春に行われる大手業者によるパリ/ロンドンの定例アート写真オークション。今年は5月に公開とオンラインによるセールが集中して行われた。複数委託者の他に、サザビーズが宇宙関連写真、クリスティーズが単独コレクションからのファッションに特化したものなど、独自の企画ものオークションを開催した。
サザビーズは、5月18日にロンドンで“Moon Shots: Space Photography 1950-1999”、23日に“Photographs”(オンライン)、クリスティーズは、5月24日にパリで“Photographies”と“Fashion Photographs from the Susanne von Meiss collection”(オンライン)、フィリップスは、“Photographs”オークションを5月29日にロンドンで開催した。
欧州のオ―クションは開催地の通貨が違うので円貨換算して昨年同期と単純比較している。大手3社の2022年春の合計売上は約6.38億円だった。コロナ禍で変則開催だったので比較の対象にならないかもしれないが、2021年春は4.42億円だった。2022年はオークション数が増え、出品作、落札作品数が増加したことにより総売り上額も上昇した。落札率は2021年が約69%に対して、2022年は約68.3%とほとんど変化がない。特にフィリップス・ロンドンは約80.7%という高い落札率で、全体売り上げの約53%を占めていた。欧州は経済的にロシアのウクライナ侵攻の影響も受けており、コロナ禍での落ち込みからの回復は弱い印象だ。一方で英国市場は、すべての価格帯で売り上げが順調に推移していた。
今シーズンに注目されたのはフィリップス・ロンドンに出品された欧州のプライベートコレクターから出品された13点の「IN FOCUS: PETER BEARD」セクションのピータ―・ビアード(1938-2020)作品。不落札はわずか3点、落札率は77%だった。同オークションでは別コレクションからもビアードの代表作の“Orphaned cheetah cubs @ Mweiga nr. Nyeri (KENYA) for The End of the Game / Last word from Paradise 1968”が出品された。同作がビアード作品の落札最高額となった。サイズ 122 x 171.8 cmの1点もの作品で、落札予想価格2万~3万ポンドのところ、上限の約4倍の12.6万ポンド(約1990万円)で落札されている。2020年の死後もビアード人気は市場で全く衰えてないようだ。
今回の5つのオークションの最高額は、フィリップス・ロンドンに出品されたギュスターヴ・ル=グレイ(Gustave Le Gray)の“Souvenirs du Camp de Chalons au General Regnaud de Saint-Jean d’Angely (album of 66 albumen prints), 1857”。これは鶏卵氏プリント66点がマウントされた1点ものの写真アルバムとなる。風景が44点、ポートレートが22点が含まれる。落札予想価格10万~15万ポンドのところ、上限の約2倍の32.76万ポンド(約5176万円)で落札されている。
ギュスターヴ・ル=グレイとほぼ同じ金額で落札されたのがクリスティーズ・パリに出品されたヘルムート・ニュートンの大判作品“Eiffel Tower、Paris, 1974”。写真集「White Women」(Schirmer-Mosel、1992刊)の収録作品で、イメージサイズは109 x 159 cm、エディション 1/3、落札予想価格は30万~50万ユーロのところ、37.8万ユーロ(約5103万円)で落札された。ル=グレイとニュートンは、採用する為替レートの違いにより順位が変わるので、2作がほぼ同額1位と考えていいだろう。
ちなみにニュートン作品は、2017年4月5日にサザビーズ・ニューヨークで開催された“Photography”で落札予想価格は10万~20万ポンドのところ、34.85万ドルで落札された作品。2017年時点では、すでにニュートンの大判ファッション写真は市場で高騰していた。今回のユーロの落札額は、ドル換算すると約35.2万ドルとなる。手数料などの諸経費などを勘案すると所有期間5年間の収支は若干のマイナスになるだろう。投資の視点で写真作品をコレクションする場合も他の金融資産と同じで、未評価分野の作品の長期保有が基本になるのだ。
高額落札の第3位は、フィリップス・ロンドンに出品されたエドワード・スタイケンの“Gloria Swanson, New York, 1924”。サイズは24.1 x 19.1 cm、写真家の未亡人ジョアンナ・スタイケンのコレクションという由緒正しい来歴の作品。落札予想価格は24万~34万ポンドのところ、27.72万ポンド(約4379万円)で落札された。
今回フィリップス・ロンドンでは、野口里佳の作品が「ULTIMATE Newcomers」セクションに出品された。フリップスはこのカテゴリーで、若手、新人、中堅による、エディション数自体が少ない、もしくはエディションの残り少ない、また貴重な1点もの作品を積極的に紹介している。通常、オークション市場では取引実績のある人の、資産価値の高い作品を取り扱う。一方でギャラリーは、まだ実績のない若手/中堅アーティストの作品を取り扱う。新作を取り扱うプライマリー市場と旧作を取り扱うセカンダリー市場との違い以外にも役割分担があるのだ。フリップスの「ULTIMATE Newcomers」は、オークションハウスが通常のギャラリー業務に挑戦する試みになる。いま両者の仕事の棲み分けが益々曖昧になってきているのだ。だから、「ULTIMATE Newcomers」での落札は、作品の時間的価値の評価であり、本源的な資産価値を保証するわけではない。この点はよく誤解されるので注意が必要だ。本源的価値は、継続したオークションへの出品/落札、時間経過の中でのトラックレコードの積み重ねの中で上昇していくもの。この辺りのことは「ファインアート写真の見方」(玄光社,2021年刊)で触れているので、興味ある人は読んで欲しい。
さて今回注目したいのは、野口里佳の”フジヤマ [Fujiyama] A Prime #1 1997″の高額落札だ。同作は、作品集「鳥を見る」(2001年、P3 and enviroment刊)に収録された、101.6 x76.2 cmサイズ、エディション5の作品。落札予想価格5千~7千ポンドのところ、上限の約9倍の6.3万ポンド(約995万円)で落札された。今回の落札がきっかけとなり、野口作品が市場でどのように取り扱われていくか注視していきたい。
(1ポンド・158円、1ユーロ・135円で換算)