ブリッツは昨年の3月から約1年間、ずっと完全予約制での営業を余儀なくされてきた。つまり、ギャラリーは基本クローズで、予約が入った時間帯のみに感染対策を行いオープンするというものだ。この間は不要不急の外出自粛が求められていたので、集客をアピールするような告知活動はできなかった。
個人的には、昨年秋に開催した「Pictures of Hope」などは、時節が反映されたとても良くキュレーションされたグループ展だったと思っている。多くの人に見てもらえなくてとても残念だった。
長年行っている講座やワークショップは、多くの人が集まって写真作品を前に議論を交わす密になりがちな場だ。これも感染防止から1年間以上に渡り開催を自粛してきた。
ギャラリーが閉まっているので、さぞかし暇を持て余していたと思われるかもしれない。実は状況は真逆で、特に昨年夏場以降は極めて忙しかった。実は「ファインアート写真の見方」(玄光社)という本の執筆をずっと行ってきたのだ。本を書こうとしたきっかけは、ギャラリー店頭で来廊者から聞かれる素朴な疑問からだった。最近、特に若い世代の人たちから、日本で写真作品が評価される理由が理解できない、教えて欲しいという質問を多く投げかけられた。年齢的には、2000年以降に成人を迎えたミレニアル世代以降の人たちだと思う。具体的な疑問は、美術館/ギャラリーの写真展での企画意図や、木村伊兵衛写真賞やキャノン写真新世紀などの写真賞の選考理由が不明などというものだった。一般の人は、ファインアートの写真は専門家だけにしかわからない難解で特別な世界だと考えるようになっていると感じた。それゆえに本書の帯のコピーは「今こそ知りたい!評価される写真の規準と値段 すべての写真ファンの疑問を解消」となっている。
そのような人たちへの説明には、とても時間がかかった。質問者の持つ知識や情報量にはかなりばらつきがあり、解説前にまず前提条件を説明する必要があったからだ。ギャラリーの立ち話では断片的な説明しかできないので、いままでは講座やワークショップへの参加を促していた。しかし、コロナウィルスの感染拡大で、それらの開催は長期に渡り自粛が求められた。
それならば、本にまとめれば需要があるのではないかと考えたのだ。調べてみると、現代アートの見方の解説本はあまたあるが、写真をファインアートの視点から系統立てて解説する本は日本ではまだ書かれていなかった。
しかし本書はあくまでも一人のギャラリストによる、パーソナルな視点の一般向けの入門書である点は強調しておきたい。世の中には様々な意見があるのは承知している。本書は市場での取引実績を基準にして書かれている。しかし、市場を重視しない考え方もある。本書に書かれたことが絶対ではなく、数多あるファインアート写真ルールのひとつにすぎないのだ。当たり前だが、研究者や学者が書いた、専門家対象の高尚な学術書の類ではない。
本のベースは、20年くらい継続して行っている「ファインアート・フォトグラファー講座」の内容だ。これは写真をギャラリーで売りたい、という写真家の人たちへの対応がきっかけで始まった。最初のうちは、質問者に対して個別に対応し、ファインアート写真の定義、マーケットの仕組み、ポートフォリオの制作方法など、海外市場での一般的な考え方を説明してきた。その後、同様の問い合わせが非常に多かったのでセミナー形式にしたのだ。
最初はプロ・アマチュアの写真家が参加者の中心だった。次第にコレクションに興味ある人、自分でギャラリーを運営したい人なども増えて内容の範囲がひろがった。本書で展開してきた考え方は、すべて現場での参加者とのやり取りを通して生まれてきた。
今回、講座初期のレジメを見直す機会があった。本書でも触れているが、時間と共にファインアート写真の評価ルールがどんどん更新され、講座内容も変化してきた事実が確認できた。特に写真のデジタル化と現代アート市場の隆盛が、従来からある20世紀写真に大きな影響をもたらした事実が再確認できた。
2010年代になると、海外市場の方法論を日本にそのまま導入するのには無理がある事実に気付いた。それまで、セミナーを継続してきたが、その内容を参考にして作品制作を継続する人がほとんど生まれなかったからだ。そこで日本独自のファインアート写真の価値基準の提示を思いついた。本ブログの読者にはなじみのある「写真の見立て」だ。本書ではその内容の一部を紹介している。
本書は、写真好きの一般の人、アマチュア・プロ写真家、コレクターなどを対象に、ファインアート写真の見方をステップアップで学べる入門書として書かれている。実はファインアート写真には、その時々の評価ルールがあり、それを学んでいくことで見方が獲得できるのだ。
しかし、決して簡単で単純なノウハウが存在していて、それを学べば誰でもすぐに理解できるわけではない。本書を読み進めればと分かると思うが、かなり複雑な内容を含み、前提とする知識の積み上げなしには理解しにくい箇所もあるのだ。私はライフワークとして一生付き合っていける高度な知的遊戯だと考えている。教養としてファインアート写真に興味のある人、コレクションに興味ある人には最適な本だと思う。
また具体例として市場で作品人気の高い写真家/アーティストの評価理由も解説している。ロバート・フランク、ソール・ライター、アンドレ・ケルテス、スティーブンス・ショア、ウィリアム・エグルストン、ヘルムート・ニュートン、リチャード・アヴェドン、アンドレアス・グルスキー、ピーター・ビアード、ヴォルフガング・ティルマンズ、マイケル・デウイック、テリ・ワイフェンバック、アレック・ソス、ライアン・マッギンレー、鋤田正義、ヴィヴィアン・マイヤー、ノーマン・パーキンソンなどをディープに分析している。
もちろん写真表現でアーティストを目指す人も意識して書かれている。現在、新型コロナウィルス感染症の影響で写真撮影や写真展開催などの創作活動の制限を余儀なくされている人が数多くいると思う。アーティスト志望者は、まさに自らを客観視して、創作活動を基本から見直す良い時期ではないだろうか。なかなか知ることのできない、作品テーマの見つけ方、成功するキャリアの秘訣、ギャラリーの写真評価方法、フォトブック制作方法なども解説しているのでぜひ参考にしてほしい。
コレクションに興味を持つ人ももちろん対象だ。作品の価値がどのように決まるかを、20世紀写真、21世紀写真に分けて解説している。具体的に何を買うか、情報収集法、指南書ガイド、コレクション展示方や収蔵方にも触れている。また過去にファインアート・フォトグラファー講座に参加した人は、受講内容の復習にもなるだろう。
本書は、4月5日に発売予定です。約352ページのかなり分厚い本になりました。ぜひ店頭で手に取ってご覧になってみてください。
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アマゾンでもご予約可能です。