令和時代のアーティスト・デビュー
メッセージの明確化と継続的情報発信

2020年代を迎えたいま、写真とアートとの関係性は大きく変化した。写真がデジタル化したことで、だれでも写真が簡単に上手に撮れるようになり、同時に現代アートの市場規模が急拡大した。アナログ時代にはアート界で独立して存在していた「写真」は、現代アート表現の一つの方法となった。かつては、何かに感動して写真を撮影して、印刷で表現できない高品位のプリントを制作したものがアート写真だった。今やそれだけでは表層の情報提供に過ぎないと考えられるようになった。「写真」そのものだけではなく、その中身も問われるようになったのだ。自分が何に心動かされて作品作りに取り組んでいるかを意識して、関連情報を収集して、そこに共通項を見つけ総合化して、社会と接点を持つテーマやコンセプトとして提示することが求められるようになった。
アート・フォト・サイトで行っているアート写真の講座では、デジタル時代の現代アート的要素を含んだ作品を「21世紀写真」とよんで、それ以前の「20世紀写真」と明確に区別している。

このような環境下で、新人アーティストがデビューするにはどのような努力が求められるだろうか?まず作品で伝えたい感動にどのような社会的意味があるかを明確化しなければならない。そのコアとなるメッセージを意識して作品タイトルやアーティスト・ステーツメントとして提示することが重要となる。見る側を刺激する何らかの感情のフックがないと誰も振り向いてくれないのだ。写真表現でも、アーティストに求められる素養が変化した事実を理解しなければならない。

表現者の中には優れた感性を持つものの、自分の感動を客観視して、社会と接点を持つテーマとして展示することが不得意な人も多い。作品を制作して、その意味を後付けする人も多く見られる。これは体裁を整えるだけなので注意が必要だ。できない人は、専門家の力を借りることを検討してほしい。
私は、作品制作は企業活動のイノベーションを起こす行為に似ていると考えている。新しい発見や、道を極めるにはアドバイザーが必要なのはいつの時代も変わらないのだ。しかし、それは自分の言うことをきいて応援してくれる人探しではない。アーティスト自身が気付かない作家性を見立てて、言語化して世の中に伝える語り部となる人探しのことだ。

現代の情報社会では、この部分の理解が極めて重要になる。人間は簡単に想像できることは、現実になりやすいと感じる心理的な特性を持つ。成功しているアーティストの情報は話題性があるので数多く提供される。しかし世の中で全く認知されずに消えていく膨大な人たちの情報などはどのメディアも紹介しないのだ。また写真のデジタル技術の進歩で、いわゆる上手い写真を撮影するのが極めて簡単になった。画像の補正もアプリで簡単にできる。結果的に、多くの人が自分の感覚で好き勝手に表現するのがアーティストだと勘違いし、積極的に生きれば自分も成功すると思い込んでしまう。また情報を持たない経験が浅い人ほど、学ぶべき情報量を過小に考えがちだ。以上から、特に学生や新人やキャリアの浅いアマチュアは自らを過大評価しがちになる。思い込みに囚われると、その時点で成長や進歩が停止してしまう。できる限り自分を客観視する姿勢を持つように心がけてほしい。

21世紀になりメディア環境も大きく変化した。インターネットの普及で、誰でも簡単に情報発信が可能になった。世界的に生成されるデータ量が急増し、個別情報の価値がはるかに薄まっている。アート関連情報も同様で、いまや新人賞受賞、美術館やギャラリーでの個展やグループ展選出に対して世の中の関心度はかつてのように高くない。それだけだと単なる情報の断片でしかなく、世の中が瞬間的に注目してくれきっかけにはなりうるがキャリアが大きく変化することはない。
もはや突然の大成功は起きない、それは宝くじが当たるようなものだ。新人デビューはますます困難になっているといえるだろう。したがって新人の行うマーケティングも従来のメディアや関係者への「売り込み」のような努力だけでは効果が上がらなくなった。売り込み先だったメディア自体の影響力も低下しているのだ。さらにオーディエンスの価値基準も多様化、細分化している。アーティスト情報を求めている人まで届けるのが極めて困難な時代となった。

アーティストは、前記のように特徴を明確化した次のステップとして、自らでそのまわりに共感するコアとなる人を囲い込む地道な努力が求められるのだ。コーリー・ハフ(Cory Huff)著の「How to sell your art online」には、50対50の法則が紹介されている。アーティストは、50%の時間を作品制作に使い、残りの50%を自らのマーケティングに費やせという意味だ。このルールは今やすべての新人アーティストに当てはまるだろう。自らの特徴を伝えるために、展覧会開催、フォトブック出版などの従来の方法だけでなく、SNSなどで情報発信を続け、できるだけ多くの支持者を集めファンを固めていくのだ。繰り返しになるが、マーケティングは自分のコアのメッセージを伝える手段だ。その行為自体を目的化しないように注意して欲しい。
もし社会との接点を持つメッセージを長期にわたり提示し続けたら、キュレーター、ギャラリスト、編集者、美術評論家など、誰かが必ず見立ててくれる。複数の人からの見立てが積み重なることで情報発信が重層的になり、アーティストとしてのブランドが次第に確立していくことになる。
新規参入するギャラリー、ディーラーなどの販売業者も全く同じ努力が求められる。独自の極を作り上げるために尽力しなければならない。その特徴に合致したアーティストを見立てて情報発信を行うのだ。複数の特徴が育っていけば、共感するファンとなる顧客が集まってきて経営が成り立つだろう。

成功するかどうかは誰もわからない。アーティストもギャラリーもまずは仕事の継続に挑戦てほしい。もし続けられるのであれば、伝えたいメッセージの内容に何らかの社会との接点があるということ。独りよがりだと、社会とのコミュニケーションは成立しない。ポジティブな反応がないのでモーチベーションを保つことができないだろう。令和の時代、やり方は多少変わったものの、アート表現と情報発信の地道な努力が続けられる人が成功をつかむのだ。たぶん、同じ種類の情報発信を行うアーティストとギャラリーの、互いにリスペクトしあうコラボレーション成立が「21世紀写真」の理想の展開だと思う。
私はいつも新人に対して次のようなアドバイスを行っている。アーティストとは社会に対して能動的に接する生き方を実践している人のこと。そして、短期的な成功を求めることなく、ライフワークとして継続するのが成功の秘訣だと理解しようというものだ。