2018年秋のニューヨーク・アート写真シーン
最新オークション・レビュー

米国経済は、景気拡大サイクルの後半に関わらずトランプ政権による景気刺激策によって堅調を維持してきた。しかし、10月に入ると貿易戦争の懸念や中国株の下落で世界景気の先行きに不透明感が広がってきた。また長期金利上昇と財政赤字拡大により、一部投資家には米国の景気拡大シナリオの終焉が意識され始めたという。
秋のニューヨーク定例アート写真オークションの結果も、一部に顕在化し始めたそのような将来への不透明さが反映された結果だった。

今秋のクリスティーズ、ササビーズ、フィリップスの大手3業者の出品数は872点だった。(今春はトータルで772点、昨年秋は874点)合計6つのオークションの平均落札率は62.3%。今春の73.5%、2017年秋の69.9%、2017年春の73.8%から大きく低下した。業界では不落札率が35%を超えると市況はよくないと言われている。しかし総売り上げは約1648万ドル(約18.1億円)と、春の約1535.5万ドルから約7%増加。ただし、2017年秋の約1912万ドルよりは約14%減少している。
内訳をみると、1万ドル以下の低価格帯の落札率だけが、春の79%から59%に大きく減少している。一方で中高価格帯の落札率にはあまり変化がない。出品数が春より増加した中、低価格帯が大きく苦戦したのが今秋の特徴だったといえるだろう。

過去10回の売り上げ平均額と比較すると、リーマンショック後の低迷から2013年春~2014年春にかけて一時回復するものの、再び2016年まで低迷が続いた。2017年春、秋はやっと回復傾向を見せてきたが、今春に再び下回ってしまった。過去10年の年間総売り上げ額平均と比較してみると、2018年は平均値に近い水準に収斂してきた。また、今秋の実績は過去10シーズン(過去5年)の売り上げ平均ともほとんど同じレベルとなった。極めてニュートラルな売り上げ規模になってきたと判断できるだろう。

今シーズンの高額落札を見ておこう。
1位はクリスティーズ“Photographs”のダイアン・アーバスによる双子の女の子を撮影した代表作“Identical Twins, Roselle, NJ, 1966/1966-1969”。

Christie’s NY “Photographs Lot242 ”Diane Arbus “Identical Twins, Roselle, NJ, 1966/1966-1969”

本作は16X20″の印画紙にプリントされた作家生前制作の貴重な大判作品。このサイズの現存作はほとんどが主要美術館の収蔵品になっている。落札予想価格50万~70万ドルのところ約73.25万ドル(約8204万円)で落札。

2位はササビーズ“Photographs”の、アレクサンドル・ロトチェンコによる有名作“GIRL WITH A LEICA (DEVUSHKA S LEIKOI)”。予想落札価格30~50万ドル(3300~5500万円)が、51.9万ドル(約5812万円)で落札されている。

Sotheby’s NY Photographs Lot131 Aleksandr Rodchenko “Girl with a Leica, 1932-1934”

3位もササビーズ“Photographs”の、ラースロー・モホリ=ナジの、“Untitled (Photogram with circular shapes and diagonal line), c1923-1925”。予想落札価格12~18万ドルが、44.7万ドル(約5006万円)で落札されている。

今回注目されていたのが、クリスティーズの“An American Journey: The Diann G. and Thomas A. Mann Collection of Photographic Masterworks”だ。第1次大戦前から第2次大戦後の作品までの、写真史上の代表作を幅広く含む教科書的な184点の単独コレクションからのセールだ。残念ながら結果は、落札率51.9%と極めて不調に終わった。最高額は、アルフレッド・スティーグリッツの代表作“The Terminal, New York, 1893/c1910”で、22.5万ドル(約2520万円)で落札。しかし同じく有名作だった“The Steerage, 1907”は不落札だった。特にモダニズム系など20世紀写真の不調が目立った。
一方で比率は少なかったファッション系は好調で、ノーマン・パーキンソン、ホルスト、アーヴィング・ペン、ロバート・メイプルソープ、ハーブ・リッツ、サラ・ムーンなどは確実に落札されていた。その他では、エドワード・ウェストン、ルース・ベルナード、ロバート・メイプルソープなどのヌード系も人気があった。

最近は、市場に相場の先高観がなくなってきている。景気サイクル後半に差し掛かる経済状況とともに、20世紀の第1世代のコレクターが高齢になり、処分売りによる供給が増える一方で、次世代を担うアート写真コレクターが育っていないことが複合的に影響していると考えられる。
いくら貴重作でもプリント流通量が多い作品の場合、買い手は慎重で、落札予想価格が高いと不落札になる場合が多い。
写真史で有名な写真家で来歴が良い作品でも、有名でない絵柄の人気が低迷している。いわゆる人気、不人気作品の2極化が進んでいるという意味だ。

今回のオークション結果、特に“An American Journey”は、まさにこのような市場傾向と合致すると思われる。
また欧米のディーラーは、資金を調達して在庫を仕入れる場合がある。最近の金利上昇によるコスト上昇も落札率低下の一因だと思われる。

さてクリスティーズ、ササビーズ、フィリップスは、10月下旬から11月にかけて、ロンドンとパリで複数のアート写真のオ―クションを予定している。ニューヨークでのオークション後に、世界の経済状況はさらに不透明感が増している。市場の関心は、今春は好調だった英国、欧州市場の動向に移っている。

(1ドル/112円で換算)