いまやブームは去ったが、かつては男性誌、ライフスタイル系雑誌では現代アート特集が盛んに行われていた。その少し前は、東京でも国際的フォトフェアが開催されていたこともあり、写真がアートになるような特集も見られた。仕事柄、それらの特集にはだいたい目を通す。しかし、現代アートがどのような表現なのか、的確に語られていた特集はほとんどなかったと記憶している。それらは、一時期に話題になったキュレーションサイトの雑誌版のような印象が強かった。雑誌作りの経験豊富なエディターや専門家が、アート関連情報を幅広く収集して、巧みに編集して作られたものだった。つまり、コンテンツ全体への目配りがされていないのだ。たとえば海外の専門家の解説やコメントが掲載されている。それらは様々なアートの前提を理解している人向けに語られている場合が多い。それが和訳され掲載されても、知識を持たない人には内容が理解できないのだ。現代アートはテーマやアイデア・コンセプトが重視され、その理解には経験や知識が必要となる。一般大衆向けの単純なわかりやすさが求められる雑誌とは相性が良くないのだ。アート特集として成立するのは、見てきれいな印象派絵画や、とっつきやすいポップアートくらいまでではないだろうか。
本書“Who’s Afraid of Contemporary Art?”は、このようなわかり難い現代アートの入門書。著者はグッゲンハイム美術館ニューヨークのアシスタント・キュレーターのキョン・アン(Kyung An)と、Carroll/Fletcherギャラリー・ロンドンの展覧会マネージャーのジェシカ・セラシ(Jessica Cerasi)。現代アートとは何か、どのような表現が現代アートになるのか、誰のためにあるのか、何で高額なのかなどのアートの部外者が持つ素朴な疑問に対して非常にわかりやすくかつ丁寧に解説している。
私は夏休み用の本として買い求めた。この手のアート本は難解な場合が多いのだが、非常にわかりやすく書かれていたので約3週間で読破できた。また英語の文体もとてもシンプルで、難しい単語も少ない、ほとんど辞書を引かなくても理解できた。
私が興味を持った箇所をいくつか紹介してみよう。
本書では、何がアートなのかという基本的な疑問に対しても丁寧に解説している。アート作品はアーティストによる提案だとし。作品の各部分の総体での提示というよりも、アートとして何かを見る一種の誘いである。何かを新しい見方と違うパラメータ―で把握するもの。アーティストは作品がアート表現だと信じ、その意図が見る側に作品(それが何であっても)から何らかの意味を引きだすことを強いる、としている。アートの認識は時代の価値とリアリティーとともに変化する。世代によっても無価値だと思われていたものに突然価値が見出される例もあると指摘。重要なのは”それはアートなのか?”という問いかけではなく、”それが優れた作品なのか”だと説明している。
アーティストのブランド化、つまり市場価値構築にアート界の誰が影響力を行使しているのか、どのように注目されるようになるのかを説明した章も興味深い。ここでは、サーペンタイン・ギャラリー・ロンドンのハンス・ウルリッヒ・オブリスト(Hans Ulrich Obrist)などのスーパー・キュレーター、メジャー・コレクター、アート批評に関わる評論家・歴史史家・ブロガーなど、主要な美術賞とそれを決める人たちなどが挙げられている。
一般にはあまり知られていない、アート・ギャラリーや美術館の多様な仕事や社会的役割についても書かれている。
現代アート表現の広がりを示すために、パフォーマンス・アート、インスタレーションアート、パブリック・アート、ストリート・アートなどにも触れている。
個別のアーティストが評価されている理由などにも踏み込んでおり、コンセプチュアル・アートのピエロ・コンゾーニ、パフォーマンス・アーティストのマリーナ・アブラモヴィッチ、タニア・ブルゲラ、ミニマムアートのカール・アンドレ、パブリック・アートのクリスト、バンスキー、シカゴ「ドーチェスター・プロジェクト」のシアスター・ゲイツなどが紹介されている。世の中には本当に自由な発想をもつ数多くのアーティストがいるのだ。写真の世界の人は、とてつもなく刺激的で新鮮に感じると思う。
一般にはあまり知られていない、アート・ギャラリーや美術館の多様な仕事や社会的役割についても書かれている。
現代アート表現の広がりを示すために、パフォーマンス・アート、インスタレーションアート、パブリック・アート、ストリート・アートなどにも触れている。
個別のアーティストが評価されている理由などにも踏み込んでおり、コンセプチュアル・アートのピエロ・コンゾーニ、パフォーマンス・アーティストのマリーナ・アブラモヴィッチ、タニア・ブルゲラ、ミニマムアートのカール・アンドレ、パブリック・アートのクリスト、バンスキー、シカゴ「ドーチェスター・プロジェクト」のシアスター・ゲイツなどが紹介されている。世の中には本当に自由な発想をもつ数多くのアーティストがいるのだ。写真の世界の人は、とてつもなく刺激的で新鮮に感じると思う。
多くの人が直面するのは、一見では何が表現されているか理解できない現代アート作品をどのように個人的に扱うかだろう。ここの解説が個人的には最も興味深かった。
まず、世の中には膨大な種類と数の作品が存在していて、いま見ているのはその僅かな一部にしか過ぎない事実に思いを馳せろと提案。現代アートは、挑発、挑戦、意外性に関するものなので第一印象は良くないことが多い。また、すべてが新しい表現なので、時間的にまだ何が良くて悪いかの基準ができていない場合がある。新しい表現に関しては絶対的なルールがあるわけではなく、何が良いかを私たちが考えなければならないとしている。現代アートの価値基準は表現と同様に現在進行形で構築されているわけだ。
ただし、一般的なコンセンサスはある。それは良いアートは、アートの歴史に新しい展開をもたらす、いままでと全く違う感情を呼び起こす、最初の出会いの後にも強く印象に残るなどだ。そして、現代アートがわからなくてもあなたが愚かだということではなく、逆に理解できないアートが馬鹿げたものだという意味でもないと主張している。
続いて語られる、現代アートの理解力を高めるアドバイスは意外なほど目新しさはない。好きな作品やアーティストからその背景を掘り下げ、情報収集に励むこと。アートに対して関係者に質問したり、友人たちと語り合うことを提案している。
本書は、英国の大手Thames & Hudsonにより出版されている。最前線のキュレータによる現代アートのわかりやすい解説書なので、たぶん日本語版が出るのではないだろうか。もしかしたら翻訳が進行中かもしれない。ただし現代アートは英語で語られるのが主流なのでアーティスト、キュレーター、ギャラリストを目指す人は原文で読むことを薦めたい。
“Who’s Afraid of Contemporary Art?”
Kyung An/Jessica Cerasi
ハードカバー: 136ページ
出版社: Thames & Hudson (2017/3/21)
言語: 英語 発売日: 2017/3/21
商品パッケージの寸法: 15.2 x 2 x 20.6 cm