ファッション写真を愛する人へ
新分野のフォトブック・ガイド (連載-1)いよいよ連載開始!

いままでになかった、ファッション系フォトブックのガイドブック。これから個人的に不定期の連載形式でまとめていきたい。最初の数回は、フォトブックやアートとしてのファッション写真の前提条件の確認を行っていく予定だ。たぶん完成までにはすごく長い道のりになると思われる。興味ある人はどうかお付き合いください。
(1)はじめに
まず最初に、フォトブックがどのような経緯でアート写真コレクションの一部になったかを見てみよう。アート系ファッション写真のフォトブックはその延長線上に登場することになる。21世紀になって、写真集のカテゴリーの一つであるフォトブックのガイドブックが相次いで発売された。念のために確認しておくが、フォトブックは写真家が本のフォーマットを利用して自己表現しているものを指す。世の中に氾濫している、写真を本形式にまとめたものとは別物になる。
いままでに、
“The Book of 101books”(Andrew Roth、 2001年刊)、
“The Open Book”(Hasselblad Center、2004年刊)、
“The Photobook : A History Volume 1 & 2 & 3”(Martin Parr &Gerry Badger、2004、2005、2014年刊)
が相次いで発売され、2009年には金子隆一氏による日本のフォトブックのガイドブック“Japanese Photobooks of the 1960s &’70s”が発売。私自身も“アート写真ベストセレクション101 2001-2014″(玄光社、2014年刊)を出版させてもらっている。

当時のアート市場の状況にも触れておこう。経済は2000年初めのITバブル崩壊から立ち直り、2008年ごろま景気拡大が続いていた。好況を背景にアート・ブームが起き、アート写真相場も同時に上昇していた。そのような環境下で、過去の出版物の系統だった情報と評価を提供するガイドブックの登場が、フォトブック・コレクションを後押しした。比較的割安だったフォトブックが、最後に残された未開拓のアート・コレクション分野としてにわかに注目されたのだ。

いままであまり知られていなかった60年代~70年代の日本のフォトブックも欧米に紹介され、ミニブームが到来した。浮世絵の伝統を持つ日本では、オリジナルプリントではなくフォトブックが写真の自己表現で、日本人写真家のヴィンテージ・プリントに該当するのが初版フォトブックだと解釈されるようになる。神田神保町の写真集専門店には海外からの引き合いが増大。ガイドブック掲載の日本人写真家の古書相場は急騰した。
いままで、この分野はスワン・オークション・ギャラリーズなどの中堅オークション業者が写真作品の一部として取り扱っていた。ブーム到来で大手オークション・ハウスもフォトブックに注目した。クリスティーズ・ロンドンは2006年に“Rare Photobooks”の単独カテゴリーのオークションを開催。ついに2008年4月には、クリスティーズ・ニューヨークで200冊のフォトブックの“Fine Photobook”セールが行われ、260万ドル(@102.685/約2.67億円)の売り上げを達成している。残念ながら、その後の2008年9月に起きたリーマン・ショックの影響で市場は急速に縮小。単独カテゴリーでのセールは2010年5月のクリスティーズ・ロンドンを最後に行われていない。現在では、レア・フォトブックは低価格帯アート写真を取り扱う、中小業者が取り扱っている。
Christie’s London 2006″Rare Photobooks”
Christie’s NY 2008 “Fine  Photobook”

2017年には、スワンが春に“Images and Objects: Photographs and Photobooks”、秋に“Art & Storytelling: Photographs & Photobooks”を開催している。大ブームは終焉したが、レア・フォトブックの地位はアート写真の一部のカテゴリーとして確立されたといえるだろう。

次回は、フォトブックガイドの分類と、アート系ファッション写真の評価基準を解説していきたい。

2017年秋のNYアート写真シーズン到来!最新オークション・レビュー
(パート2)

今秋の大手3社による定例オークションは、複数委託者セールとともに、珠玉の名品を含む単独コレクションのセールが多く開催された。
フィリップスでの今春に続く“The Odyssey of Collecting”229点のセール、クリスティーズでは“Visionaries: Photographs from the Emily and Jerry Spiegel Collection”の40点と、“Important Photographs from the Collection of Donald and Alice Lappe”67点が開催された。また同社の“Photographs”では、ニューヨーク近代美術館(MoMA)コレクションからのセールが含まれる。同時にMoMAコレクションのオンライン・オークション“MoMA HC Bresson”35点、“MoMA Pictorialism to Modernism”58点も行われた。
2017年春は合計5つのオークションが開催された。出品数は741点、落札率は約73.8%、総売り上げは約1801万ドル(約19.8億円)だった。
今秋はオンラインを含めると合計8つのオークションが行われ、出品数は今春から約18%増加して874点、落札率は約69.8%、総売り上げは約6.1%増加して約1912万ドル(約21.4億円)だった。これは好調な企業決算やトランプ政権の税制改正や規制緩和期待から、ダウ工業株平均株価が史上最高値付近の2.2万ドル台で取引されているという好調な経済環境が影響しているといえるだろう。また最高の来歴のMoMAコレクションの売却や、多数の質の高いヴィンテージ作品を含む上記のような単独コレクションのオークション開催も大きく貢献している。
ちなみに3つの単独コレクションのセールは、平均落札率が約80.9%、売り上げは全体の52%を占めている。
オークションの総売り上げは、リーマン・ショック後の2009年に大きく落ち込み、2013年春から2014年春にかけてやっとプラス傾向に転じた。しかし2014年秋以降は再び弱含んでの推移が続き、ついに2015年秋にはリーマンショック後の2009年春以来の低いレベルまで落ち込んだ。2016年はすべての価格帯で低迷状態が続いていた。2017年は春から市場が回復傾向を示し、年間実績はちょうど総売上高が急減する前の2015年春のレベルを上回ってきた。過去5年の売上平均値を春・秋ともに上回った。売り上げサイクルは、2016年秋を直近の底に回復傾向にあると判断できるだろう。
ただし、クリスティーズで開催された2つのMoMA作品のオンライン・オークションの結果にはやや気になる点があった。5万ドルを超える高額予想のアンリ・カルチェ=ブレッソン、エドワード・スタイケン、クレランス・ホワイトなどの作品が軒並み不落札だったのだ。これはオンライン・オークションが高額作品には向いていないのか、それとも、20世紀を代表する写真家の最高の来歴の作品が過大評価されていたかのどちらかだと思われる。現時点で判断を下すのは難しいところだろう。
MoMA作品オンライン・オークションでは来年にかけて合計約400点が7つのオークションで売りだされる。今後の動向を注視していきたい。
今シーズンの高額落札を見ておこう。
1位はクリスティーズの“Important Photographs from the Collection of Donald and Alice Lappe”のエドワード・ウェストンによる“Betty in her Attic, 1920”。落札予想価格60万~90万ドルの範囲内の約73.2万ドル(約8198万円)で落札。
2位はクリスティーズの複数委託者オークションのピーター・ベアードの“Orphaned Cheetah Cubs, Mweiga, near Nyeri, Kenya, March 1968”。落札予想価格30万~50万ドルの上限を超える約67.25万ドル(約7532万円)で落札されている。
3位はクリスティーズの“Visionaries: Photographs from the Emily and Jerry Spiegel Collection”のポール・ストランドの“Rebecca, New York, 1923”。落札予想価格50万~70万ドルのほぼ下限の約49.25万ドル(約5516万円)で落札。
4位もクリスティーズ“Important Photographs from the Collection of Donald and Alice Lappe”のエドワード・ウェストンによる“Dunes, Oceano, 1936”。落札予想価格25万~35万ドルの上限越えの約43.25万ドル(約4844万円)で落札された。
ランク外だが、杉本博司の海景作品“North Atlantic Ocean, Cape Breton Island, 1996”は、予想外の高額で落札された。これはエディション25の銀塩作品、落札予想価格上限3.5万ドルの4倍近い15万ドル(約1680万円)だった。
大手3者の実績を比較してみよう。
落札上位の結果からわかるように、今秋はクリスティーズがMoMAなどの単独コレクションセールで市場をリードした。売上トップは2014年秋以来ずっとフィリップスだった。今シーズンはクリスティーズが2013年春以来に久しぶりに奪い返した。一方でササビーズは、売り上げ、落札率ともに元気がなかった。
11月には、アート写真オークションの舞台は欧州に移る。
クリスティーズはパリで“Stripped Bare: Photographs from the Collection of Thomas Koerfer”と“Photographies”。ササビーズもパリで“Importante Collection Europeenne de Photographies”と“Photographies”。フィリップスはロンドンで“Photographs”を開催する。
なおヘリテージ、10月19日のスワンなど、フォトブックを含む中低価格帯のオークション結果は後日にお伝えする予定だ。
(1ドル/112円で換算)

2017年秋のNYアート写真シーズン到来!最新オークション・レビュー
(パート1)

今秋の定例オークションは、前半の10月第1週の2日から5日にかけてボンハムス(Bonhams)、フリップス(Phillips)、ササビーズ(Sotheby’s)が、後半の10月第2週からは、10日にクリスティーズ(Christie’s)、11日にヘリテージ(Heritage Auctions)、19日にスワンで(Swann Auction Galleries)で開催される。今回は前半のレビューをお届けしよう。
 前半の注目はフリップスで開催される“The Odyssey of Collecting”セール。これは春にも開催された、米国の金融家・慈善家のハワード・スタイン (1926-2011)の膨大な写真コレクションがベースの非営利団体Joy of Giving Something Foundationからのセール。いままで2回行われて今回が最終回となる。
19~20世紀の貴重なヴィンテージ・プリントから、20世紀写真、コンテンポラリー作品まで、幅広いジャンルの作品229点(春は228点)が出品された。今回は春と比べて中低価格帯の出品が中心。春の落札予想額合計の上限は約795万ドルだが、今回は470万ドルになっている。落札率は約83.4%で春とほぼ同じ、総売り上げは前回の638万ドルから363万ドル(約4.06億円)に減少しているが、事前予想の範囲内だった。やはり来歴がよいことはブランド価値を高めることになるようだ。
最高額を付けたのは、アルフレッド・スティーグリッツが編集した“Camera Work: A Photographic Quarterly”の雑誌セット。1903年~1917年に刊行された1号のみが欠落した2号から50号までのほぼ完璧なセット。落札予想価格10万~15万ドルの範囲内の約13.1万ドル(約1470万円)で落札されている。
ラースロー・モホリ=ナジの“Self-Portrait, 1925”は、落札予想価格上限の約2倍の11.25万円(約1260万円)で落札されている。
興味深い出品には、いまDIC川村記念美術館で展覧会が開催されているフェリーチェ・ベアトの写真アルバム“Japan, 1863-1866”があった。43点の鶏卵紙プリントが収録されている。こちらは、落札価格上限の3万ドル(約336万円)で落札されている。
複数委託者のオークションには、134点が出品された。こちらの落札率は67%にとどまった。
最高額はマン・レイの1点もの銀塩写真の“Rayograph, 1922”で、予想落札価格内の30万ドル(約3360万円)だった。
続くのはウィリアム・エグルストンの“Untitled, 1971-1974”。これは96.5 x 147 cmサイズ、エディション2の、ガゴシアン・ギャラリーで売られたピグメント・プリントになる。彼の作品は、いまや写真ではなく現代アートのカテゴリーと考えられている。落札予想価格7万~9万ドルを超える13.75万ドル(約1540万円)で落札されている。
現代アート系のクリスチャン・マークレー(Christian Marclay)によりサイアノタイプ技法で制作された“Untitled (Luciano Pavarotti, Halo and Four Mix Tapes II), 2008”は、カタログのカヴァー作品。なんと作家のオークション落札最高額の10.25万ドル(約1148万円)で落札された。
おなじく、セバスチャン・サルガドの179.1 x 245.1 cmの巨大作品“Southern Right Whale, Navigating in the GolfoNuevo, Valdes Peninsula, Argentina, 2005”も作家のオークション落札最高額の10万ドル(約1120万円)で落札されている。
フィリップスの総売り上げは約640.4百万ドル(約7.12億円)で、落札率は約77%だった。売り上げは、昨秋よりはよいものの、春の899万ドルよりは約29%減少している。落札率はほぼ春並みだった。

ササビーズは、10月5日に200点の“Photographs”オークションを開催。落札率は54%、総売上高は約290.1万ドル(約3.24億円)だった。売り上げはほぼ昨秋と同じだが春より約15%減少、落札率も昨秋66%、今春68%から低下した。
最初の53点が19世紀の貴重なダゲレオタイプ写真の単独コレクションのセールとなる“IMPORTANT DAGUERREOTYPES FROM THE STANLEY B. BURNS, MD, COLLECTION”。こちらの落札率は37.7%。多くの作者不詳作品が不落札だった。歴史的、骨董品価値の市場評価の難しさを感じさせられた。

複数委託者の147点の落札率は60.5%だった。最高額は19世紀中期のフィリップ・ハース作品“JOHN QUINCY ADAMS、1843”。被写体のジョン・クィンジー・アダムズ(John Quincy Adams)はアメリカ合衆国第6代の大統領だ。こちらは、 落札予想価格20万~25万ドルの上限を超える約36万ドル(約4032万円)で落札されている。
現代写真の最高値はロバート・フランクの“CHARLESTON, S. C.’,1955”歴史的フォトブック“The Americans”に掲載されている、黒人女性が白人の赤ん坊を抱いているイメージ。1969年にフィラデルフィア美術館で展示されたという来歴を持つ作品。こちらはほぼ落札予想価格下限の34.85万ドル(約3903万円)で落札されている。
しかし、フランク作品でも、代表作“New Orleans、1955 (Trolley)”は、落札予想価格20万~30万ドルだったが不落札だった。
高額落札3位は、エドワード・ウェストンの“NUDE ON SAND,1936”。落札予想価格20万~30万ドルの上限を超える約32.45万ドル(約3634万円)で落札された。
ロバート・メイプルソープの貴重な初期のコラージュ、ジュエリー、紙作品も7点が出品されるが、わずか1点のみが落札。これら有名アーティストの関連作品の市場性評価が極めて難しいことが印象付けられた。
ボンハムス(Bonhams)は2日に中低価格帯作品が中心108点の“Fine Photographs”を開催。こちらはすべての価格帯が低迷して落札率は約30.5%、落札額約72.9万ドル(約8164万円)だった。
最高額は、アーヴィング・ペンのフォトブック“Passage”のカヴァー作品の“Ginko Leaves (New York), 1990”で、落札予想価格内の19.95万ドル(約2234万円)で落札された。

全体的に中低価格帯で、人気、不人気作品の2極化が進んでいる印象だ。貴重な19世紀写真でも骨董品的価値しかないものへの市場の関心は低調だ。20世紀写真の有名写真家でも、絵柄によってはコレクターが関心を示さないという厳しい状況も見られた。ここ数年続いている傾向がより明確になってきた印象だ。一方で人気写真家の有名作品でも、強気の最低落札価格を設定している出品作は苦戦していた。2極化が進む中でも、人気作の高値はそろそろピークを迎えつつあるようだ。

さて10月第2週に開催されるクリスティーズは大忙しのスケジュールになっている。複数委託者によるオークションとともに、2つの単独コレクションからのオークションを開催する。また、同時にMoMAコレクションのオンライン・オークションも開催される。中低価格帯中心のヘリテージ、スワンのオークション結果とともにパート2でお伝えしよう。
(1ドル/112円で換算)

写真展レビュー : 東京都写真美術館
長島有里枝 “そして ひとつまみの皮肉と、愛を少々。”

本展は、長島有里枝(1973-)の公共美術館での初の展覧会。初期作のセルフ・ポートレートから新作までを一堂に展示する、キャリア中期の回顧展になっている。
彼女は学生時代から約24年間にわたり写真を撮影し続けているが、本展に至るまでに、いくつかの幸運に恵まれている。まず90年代のヘアヌード・ブームに乗ってキャリア初期に注目されたことだろう。当時、アート表現ならへアヌードも当局に容認されるという解釈が巻き起こった。出版業界はヌード写真バブル状態になった。どのようなスタイルでも、ヌードを撮影する写真家は一夜にしてアーティストになったのだ。それにはセルフヌードを撮影する写真キャリアの浅い若い女性も含まれた。この辺のきっかけは荒木経惟が登場してきたのと同じ構図だ。ちなみに長島は荒木に評価されて、1993年に“アーバナート#2”展でパルコ賞を受賞している。
また90年代中頃に起きた、若手女性の写真を評価する“ガーリー・フォト”のブームに乗ることもでき、2001年に木村伊兵衛賞を受賞している。この女の子写真ブームに対する的確な評価と解説は、同展カタログの掲載のエッセーで編集者のレスリー・マーチン氏が行っている。興味ある人は一読を奨めたい。
キャリア初期に評価されたことや、社会的ブームに後押しされた幸運を多くの人は羨むかもしれない。しかし人生はその後も続いていく。認められたワンパターンの撮影スタイルに陥り、そこから永遠に抜け出せない場合や、初期作を超えられなくて消えていく人も数多くいる。特に日本では若い女性が目新し方法論を駆使して表現しただけで面白がられる傾向がある。しかし、若い表現者は次々あらわれ、また誰しも年齢を重ねていく。
長島の素晴らしさは、キャリア初期に評価された後も、約24年間にわたり、留学、結婚、出産、離婚などのライフイベントを乗り越えて活動を継続してきたことに尽きるだろう。資料によると、最近は活動の幅を広げてエッセー執筆や、共同作業で縫い合わされたテントやタープのインスタレーション作品も発表している。写真展では異色の、巨大なインスタレーションは同展会場で鑑賞することができる。
最初に注目されても、まったく評価されなくても、作家活動を何10年も継続するのは普通の人には絶対にできない。それが可能だったのは、本人にカメラや写真を通じて社会とコミュニケーションを行うという強いモーチベーションがあったからだ。作家活動を継続した末に、本人の持つ社会と関わりを持つ語られないテーマ性に専門家が気付くようになるのだ。長島の場合、一般的に認識されている作品のテーマ性は、本展キュレーターの伊藤貴弘氏が指摘するように“社会における「家族」や「女性」のあり方への違和感”となるだろう。
同氏は、本展のカタログでは、英国の女性小説家のヴァージニア・ウルフ(1882-1941)の評論『自分だけの部屋』から「女性が小説を書こうとするなら、お金と自分だけの部屋を持たなければならない」を引用。見事に長島作品と歴史との関係性も見立てている。
またカメラがデジタル化して、誰にでも簡単に写真が撮れるようになった。いまセルフィー(自撮り)といい、自分自身の写真を撮影する人たちが数多く存在する。写真の専門家は、カメラはアナログだったものの、長島はその元祖的な存在だと評価している。
今回、初めて彼女の話を聞く機会をえた。美大出身で挑発的なセルフ・ヌードなどを撮影しているので、かなり個性的で自我が強い人かと先入観を持っていた。しかし意外にも、ナチュラルで虚勢を張ることない、全く嫌みのない人に感じられた。自分のプライベートなことも抵抗感なく晒すことができるのだが、そこには見る側に同情を求めるような嫌らしさは微塵もないのだ。無理して格好をつけて、自分が消化していない現代アート的なコンセプトを語ることもない。初期作品での、女性肉体のヴィジュアルが男性に消費されることやその背景の社会構造への違和感を淡々と語っていた。ここらへんがキュレーターや編集者などが、上記のようなテーマ性の提示だと指摘したいところだろう。しかしこれは意識的というよりも、自然と湧き上がってきた感覚的なものではないだろうか。
ビジュアルの良し悪しにこだわることなく、彼女は自然体で被写体に向かいあって撮影しており、人に褒められる良い作品を制作しようなどといった邪念が少ないのだと思う。キャリア初期に写真家として認められた後も偉ぶり虚勢を張ることもないスタンスに変化がないのだ。
想像するに、初期作で全員が躊躇なくヌードになるような家族環境が彼女のような社会のしがらみをあまり気にしない存在を育んだのだろう。写真には撮影者の人格が投影されるといわれるが、このような取り組み姿勢があるからこそ、彼女の写真に多くの人が引きつけられのではないか。

長島はまだ40歳代中盤、美術館での回顧展を開催するには異例の若さだ。キャリア初期での成功が大きく影響しているものの、邪念を持たずに長い期間に渡って表現を継続すると、第3者が作家性を見立ててくれる好例といえるだろう。
本展開催は都写真美術館にとっても英断だったと思うが、写真文化の振興を標榜するという同館の方向性と見事に合致していると思う。エゴとお金にまみれた現代アートやマーケットとは一線を画す、独自の写真文化萌芽の可能性を感じた。本展は写真を撮る若い人に、写真家のキャリア展開のひとつの道筋を示しているのではないだろうか。

長島有里枝
そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。