ありのままを受け入れる
運を呼ぶ鋤田正義の写真流儀

いまブリッツで好評開催中の写真展「SUKITA Rare and Unseen」。同展の大きな特徴は、被写体のほとんどが男性だということ。代表作のデヴィッド・ボウイ、T-Rex、YMO、イギー・ポップ、 デヴィッド ・シルビアンなどはみんな男性ミュージシャン。女性が被写体の代表作は母親を撮った初期作“Mother,1957”となるのだ。
実際のところ、アート系ファッション/ポートレートの写真展では、女性の俳優、モデル、ミュージシャンなどが被写体になる場合が圧倒的に多い。しかし、これは鋤田が特に男性を専門にしているというわけではない。女性が被写体の写真作品もあり、最近では資生堂のウェブマガジン花椿の「GIRLS ROCK BEGINNINGS」という連載で、矢野顕子、尾崎亜美、小泉今日子などの日本の女性ミュージシャンを撮り下ろしている。

ところが、写真展で男性被写体の作品が大部分を占める事実は、意識して見ないとなかなか気付かない。私はこの分野を専門としているが、最初のうちはそれに全く気付かなかった。その後、これこそが鋤田によるポートレート写真の魅力の秘密なのだと気付いた。この分野の写真のコレクターはいまだに男性が多い。彼らは、自分好みのスタイルや表情の女性が被写体の写真作品を購入する傾向が強い。つまり彼らは被写体自体の魅力で作品をコレクションしているのだ。しかし、例えば鋤田によるデヴィッド・ボウイのポートレート作品は、多くの男性コレクターが購入している。ボウイには男性コレクターを魅了する色香があることは事実だろうが、購入理由は鋤田作品の高い作家性によるところが大きいと思う。つまり、ただボウイの写真が欲しいのなら、安価なスナップ的/ブロマイド的写真は世の中に数多ある。また写真集で十分だろう。
一方で、一般的な鋤田作品は、約40X50cmサイズ、エディション30で約21万円~となる。つまり鋤田作品はコレクターにとって単にボウイの写っている写真ではない。鋤田の作家性が反映されたボウイが被写体のファインアート系ポートレート写真なのだ。もちろん対等のアーティストである鋤田とボウイによるコラボ作品であるという認識もあるだろう。

先日、銀座蔦屋書店で写真集「SUKITA ETERNITY」の刊行記念のオンライントークが開催された。実はトーク終了後の控室で、鋤田から非常に興味深い若かりし時代のエピソードを聞くことができた。

1965年、鋤田は大阪から東京に移り住み、デルタモンドプロダクションに勤務し、ファッション・美容会社向けの広告キャンペーンを手掛けている。当時はちょうど既製服の女性ファッション市場が盛り上がっていた時期だった。女性ファッション誌もこの時期に相次いで生まれている。1969年に「流行通信」、1970年に旧平凡出版の「anan」、1971年に集英社の「non-no」が創刊されている。
それらの女性ファッションの分野では、写真家の立木義浩、操上和美、十文字美信、篠山紀信などが活躍していた。実は、大阪経由で東京に来た鋤田はこの女性ファッション・ブームに乗り遅れることになる。
そこで、彼が眼をつけたのは当時の売れっ子写真家が行わなかった外国人男性モデルのファッション撮影だった。その仕事の一部がメンズファッションブランドのJAZZのキャンペーンだったのだ。当時は主流でなかったメンズ・ファッション。予算は少なかったが、逆に写真家に多くの自由裁量が与えられたという。たぶん女性ファッションの仕事では、写真家はクライアント、編集、デザイナーから撮影上のかなりの制約が課せられたと思う。
鋤田は画家ルネ・マグリットに触発されたシュールレアリスム的作品のポートフォリオを制作する。写真集「SUKITA ETERNITY」も、“Jazz,1968”、“Flower I &II、1968”など5点が収録されている。

“Jazz, 1968” (C)SUKITA

これは、この時代の鋤田作品は厳密には広告だが、現在の定義でいうとファインアートになりうるファッション作品だったことを意味する。言い方を変えると、それらはJAZZの広告写真であるとともに、鋤田正義のパーソナルワークでもあったのだ。その後、このポートフォリオが鋤田の人生に大きな影響を与えることになる。

1972年、憧れの若者文化最前線のロンドンを訪問した時、T-Rexが鋤田のポートフォリオをみて、撮影セッションを承諾する。男性モデルをスタジオで撮影した作品で、彼の高い撮影技術と表現力を見抜いたのだ。そして、スタジオでライブ演奏に没頭するマーク・ボランをとらえた名作”Get it on”が誕生することになる。

“Get it on, 1972” (C)SUKITA

さらに鋤田作品は、シュールリアリズム映画「アンダルシアの犬」が好きだったデヴィッド・ボウイも魅了する。シュールなJAZZやFlowerのポートフォリオがきっかけで、撮影セッションが実現するのだ。

“Backstage By door, Royal Festival Hall, London, 1972” (C)SUKITA

若かりし鋤田は当時主流の女性ファッションを撮ることができなかった。しかし、彼はその状況を嘆くことなく、外国人男性モデルの撮影を丁寧に行って、経験や撮影ノウハウを積み重ねた。その結果に生まれたポートフォリオがきっかけとなり、ボウイを40年以上も撮影することになる。そして1977年には、名作「Heroes」のLPカバー写真が生まれたのだ。もし60年代後半に鋤田が女性ファッションを撮影していたら、現在のような世界的なファインアート系ポートレート写真家の地位はなかっただろう。

才能だけでは成功をつかむことはできない。私たちは致命的失敗という地雷をできるだけ避けながら、運を引き寄せなくてはならない。そのために必要なのは、“いつも、ものごとをありのままに受け入れること”なのだ。実はこれこそが禅で言う「空性」の意味に他ならない。「ファインアート写真の見方」でも書いたが、私は彼のこの生きる姿勢がボウイを魅了したと考えている。鋤田の歩んできたキャリアは、その時その瞬間にある仕事に全霊を注ぐことにより、運が引き寄せられることを私たちに教えてくれる。
今回の「SUKITA Rare and Unseen」展はその軌跡の展示でもある。結果的に、彼に運と成功をもたらした男性被写体の写真の展示が多くなっているのだ。

SUKITA : Rare and Unseen 鋤田 正義 写真展
2021年7月28日(水)~ 10月11日(月)
1:00PM~6:00PM / 月曜火曜休廊 / 完全予約制 / 入場無料
http://blitz-gallery.com/index.html