写真展レビュー
鋤田正義写真展「ただいま。」
@直方谷尾美術館

写真家の鋤田正義は、福岡県直方市古町で生まれ、幼少時代を同地で過ごしている。今年80歳を迎えるにあたり、本人の強い希望に地元の有志が賛同して直方谷尾美術館美術館での「ただいま。」展が実現した。

直方谷尾美術館

写真展実行委員会のウェブサイトには”この写真展は営利が目的の商業的なものではなく、「生まれ故郷で写真展をしたい」という氏の個人的な思いと、氏の成功体験をモデルケースに夢の実現を青少年に身近に感じ取ってもらいたいという地域の強い意思によって企画されたものです”。また”鋤田氏の存在を地元の人にもっと知ってもらいたい!”、”鋤田氏の生き方を通して、特に若い人には「夢を諦めない」「諦めない行動が夢を現実にしてくれる」ことを感じ取ってもらいたい!”と開催趣旨が記述されている。

本展は単に写真家の過去の一連の作品を見せるのではない、明確な開催意図がある回顧展なのだ。
鋤田がまだ学生だった1956年ごろに直方市周辺で撮影された、静物、ポートレート、風景、スナップ、自画像から、デヴィッド・ボウイ、マーク・ボラン、イギーポップ、YMOなどの代表的なミュージシャンのポートレート、広告・ファッション写真、ライフワークの風景のパーソナル・ワークなどの作品群がカテゴリーごとに分けられて展示されている。

直方谷尾美術館

なお展示のディレクションは、これも直方市出身の画家上川伸氏が担当したとのことだ。美術館の別スペースでは同氏の絵画も展示されていた。

大小さまざまサイズの作品とともに、200㎝を超えるような超巨大な作品も散見される。総展示数は膨大で、すべてが新たに制作されたものではないと思われるが、かなりの作品制作費、輸送費、会場費などの開催コストがかかったと思われる。
本展は、鋤田をリスペクトする地元の人々の多大な人的協力と、プロジェクトに共感した人々からの寄付型のクラウドファンディングで実現したという。作品の設営も実行委員会の人たちが協力して行ったという手作り感が溢れる写真展になっている。
額装とパネル貼りによる作品展示は、すべてが美術館レベルのオリジナル・プリントのクオリティーとは呼べないかもしれない。しかし高い壁面を有効に利用した様々なサイズの作品の取り合わせによるカテゴリー別の作品配置は一瞬雑然としていると感じないではないが、微妙にバランスが保たれていて違和感はない。
また会場全体で見ると、それぞれの壁面が見事にコーディネートされている。画家の上川氏は、写真による大きな会場の空間構成を行う高い能力を持っているのだろう。東京などでみられる、アート・ディレクターがデザインしてレイアウトされた会場とは一線を画している。それらは時に写真家よりも、デザイナーの意図が優先され、隙のない展示自体が目的化している。広告やファッション系の写真家の写真展でよく見られる展示だ。

また本展は鋤田正義本人の地元への思いが感じられる会場空間になっている。まず作品展示は直方で撮影された高校時代の写真から始まる。この導入部分で地元の人たちは鋤田の写真に親近感やリアリティーを感じるだろう。そして広告・ファッションの最前線で活躍したときの作品、世界的なミュージシャンのポートレート、パーソナルワークが並ぶ。

直方市は大相撲で活躍した魁皇の出身地。駅前には銅像が建っている。同展をきっかけに、地元の人たちはアート・文化界でも高い功績をあげた写真家の存在を知り誇りに思うだろう。また開催趣旨である、地元の青少年に将来の夢を与える構成になっているのだ。
主催者と写真家の、来場者へのメッセージと思いが会場全体に見事に反映されている。鋤田・上川両氏と実行員会は事前に相当話し合ったのではないか。

東京にいる鋤田ファンはぜひ東京に巡回してほしいと願うだろう。しかし本展は大都市に巡回することを意識して企画されたわけではない。写真家の地元の直方市で開催され、地元の人たちに見てもらうことを意図しているのだ。鋤田本人が九州各地の巡回を希望しているのは、その開催趣旨によるところだろう。

同展は直方谷尾美術館の観客動員数の記録を更新する勢いだという。私が訪れたのは雨が降る肌寒い平日だった。地元のアーケードは閑散としていたのだが、美術館内は地元の人で一杯だった。鋤田、主催者、観客とのコミュニケーションが間違いなく成立していると感じた。

会期は5月20日まで。直方市は博多、小倉から電車で約1時間くらい。お土産は名物の成金饅頭がおススメだ。

(開催情報)

鋤田正義写真展「ただいま。」
直方谷尾美術館
4月3日(火)~5月20日(日)※毎週月曜日休館
一般400円(240円)、高大生200円(120円)、中学生以下無料

http://www.sukita.photo/