写真展レビュー
「山沢栄子 / 私の現代」
@東京都写真美術館

山沢栄子(1899-1995)は、日本における女性写真家のパイオニア的な存在として知られている。戦前のアメリカで写真を学び、1930年代からスタジオを開設して主にポートレート写真分野で活躍し、キャリア後半には写真作家に転じている。

本展は彼女の生誕120年を記念して行われる大規模な展覧会で、現存する70~80年代の代表作を中心に、約140点を全4章で紹介。
第1章「私の現代」では、1986年の個展に展示された、彼女が「抽象写真」と呼んでいたモノクロ・カラーの長辺が最大100cmにもなる大作28点を展示。シルバーのフレームも当時に特注されたものとのこと。
第2章「遠近」では、1962年に刊行された同名写真集に収録された1943年~1962年までに撮影された77点を紹介。モノクロ、カラー、抽象写真が含まれ、ニューヨークでのドキュメントから静物など、山沢の興味の対象の流れがみてとれる。すでにプリントやフィルムが現存していないことから写真集のページを額装して展示している。
第3章「山沢栄子とアメリカ」では、山沢に大きな影響を与えた20世紀前半のアメリカ写真の代表作を、同館のTOPコレクションから紹介している。
第4章「写真家 山沢栄子」では、「私の現代」、「遠近」以前の、仕事を、「ポートレート」、「疎開中の写真」、「商業写真」の3部構成で紹介している。

山沢栄子は、2014年に開催された「フジフィルム・フォトコレクション展 (日本の写真史を飾った写真家の「私の1枚」)」でも「What I Am Doing No.24, 1982」が選出されている。私は抽象的な写真を研究しており、縁があってカタログのテキスト執筆を担当している。

数多くの古本屋を回って、「遠近」を含む4冊の写真集を執筆用資料として収集した。当時は、彼女の存在を知る人は非常に少なく、写真集探しは困難を極めたことを記憶している。作品解説では、写真という狭いカテゴリーの中でのアート性追求にとどまらず、「写真としてのアート」の幅広い可能性にいち早く挑戦している、と書いている。

さて山沢の写真を写真史/アート史のどの流れで評価可能かを考えてみよう。写真集「遠近」の収録作品には、アーロン・シスキン、ラルフ・スタイナー、エルスワーズ・ケリ―のような、自然世界の抽象性に注目した写真作品が散見される。これらは多くの表現者が行ったように、彼女も写真による絵画表現の可能性を考えた痕跡だと考える。しかし、彼女はドキュメント写真の視点で、フォルムを優先させた抽象的作品制作の追求は行わなかった。様々な、フォルムや色彩のオブジェを用いて被写体自体を作り上げて撮影する方向へと進んでいく。
山沢の写真をコンストラクテッド・フォトもしくはステージド・フォトの流れで評価が可能だと思いついた人は多いと思う。コンストラクテッド・フォトは、写真の客観的な記録性への信頼が崩壊していった1980年代にアメリカではじまった撮影に作り込む美術的要素を合体させた新分野の写真表現だ。
ちなみに写真家バーバラ・カステンが1987年に山沢のインタビューを行っている。会場内で映像が紹介されており、生前の彼女の姿を見ることができる。実はカステン自身もこのコンストラクテッド・フォト分野の代表作家だった。ちなみに同展カタログでは、キュレーターの鈴木佳子が同じく同分野の代表者ジャン・グルーヴァ―が山沢と類似する作品を制作していると指摘している。

その後、コンストラクテッド・フォトの多くの表現者たちは制作する行為自体にアート性を見出そうとする。いわゆる方法論が目的化されるようになったのだ。山沢が呼んだ「抽象写真」自体も、抽象的な雰囲気の写真を制作する行為が目的化されていると解釈される可能性はあるだろう。写真集「私の現代3」に掲載されている、京都大学教授 乾 由明のエッセーでも、「フォルムと色彩の抽象的なイメージを追求すれば、写真は余りにも絵画的な表現におちいる危険を孕んでいる。それは写真からそのメディアの固有性を失わせ、安易に現実によりかかかった芸術性に乏しい写真とは逆の意味で、写真を絵画の領域に従属する、堕落した状態に置くことになる」と指摘している。
しかし彼女の作品のアート性をこの方面から論ずるのはあまり意味がないのではないか。私は、彼女がいま再評価されているのはその生き方自体によると考えている。山沢は、明治、大正、昭和という男性優位の考えが残る時代の日本において、商業写真家、作家とし社会で自立した女性のキャリアを追求した。それを実践した彼女の人生/生き方そのものが大きな作品テーマなのだと理解し評価すべきだろう。

同展のもう一つの見どころは第3章「山沢栄子とアメリカ」で紹介されているTOPコレクション。まさに、20世紀前半のアメリカの写真史をコンパクトに紹介する教科書的な展示内容だ。アルフレッド・スティーグリッツ、ポール・ストランドなどの写真雑誌「カメラ・ワーク」に収録されたフォトグラビア作品、イモジェン・カニンガム、エドワード・ウェストン、アンセル・アダムス、ポール・アウターブリッジ・ジュニアなどの珠玉の作品も何気なく展示されている。ポール・アウターブリッジ・ジュニア(プラチナ・プリント)は小さなサイズで見過ごしがちだが、おそらく極めて貴重かつ高価なヴィンテージ・プリントだと思われる。
ファッション写真ファンは、ヴォーグ誌で活躍したジョン・ローリングスやセシル・ビートンの戦前の作品も見逃さないように。なんと山沢はジョン・ローリングスのポートレートも撮影している。

アート写真コレクションに興味ある人は、珠玉の20世紀写真が展示されたこのセクションは時間をかけて鑑賞してほしい。それぞれのプリントの質感を、近くからじっくりと味わいたい。

「山沢栄子 私の現代」
2020年1月26日まで開催
東京都写真美術館 3階展示室