セレブリティー写真のアート性
テリー・ニール作品人気の秘密

現在開催中のテリー・オニール追悼写真展。予約制で開催しているので、会場では熱心なコレクターや来場者と話す機会が多い。もちろん感染対策を講じた上でソーシャル・ディスタンスを強く意識して対応している。
会話の中でよく良く受ける質問は、「ポートレート写真はファインアートなのか」というものだ。実はそれに対する回答と、展示の見どころを2015年のテリー・オニール来日記念展開催時のブログに書いている。今回は当時のブログに加筆して改めて以下に紹介しておく。読んだ後に来廊するとテリー・オニール写真展がより堪能できるだろう。

2015年来日時のテリー・オニール

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(2015年4月28日掲載分を加筆)

世の中には各界のセレブリティ―を撮影したポートレート写真を取り扱うギャラリー、販売店が数多くある。そのなかには単なるスナップ写真で、被写体が写っていることのみに価値が置かれたブロマイド的写真も多くある。しかしその一部には、写真家の作家性と被写体の知名度がともに愛でられた、ファインアート作品として認知されている写真もある。これは、ファッション写真と同様の構図だ。そこにも単に洋服の情報を提供するだけのものと、撮影された時代性が反映されたアート系ファッション写真が混在している。

セレブリティ―を撮影したポートレート写真がファインアート作品になるかどうかは、被写体、クライエント、エディター、デザイナー、写真家など、撮影に関わる人たちの関係性と、それぞれの創作意図により決まってくる。まず被写体と写真家が同等のポジションでないと優れた写真は撮影できない。多くの場合、写真撮影される機会が多い有名人は、どのようなアングルやポーズが最も見映えが良いかを熟知している。被写体が写真家をリードして、一般受けするありきたりの写真を撮らせることが多い。それらは被写体情報がメインのアーティストの広告宣伝用写真といえるだろう。しかし彼らがキャリアの転換点などで、いままでにない新しい姿の写真を撮って欲しいと考えるときがある。そのような時に世界的に知名度が高い有名写真家に撮影を依頼する場合が多い。だいたい彼らは既に友人関係であり、そのようなセッションではセレブリティーの意識が全く違う。彼らは写真家とともに一種のアート作品を共に制作するような意図を持つ。それらは写真家の自己表現の作品であるとともに、被写体とのコラボ作品にもなり得るのだ。

テリー・オニールを例に詳しく説明してみよう。
中流家庭出身のオニールが、セレブリティ―たちと親しくなれたのは幸運に恵まれたからだ。時は1963年のロンドン。彼は新聞社の若手スタッフ写真家だった。若者に人気のあるバンドがアビーロード・スタジオでレコーディングしているので撮影することになった。彼はミュージシャンらと同年だったことから早々に現場に派遣される。当時はミュージシャンの写真の重要度は低く、若い写真家に振り分けられていたのだ。
それが、1962年にシングル・デビューしたばかりのザ・ビートルズだった。諸説あるが、その時は1963年春に英国で発売されるファースト・アルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」の収録だったと言われている。彼がスタジオの裏庭で撮影した写真はバンドの公式写真となり、それが初めての一般紙でのバンドの紹介となり、掲載紙は瞬く間に完売したという。

それがきっかけとなり、彼はまだ無名のザ・ローリング・ストーンズやデビット・ボウイを撮影することになる。彼らが親しくなったのには年齢が近いからだけではなかった。実はテリー・オニールは、写真家になる前はジャズ・ドラマーを目指していた。彼は当時のバンド・メンバーより、自分の方が技術は上だったと語っている。彼らはともにミュージシャン仲間だという意識があったからすぐに親しくなったのだろう。
周知の通りに、ザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、デビット・ボウイはその後に世界的なスターに上り詰めていく。それに伴って、彼らを初期から撮影していたテリー・オニールの写真家のステイタスも上昇していったのだ。そして、撮影の依頼は音楽界だけにとどまらず、映画界、政界からも殺到するようになる。その後に世界的な女優フェイ・ダナウェイと一時期結婚していたことで、彼自身がセレブリティ―写真家として広く認知されることになるのだ。
英国エリザベス女王、自動車レースの最高峰Fー1ドライバーの集合写真、英国歴代首相、007シリーズなど、特別な舞台での撮影に彼は英国を代表する写真家として指名されるようになる。
テリー・オニールのライフタイムプリント作品の中には、ブリジット・バルドー、ロジャー・ムーア、ラクウェル・ウェルチ、フェイ・ダナウェイなどの被写体自身もサインをいれた、作家とのダブル・サイン作品もある。彼がどれだけ親しい関係を継続してきたかの証しだろう。

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撮影を依頼するクライエント側と写真家との関係性はどうだろうか。作品のアート性は撮影時にどれだけ自由裁量が写真家に与えられるかによる。有名写真家になるほど、撮影スタイルが確立している。依頼者は完成する写真が想像できるので写真家の自由度が高くなる。テリー・オニールの活躍した60~70年代の主流はグラフ雑誌のフォトエッセーだった。ファッション、ポートレートは、はるかに写真家の自由度は高かったといわれている。
その後80年代から次第に撮影に指示や制限が加えられるようになっていく。ファッションやミュージックがビック・ビジネスとなり、そのヴィジュアルを取り扱う出版社やエディターが様々な事態を想定して自己規制を行うようになったのだ。健康被害を思い起こすタバコ、宗教的、人種差別、性差別などに事前に配慮したヴィジュアルが求められるようになるのだ。その後、自由な表現を追求したい写真家とエディター、エージェント、クライエントとの戦いが繰り返されることになる。多くの写真家は、この分野の自由な表現の可能性に見切りを捨てて業界を去ったり、ファインアートを目指すようになる。
21世紀になりデジタル化が進行したことで、写真家に与えられる自由裁量はさらに狭まっているのは多くが知るところだ。最近ではクライエント、デザイナー、エディタ―の指示でカメラを操作するオペレーターのような存在になっている。このような不自由な状況では、かつてのようにポートレート写真から時代に残るようなアート作品が生まれ難くなってしまった。テリー・オニールがキャリア後期にあまり撮影をしなくなった理由は、年齢だけではないのだ。最後の自分が納得のいった仕事はネルソン・マンデラの撮影だったという。

セレブリティ―写真がアートになるには、上記の前提とともに写真家の持つ創造性も重要となる。テリー・オニールは、世界的なセレブリティ―たちの自然な表情を引き出して撮影することで定評があった。彼のドキュメンタリー性を兼ね備えた作風が広くアート界でも認識されているのだ。彼は自然な表情を撮影するための環境造りが重要で、あとは瞬間を切りとるだけだと語っていた。最も尊敬する写真家はユージン・スミス。彼も撮影環境作りを重視し、被写体が写真家を意識しなくなるまでカメラを取り出さなかったという。テリー・オニールも、同じアプローチを実践していたのだ。彼は時に被写体と行動を共にし、また姿を隠したりしてシャッターチャンスを待ったという。

“Frank Sinatora on the Boardwalk, Miami, 1968” (c)Terry O’Neill/Iconic Images 本作は未展示

彼は写真家として成功する秘訣は、自らの存在を消し、あまり目立たないことだと語っている。その意味は最初は良くわからなかった。来日時に本人といろいろ話してみて、被写体にとって写真家が自然の存在になることで良い写真が初めて可能になるという意味だと分かった。彼の写真は、セレブリティーが被写体のドキュメンタリーなのだ。そしてセレブリティ―の顔自体が時代性を反映していることはよく知られている。アーヴィング・ペンは、それを意識したうえで白バックで有名人のポートレートを近寄って撮影している。時代の顔を切り取ったテリー・オニール作品も、同様に広義のアート系ファッション写真であるとも解釈できるのだ。

ポートレートがファインアート作品と評価されるには、それらの写真を受け入れるオーディエンスとその時代背景も重要になる。戦後から90年代前半までは、先進国の多くの人たちが、「明日はより経済的に豊かになれる」という共通の将来の夢が持てた時代だった。そのような時代の気分が反映されていたのが、テリー・オニールの写真だった。いまは人々が持つ価値観は多様化してばらけてしまった。現代の写真家が、それらを世の中から見つけ出して作品として提示するのが極めて難しくなった。
21世紀は、多くの人に共通に愛でられるような、ファインアート作品になり得るポートレート写真、ファッション写真が非常に生まれにくくなった。それゆえ、多くの人が共通の夢が見れた時代に対する懐かしさを持つようになる。それらはザ・ビートルズやデヴィッド・ボウイなどのロック音楽や、60~80年代のファッション写真であり、テリー・オニールのポートレート写真なのだ。

このような世界的な流れは今でも続いている。テリー・オニール作品の人気は死後も全く衰えを見せない。「Bardot, Spain 1971」などの代表作は大手業者によるオークションでも高額で落札されている。一般の人にとって、セレブリティーが被写体の写真はみんな同じブロマイド的写真にみえるかもしれない。しかし、数多あるポートレート写真の中に、将来的に資産価値を持つファインアート系の作品も混在しているのだ。

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今回のテリー・オニール追悼写真展はそのような作品を発見する機会にしてほしい。現在の新型コロナウイルスの感染拡大の状況では、なかなかギャラリーには来にくいと思う。しかし、展示は3月下旬まで行っている。春になって、状況が落ち着いたらぜひ見に来て欲しい。

テリー・オニール 写真展
「Terry O’Neill: Every Picture Tells a Story」
ブリッツ・ギャラリー
2021年 1月15日(土)~3月28日(日)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日 / 完全予約制 / 入場無料