2021年秋/ロンドン・パリ
アート写真オークションレビュー

例年は11月に開催されるフォトフェア「Paris Photo」。2020年はコロナウイルスの感染拡大の影響で延期になった。2021年のフェアは通常通り11月11日から14日にかけて無事に開催された。しかし大手業者によるパリ/ロンドンの定例アート写真オークションは、今年も開催時期を集中することはできず、11月中に分散して行われた。
クリスティーズは11月9日にパリで“Photographies”、ササビーズは11月16日にロンドンで“Photographs”(オンライン)、フィリップスは11月23日にロンドンで “Photographs”を 開催した。

欧州のオ―クションは開催地の通貨が違うので円貨換算して昨年同期と単純比較している。大手3社の合計売上は、2019年が約7.64億円、2020年は7.87億円だったが、2021年は7.15億円と微減だった。2021年に欧州通貨に対して円安が進んだことを考慮すると、市場規模は若干縮小したといえるだろう。落札率は2019年の約75.6%、2020年約70%に対して、2021年は約80.5%と改善した。特にフィリップス・ロンドンの約93.1%という高い数字が全体の数字を押し上げた。米国市場では今秋のニューヨーク定例オークションの売り上げが大きく回復した。それに比べて、英国/欧州市場の回復ペースはまだ緩やかのようだ。 

Phillips London “Photographs”, Irving Penn, “Milkman (A), New York, 1951”

今シーズンで注目されたのは、フィリップス・ロンドンに“ULTIMATE IRVING PENN”と題されて出品されたアーヴィング・ペンのSmall Tradesシリーズの貴重なプラチナ・パラディウム・プリント10点だった。これは1950~51年に撮影され、ペンがプラチナ・パラディウム・プロセスを完成させた1967年に自らが制作に携わってプリントされた作品。ペンは、彼の特徴的なグレーの背景の前に、作業道具を持ち、仕事着でたたずむ様々な職種の人々をヴォーグ誌用に撮影。これらの作品は時代性が反映された一種のファッション写真として制作されたのだ。彼は、世紀の変わり目にパリの職人を撮影したアジェ、そして“American Photographs”のウォーカー・エバンスに触発されてこのプロジェクトに取り組んだという。当初は市場で過小評価されていたが、2009年にJ・ポール・ゲティ美術館で開催された“The Small Trades”展以降に再評価が進み相場は大きく上昇。同展に際して刊行されたフォトブックも完売、いまではレアブック扱いになり、古書市場で値上がりして取引されている。
今回の出品作の特徴は、シートサイズが約57.5 x 46 cmと大きめ、エディション数は少なめで、他作品は世界の主要美術館がコレクションしている貴重作品であること。オークションハウスによると、10年以上にわたって同じプライベート・コレクションに所蔵されており、オークション出品は今回が初めてとのこと。

今回の落札予想価格は、作品により5万~7万ポンド(約760~1064万円)だった。結果は全作が落札、10点のうち7点が落札予想価格の上限を超えた。最高額は、“Milkman (A), New York,1951”で、なんと落札予想価格上限の5万ポンドの約3倍の15.12万ポンド(約2298万円)で落札。“Barber, New York,1951”も、13.86万ポンド(約2106万円)で落札されている。

今回の3つのオークションの最高額は、これもフィリップス・ロンドンに出品されたヘルムート・ニュートンの大判作品“Charlotte Rampling at the Hotel Nord-Pinus, Arles, France 1973”だった。イメージサイズは 161.5 x 111.9 cm、AP 1/2、落札予想価格は25万~35万ポンドのところ、44.1万ポンド(約6703万円)で落札された。ちなみに同作は、2017年10月3日にクリスティーズ・ロンドンで開催された“Christie’s, London, Masterpieces of Design & Photography”で落札予想価格は20万~30万ポンドのところ、33.275万ポンドで落札された作品。手数料などの諸経費などを勘案すると所有期間4年間の収支はだいたいとんとんだろう。

Phillips London “Photographs”, Helmut Newton, “Charlotte Rampling at the Hotel Nord-Pinus, Arles, France, 1973”

ニュートンに続いたのは、クリスティーズ・パリに出品された、2019年に亡くなったピーター・リンドバークの大判ファッション写真の“Mathilde on the Eiffel Tower (Hommage a Marc Riboud), Paris, 1989”だった。210 x 168 cmサイズのデジタル・プリント作品でエディション1/1という1点ものの貴重作。落札予想価格上限の8万ユーロの約2倍以上の20万ユーロ(約2600万円)で落札されている。

Christie’s Paris, “Photographies”, Peter Lindberg, “Mathilde on the Eiffel Tower (Hommage a Marc Riboud), Paris, 1989”

リンドバークに続いたのが、上記のフィリップスで落札されたアーヴィング・ペンの“Milkman (A), New York,1951”の15.12万ポンド、そして“Barber, New York,1951”の13.86万ポンドとなる。
高額落札が期待されたのは、ササビーズ・ロンドン(オンライン)に出品された、マン・レイの“Erotique Voilee, 1933”。落札予想価格18万~26万ポンド(約2736万~3952万円)だったが不落札だった。

パリ/ロンドンの定例アート写真オークションでは、高額落札上位にニュートン、リンドバーク、ペンなどの20世紀のファッション写真が並んだ。特にニュートン、リンドバークなのアイコニックな大判作品は、現代アート系作品だと認識されているようだ。見方を変えると、これらの有名ファッション写真家の大判作品は、アート写真市場だけ見ていると高額だが、現代アート市場の相場レベルからみるとリーズナブルだと解釈可能なのだと思う。ちなみに11月のニューヨーク現代アートオークションでは、シンディー・シャーマンの“Untitled, 1981”やリチャード・プリンスの“Untitled (Cowboy), 1997”などの写真作品が300万ドル(約3.36億円)越えで落札されているのだ。たぶん今後も、これらの20世紀ファッション写真の大判貴重作品への需要は変わらないのではないだろうか。

(1ポンド・152円、1ユーロ・130円、1ドル・112円で換算)