鋤田正義の豪華本がコロナ禍でも刊行された理由とは
オンライントークイベント8月21日に開催!

7月に世界同時発売された、鋤田正義の集大成となる本格的にキャリアを回顧する豪華写真集「SUKITA ETERNITY」。本来ならば、大規模な写真展、トークイベント、サイン会などを大々的に開催して出版を祝いたいところだ。しかし、コロナウイルスの感染状況は全く改善の兆しはない。ワクチン接種は進んでいるものの、デルタ株の蔓延で新規感染者や重症者が急増中。東京にはいまだに緊急事態宣言が発令中で、再延長される可能性が高いと言われている。アート業界を見回しても、展覧会の途中での中止など、厳しい状況が過去1年以上も続いている。鋤田正義の写真展も、2021年4月に美術館「えき」KYOTOで開催された「時間~TIME 鋤田正義写真展」が、会期途中で強制的に中止になってしまった。

しかし、ないものねだりしてもしょうがない。いまは、今回のような豪華写真集が、この厳しい環境下に刊行された事実を素直に喜びたいと思う。周りには中断や延期になった出版プロジェクトは数多くある。正直のところ、昨年の英国での感染急拡大期には「SUKITA ETERNITY」刊行の一時中断を覚悟したこともあった。コロナ禍の厳しい経済状況でも最終的にこの豪華本が出版に至ったのは、単に運が良かっただけではないだろう。やはり鋤田のポートレート作品は、ボウイなどの被写体とで共同制作された極めて優れたコラボ作品であり、そのブランド価値はコロナ禍でもあまり影響を受けないと考えられたのだと解釈したい。
出版に至る過程で、1点だけ大きな変更が行われている。ACC Art Books版カバーの掲載写真は、当初はT-Rexの「Get it on」の予定だった。それがコロナ禍の昨年秋にボウイ作品「Just for one day」に変更になったのだ。鋤田自身の提言とともに、出版社側にも70年代のスーパースターよりも、ボウイのヴィジュアルの方がブランド価値が高く、より広い世代にアピールするとの考えがあったのだろう。

”SUKITA ETERNITY” ACC Art Books版の幻のT-Rexのカヴァー・ヴァージョン

これは景気悪化時に必ず起こる、中途半端なものは売りにくくなる、という消費のトレンドと同じことだ。コロナ禍でも高級車や高級ブランド品は売れているという報道は聞いたことがあるだろう。またマンションなどの不動産も同じで、景気が悪化すると、付加価値の高い物件には買い手が集まり、価値の低い物件には値もつかないような状況が発生するという。コロナ禍ではこのような流れが加速したのだろう。アート系では、ブランド価値や知名度の低い若手新人の作品、また強いアート性が前面に出た作品ほど苦戦しているのだ。
どちらにしても、本書出版元の英国ACC Art Booksと玄光社の、この環境下における英断には心より感謝したい。

とても重い高価な豪華本なのだが、いったん出版されれば、売り上げに関しては心配無用だと考えていた。日本版は約2000部弱が特装版を含めて刊行されている。売り上げは、日本にはデヴィッド・ボウイ、T-Rex、YMO、イギー・ポップなどの熱狂的なファンがどれくらいいるか?写真家・鋤田正義のファンや応援団、フォトブック・コレクターがどれだけいるか?を想像すれば容易に予想がつくだろう。それらの人数の合計のうちで、購入してくれる熱心なファンやコレクターは、どんなに低く見積もっても、たった2000人ということはないだろう。すぐというわけではないが、完売にはそんなに長い時間がかからないのではないか。本書のような豪華本は完売したら再版されることはほとんどない。個人的には将来のレアフォトブックの候補だと考えている。

”SUKITA ETERNITY” プリント付き特装版 玄光社刊

特にプリント付きの特装版は、写真集というよりもファインアート写真の作品だと考えて欲しい。日本では、海外の出版社のような高品質のプリント付き豪華版はほとんど制作されない。今回の特装版の、豪華化粧箱、輸送ケース、などのデザイン、クオリティーなどは非常に高品質。完全に国際標準レベルをクリアしている。日本人の、編集者、デザイナー、職人による妥協のない質の高い仕事を見せてもらったと高く評価したい。
ついでに、ファインアート写真の取り扱いディーラーの視点から、特装版の将来の価値を予想してみよう。まず収録の3作品は、40X50cm、エディション30の通常サイズでは販売されていないイメージである点に注目している。貴重な作品である上に、鋤田作品の国際的な作品相場と比べて極めて割安なのだ。1枚のサイズは8×10インチと小さく、エディション数も多いが、1枚換算で約2.5万円程度で購入可能。写真集、豪華化粧箱、輸送ケースが付いていることを考えると、鋤田正義のオリジナル作品が1枚2万円程度で購入できるのだ。ちなみに、日本版の特装版は国内限定販売となっている。つまり輸出ができない契約になっているからこれだけの低価格が実現したのだ。日本のファインアート写真市場の規模は極めて小さい。鋤田が将来的な市場拡大を願って特別に配慮して低めの価格設定に協力しくれたのだ。初めて写真を買う人は、当然のこととして価格の相場感がない。できるだけ安くすることで、そのような人に買ってほしいとの願いなのだ。
ちなみに、海外のACC Art Booksにも特装版がある。販売方式が違うので単純比較はできないが、同じ8X10″サイズのプリント1枚が付いたエディション50の作品が現地価格で約5.6万円(350ポンド)もする。いや、このくらいの価格が鋤田作品の国際相場として適正なのだと思う。もしかしたらこれでも割安かもしれない。日本版は直接は海外に輸出できない。しかし、いまはグローバル経済の時代だ。遅かれ早かれ、何らかの方法で海外に流れていくと思われる。各国の市場で、同じアーティストの同様の作品に価格差が存在すると、時間経過と共に裁定取引が行われて価格差は次第になくなっていくのだ。完売後には、特装版はかなり短期間にセカンダリー市場でプレミアムが付いて売られるようになると考える。今日の段階では、特装版は3種類ともにまだ在庫があると聞いている。セールス・トークではなく、興味ある人は早く行動を起こした方が良いだろう。

現在、銀座 蔦屋書店では鋤田正義の作品展示を8月25日まで行っている。メインは、写真集表カヴァーの「David Bowie, Just for one day」、またボウイが昨年に亡くなった山本寛斎デザインのテージ衣装「TOKYO POP」を着た「Watch That Man III、1973」、忌野 清志郎を米国のメンフィスで撮影した「Kiyoshiro Imawano – In Memphis、1992」の16X20″サイズ作品3点の展示。飾りやすい小ぶりの作品中心に約15点を展示している。写真集特装版の3点のプリント作品の現物も展示されている。

なお、8月21日(土)14:00~15:30には、鋤田によるオンライントークイベントが開催される。鋤田自らが写真家人生を振り返り、写真集『SUKITA ETERNITY』についての思いを語る予定だ。普段聞くことができない、撮影時の数々の興味深いエピソードや写真の流儀などを聞くことができる貴重な機会となるだろう。写真を趣味とする人、アーティストを目指す写真家・学生、ファインアート写真・コレクションコレクションに興味のある人、などにおすすめのトークイベントだ。
実は本イベントには特典が用意されている。参加券の他に、書籍付参加券として、特別に鋤田正義のサイン入写真集『SUKITA ETERNITY』も用意される。極めて貴重なサイン本が入手できる絶好のチャンスだ。早い者勝ちなので、もし既に予定数に達していたらどうかご容赦いただきたい。

[オンライン・トークイベント開催日時]
会期:2020年8月21日(土) / 時間:14:00~15:30
聞き手 ブリッツ・ギャラリー 福川芳郎
[参加条件]
イベントチケット予約・販売サービス「Peatix」にて、以下のいずれかをご購入いただいたお客様
・イベント参加券 1,500円 (税込)
・サイン入り書籍付きイベント参加券 9,900円 (本7,000円+イベント参加費/送料・税込み)

*サイン本はなくなり次第終了。数に限りがあるのでご了承ください。

■イベントページ
https://store.tsite.jp/ginza/event/art/21493-0958440730.html

■PEATIXお申込みページ
https://peatix.com/event/2456088/view

鋤田正義「SUKITA: Rare and Unseen」
写真展の見どころ(1)

ブリッツでは、鋤田正義写真展「SUKITA: Rare and Unseen」を開催中。同展は英国ACC Art Booksの企画/編集で刊行される回顧写真集「SUKITA : ETERNITY」の刊行記念展となる。日本版は玄光社から刊行、原文は英国版原書と同じく英語表記で欧州で印刷され、日本語訳の小冊子が付いてくる。
特設サイト

東京は、8月末まで緊急事態宣言が発令中なので完全予約制での営業となる。現在は特に週末の予約は取りにくくなっている。しかし、同展は夏休み中も営業するし、10月までと開催期間を長めにとってる。どうかコロナウイルスの状況を見極めたうえで、余裕をもって予約して欲しい。
ギャラリーの公式サイトでは、インスタレーション・ヴューをアップしている。まずは、こちらをご覧になって写真展会場の気分を味わっていただきたい。今回は、展示画像と共に写真展の見どころの解説を行いたい。

本展の大きな見どころは、鋤田とデヴィッド・ボウイとのセッションにおける数々の未発表作や代表作のアザー・カットの展示となる。鋤田は2021年5月に83歳になった。いまやボウイなどの親しかった多くの被写体たち、また親交があった同世代の写真家テリー・オニールなども亡くなっている。
今回のキャリアを回顧する写真集刊行に際して、膨大な作品アーカイブスの本格的な調査が行われ、その過程で数多くの未発表作が発見され、一部作品は今回の写真集にも収録されている。

今回は、鋤田アーカイブスの調査結果を紹介する最初の写真展となる。ヴィンテージ作品はすべて参考展示となり、販売はされない。市場価値は、だいたい6,250ポンド(約95万円)くらいだと思われる。それら7作品はギャラリーの中央あたり展示されている。たぶんボウイの写真集「気」(TOKYO FM出版、1992年刊)制作時にプリントされた作品だと思われる。
作品の中には、ソフトな感じの雰囲気を狙って、いわゆる紗がかかったようなプリントが多くみられる。鋤田によると、それらはすべて暗室作業で作り出されたものだという。通常は薄い布が使われるのだが、彼は女性用のストッキングを使用したとのことだ。納得のいく効果を得るために、様々な種類のストッキングと露光時間を試みたという。いまは画像処理ソフトで同様の効果を出すことができるのだが、当時は1回ごとのアナログ作業だった。気の遠くなるほどの試行錯誤を行ったのだと想像できる。理想のボウイ像を創り出すための、鋤田の並々ならぬ執念を感じる作品群だ。
ちなみにこれらは、ファインアート写真の専門用語で規定されているヴィンテージ・プリントではない。それらは、写真撮影からだいたい3年~5年以内にプリントされた作品とされている。しかし、写真家の手作業で丁寧に制作された作品は極めて価値が高いといえるだろう。

本展では、写真集「SUKITA : ETERNITY」からの代表作も展示している。表カバーの「David Bowie, Just for one day」と、裏カバーの「T-Rex, Get it on」は、30X40″(約76X101cm)は大判サイズでの展示。前者はエディション10、後者がエディション8の作品となる。

「Just for one day」は、ほかに16X20″/エディション30と20X24″/エディション20の小さめ作品が販売されている。以前、銀座蔦屋書店のオンライントークイベントで指摘したように、この作品は販売価格の逆転現象が起きている。実は本作品は通常の英国からではなく、日本で初めて販売が開始された。もちろん販売開始時は、小さいサイズが安く、大きいサイズが高く設定されている。しかし日本は住宅事情から小さめのサイズの方が圧倒的に人気が高い。従って16X20″はなんと完売が近くまで売れてしまい、販売価格が大幅上昇。3サイズの中で一番高額な約80万円以上になっている。30X40″の大判サイズは、本日時点で約44万円と一番安いのだ。ただし、サイズが大きいので、額装費用は高額になる。またプリントの平滑性を保つために裏打ちが必要になる。それを考慮しても、まだ16X20″と20X24″よりも安く購入できるのだ。市場価格の歪みは、遅かれ早かれ、海外のコレクターやディーラーから注文が入ることで適正に戻ると思われる。「Just for one day」は、英国ACC Art Books版でもカバーを飾っている。広い展示スペースが確保できるなら、写真集の表紙を飾る本作はまさにお薦めの1点といえるだろう。興味ある人はできるだけ早く問い合わせて欲しい。

銀座 蔦屋書店 展示風景

現在、銀座蔦屋書店でも鋤田正義作品の展示を8月25日まで行っている。メインは、前述の写真集表カバーの「David Bowie, Just for one day」、また昨年亡くなった山本寛斎さんがデザインしたステージ衣装「TOKYO POP」を着たデヴィッド・ボウイ「Watch That Man III、1973」、忌野 清志郎を米国のメンフィスで撮影した「Kiyoshiro Imawano – In Memphis、1992」の16X20″サイズ作品3点の展示となる。その他、「ヒーローズ・セッション」から生まれた、ボウイが手でそれぞれ目、耳、口を隠している「見ざる、言わざる、聞かざる」の3点セットも必見だろう。写真集特装版の3点のプリント作品の現物も展示されている。飾りやすい小ぶりの作品中心に約15点を展示している。

なお。8月21日(土)14:00~16:00には、鋤田正義によるオンライントークイベントも企画されている。参加条件などの詳細は近日中に発表予定とのことだ。
銀座蔦屋書店

次回、写真展の見どころ(2)に続く