百瀬俊哉「Silent -scape」展
心に沁みる写真/見どころを紹介

ブリッツ・ギャラリーでは百瀬俊哉「Silent-scape」を開催中。
本シリーズでは、以前に解説したように地球環境問題が意識され、「水」をモチーフにした、ノルウェー、アルゼンティン、エジプト・カイロ、ツバル、ウズベキスタン、ベニスの作品が多くセレクションされている。一見すると外国の美しい都市や風景の写真に見えるが、その背景には私たち人間が宇宙/自然の一部である事実を思い起こさせるアーティストのメッセージが込められている。
作品の背景にあるアイデア/コンセプトが一番わかりやすいのは、7月にソニーイメージングギャラリーで展示する最新シリーズ「地の理 (Chinokotowari) セレニッシマ/ヴェネチア(7月11日~7月24日)」展用の案内状に使用されている水没したベニス市街地の写真だろう。実は地球温暖化の被害が顕在化した最前線の写真なのだが、百瀬はまばゆい色彩の一種ミステリアスな静謐な風景として作品を提示している。逆説的にそのような美しいシーンが地球環境の変化により危機に直面している事実を私たちに訴えているのだ。

「Silent-scape」シリーズの写真は、百瀬独自の一定の撮影ルーティンを経て、自分自身を客観視しながら撮られている。そこには、アマチュア写真家のような風光明媚な風景を撮ろうというエゴが一切ない。それゆえに、彼の風景写真は決して特別な世界ではなく、逆にそれが大きな魅力になっている。それらの写真は、撮影場所がどこであれ、普通に旅先で遭遇するさりげないシーンなのだ。そして、ありきたりの世界だからこそ、私たちは自分の存在を彼の写真世界の中に自然と重ね合わせことができる。見る側は写真家とのコミュニケーションを通して、百瀬の風景写真の魅力に引き込まれていく。

百瀬の撮影地は、日本の東京や博多などの近代的大都市からみれば、辺境と呼べる地域や途上国だろう。しかし特に古代遺跡や未踏のジャングルなどの記録を目指してはいない。ほとんどのイメージに人間の姿はないが、人の気配を感じる、生活の痕跡が残るシーンを多く撮っている。喧騒に満ちた現地マーケットやコミュニティーの中に入り込んで、直接に現地人と対峙してドキュメントするのではなく、あえて距離を置いているように感じる。たぶん彼は誰も知り合いがいない、言葉も通じない外国の地に身を置いて、写真撮影を通して自分自身と向き合っているのだろう。そして一見普通のイメージが私たちの心に沁みるのは、そこに人間の人生や存在をリアルにとらえた彼の生き方が反映されているからだろう。それは、日本独特のムラ意識や皆が一蓮托生のような認識ではなく、アーティストとして孤独と自由を求めて生きる姿勢が反映されている。人はどのように生きようが、所詮一人で生きて死んでいく存在だという、冷徹な人生を見つめる感覚が反映された写真作品は私たちの心を揺さぶるのだ。

本展では、本人制作によるピグメント・インクジェット・プリントも見どころだといえるだろう。使用しているのは、フレスコジグレー・ペーパー(Fresco Giclee paper)。漆喰のシート化技術を応用して開発された表現力豊かな高級ペーパーだ。その特徴は、デジタル画像データを元にしながら、アナログ的な自然な奥行き感のある画像が得られること。再現される画像は、一般インクジェット用紙のようなインク受像層を持たず、光透過性と独自のテクスチャーを持つ「未硬化の漆喰」に顔料インクが浸透することで生まれるとのこと。使用されている漆喰は自然素材「石灰石」で、山口県秋吉台の良質な石灰岩を原材料にしているとメーカーは公表している。興味深いのは、プリント後に漆喰の炭酸化反応によって顔料インクがCaCO₃=炭酸カルシウムの薄膜で覆われ、有機物である顔料インクの酸化劣化を抑える構造に変化するという特徴だ。百瀬によると、プリント後に時間が経過すると、表面に被膜ができて写真が落ち着いてくるという。ただし制作時の取り扱いにはかなり気を遣うと語っていた。特に古い壁面や建築物などの素材、またクルマなどの質感がとても表情豊かに感じる。興味のある人はぜひ会場で実物を見て確かめてほしい。ちなみに、7月にソニーイメージングギャラリーで展示する百瀬の最新シリーズ「地の理 (Chinokotowari) セレニッシマ/ヴェネチア(7.11-7.24)」展では、表面にアクリルを使用しない展示方法が採用されるという。フレスコジグレー・ペーパーの質感そのものが直に確認できるだろう。

百瀬俊哉 写真展 「Silent Scape 静寂の風景」
2025年5月16日(金)~7月6日(日)
プレスリリースは公式サイトで公開中

なお百瀬の在廊予定は、6/28(土)時間未定、6/29(日)終日、を予定。ただし、事前の告知なしに予定を変更、中止する場合があります。あらかじめ、どうかご了解ください。目黒方面にお出かけの際はぜひご来廊ください。

2025年春NewYork写真オークションレヴュー
アンセル・アダムスの名作が高額落札!

2025年春の大手3業者によるニューヨーク定例アート写真オークション、今回は4月上旬から中旬にかけて、複数委託者によるライブとオンラインの合計3件が開催された。
フィリップスは、4月2日に複数委託者による”Photographs”(223点)、サザビーズは、4月3日に複数委託者による”Photographs(Online)”(128点)、クリスティーズは、4月17日に”Photographs(Online)”(222点)を開催した。
さてオークション結果だが、3社合計で573点が出品され、451点が落札。全体の落札率は約78.7%と秋の約75.6%よりも若干改善した。ちなみに2024年秋は出品737点で落札率75.6%、2024年春は出品766点で落札率73.5%だった。総売り上げは約1009万ドル(約14.9億円)、昨秋の1466万ドル、昨春の約1159万ドルより減少している。落札作品1点の平均落札金額は21,691ドルで、昨秋の約26,328ドルより減少、ほぼ昨春の約20,600ドルと同じレベルだった。

過去10回のオークションの落札額平均と比較したグラフを見ても、総売上高は再び減少に転じている。今年も、ダイアン・アーバス、エル・リシツキーなどの高額評価のヴィンテージ作品が現代アート系オークションに出品されている。”Photographs”分野は中低価格帯の作品が中心になるので、売り上げの減少傾向は続きそうだ。

業者別では、売り上げ1位は久しぶりに約374万ドルを達成したクリスティーズ(落札率76%)、2位は約353万ドルのフィリップス(落札率80%)、3位は約281万ドルでサザビーズ(落札率80%)という結果だった。

しかしフィリップスは、2025年3月18日にウィリアム・エグルストンによるダイ・トランスファー作品43ロットの単独オークション「Color Vision: Masterworks by William Eggleston from Guy Stricherz and Irene Malli」を行い、約566万ドルを売り上げている。実際はフィリップスが売り上げ1位だったといえるだろう。

Sotheby’s NY, Ansel Adams,”Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941″

今シーズンの最高額落札は、サザビーズ”Photographs(Online)”に出品されたアンセル・アダムスの”Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941/c1942″だった。イメージサイズは37.5×47cm、落札予想価格50~70万ドルのところ63.5万ドル(約9398万円)で落札された。本作は、40年代初頭にプリントされた、現存数が少ない1948年12月のネガ再処理以前の貴重な初期プリントの1枚。

Phillips NY, Richard Avedon, “Avedon/Paris, 1947-1957”

第2位は、フィリップスに出品されたリチャード・アヴェドンのファッションの有名作”Avedon/Paris, 1947-1957, 1978”だった。本作は、1947年から1957年にかけてハーパーズ・バザーのスタッフ・フォトグラファーとして撮影された初期の写真で構成されたポートフォリオ11点。1978年にメトロポリタン美術館で開催されたアヴェドンのキャリア初期の回顧展のために編集。1950年代の「ニュールック」ファッションを定義したファッション写真だと言われている。落札予想価格15~20万のとろ、21.59万ドル(約3195万円)で落札されている。

Christie’s NY, Alfred Steieglitz, ”The Hand of Man, 1902”

高額落札第3位は、いずれもクリスティーズに出品された、アルフレッド・スティーグリッツによる、24 x 31.7 cmサイズのphotogravure作品”The Hand of Man, 1902/c1910”と、アンセル・アダムスのポートフォリオ15点の”Portfolio Two: The National Parks and Monuments”で、ともに17.64万ドル(約2610万円)だった。

米国経済は、トランプ政権による通貨や通商の秩序を変えようとする動きで不確定要素が多くなってきている。関税、財政、インフレなどの先行きが非常に読みにくい状況だといえるだろう。米国の中央銀行に当たるFRBは「様子見姿勢」を明確にするなど、早期の利下げも遠のいたようだ。このような社会・経済の環境の中、アートの高額価格帯市場では、知名度の高いアーティストの資産価値が確かな代表作に人気が集中し、20世紀写真や若手新人のコレクションは様子見のような状況が続いている。また一時よりも円高になったものの、今の為替レベルは肌感覚ではまだまだ円安水準といえるだろう。日本のコレクターは、積極的購入には動き難くい状況だと思われる。輸送費の高騰も心理的に影響しているだろう。最近は日本のSBIアートオークションなどに良質の海外アーティストの写真作品が出品されるケーズが散見される。これらは、今の為替レートよりも円高のレベルで作品が評価されていると思われる。また国内だと作品輸送費が低く抑えられるメリットもある。まだ写真作品は少ないが、今後の出品状況を注視したい。

(1ドル/148 円で換算)