税込)