
フィリップス・ニューヨークで開催された春のオークション「PHOTOGRAPHS」では、ファッション写真の特集が興味深かった。ミッドセンチュリーのリチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ヘルムート・ニュートン、ウィリアム・クライン、フランク・ホーヴァット、リリアン・バスマンなどの戦後時代のファッション写真と、単独コレクションから「VENUS」と命名された、主に80年代から2000年代のコンテンポラリーのファッション写真を絶妙に織り交ぜてセレクションされていた。たぶんオークション内覧会に行くと、20世紀ファッション写真を網羅する展覧会のような構成になっていると思われる。

単独コレクションから出品された「VENUS」は、理想化された女性像の神話的な姿を意味するとのこと。落札結果のウェブ上のオークションカタログを見ると、Horst P. Horstの戦前の名作“Mainbocher Corset, Paris, 1939”から、2000年代のChuck Closeによる “Kate Moss (diptych)、2008”までの20ロットが紹介されている。解説文には22点と書かれているので、もしかしたら2点は出品取りやめになったのかもしれない。出品作の中心は80年代と90年代で、各6点と8点。
写真家も当時を代表する11人が名を連ねている。内訳は、パトリック・デマルシェリエ(Patrick Demarchelier) 4点、アルバート・ワトソン(Albert Watson) とハーブ・リッツ(Herb Ritts)が 3点、サンテ・ドラツィオ(Sante D’Orazio) とホルスト(Horst P. Horst) が2点、デボラ・ターバヴィル(Deborah Turbeville)、チャック・クロース(Chuck Close) 、ブル-ス・ウェバー(Bruce Weber) 、アーサー・エルゴート(Arthur Elgort) 、 マイケル・ドウェック (Michael Dweck) 、ランキン(Rankin) が1点となる。被写体は当時のスーパーモデルたちだが、ケイト・モスの写真が8点と多く、なんと7名の写真家が撮影、続くのがクリスティー・ターリントンが4点、シンディー・クロフォードが2点となる。ケイト・モスはこの時代に多くの写真家の創作意欲を掻き立てた代表的なミューズだった事実がよくわかる。

個人的にはブリッツ・ギャラリーが取り扱う、最近は映画監督としても有名な
マイケル・ドウェックの「Mermaids」シリーズ作が含まれていたことが嬉しかった。“Mermaid 128, Aripeka, FL, 2002”は、落札予想価格3,000~5,000ドルのところ、4,445ドル(@150/約66.6万円)で落札。同シリーズは実はドキュメント作なのだが、間違いなく広義では時代性が反映されたファッション写真だと思う。
「VENUS」のオークション結果だが、20点が落札。落札予想価格の上限以上の落札が15点、予想範囲内が5点、下限以下の落札はないという、好調な結果だった。このようにカテゴリーを特集したオークションは、とても宣伝効果が強い。今回も間違いなく、インテリアにも相性が良いこの分野のコレクターが注目したのだと思う。また、いまやファインアート系のファッション写真のカテゴリーは、人気コレクション分野として確立している事実が改めて印象付けられた。

最高額はChuck Closeによる“Kate Moss (diptych)、2008”。落札予想価格15,000~25,000ドルのところ、24,130ドル(@150/約362万円)で落札されている。ちなみに、デボラ・ターバヴィルの“Three Nudes, 1986”は、落札予想価格3,000~5,000ドルのところ、8,890ドル(@150/約133万円)で落札。これは作家のオークション・最高落札額になるとのことだ。近年進行している、女性ファッション写真家再評価の流れが影響していると思われる。

全てのオークションでのファッション系最高額はリチャード・アヴェドンの有名な“Avedon/Paris, 1947-1957, 1978”だった。本作は、1947年から1957年にかけてハーパーズ・バザーのスタッフ・フォトグラファーとして撮影された初期の写真で構成されたポートフォリオ11点。1978年にメトロポリタン美術館で開催されたアヴェドンのキャリア初期の回顧展「Avedon: Photographs 1947-1977 」のために編集。当時の劇的な社会文化の変化に対応した、ストリートや野外で撮影された動きのある映画的なアプローチの作品が収録されている。それらは、1950年代の「ニュールック」ファッションを定義したファッション写真だと言われている。いま見ても十分に斬新でカッコいいイメージ群だ。落札予想価格15~20万のところ、215,900ドル(@150/約3238万円)で落札されている。個別作品には、もちろん人気・不人気があるが、平均すると1点はだいたい294万円くらいになる。アヴェドンの代表的なパリのファッション作品なら、決して高価すぎないように感じるのは私だけだろうか。
2025年春のニューヨーク・ファインアート写真オークションはまだ一部が17日まで行われている。近日中に全体レビューをお届けしたいと思う。