2017年に売れた写真集
“All about Saul Leiter “が1位 !

アート・フォト・サイトは、ほぼ毎週ごとにおすすめのフォトブックを紹介している。毎年、それを通してのネット売り上げをベースに、ギャラリー店頭での動向を参考にして、独自のフォトブック人気ランキングを発表している。
最近は大手通販サイト経由ではなく、独自のネットワークやフォトブック専門店のみで販売する出版社、ギャラリー、美術館、写真家も多くなっている。また発行部数が少ない人気写真家の限定フォトブックなどは、市場に出回る前に完売する場合もある。
いまや複雑化したフォトブック流通を完ぺきに網羅する人気ランキングの集計は非常に困難といえるだろう。それぞれの専門店、オンライン・ブックショップごとのランキングが存在する状況だと考えている。

こちらの洋書ベスト10″も、できる限りの客観性を心掛けているが、あくまでもコレクションのための参考資料だと捉えてほしい。さて、2017年の速報データが揃ったので概要を紹介しよう。

All about Saul Leiter 青幻舎 2017年

1位は、“All about Saul Leiter ソール・ライターのすべてだった。これは20174月に東京のBunkamura ザ・ミュージアムで開催され、約8万人という記録的な来場者を動員したというニューヨークが生んだ伝説 写真家ソール・ライター展に際して刊行された展覧会カタログ。ソール・ライター財団全面協力により制作された、完全日本オリジナル作品集。
初期のストリートフォト、広告写真、プライベートヌード、ぺインティングなど約200点とともに、アトリエ写真、愛用品などの資料も収録。彼の、人生観、情緒的表現、浮世絵の影響を感じされる構図、色彩などを探求している。サイズはコンパクトだが、豊富な図版や情報が詰まっているわりに2,500円(税別)と非常に魅力的な価格設定だった。

2016年の1位は、荒木経惟の復活した名作フォトブック「センチメンタルな旅」だった。これで2年続けて洋書と比べて価格が為替で変化しない和書のフォトブックが1位を獲得した。

また5位には、これも20174月に三島のIZU PHOTO MUSEUMで開催されたテリ・ワイフェンバックの“The May Sun”展のカタログが入った。同書は、ハードカヴァーの高品位印刷による限定の大判豪華本。それにも関わらず3,500円(税別)という非常に良心的な値段設定だったことが印象的だった。すぐに完売したので、発行部数が多かったら売り上げも伸びたと思われる。

洋書は、ここ数年の急激な円安で販売価格が上昇し、売上高・販売冊数の減少傾向が続いていた。2016年は英国のEU離脱や米国大統領選挙の不透明さから為替が円高方向に戻って、ドル・円の為替で108.7929円となった。しかし、2017年の平均は112.1661円と再びドル高に戻り、洋書価格が上昇傾向になった。従って、売上高・販売冊数ともに2016年よりも減少している。

1年前の1月と比べると、売れ筋のスティーブン・ショアーの“Stephen Shore: Uncommon Places: The Complete Works”5,042円から6,631円へ、“Morandi’s Objects, Joel Meyerowitz”4,227円から5,805円、“Sarah Moon: Now And Then”4,136円から5,957円へと、かなり値上がりしている。(価格は日々変動している)人気の高いヴィヴィアン・マイヤーの定番フォトブック“Street Photographer”2011年の刊行当時は3,500円だったがいまは4,685円だ。
為替の影響以外にも、洋書の販売価格はドル高時、そして版元の在庫冊数が減少すると割引率が悪くなる傾向があるの点を付け加えておこう。販売業者が、為替差損を回避したいという心理が働くからだ。
また2017年に刊行された注目フォトブックは、当初の販売価格がかなり強気の設定だったと感じた。“Stephen Shore: Selected Works 1973-1981”9,500円、Stephen Shoreのニューヨーク近代美術館での回顧展カタログが8,900円、アーヴィング。ペンのメトロポリタン美術館のカタログが8,200円、リチャード・アヴェドンの“Nothing Personal”8,400円、ウィリアム・エグルストンの“Election Eve”10,100円、リー・フリードランダーの“The American Monument” 18,000円と、かなり高価なのだ。アート写真の表現の一部と考えると安いのだが、コレクターではないと気軽に何冊も購入とはいかないだろう。
しかし、その中でマイケル・デウイックの“The End: Montauk”と、リー・フリードランダーの“The American Monument” (ランク外)は高価な割に売れていた。この2冊はともに伝説のフォトブックの再版。初版は、古書市場で高価なことを知っているコレクターが入手したのであろう。

2017年を振り返るに、高価でもアート写真コレクションとして価値があるものと、ソール・ライターやテリ・ワイフェンバックのように低価格で高品質の、お値打ち感の高い展覧会カタログが売れる傾向が顕著だったといえるだろう。中途半端な、写真家のブランド、価格、内容、装丁のフォトブックはかなり売れにくい状況になっている。
フォトブックは、アート写真分野で低価格帯に分類される。その主要な購入者は中間層だと言われている。もしかしたら、最近よく言われる、中間層の収入の伸び悩みと、貧富の差の拡大がフォトブック市場にも影響を与えているのかもしれない。

 2017年フォトブック人気ランキング

  1. All about Saul Leiter ソール・ライター(和書)、青幻舎 2017
  2. Stephen Shore – Uncommon Places: The Complete Works スティーブン・ショア、Aperture 2014
  3. Wolfgang Tillmans: Concorde ウォルフガング・ティルマンズ、Walther Konig 2017
  4. Vivian Maier: Street Photographer, 2011 ヴィヴィアン・マイヤ、powerHouse Books 2011
  5. Terri Weifenbach The May Sun テリ・ワイフェンバック(和書)、IZU PHOTO MUSEUM 2017
  6. Ryan McGinley: The Kids Were Alright ライアン・マッギンレイ、Skira Rizzoli 2017
  7. Avedon’s France: Old World, New Look リチャード・アヴェドン、Harry N. Abrams 2017
  8. The End: Montauk, N.Y., Michael Dweck マイケル・デウィック、Ditch Plains Press 2016
  9. Holiday Purienne Holiday ヘンリック・プリエンヌ、Prestel 2017
  10. Hiroshi Sugimoto: Gates of Paradise 杉本博司、Skira Rizzoli 2017

 

フランク ホーヴァット写真展
シャネル・ネクサス・ホール:パリ発 新時代のファッション写真誕生

フランク ホーヴァット(1928-)は、主に50年代から80年代にかけて取り組んだファッション写真で知られるフランス在住の写真家。70年にも及ぶキャリアで、フォトジャーナリズム、ポートレート、風景など幅広い分野の作品に取り組んでいる。

For “STERN”, shoes and Eiffel Tower, 1974, Paris, France ⓒ Frank Horvat

本展は、初期のルポルタージュから、ファッション、1976年制作の“The Tree”2000年代のラ・ヴェロニクシリーズまでの約58点でキャリアをコンパクトに紹介している。展示の中心となるファッション写真には、1951年にフィレンツェで撮影された最初の作品から、欧州時代のジャルダン・デ・モード、米国時代のハーパース・バザー、英国時代のヴォーグ 英国版などに掲載された代表作が含まれている。彼の写真展は、198812月に青山ベルコモンズで開催された「フランク・ホーヴァット写真展 – Mode, Paris, 60’s-」以来ではないだろうか。しかし、同展はタイトルの通り、60年代のファッション写真の展示だった。彼の幅広い分野の写真を紹介する回顧展は今回が日本初となる。

ホーヴァットのキャリアを振り返っておこう。
彼は、オパティア(現クロアチア領)生まれ。父はハンガリー人、母はオーストリア人で、ともに医師だった。20歳の時に、ミラノのブレラ画塾でデッサンを学ぶ。しかしその後は写真分野で頭角を現し、イタリアの新聞などの仕事を行うようになる。1951年にパリを最初を訪れ、アンリ・カルチェ=ブレッソンやロバート・キャパらに出会っている。1952年からは約2年間の予定でインドを訪問し、それらのフォト・ジャーナリスト的写真は “Paris Match” ” LIFE”などに掲載。本展でもインドでの作品が数点展示されている。1955年ニューヨーク近代美術館で開催された「ファミリー・オブ・マン」展にも参加した。

1956年に、パリに移住。その後、当時の欧州でもっとも革新的なファッション雑誌ジャルダン・デ・モードと契約する。1957年、雑誌カメラが彼の作品“Paris Au Teleobjectif”シリーズを掲載。それを見たジャルダン・デ・モードのアート・ディレクターだったジャック・ムータンから、レポルタージュの精神でファッション写真を撮るようにアドバイスを受ける。当時のホーヴァットはファッション写真の経験はなく、またスタジオも持っていなかった。彼はムータンのアドバイスを参考にして、自らが自然にふるまえて、リラックスできる環境の野外にモデルを連れ出して撮影を行う。また迅速に動けて、ルポルタージュでの撮影に近いカジュアルな撮影アプローチを取り入れるために、ファッション写真を35mmライカで撮影した。それは、今までにない革新的なファッション写真への取り組み方法だった。
ちなみに、カルチェ=ブレッソンはこのドキュメント的なファッション写真に批判的だったという。

“Please Don’t Smile”(Hatje Cantz)

ホーヴァットは、またモデルである女性へのリスペクトにも心を砕いた。2015年に刊行された写真集のタイトル“Please Don’t Smile”(Hatje Cantz)象徴しているように、男性目線を意識した笑顔の女性像ではなく、自立した女性像の表現を意識したのだろう。また彼は当時は当たり前だった、モデルの過度のメイク・アップを好まなかった。このアプローチは、60年代英国のスウィンギング・ロンドンのイメージ・メーカーだった、ブライアン・ダフィー、デビット・ベイリー、テレス・ドノヴァンを思い起こす人は多いのではないか。彼らはそれまで主流だったスタジオでのポートレート撮影を拒否し、ドキュメンタリー的なファッション写真で業界の基準を大きく変えた革新者だった。いまでは当たり前のストリート・ファッション・フォトの先駆者たちだったといわれている。
ちょうどファッションは注文服のオートクチュールから既製服のプレタポルテへの移り変わっていた。ロンドン同様にパリの若者層でも新しい時代を反映したヴィジュアルへの渇望があったのだ。ホーヴァットの、モデルのパーソナリティーを重視した、人形ではない生身のリアリティーを持つ女性像はまさに時代の流れに合致していたのだ。

当時のファッション写真家のあこがれは、戦後の経済発展を謳歌していた米国でハーパース・バザー誌の仕事を行うことだった。ちょうどジェット航空機が就航して大都市間の移動が容易になった時期と重なり、ファッション写真は一気の国際化する。
1961年、ホーヴァットもニューヨークへ行き、新たなキャリア展開を模索する。当時は、彼以外にも、ジャンルー・シーフ、デビッド・ベイリーなどもキャリア・アップを目指して渡米している。ホーヴァットとシーフはニューヨークのスタジオを半年にわたり共同利用した時期もあったという。米国の編集者は欧州のテイストを誌面に持ち込むことを好んだ。彼は、当時のハーパース・バザー誌のアート・ディレクターだったマーヴィン・イスラエルに気に入られ、1962年~1965年にかけて同誌の仕事を行っている。

この時代、多くの写真家は経験を積むに従い、ファッション分野でいくら表現の限界に挑戦しても完全なる自由裁量が与えられない事実に気づくことになる。ファッション写真の先に自由なアート表現の可能性はないと失望して、ギイ・ブルダンやブライアン・ダフィーのように燃え尽きる人も多かった。ホーヴァットも創作に退屈してしまい、自らが刺激を感じなくなる。写真も次第にマンネリ化して、ワンパターンの繰り返しに陥ってしまう。
写真史家マーティン・ハリソンは、戦後ファッション写真の歴史を記した著書の「Appearances」で、ホーヴァットのファッション写真の最盛期は1957年から1964年としている。しかし彼は燃え尽きることなく新たな方向性を模索し、て再び創作意欲を取り戻し1979年に写真集“The Tree”を発表している。

Walnut tree,1976, Dordogne, France (c) Frank Horvat

90年代になって、優れたファッション写真は、単に服の情報を伝えるだけのメディアではないと理解されるようになりそのアート性が市場でも認識されるようになる。ホーヴァットが自らのファッション写真の延長線上にアート表現の可能性が描けなかったのは非常に残念だ。

本展の見どころは、5060年代の代表的なファッション写真とともに、あまり知られていなかったキャリア初期のパリのストリートなどで撮影されたドキュメント的なスナップだろう。
1956年のナイトクラブでの写真は、当時のパリの猥雑な雰囲気を感じさせる作品が数多く含まれている。また、展覧会フライヤーでメイン・ヴィジュアルとして採用されている、パリの路上でキスしているカップルを真上から撮影した写真“Quai du Louvre, couple, 1955, Paris”などは、戦後の自由な新しい時代の気分の芽生えが伝わってくる。これらは、いまでは時代性をとらえた広義のファッション写真となる。それらの作品をみた、当時のアートディレクターや編集者が彼にファッションを撮らせてみよう、と考えたのは容易に察しがつく。

Quai du Louvre, couple, 1955, Paris, France ⓒ Frank Horvat

展覧会ディレクターのダルガルカーによる作品セレクションは、優れた時代感覚を持つ写真家によるドキュメント的写真が、時代性をとらえたファッション写真だと認識されるようになる過程を見事に提示していると評価したい。パリでストリート発の新時代のファッション写真が誕生した背景が垣間見える。
また限られた空間展示数の中で、ファッション以外の作品を巧みに組み合わせて展示していた。ホーヴァットの持つ、幅広い創作ヴィジョンを見る側に提示しようという意図が強く感じられた。アート写真やファッションに興味ある人には必見の写真展だろう。

なお本展は例年通りに、20184月にKYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭のプログラムとして京都に巡回予定とのこと。

・フランク ホーヴァット写真展 Un moment d’une femme

会期:2018117() – 218() 無休
時間:12:00 – 20:00 / 入場無料
会場:シャネル・ネクサス・ホール
住所:東京都中央区銀座3-5-3シャネル銀座ビルディング4

http://chanelnexushall.jp/program/2018/un-moment-dune-femme/

2017年アート写真高額落札
現代アート系を貴重なマン・レイ作品が撃破

Christie’s Paris “STRIPPED BARE” Auction Catalogue (Cover image Man Ray)

ここ数年、写真オークション高額落札のリストは、現代アート系作品で占められていた。20世紀写真が100万ドルの大台を超えることはめったになかった。しかし、2017年はマン・レイの極めて貴重な2作品が全体でも1位と3位に食い込んだ。2017年の最高額落札は、クリスティーズ・パリで11月9日に開催された“Stripped Bare: Photographs from the Collection of Thomas Koerfer”に出品されたマン・レイのヴィンテージ作品“Noire et Blanche, 1926”の、2,688,750ユーロ(約3.63億円)。

Phillips London, Andreas Gursky “Los Angeles, 1998-1999”

ちなみに2位はアンドレアス・グルスキー。フィリップス・ロンドンで10月に開催された“20th Century & Contemporary Art”に出品された“Los Angeles, 1998-1999″の、1,689,000ポンド(約2.53億円)だった。

2017年の100万ドル越え作品は9点だった。2016年は5点、2015年は8点だったことからも、昨年後半から、高額セクター主導で相場が回復傾向を示してきたのがわかる。

総合順位
1.マン・レイ : 約3.62億円
2.アンドレアス・グルスキー : 約2.53億円
3.マン・レイ : 約2.38億円
4.リチャード・プリンス : 約1.99億円
5.ギルバート&ジョージ :約1.72億円

私どもは現代アート系と20世紀写真中心のアート写真とは区別して分析している。現代アート系では、高額売り上げ上位にお馴染みの顔ぶれが並んでいる。

現代アート系 高額落札
1.アンドレアス・グルスキー
2.リチャード・プリンス
3.ギルバート&ジョージ
4.ゲルハルト・リヒター
5.ギルバート&ジョージ

Phillips London,”20th Century & Contemporary Art” 2017 June, Wolfgang Tillmans “Freischwimmer #84, 2004”

上位20位まで見ていくと、常連のアンドレアス・グルスキー、リチャード・プリンス、ギルバート&ジョージ、シンディー・シャーマン、ゲルハルド・リヒターの中で、ウォルフガング・ティルマンズの作品が8点も含まれていた。これはグルスキー5作品を上回る結果。ティルマンスの回顧展“WOLFGANG TILLMANS:2017”が英国ロンドンのテート・モダンで開催されたことで、特に巨大抽象作品は急騰したのだ。美術史的にも、非常に高い評価を受けており、マン・レイやジョージ・ケペッシュの実験的創作の流れを踏襲し、抽象絵画のカラーフィールド・ペインティングとのつながりが指摘されている。

フィリップス・ロンドンで、6月29日に開催された“20th Century & Contemporary Art”では、“Freischwimmer #84,2004”が、落札予想価格上限の約2倍の60.5万ポンド(約9075万円)で落札。ちなみに、同作は2012年10月フリップス・ロンドンでわずか3.9万ポンドで落札されている。4年間で約15倍に高騰したのだ。ちなみに同作は高額落札ランキング全体の13位だった。

20世紀アート写真 高額落札
1.マン・レイ
2.マン・レイ
3.エドワード・ウェストン
4.ロバート・メイプルソープ
5.エドワード・ウェストン

20世紀アート写真では、マン・レイの2作に続いたのはクリスティーズ・ニューヨークで4月に開催された“Portrait of a Collector: The John M. Bransten Collection of Photographs”に出品されたエドワード・ウェストンの“Nude, 1925”で、87.15万ドル(約9586万円)だった。ウェストンのヴィンテージ作品は4位にも入っている。貴重作品への根強い需要が再認識された。

現代アート市場では、一部の人気作家の有名作品に人気が集中する傾向があると前回に紹介した。参考のために、大きな意味があるかは定かではないが、今回の写真部門でも上位30位の全体売り上げに対する比率を単純計算してみた。20世紀写真部門は0.6%の落札数が約18.8%、現代アート系部門では4.5%の落札数が約41%だった。この数字からは現代アート系写真は、20世紀写真と比べて一部の高額な人気作家に人気が集中している傾向が大まかだが読み取れる。両カテゴリーを総合したアート写真部門では総落札数の僅か0.9%の上位50位までの高額落札の合計が、全体の売り上げの約28%を占めていた。高額な現代アート系が写真市場を席巻しているのが明らかだ。
アート写真市場の中には、多様な価値観を持つ中間層中心のコレクターが支える20世紀写真と、一部の人気作家の代表作に関心が集中している富裕層中心の現代アート系写真が併存している。今までは、経済グローバル化の流れとともに、現代アート系写真の勢いが加速度的に増してきた。いまや金額ベースでは両者はほぼ互角になっている。「グローバリゼーション・ファティーグ(グローバル化の疲れ)」が語られる中で、アート写真界でも今までの傾向に変化が訪れるのか。2018年はこの点を注視しながら市場動向を見守りたい。

(1ドル/110円~112円、1ポンド/150円、1ユーロ/135円で換算)

2017年アート写真市場を振り返る
相場回復の中、現代アートとの
融合が進む

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

今世界が歴史的な転換点に直面していると、マスコミや識者が盛んに指摘している。英国のEU離脱とトランプ大統領登場に象徴されるように、経済のグローバル化の変調がそれを推進してきた英国と米国から起きているということだ。グローバル化の終わりが始まり、国民国家や地域が志向されるようになったという言い方も見られる。トマ・ピケティが「21世紀の資本」で指摘しているように、欧米で70年代以降に貧富の格差が拡大したのが原因との見方が多い。

 

さてアート業界に目を向けると、2017年にはまだ変化が訪れるような際立った兆しは見られなかった。それどころか、市場の1極集中が進行した印象だった。まずアーティスト人気の集中化が進んだ。artnetニュースの分析によると、2017年前半の戦後/現代アートオークションでは25人の有名アーティストがオークション売り上げの約50%を占めたという。1位バスキア、2位ウォーホール、3位リヒテンシュタインとのこと。まさに一部の勝者が市場シェアを席巻したといえよう。

ギャラリーのプライマリー市場では、欧米の大手ブランド・ディーラーが市場が拡大しているアジアに拠点を新設する動きを見せる中、中堅クラスのギャラリーの閉鎖が各地で数多く見られた。
アート界も資本主義の一部として成立している。ギャラリーやディーラーは、経済グローバル化の影響を受け、コストのかかる世界的なアートフェアへの参加、家賃の高い世界的大都市でのギャラリー運営などを強いられてきた。しかしここにきて一部の富裕層を世界中で奪い合うという、コストのかかるアートビジネスは限界にきている印象だ。それに生き残り可能なのは、豊富な資金力を持つ大手ディーラーのみ。視点を変えれば、貧富の格差拡大により、富裕層相手の大手が繁栄して、中間層相手の中小ギャラリーが苦戦している構図ともいえるだろう。
中堅ギャラリーがビジネスを見直すのは、フランスの学者エマニュエル・トッドがいう”グローバリゼーション・ファティーグ(グローバル化の疲れ)”のアート版の動きともいえるだろう。もしかしたら、中期的には地元の幅広い中間層相手の民主的なアート・ビジネス回帰が始まったのかもしれない。もちろんそれにはやせ細った中間層の復興が前提となる。

 

2017年アート写真オークション実績の内容を見てみよう。念のためにに、ここでカバーずるカテゴリーを確認しておく。
現在は、写真表現は現代アート分野まで広がっている。また、高額な19~20世紀写真が現代アートのカテゴリーに出品される場合もある。しかし、統計数字の継続性を重視して、ここでは従来の“Photographs”分野のオークションの数字を集計している。
2017年の出品数は7248点。前年比約0.85%微減、一方で落札数は4884点で落札率は61.7%から67.3%へ改善した。
地域別では、北米は出品数が約6.3%増、落札率は64.8%から71.7%に改善。欧州は出品数が約21.6%増、落札率はほぼ横ばいの60.7%から61.1%。 英国は出品数が約53%減少、落札率は55.6%から60.2%に上昇した。
総売り上げの比較は、通貨がドル、ポンド、ユーロにまたがり、為替レートが変動するので単純比較は難しい。私どもは円換算して比較している。
それによると総売り上げは約78.9億円で、前年比約17%増加した。内訳は米国が約18%増加、欧州が約70%増加、英国が約27%減だった。主要市場での高額落札の上位20位の落札総額を比べると、2016年比で約9.3%減少している。
これは、高額セクターの19~20世紀の写真作品が現代アートのカテゴリーに出品される傾向が強まったことによると判断したい。
ちなみに2017年アート写真部門の最高額落札はクリスティーズ・パリで11月9日に開催された“Stripped Bare: Photographs from the Collection of Thomas Koerfer”に出品された極めて貴重なマン・レイのヴィンテージ作品“Noire et Blanche, 1926”の、2,688,750ユーロ(約3.63億円)だった。 現代アートを含む写真の高額落札の分析は機会を改めて行いたい。
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Christie’s Paris, Man Ray “Noire et Blanche, 1926”
以上の数字から、米国市場が好調な経済環境の影響により良好だった一方、欧州では市場の中心がEUを離脱する英国から大陸にシフトしている構図が浮かび上がってくる。好調な欧州経済と減速気味の英国経済もその流れをサポートしていると思われる。
オークションの総売り上げの推移を中期的におさらいしておこう。まずリーマンショック後の2009年に大きく落ち込み、2013年春から2014年春にかけてやっとプラス傾向に転じた。
しかし2014年秋以降は再び弱含んでの推移が続き、ついに2015年秋にはリーマンショック後の2009年春以来の低いレベルまで落ち込んだ。
2016年はすべての価格帯で低迷状態が傾向が続いていたものの、2017年は春から市場が回復傾向を示し、年間総売上高では急減前の2015年春のレベルを上回ってきた。過去5年の売上平均値を春と秋ともに上回ってきた。売り上げサイクルは2016年秋を直近の底に2017年に回復したと判断できるだろう。

戦後・現代アート市場と同様に、写真市場も一部の人気作家の人気作品への需要集中傾向が見られた。これは、従来中心だった中間層のアート写真コレクターではなく、現代アート分野の富裕層コレクターが主導したと思われる。現代アート分野で、だれでも知っている人気作品を購入するのには多額な資金が必要だ。
しかし、エディションがあるアート写真ならいまでも写真史上の名だたる写真家の代表作品を現代アート系と比べるとはるかに手ごろな価格で購入可能なのだ。
もちろん、それは従来のアート写真コレクターの相場観からは高額なのはいうまでもない。

一方で、有名写真家の作品でも絵柄が良くない、来歴に特徴のない作品の市場性は低くなっている。ギャラリー店頭では低価格帯の作品の売り上げは好調だったという。日本でもブランド作家の低価格作品の売り上げは順調だった。
経済グローバル化の揺り戻しはまだ始まったばかりだ。アート写真市場全体でみると、オークションで高額人気作品、ギャラリーで低価格作品が売れる一方、
中間価格帯の特徴がない作品が売れない状況がしばらくは続きそうだ。

日本ではアート写真はまだ20世紀写真を意味する場合が多い。欧米市場ではますますアート写真と現代アート系写真との融合が進んだ。
ちなみに2017年に現代アートのカテゴリに出品されたされた写真関連作品は867点となり、落札総額は約67.6億円にもなるのだ。現在はちょうど過渡期にあたりカテゴリー分類の考え方は各業者により違いがある。将来的には19~20世紀のクラシック写真と、現代アートの一部のコンテンポラリー写真に分類されていくのではないだろうか。今年からは、それを考慮したより多面的な市場分析を検討したい。