2015年秋のNYアート写真シーズンが到来! 最新オークション・レビュー

夏休みが終わり、いよいよ2015年秋のニューヨーク・アート写真シーズンが始まった。

10月5~8日にかけて大手のクリスティーズ、ササビーズ、フィリップスがオークションを開催した。実は春のオークション以降、市場の外部環境に大きな変化があった。8月になってから、中国経済の想定以上の減速と6月中旬から続く上海総合指数の急落が、世界的な株安を引き起こしたのだ。その後も中国の実体経済の悪化を示す統計の発表が続き、世界経済へのリスクが大きく意識されるようになった。経済の先行きに対する不透明さから、広く予想されていた9月の米国の利上げも先延ばしとなった。10月になり、株式市場は落ち着きを取り戻したものの、景気の先行きに対する不安は大きくなっている。世界経済を引っ張ると期待されていた中国経済の実態は悪く、中央銀行による金融緩和だけがたよりという極めて不安定な状況であることが明らかになったのだ。先般、国際通貨基金(IMF)の国際通貨金融委員会が「世界経済のリスクが増大した」との共同声明を採択したが、まさにその通りの状況だろう。

そのような環境下で行われたニューヨークのアート写真オークションだが、実はその前から嫌な兆候もあった。アートで投機を行う裕福なコレクターたちの投資対象になっている、ヴィジュアル重視、内容が希薄な、マンネリ化した抽象作品は、「ゾンビ・フォーマリズム」系として知られ、2010年代に市場での存在感が大きくなっていた。9月にニューヨークで開催された複数の現代アートオークションで、このカテゴリーの入札不調が伝えられていた。アート市場に流入していた資金が減少している兆候だ。

さて2015年秋の写真オークションだが、ふたを開けてみると残念ながら嫌な予感は的中した。1万ドル(約120万円)以下の、低価格帯の動きが鈍いことは以前から指摘していた。この価格分野は前回とほぼ同様の入札結果だった。ところが今秋は、今まで好調を維持してきた5万ドル(約600万円)以上の高額価格帯が大きく苦戦した。落札点数は2014年秋とほぼ同じで、平均落札率は60%代前半なのだが、総売り上げが大きく減少したのだ。3社の総売り上げは約1017万ドル(約12.2億円)と、今春より約43%減、昨秋より約45%減だった。これはリーマンショック後の2009年春以来の結果で、ネットバブル崩壊後に低迷していた2000年代前半期の売上だ。

過去5年の平均売り上げの移動平均を比較すると、2013年春から2014年春にリーマンショック後の売り上げ減少傾向からプラスに転じたものの、2014年秋以降は弱含んで推移して、ついに今秋に下離れしてしまった。低価格帯~中間価格帯作品は、いままでの低調な動きから相場が適性レベルに修正されてきた。しかし、貴重作品や有名作品を含む高額セクターは、現代アート同様に資産性が高いという理由から比較的強めの相場が続いていた。今秋の入札結果により、今後は適性相場の修正が行われることになるだろう。高額セクター市場は金融緩和による過剰な流動性により支えられていたという指摘もある。世界的な需要不足を埋め合わせていた、金融緩和による資産上昇という構図に変化が訪れつつあるのだろうか?これから欧米で開催される現代アートと、欧州のアート写真のオークションの動向に注目したい。

今回クリスティーズは、現代アートなどと同様に、高額作品による「PHOTOGRAPHS」イーブニング・セールスと中間価格帯中心のデイ・セールスを10月5日~6日に開催した。今春のフィリップスを参考にしたようだ。

トータルの落札率は56.2%、総売り上げも約272万ドル(約3.26億円)にとどまった。特に高額セクターが極端に不振だった。高額落札が予想された上位10点のうち、なんと、アンセル・アダムス、アーヴィング・ペン、マン・レイ、ウィリアム・エグルストン、エドワード・スタイケンなど9点が売れなかった。最高額は、カール・ストラスのプラチナ・プリント”Man’s Construction,1912″で、16.1万ドル(約1932万円)で落札された。ピーター・リンドバークの120X176.5cmの巨大作品”Helena Cristensen, Debbie Lee carrington, Vogue Italy, ET Mirage,1999″が11.8万ドル(約1425万円)だった。

ササビーズは10月7日に複数委託者による「PHOTOGRAPHS」を開催。落札率59.64%、総売り上げ約328万ドル(約3億9364万円)だった。こちらも同様に高額セクターの不落札率が高かった。

最高額はカタログに2ページにわたる解説が掲載されていた注目のロバート・メープルソープ作品”Man in Polyester Suit, 1980″で、47.8万ドル(約5736万円)。本作が今秋のアート写真オークションでの最高額だった。 ちなみに、2015年春の最高額は、フイリップスで落札された、ヘルムート・ニュートンの大判3枚セット”Walking Women, Paris, 1981″。90.5万ドル(約1億860万円)で落札されている。カタログ・カヴァーに掲載されていた、ダイアン・アーバスの注目作”National Junior Interstate Dance Champions of 1963, Yonkers, NY, 1963″は不落札。続くのは、ティナ・モドッティの”Campesions Reading El Machete,1929″。カタログに現物サイズの写真画像が折込ページで紹介されている注目作。落札予想価格内の22.5万ドル(約2700万円)で落札されている。
アルフレッド・スティーグリッツの”Georgia O’Keefe, 1918″は、21.25万ドル(約2550万円)で落札されている。

フィリップスは、10月8日に単独コレクションの「Innovators
of Photography: A Private East Coast Collection」と、複数委託者による「PHOTOGRAPHS」を行った。53点が出品された前者のオークションは比較的良好な結果だった。落札率77.36%、総売り上げも約166万ドル(約1億9965万円)。最高額はダイアン・アーバスの”A
Family on their Lawn one Sunday in Westchester, NY, 1968″。最高落札予想価格の上限をやや超える、36.5万ドル(約4380万円)で落札。続くのは、ウィリアム・エグルストンの”Memphis, 1969-1970″。30.5万ドル(約3660万円)で落札されている。

一方で、複数委託者による「PHOTOGRAPHS」は、まさにクリスティーズとササビーズと同じ展開となった。全体の落札率は67.5%なのだが、高額セクターの落札率は47.8%と低迷したのだ。総売り上げは約256万ドル(約3億780万円)にとどまった。しかし、フィリップスは売上高合計では大手3社でトップだった。
最高額は、ロバート・フランクの代表作”Trolley, New Orleans, 1955″。14.9万ドル(約1788万円)で落札されている。次はエルガー・エッサー(Elger Esser)の約139X198cmの巨大カラー作品”Dout, Frankreich,1999″。最高落札予想価格の上限の2倍近い、13.7万ドル(約1644万円)で落札。リチャード・アヴェドンの約140x113cm作品の”Bubba Morrison, oil field worker, Albany, Texas, 1979″は、11.8万ドル(約1425万円)をつけている。ただし、高額落札が期待されていた、アヴェドンのビートルズ・メンバー4人のポートレート”The Beatles, London, August 11, 1967″は残念ながら不落札だった。ちなみに、10月15日に開催された低価格帯作品が90%を占めるスワン・ギャラリーでの「Icons & Images: Fine & Vernacular Photographs」オークションは落札率約68%と平均的な結果に終わっている。高額セクターでは、ここでもアーヴィング・ペンの最高落札予想価格が10万~15万ドル(約1200~1800万円)の”Pablo Picasso at La Californie, Cannes,1957/1962″が不落札。まさに今秋の高額セクターの不調傾向を象徴していた。
(為替レート 1ドル 120円で換算)

21世紀の新しいアート・カテゴリーの模索 オークション・ハウスの挑戦は続く

アートネット(Artnet)が7月22日発表したプレスリリースによると、2015年1~6月までの全世界にセカンダリー市場のアート作品の売り上げは、昨年比で6%減少、出品数も約17%減少したという。落札された作品数は141,200点、平均落札率は65%と微減。総売り上げは86億ドル(約1兆125億円)。地域別の数字をみると、見事にいまの世界経済の状況と重なっている。欧州と中国の売り上げが減少している。特に景気が悪い中国は売り上げが約30%ダウン。一方で利上げが囁かれている米国は19%も増加しているのだ。

アート写真はどうだっただろうか?。最近は、現代アートの一部として写真が取り扱われ、またレギュラー時期のオークション以外にも単発で行われることも多い。厳密なアート写真だけの統計は非常にとり難くなっている。 ここでは単純化して大手3社のニューヨーク・オークションの結果を比較してみよう。

2015年前期売上は、昨年同期と比べて約20%減少して約1771万ドル(約21億円)。昨年後期と比べると約3.8%減。平均落札率は68.6%と微減だった。ほぼ全体のアート市場のトレンドと重なった数字だったといえるだろう。

さて6月下旬から7月は、各主要カテゴリーのレギュラー・オークションが終了した時期。 例年は夏休み気分が強くアート業界の大きな動きはない。しかし、今年はクリスティーズ・パリの「アイコンズ&スタイル」、ササビーズ・パリの「Now!」、Bloomsburyロンドンの「Mixed Media: 20th Century Art」など、興味深いオークションが開催された。いずれも、複数カテゴリーのアートやコレクタブルが混在するという、オークションハウスの実験的な試みの印象が強いものだった。これらは低価格帯作品中心の品揃えで、富裕層のコレクターではない、新しい顧客を呼び込むために企画されていた。

さて、先般プレビューしたように、最も注目されていたのが7月22日にササビーズ・ニューヨークで開催された、リビング・ルームをテーマにした、写真、版画、家具、オブジェを取り扱う「Contemporary  Living」オークションだった。結果はというと、低価格帯中心だったものの総売り上げは約200.3万ドル(約2.5億円)、落札率は約74%だった。夏休みシーズンであったことを考慮するに、順調な結果だったと判断できるだろう。しかし中身を分析すると興味深い傾向が読み取れる。家具などのデザイン分野の落札率は約82%、現代アート系が91%だったものの、写真分野は約57%と低迷しているのだ。つまりインテリアの中の写真という切り口は不発で、新しいコレクターの関心を引き寄せる効果はあまりなかったようだ。従来の写真コレクターが彼らの基準で入札に参加していたと考えられる。写真の最高額の落札は、フランチェスコ・ウッドマンの貴重なヴィンテージ・プリント”Untitled(Self Portrait, Boulder Colorado,
1972-1975″で、落札予想価格上限の約2倍の68,750ドル(約859万円)で落札されている。

ちなみにササビーズは同様のマルチ・ジャンルのオークション「Made in Britain」を9月30日にロンドンでも開催する予定だ。

写真は多くはないが、英国人写真家のテリー・オニール、デビット・ベイリー、マイケル・ケンナ、ビル・ブラントなどが出品される。ニューヨーク、パリ、ロンドンのコレクターのテイストは全く違っている。新ジャンルがどの地域にも最も適しているかを調査する意味合いがあるのだろう。

元大手オークション会社の写真スペシャリストに写真のラグジュアリー・グッズ化する傾向について話をする機会があった。彼は今に写真はハンドバックと一緒に売られるようになるよ、と皮肉たっぷりに答えてくれた。売り上げのためには何でもやるという考えがある一方で、その動きに批判的な従来の価値観にこだわる人たちもちゃんと存在するのだ。

アート写真市場の現状を、こんどは作品の供給面からも分析してみよう。最近の傾向は、ヴィンテージ・プリントの市場への供給が大きく減少しているという状況が影響している。いままでオークションハウスは、写真史を意識したエディティングを行ってきた。90年代くらいまで、オークションの内覧会はオリジナル作品で写真の歴史を学ぶ場でもあった。ところが美術館や有力コレクションに収蔵された貴重作品は二度と市場に出ることはない。かつてのように、まずオークションのメインとなる19~20世紀のヴィンテージ・プリントが中心にあり、戦前、戦後のマスターの作品、60年代のコンテンポラリー・フォトグラフィー、ニューカラー、そして現代写真、一部にファッション系と現代アート系というエディティングができなくなっているのだ。20世紀写真だけで質の高いオークション開催は困難なのだ。それとともに、現代アートが市場を席巻し、その価値観で写真史が再評価されてことも影響している。

またコレクターの購買傾向も大きく変化している。従来のコレクターは、写真や現代アートなど分野ごとに特化してコレクションを構築していた。しかし、新世代の人たちは自分のテイストが明確にあり、それに合致したものを買い集める傾向が強い。写真自体をコレクションしているのではなく、自分の感性に合致したアートの一部に写真がある、というような感じなのだ。過去の実績から分類されている既存のオークション・カテゴリーと顧客のニーズは必ずしも一致しないのだ。

今の状況を分析してみるに、私はシティグループの前会長チャック・プリンスが2007年に発言した「音楽が流れている限りは、立ちあがって踊り続けなくてはならない」を思い出した。 大手オークションハウスは競争を繰り返している。彼らは、他社が続ける限り、そして顧客のニーズがある限り、批判覚悟で新しいカテゴリ創造にも挑戦しなくてはならないのだ。
個人的には、クリスティーズの「アイコンズ&スタイル」までは、オークション・タイトルが意味する範疇で十分に趣旨が理解可能だと考えている。写真のテーマ性やコンセプトではなく、時代の移ろいやすい気分や雰囲気を反映させた写真作品のアート性は十分に認められのではないか。しかし、ササビーズのようにインテリアやデザインを含めるのは、やや範囲が広くなりすぎていると感じる。時代性の部分は果てしなく拡大解釈が可能なのだ。昨今の新しいオークションは、この限界部分の境界線を模索する動きだと理解したほうがよいだろう。新たな試みが成功するかは最終的に時間と市場が決めてくれるだろう。今後もこの動きには注視していきたい。

(為替レート:1ドル 125円で換算)

ラグジュアリー・グッズとしてのアート作品
大手オークション・ハウスの新たな挑戦

アート写真のオークションは、いままで業者ごとに専門とする価格帯が区分されてきた。
大手のササビーズ、クリスティーズ、フィリップスが1万ドル(約120万円)以上の中価格帯から高額価格帯を取り扱い、中小業者が低価格帯の写真作品やフォトブックを取り扱ってきた。
最近になって大手が新たな切り口のオークションを相次いで開催して注目されている。 それも通常オークションを開催しないシーズン最後半の夏の時期にあえて行っている。
新しいカテゴリーを他分野の定例オークションと重複させない配慮だろう。新たなアプローチのエディティングを行うことで、シリアスなアート・コレクター以外の幅広い顧客を呼び込もうという作戦だと思われる。

クリスティーズ・パリは昨年から、7月上旬のパリコレの時期に合わせて「アイコンズ&スタイル(Icons & Style)」を開催している。文字通り誰でも知っている、リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、ヘルムート・ニュートン、ホルスト、ピーター・ベアードなど有名アーティストの有名イメージとファッション系の作品が中心のオークションだ。価格帯は中間価格帯が中心なのだが、低額から高額までも網羅している。今年も6月30日に第2回が開催された。
欧州の経済環境は、ギリシャ危機などで決して芳しいものではなかったものの、総売り上げ約172万ユーロ(約2億3226万円)と健闘。落札率は昨年の約73.5%を上回る約75%、2015年の写真オークション平均を上回る好調な結果だった。春にニューヨークとロンドンで開催された”Christie’s 20/21 Photographs”よりも高い落札率だったことを考えると、間違いなくこの分野に新たな資金が流入していると判断してよいだろう。
ちなみに最高額は、ヘルムート・ニュートンの巨大200x119cmサイズの”Big Nude II, Paris, 1980″で、36.15万ユーロ(約4880万円)だった。
これは写真を含むアート作品を一種のラグジュアリー・グッズとして新しい層にアピールする試みともいえるだろう。アート界で良く言われる、目ではなく耳で作品を買うブランド志向のコレクターを想定していると思われる。アートの知識や経験が浅い富裕層を狙っていると、手厳しい評価を下す専門家もいる。

いままでクリスティーズが、この動きをリードしてきた。通常の写真オークションでも、アイコンやファッション系の比率が高いのだ。グッチなどの有名ブランドを傘下に持つラグジュアリーグループのケリング(Kering)のフランソア=アンリ・ピノー氏の持ち株会社が彼らの大株主であることが影響しているといわれている。この分野で後れをとっていたのがライバルのササビーズ。実は昨年末に大きな人事が行われている。長年写真部門を担当していたダニエル・ベセル(Denise Bethel)氏が退任し、新たにジョン・ホールドマン(Josh Holdeman)氏が、写真、プリント、20世紀デザインを担当するヴァイス・チェアマンに就任した。彼は、ロバート・ミラー・ギャラリー、オークション・ハウスのフィリップス、クリスティーズで実績を積み上げ、アート写真のラグジュアリー・グッズ化に取り組んできたキャリアを持つ人物なのだ。

ササビーズがどのよう名新しい方針を出してくるか注目されていた。彼の21世紀のアート・カテゴリーの再分類への初挑戦が、ササビーズ・パリで7月1日に行われた「Now!」オークションだと思われる。「Now!」は、1930年代から現代までの、現代アート、デザイン、写真、モダン・アート作品をインテリアをテーマに一緒にオークションにかける実験的な試みだ。明らかにクリスティーズの「アイコンズ&スタイル」を意識していると思われる。
写真作品は約183点のうち約54点。ピーター・リンドバーク、ホルスト、ジャンルー・シーフ、マイケル・ケンナ、ウィリー・ロニ、ロベルト・ドアノーなど欧州系の写真家が多かった。
「Now!」は、カタログの編集方法に非常に特徴があった。リビングを意識した壁面がある空間に、家具、照明スタンド、アート作品、写真がコーディネートされて展示された見開きが数多く挿入されており、まるでインテリア雑誌のページを見ているような印象だ。

今回の総売り上げは約115万ユーロ(約1億5548万円)。
全体の落札率は約73%と比較的好調な結果だった。ただし写真作品だけに限ると、落札率は約64%、落札予想価格下限付近での落札が多く全般的に力弱い印象だった。
ちなみに最高額は、オーストリア人アーティストのフランツ・ウェスト(Franz  West) の、”POUF KOMPLIMENT, VERS 2003″で、13.5万ユーロ(約1822万円)だった。実はササビーズの挑戦はパリだけでとどまらない。
7月22日にニューヨークで「Contemporary Living」が開催される。

こちらでも”Photographs”、”Prints”、”20th Century Design”のカテゴリーの作品群、つまり、写真、版画、家具、オブジェなどをリビング・ルームをテーマにオークションを行う。
総出品数は約250点だが、写真は約102点、20世紀デザインが約77点、残りが版画類のプリント作品。たぶん出品数が多いニューヨークの方が同社の本命ではないだろうか。今回のパリとニューヨークの両オークションで興味深いのは、低価格帯の比率が非常に高いこと。「Now!」では、183点うち約84%の155点が、「Contemporary Living」では250点うち約73%の183点が低価格帯なのだ。いままで大手のオークションハウスとなじみのなかった、経験の浅いコレクター、デザイン・コンシャスな若い層を取り込んで、低迷している低価格帯のアート作品の活性化をはかろうという野心的な試みだといえるだろう。
「Contemporary Living」の写真関連はインテリアとの兼ね合いがよいヘルムート・ニュートン、アービング・ペン、ホルストなどのファッション系だけでなく、ダイアン・アーバス、ラリー・クラーク、アンリ・カルチェ=ブレッソン、リー・フリードランダーなどのドキュメント系も複数点出品されているのが興味深い。モノクロ写真はインテリア空間でコーディネートしやすいのだと思う。一方で、カラー作品は現代アート系の大判作品が中心に出品されている。
7月下旬ころは、富裕層は夏休みでニューヨークのマンハッタンにはいないといわれている時期だ。中間層の新たな顧客層をどれだけひきつけられるか非常に興味深い。結果の分析レポートは後日にお届けする予定だ。

アート写真・中間価格帯作品の現在
ロンドン・オークション・レビュー

5月の中旬から下旬にかけて中間価格帯のアート写真を主に取り扱うオークションがロンドンで大手3業者により開催された。
以前ニューヨークの中小業者によるに1万ドル(約120万円)以下の低価格帯中心オークションを紹介した。ボンハムス(Bonhams)ヘリテージ・オークション(Heritage Auctions)スワン(Swann Auction Galleries)3社の結果は平均落札率67.7%とやや厳しい状況だった。

今回ロンドンの大手業者で開催されたのは5万ドル以下がメインの(約600万円)の中間価格帯中心のオークション。結果は3社の売り上げ合計は約398万ポンド(約7.56億円)、平均落札率は64.5%だった。 全体的に平均的な結果なのだが、出品数は少ないもののオークション目玉である高額有名作品の不落札が散見された。比較的好調だった高額価格帯に陰りが見えてきたのはやや気になるところだ。昨年秋から、平均した落札率はずっと60%台半ばにとどまっている。いままでリーマン・ショック後の激しい落ち込みから市場は順調に回復してきた。いま落札率の頭打ちが続いているのは、そろそろ今回の回復サイクルもピークに達しているということだろう。金融市場で予想されている米国の金利引き上げの影響も気になるところだ。はたして今の小休止状態の後、今秋の市場はどちらの方向に向かうのだろうか?

フィリップスは5月21日”Photographs”を開催。こちらは約9割が低中価格帯作品。落札率は約77%と好調、総売り上げも約173.65万ポンド(3.29億円)と3社中見事に1位だった。やや気になったのが数は少ないものの、高額価格帯の代表作の不落札が散見されたこと。
リチャード・アヴェドンの”Nastassja Kinski and Serpent,1981″最低落札予想価格が4万ポンド(約760万円)で不落札だった。この作品はエディション数が多く流動性が高いことから近年落札価格が急上昇してきた。 さすがに5万ドルを超えるレベルの最低落札予想価格は過大評価だったといえるだろう。

同じく、アルバート・ワトソンがケイト・モスを背後から撮影した大判サイズの代表作”Kate Moss,1993″やデビット・ラシャペルの大判サイズ”Jesus in my Homeboy,2003″も不落札。これらの最低落札価格も過大評価だったと思われる。
最高額はハーブ・リッツのアイコン的作品”Versace Dress, Back View, El Mirage, 1990″。2014年9月に行われたフォト上海のメイン・ヴィジュアルだったのは記憶に新しい。落札予想価格を大きく上回る15.85万ポンド(約3011万円)で落札された。

クリスティーズは、”20/21 Photographs: Photographs Selected by James Danziger”を5月22日に開催。今回は著名なディーラーであるジェームス・ダンジガーのコレクションからの出品だった。ただし彼はいまだ現役であり、作品リストを見るとコレクションの重要作というよりも在庫を中心に売りに出した印象が強かった。
残念ながら落札率は約59.22%に低迷、総売り上げも約57.7万ポンド(1.09億円)と3社中最下位だった。最高額は、アウグスト・ザンダーのGunther Sanderによるエステート・プリント”Three young farmers on their way to a dance, Westerland, 1914″だった。何と落札予想価格の約10倍にもなる10.45万ポンド(約1985万円)で落札。ギュスターヴ・ル・グレイの鶏卵紙作品 ”Brig on the Water,
1856″は5万ポンド(約950万円)で落札された。

ササビーズは”Photographs”を5月23日に開催。 こちらも約8割が低中価格帯作品となる。特にニュートン、ペン、ホルスト、ブルメンフェルドなどのスタイル系と、ベッヒャー、シュトゥルート、グルスキー、ベアードなどの現代アート系に重点が置かれたセレクションだった。ちなみカタログ表紙はニュートン、裏表紙はベッヒャーだ。
アーティストによりかなりばらついた結果になった。落札率はかなり厳しい約55.4%、総売り上げは166.78万ポンド(3.16億円)。ホルストは14点のうち6点、ベアードは7点のうち3点が落札したのみ。やや気になる高い不落札率だった。ニュートンは8点のうち5点、ペンは6点のうち4点、ブルメンフェルドは6点のうち5点が落札で、比較的好調だった。
最高額はモホイ=ナジのフォトグラム作品”Untitled (FGM78), 1923-1925/c.1929″。予想落札価格内の12.5万ポンド(約2375万円)で落札されている。もう一点のフォトグラム”Untitled (FGM80A), 1923-1925/c.1929″は不落札だった。
ピーター・ベアードの135X204cmサイズの”Loliondo Lion Charge,1964″は11.25万ポンド(約2137万円)で落札された。

(1ポンド/190円で換算)

アート写真市場の現在
高額、低額価格帯の動向は?

アート写真セールは、春のニューヨークが終了すると、次はロンドンのオークションとなる。その間に一部写真作品が含まれる現代アート・オークションと中小ハウスによる写真オークションが開催される。ちょうど前者は高額セクター、後者は低額セクターが中心となる。中間価格帯が中心の春季ニューヨーク・オークションでは全体の落札率が70%台前半。やや弱めな印象だったのが気になるところだが、まあ標準的な落札結果だったといえるだろう。今回は市場全体の勢いを俯瞰する意味で、上と下のセクターの動きを簡単に見ておこう。

まず低価格帯の写真市場。私はこの分野の動きが市場全体の健康度を指し示していると考える。アート写真市場は中間層が主要顧客だ。いくら富裕層相手の高額セクターが活況でも、 ここの部分が元気にならないと、より大きな規模のプライマリー市場で若手や新人が売れてこないのだ。
4月28日にニューヨークのボンハムス(Bonhams)で「Photographs」オークションが開催された。107点の出品作の9割近くが落札予想価格1万ドル以下の低価格帯が占める。結果は芳しくなく、落札率は59.8%、総売り上げは約66.8万ドル(約8025万円)だった。 昨年12月のオークションより、落札率は改善するものの、売り上げは減少した。最高額は、アンセル・アダムスの”Winter Sunrise,Sierra Nevada from Lone Pine, California,1944″。これは最近人気が高い約56X77cmの大判作品。落札予想価格15~25万ドルのところ、17.9万ドル(約2148万円)で落札された。
5月3日には、ニューヨークのヘリテージ・オークション(Heritage
Auctions)で、”Photographs Signature Auction”が行われた。こちらも217点の出品作品の約9割が落札予想価格1万ドル以下の低価格帯が占める。結果は落札率は74.6%だったものの、総売り上げは約59万ドル(約7085万円)にとどまった。こちらも昨年10月のオークションより、落札率は改善するものの、出品数が少ないことから総売り上げ額は減少した。最高額は、アンセル・アダムスのポートフォリオ”Portfolio Two: The National Parks and Monuments”。落札予想価格4~6万ドルのところ、下限以下の3.75万ドル(約450万円)で落札されている。

以上の結果を見るに、低価格帯は相変わらず動きが鈍いという印象が強い。

次に高額価格帯のアート写真の動きを簡単に見てみよう。
5月中旬にかけては、ニューヨークで大手による現代アートのオークションが開催された。クリスティーズでは、11~14日にかけて”Looking Forward to the Past”と”Post-War and Contemporary Art”が開催された。新聞報道にあったように、ピカソの”Les Femme d’Algers, 1955(アルジェの女たち)”が絵画史上最高額の1億7940万ドル(約215億円)で落札されたオークションだ。やや意外な感じだが、ここではダイアン・アーバス作品が出品されていた。彼女のヴィンテージ・プリントはもはや値段的に現代アートの範疇になっている。子供が手榴弾を持っている有名作”Child
with a toy hand grenade in Central Park, N.Y.C., 1962″が、作家最高額の78.5万ドル(約9420万円)で落札された。
最高額はシンディー・シャーマンの”Untitled Film Still #48, 1979″。落札予想価格範囲内の296.5万ドル(約3.55億円)で落札されている。インスタグラムから写真を引用した「ニュー・ポートレーツ」シリーズの一部が、引用元から再引用されて低価格で販売されるなど、アート界で大きなゴシップになっているリチャード・プリンス。彼のエディション2の、149.2 x 101.6 cmの巨大作品”Untitled
(Girlfriend)、1993″は、83.3万ドル(約9996万円)で落札された。

ササビーズは、5月12~13日に”Contemporary Art”を開催。こちらではシンディー・シャーマンの落札予想価格は200~300万ドル(約2.4~3.6億円)だった”Untitled #153, 1985″が不落札。最高額は、トーマス・シュトゥルートの”Pantheon, Rome, 1990″で181万ドル(約2.17億円)だった。

フィリップスは、5月14~15日にかけて”Contemporary Art”オークションを開催。ここでは、アンドレアス・グルスキ―の284.5 x 200.7 cmサイズの”James Bond Island II, 2007″72.5万ドル(約8700万円)で落札されている。

今回の一連のオークションで少し気になったのが、杉本博司の人気の高い海景シリーズの動向。クリスティーズでは、119.3 x 149.2 cmサイズの”Marmara Sea, Silivli,1991″が38.9万ドル(約4668万円)で落札されている。しかしササビーズでは大判サイズの”Redsea,1992″や、16X20″~20X24″サイズ作品数点が不落札だった。フィリップスでもエディション25の2点が落札予想価格下限での落札だった。いままではコンスタントに落札予想価格内かそれ以上で落札されていたことを考えるに、 もしかしたらこの人気シリーズも、いまの価格レベルが今回の上昇サイクルでの相場のピークかもしれないと感じた。杉本博司の入札状況は相場全体の動向とも写し絵のように重なってくる。高額セクターも、弱くはないものの全般的にやや勢いが衰えてきたようだ。

近日中には、ロンドンで大手ハウスが開催したアート写真オークションのレビューをお届けする予定。
今度は中価格帯のアート写真市場の動向を分析したい。

(円貨は1ドル120円で換算)

2015年春のNYアート写真シーズン到来!
最新オークション・レビュー

いよいよ2015年春のニューヨーク・アート写真シーズンが始まった。3月31~4月2日にかけて大手のクリスティーズ、ササビーズ、フィリップスがオークションを開催した。
3社の総売り上げは約1772万ドル(約21.2億円)と、昨秋より約3.7%減、昨春より約20%減だった。過去2年間は秋と比べて春の売り上げが勝る状態が続いていた。残念ながら今春の売り上げは伸びず、3シーズン連続の減少となった。
過去5年の平均売り上げを比較すると、2013年春から2014年春にリーマンショック後の売り上げ減少傾向からプラスに転じている。しかし昨年秋から回復の勢いが弱くなって来た感じだ。今回は1年ぶりに50万ドル(約6000万円)超えの作品が2点でたものの、全体の落札率は70%をやや欠ける水準と大きな改善はなかった。
総合的に評価するにやや弱めだが標準的な落札結果だったといえるだろう。

クリスティーズは、3月31日に「20/21 PHOTOGRAPHS」と銘打って、William T. Hillmanコレクション単独セールと複数委託者のセールを行った。前者の結果はかなり厳しく、落札率が48.7%、総売り上げも約127万ドル(約1.52億円)にとどまった。同コレクションの半分はカーネギー美術館に寄贈され、残りがオークションに出品されている。この事情からコレクションの方向性が同セールでは明確に打ち出せず、まるで複数委託者のオークションのようだった。これがセール人気が盛り上がらなかった理由の一因ではないか。ダイアン・アーバス、ヘンリ・カルチェ=ブレッソン、ウィリアム・エグルストン、ジュリア・マーガレット・キャメロンなどの高額落札予想価格の20世紀写真が軒並み不落札だった。
最高額はベッヒャー夫妻の”Blast Furnacesm Frontal View,
1979-1986″の9点もの作品で、11万2500ドルで落札された。

複数委託者オークションはやや改善して、落札率が57.2%、総売り上げは約419万ドル(約5億280万円)だった。最高額落札は、アルフレッド・スティーグリッツの4点しか存在が確認されていないヴィンテージ・プラチナ・プリント”From the Black-Window,- 291″,1915″。落札予想価格上限を超える47.3万ドル(約5676万円)で落札。続くのは、同じくスティーグリッツのプラチナ・プリント”Georgia O’Keeffe, 1918″ で41.3万ドル(4956万円)だった。リチャード・アヴェドンのアイコン的作”Dovima with Elephants,
1955″の130X106cmサイズの巨大作品は34.1万ドル(4092万円)で落札された。

ササビーズは4月1日に複数委託者による「PHOTOGRAPHS」を開催。落札率76.6%、総売り上げも約516万ドル(約6億2000万円)だった。最高額はカタログ・カヴァー作品のリー・フリードランダーの”The Little Screens Series, 1961-70″。38点のポートフォリオで、落札予想価格上限の2倍を超える85万ドル(約1億200万円)で落札された。2位にもポートフォリオ作品が続き、ニコラス・ニクソンの40点からなる”The Brown Sisters Series,1975-2014″が37万ドル(約4440万円)だった。

高額落札が期待された、20~30万ドルのエスティメートだった、ポール・ストランドのプラチナ・プリント”Rebecca, 1921″は不落札だった。フィリップスは、4月1日に貴重な高額作品による「PHOTOGRAPHS」イーブニング・セールを、4月2日に中低価格帯の「PHOTOGRAPHS」デイ・セールを行った。オークションを昼夜2回に分けるのは現代アートなどでは一般的。私の記憶する限りでは、アート写真オークションでは初めての試みだと思う。
全体の落札率は79%、総売り上げは約708万ドル(約8億4996万円)、これでフィリップスは、二季連続のNYオークションでの売上高トップとなった。
最高額は、イーブニング・セールでのメイン作品だったヘルムート・ニュートンの”Walking Women, Paris, 1981″ 。これは、171.5 x 149.5 cmサイズの銀塩写真の3枚セット。落札予想価格の上限に近い、90.5万ドル(約1億860万円)で落札された。今シーズンの最高額でもあった。続いたのが現代アート系のジョン・バルデッサリの”Green Sunset (with Trouble), 1987″  で、36.5万ドル(約4380万円)で落札されている。
ファッション、現代アートの次が、20世紀のクラシックといえるマン・レイの作品。”Reclining Nude with Satin Sheet, 1935″が
32.9万ドル(約3948万円)だった。
上位の3作品が象徴しているように、高額中心のイーブニング・セールの出品作は、写真史の巨匠の希少なクラシック作品、 アイコン的ファッション写真、そして現代アート系に大きく分類される。これらが、いま富裕層コレクターが反応する写真分野ということだろう。

今シーズンで気になったのはアーヴィング・ペンの相場だ。全オークションで44点が出品されて27点が落札。落札率は全体平均よりも低めの約61.3%にとどまっている。
注目のフィリップスのイーブニングセールでは、高額の3点が完売。”Picasso (B), Cannes, 1957″が10万ドル。”Black and White Fashion with Handbag (Jean Patchett)NY,1950″と
“Frozen Foods, New York, 1977” がともに10.6万ドルだった。
しかし、中低価格帯の作品は、不落札や落札予想価格の下限付近での落札が多かった。いままでのファッション写真ブームでペンの落札予想価格はかなり上昇してきた。今シーズンの結果から判断するに、どうもこのあたりのレベルが短期的には相場のピークのような予感がする。

いま、世界的には数多くの不安要素が存在している。米国の金利引き上げによる新興国での流動性縮小懸念、ギリシャなどの欧州債務問題、中東やロシアでの紛争、中国の景気悪化懸念などだ。しかし、ニューヨークのダウ平均株価は17,000ドル台でのレンジ内取引が続いている。 何かのショック的な出来事が発生して株価が急落しない限り、今年のアート写真相場の大崩れはないと思われる。ただし、決して将来が楽観できない状況の中で、昨年来続いているコレクターの精緻な作品評価の傾向は続くだろう。アート写真の主要購買者である中間層の経済状況の改善があまり込めないことから低価格帯作品の苦戦は続くと予想する。
日本のコレクターは約120円程度のドル高では、なかなか海外オークションへの参加に積極的になれないだろう。しかしこの頃は、特に低価格帯分野で意外に割安に買える作品が見つかることもある。また写真作品の出品数は多くないが、国内のオークションでも時に掘り出し物との出会いがある。ただし値段の割安感だけを見るのではなく、自分のコレクションの方向性を明確にしたうえで、欲しい作品に特化して相場動向をフォローするべきだ。悩んだときはぜひ専門家に相談してほしい。

(為替レートは1ドル120円で換算)

2014年現代アート系写真の高額落札
アイコン系作品の人気が継続する予感

今年の現代アート系写真市場の動きはどうようになっているのだろうか?
まず2014年の高額取引を振り返っておこう。以下に2014年の現代アート系写真のオークション高額落札ベスト10リストを掲載しておく。
1位はシンディー・シャーマンの代表作”Untitled Film Stills”21点のポートフォリオで$6,773,000(約7.45億円)。1点ものだとリチャード・プリンスの$3,973,000(約4.37億円)が最高額となった。
昨年のプリンス人気はすさまじいものだった。特に1980~1992年までに制作されたマルボロの広告写真から引用されて制作されたカウボーイス・シリーズが多数ランクインしている。アメリカの男らしさの理想像と、メディアにより作られているカウボーイの実像をテーマにした同シリーズは、プリンスの代表的なアイコン作品になったといえるだろう。現代アート市場の活況からの希少作品への需要の高まりが影響しているとも考えられる。

2013年のランキングを席巻したアンドレス・グルスキーだが、昨年はわずか8位にはいっただけだった。彼の人気はやや鎮静化してきたようだ。
7位は現代アート作家マイク・ケリー(Mike Kelley)の写真作品。中古のぬいぐるみを撮影した8作品からなるチバクローム作品で、ロックバンドのソニック・ユースの1992年発売のアルバムジャケット”Dirty”に採用されているアイコン的作品だ。

 1.シンディー・シャーマン $6,773,000(約7.45億円)
“Untitled Film Stills (21photographs),1977-1980”
クリスティーズNY 11月
 2.リチャード・プリンス  $3,973,000(約4.37億円)
“Spiritual America, 1983” クリスティーズNY 5月
 3.シンディー・シャーマン $3,861,000(約4.24億円)
“Untitled#93, 1981”
ササビーズNY 5月
 4.リチャード・プリンス  $3,749,000(約4.12億円)
“Untitled (Cowboy),1998”
クリスティーズNY 5月
 5.リチャード・プリンス  $3,077,000(約3.38億円)
“Untitled (Cowboy),2000”
ササビーズNY 5月
 6.シンディー・シャーマン $2,225,000(約2.44億円)
“Untitled Film Still #48, 1979”
ササビーズNY 11月
 7.マイク・ケリー $1,925,000(約2.11億円)
“AH…YOUTH,1990”
ササビーズNY 5月
 8.リチャード・プリンス $1,805,000(約1.98億円)
“Untitled(Cowboy),1998-1999”
フィリップスNY 11月
 8. アンドレアス・グルスキー $1,805,000(約1.98億円)
“RHEIN I、1996”
ササビーズNY 11月
 10.リチャード・プリンス $1,745,000(約1.91億円)
“Untitled (Cowboy), 1994”
クリスティーズNY 5月
 (2014年の実績は1ドル110円で換算)

2015年になり、現代アート系作品のオークションが、2月ロンドン、3月ニューヨークで開催された。今回はそこでの高額落札作品をレビューしてみたい。

クリスティーズ・ロンドンは、2月11日~12日に”Post-War
and Contemporary Art”を開催。アンドレアス・グルスキーが香港の証券取引所を撮影した180X280cmの “Hong Kong Borse II,1995,”が302,500ポンド(約5590万円)で落札された。

ササビーズ・ロンドンでは2月10日~11日に”Contemporary
Art”を開催。アンドレアス・グルスキーのゴシック様式の教会を撮影した237X333cmの大作”Kathedrale I,2007″が461,000ポンド(約8500万円)、トーマス・シュトルートの”Museo Del Prado I Madrid 2005″は、158,500ポンド(約2932万円)で落札されている。

ニューヨークでは、3月5日~8日にかけて開催された世界的に有名なアートフェアのザ・アーモリー・ショー(The Armony Show)の会期に合わせて大手がキュレーションに趣向を凝らした現代アート系オークションを行った。

フリップス・ニューヨークでは、3月3日に”Contemporary Art & Design Evening” 、4日に”Under the Influence”を開催。 リチャード・プリンス人気は相変わらず高く、”Richard Prince, Untitled (Cowboy), 1986″が114.5万ドル(約1.37億円)で落札されている。

ササビーズ・ニューヨークでは3月5日に”Contemporary Curated”を開催した。バーバラ・クルーガーの “Untitled (Our Prices Are Insane!), 1987″、250 X 248.3 cmサイズの作品が、50.2万ドル(約6024万円)で落札された。

クリスティーズ・ニューヨークでは、3月6日に”First Open”を開催。トーマス・シュトルートのエディション10、227.3 x 186 cm.の大作”Musee d’Orsay II, Paris, 1990″が19.7万ドル(約2364万円)で落札。

5月にニューヨークで開催される本格的現代アート・オークションへの助走はとりあえず順調のようだ。いままでアート写真市場での特徴だった、アイコン的作品の人気が現代アート系写真にも拡大してきた印象だ。高額の現代アート系写真セクターの中でも2極化が起こる予感がする。さていよいよ、来週から本格的アート写真のオークション・シーズンがニューヨークで始まる。低・中価格帯の写真市場の動向が注目される。

(1ドル120円、1ポンド185円で換算)

欧州アート写真オークション結果 コレクションの歴史が作り上げた多様で重層的な市場

ここ数年はパリ・フォトが行われる11月中旬に合わせて欧州各都市でアート写真オークションが活発に開催されている。ついに今年は以下のような凄まじい過密スケジュールになっている。出品作の種類も、19世紀写真、20世紀写真のヴィンテージ・プリントやモダン・プリントから現代アート系まで本当に雑多。大手業者は、クリスティーズが  “Kaspar M. Fleischmann”コレクションの単独セール、 ササビーズがマン・レイ作品に絞ったセール、フィリップスが現代アート系のエマージング作家を中心にした”Ultimate  Contemporary”を開催するなどかなり力を入れている。中小業者は、大手が扱わない知名度の低い作家の作品、サインがないヴィンテージ作品やフォトブックなども出品。
全体を俯瞰するに、富裕層から中間層までのあらゆる種類のコレクター向けの多種多様な作品が提供されている印象だ。

*11月中旬に欧州各都市で行われたオークションのリスト
  • 11/13
    Christie’s Paris  “Collection of Kaspar M. Fleischmann”
    148点、70%
  • 11/14
    Christie’s Paris “New York par Berenice Abbott Collection
    Kaspar M. Fleischmann” 67点、76%
  • 11/14
    Christie’s Paris “20/21”
    113点、76%
  • 11/14
    Sotheby’s Paris “Photographies”
    196点、57.6%
  • 11/15
    Sotheby’s Paris “MAN RAY”
    272点、65%
  • 11/14
    Artcurial Paris “Andre Kertesz: An Important French
    Collection”  99点、69%
  • 11/14
    Artcurial Paris “Photography”
    142点、58%
  • 11/18
    Phillips London “Photographs from the Collection of the  Art Institute of Chicago” 86点、64%
  • 11/18
    Phillips London”Photography”
    122点、62%
  • 11/21
    Dreweatts & Bloomsbury London”Photographs & Photobooks”
    224点、47%
  • 11/21
    WestLicht Vienna “Photographica”
    191点、75%

(記載の数値は、出品作品数、落札率)

高額落札は、やや場違いの感じがする現代アートの巨匠アンドレアス・グルスキー(Andreas  Gursky)の”Sans titre、2006″が、ササビーズ・パリで落札予想価格上限の2倍を超す409,500
ユーロ(約5937万円)で落札。
Dreweatts & Bloomsbury・ロンドンでは、イアン・マクミラン(Ian Macmillan)がビートルズのアルバム・アビーロードを撮影した”The Abbey Road Session, The Complete Set、1969″が、驚異の179,800ポンド(約3326万円)で落札された。作家の知名度は低いものの、イコン的な作品への強い需要が改めて印象付けられた。
フィリップス・ロンドンでは、ロドニー・グラハム(Rodney Graham)の”Welsh Oaks、1998″が122,500ポンド(約2265万円)で落札されている。

単純に計算すると上記オークションの平均落札率は約64%。もちろん最近はネットが普及したことで中心市場の米国のコレクター、業者も参加している。しかし米国と比べて低成長が続く欧州で、約1週間強の期間中に約1000点もの写真作品が活発に売買され、約19億円を売り上げたことになる。

興味深いのは、中小業者開催のオークションでは地元密着の写真家の作品が数多く出品されていることだ。世界的に知名度がない写真家は高額落札されることはないが、重要なのはローカルの写真家の作品でさえ市場で流動性のあることだ。たぶん買い手は地元欧州のコレクター・業者と思われる。
オークションのセカンダリー市場は、これまでのギャラリー店頭で売買された膨大な写真作品の積み上げがあるから成立している。セカンダリー市場の存在は、ギャラリー店頭で購入する写真作品は資産価値を持ち、将来的にオークションなどで売却できることを意味する。フォトフェアやギャラリーで写真が売れるのは、このような重層的なセカンダリー市場が背景にあるからだともいえる。
翻って日本には、日本人写真家のセカンダリー市場自体が存在しない。過去にギャラリーで売られた作品でも、写真家が世界的に知名度のないと相場が存在しない。売ろうとしてもネット・オークションくらいしかなく、値段がついても二束三文のことが多い。ギャラリーで高い写真が売れないのは当然のことなのだと思う。

さて次のマーケットの関心は12月11~12日にササビーズ・ニューヨークで開催される”175 MASTER WORKS TO CELEBRATE 175 YEARS OF PHOTOGRAPHY”となる。これはアート写真の振興のために活動を行っている”Joy of giving something foundation”コレクションからのセールとなる。内容は、銀塩写真だけでなく、ダゲレオタイプ、ダイトランスファー、デジタル写真までを含む写真史を包括的に網羅する多様なコレクション。非常に貴重な、アルフレッド・スティーグリッツ、エドワード・スタイケン、エドワード・ウェストン、ポール・ストランドなどの20世紀写真の珠玉のヴィンテージ・プリントが複数点出品される。落札予想価格の上限が50万ドル(約6000万円)を超える多数作品もあり、年末の市場にどれだけのエネルギーが残っているかが試されることとなる。(1ユーロ/145円、1ポンド/185円、1ドル/120円で換算)

2014年秋のニューヨーク
現代アートオークション フォトグラフィー関連作品の動向は?

今秋になって米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は量的緩和策第3弾を終了させた。しかし、景気の先行きにはいまだ慎重でゼロ金利は継続されるという。NYダウは、金融緩和の継続見通しや景気の先行き期待から17000ドル超えの歴史的高値圏で推移している。
11月にニューヨークで行われた大手オークションハウスの現代アートセールでは、相変わらず傑作アート作品への強い需要が続いていた。低金利で株高のうちはアート市場も安泰のようだ。

11日と12日でササビースで行われた”Contemporary Art”セールでは、マーク・ロスコの”NO. 21 (RED, BROWN, BLACK AND ORANGE),1951″が4496.5万ドル(約5.17億円)で落札された。ちなみに彼の作品の最高落札額は2012年クリスティーズで記録された“Orange,  Red, Yellow、1961”の8690万ドル。

今秋クリスティーズでは、1回のオークションでの落札最高額を記録。なんと75点のアート作品で8億5288万ドル(約981億円)が売上られた。最高額はアンディ・ウォーホールの“Triple Elvis (Ferus Type)、1963”で、8192.5万ドル(約9.42億円)で落札されている。
さて写真系作品の入札はどうだっただろうか?
人気の高い、シンディー・シャーマン、アンドレアス・グルスキー、リチャード・プリンス、ジョン・バルデッサリ、アンドレ・セラノなどへの需要は相変わらず強かった。その中でも、シャーマン、プリンス、グルスキーはいまや別格扱いになっている。彼らが取り扱われるのは目玉作品が出品されるメイン・イベントとなるイーブニングセールが中心。今回一番高額で落札されたのがシンディーシャーマン。クリスティーズでは”Untitled Film Stills (21 prints),1977-1980″21枚セットが677万ドル(約7,78億円)で落札。ササビーズでも”Untitled Film Still #48, 1979″が222万ドル(約2.56億円)、”UNTITLED #88、1981″が114万ドル(約1.316億円)で落札されている。
アンドレアス・グルスキーは、ササビーズで”RHEIN I、1996″が180.5万ドル(約2.07億円)、フィリップスでは”James Bond Island I, 2007″が72.5万ドル(約8337万円)で落札されている。
リチャード・プリンスは絵画作品などもあるのだが、写真ではフィリップスで代表作の”Untitled (Cowboy),1998-1999″が180.5万ドル(約2.07億円)で落札されている。
その他の作家では、アート写真分野のセールと重なることが多い、杉本博司、デビット・ラチャペル、ウォルフガング・ティルマンズ、ナン・ゴールディンなどがほぼ予想価格内で落札されていた。
今回の写真関連の出品作家は、知名度と落札予想価格が高い人が中心だった。どうもオークションハウスは現代アートカテゴリーに出す写真系作家を慎重に選んでいる様子だ。結果的にはセカンダリー市場でブランドが未確立の中堅やエマージング作家の取り扱いが減少している。低価格帯の写真系現代アート作品の多様性が急激に失われつつあるのだ。たぶんこれも市場2極化の影響だろう。それらが価格帯の振り分けからアート写真オークションに登場するケースも散見される。しかし二つのカテゴリーのコレクターはそれぞれが中間層と富裕層でまったく違うので、落札結果は好調とは言えない。
このような状況では、現代アート系写真の新たな価格帯のカテゴリーが必要なのではないだろうかと感じている。5万ドル(約575万円)以上の作品は、従来のように現代アート分野での取り扱いとして、 より価格帯がアート写真に近い5万ドル(約575万円)以下の作品は、新しい受け皿として「現代アート系写真」のようなカテゴリーの創出が必要ではないだろうか。それらに中間・高額価格帯の現代アート写真も含めてもよいだろう。
オークションハウスも、未来のスーパースターの必要性は認識しているようで、色々と試行錯誤を行っている。フリップスは11月にロンドンで開催したアート写真オークションで、セールの一部を”Ultimate
Contemporary”として、現代アート写真系の中堅・エマージング作家をフィチャーしている。これからも各業者によって写真作品の様々なカテゴリー分けが行われるだろう。今回のオークション結果を俯瞰するに、高額セクターの写真系作品は現代アート市場の熱気が反映されて相変わらず好調を維持しているようだ。それでは、中間・低価格帯のアート写真市場はどのようになっているのだろうか?
11月にはパリフォトの週にかけて、大手と中小業者による複数のオークションが欧州各地で開催された。ササビーズ・パリの「マン・レイ」や、フィリップス・ロンドンの「シカゴ美術館コレクション」など注目されるオークションもあった。全般的に結果は決して芳しいものではなかった。レビューは近日中にお届けしたい。

(1ドルは115円で換算)

2014年秋ニューヨーク・アート写真・オークション結果
米国の量的金融緩和終了の影響は?

2014年秋のニューヨーク・アート写真・オークションは主要3社で合計6つのオークションが開催された。複数委託者オークション以外に、クリスティーズではフォーブス・コレクションとドン・サンダース・コレクション、フィリップスはシカゴ美術館コレクション。またササビーズはコール・ウェストン・トラストの548点のエドワード・ウェストン・マスター・セットのセールが行われた。
主要3社の売上合計は、春より約17%減少して1841万ドル(約19.3億円)、年間ベースでも2013年と比べて約15%減少している。これはほぼ2005~2006年くらいの売り上げで、リーマン・ショックによる市場規模縮小からの回復ペースがやや弱まってきた印象だ。高額落札が減少したことが総売り上げ減少の理由と思われる。今春は50万ドル越えが6点あったが、今秋は1点もなかった。
今季の高額落札は、クリスティーズのエドワード・ウェストンの”Nautilus Shell,1927″が461,000ドル(約4840万円)。ササビーズのマン・レイ”Lee Miller, c1930″が455,000ドル(約4777万円)だった。
今季の業者売り上げ高トップは、シカゴ美術館コレクション・セールが貢献したことからフィリップスが獲得した。同社の売り上げはここ数年安定的に推移している。ちなみに今春はササビーズがトップだった。

今季は、ササビーズで開催された548点のエドワード・ウェストン・マスター・セットの一括オークションが特に注目を集めていた。いわゆるコール・プリントと呼ばれるウェストンの息子コールにより制作されたエステート・プリントだ。豊富な解説付きの単独カタログを制作するなど、ササビーズは大変な力の入れようだったが残念ながら不落札だった。落札予想価格は200~300万ドル(約2.1~3.15億円)。単純計算すると1枚当たりが3650ドル~5474ドル。コール・プリントの相場はイメージの人気度によりかなり異なる。人気作は1万ドル(約105万円)以上するが、不人気作は値がつかないこともある。不人気作品のヴァリューと、資料的価値をやや過大評価しすぎたのではないだろうか。

アート写真にとって作品の来歴は作品価値に大きく影響を与える。特に最強の来歴は美術館のコレクションだったこと。美術館が所蔵作品を売却することなどは日本では想像できないだろう。しかし海外の美術館はコレクターによる作品寄贈が多く、重複コレクションを市場で売却して新規購入資金にあてることはよくある。
今回のフィリップスで行われたシカゴ美術館コレクション・セールはそれに当たる。通常はかなり高い落札率なのだが今回は73.5%と特に際立って良い数字ではなかった。特に1万ドル以下(約105万円)の低価格帯の不落札率が30%をこえていたことが影響した。
最近は写真史上有名写真家の作品でも、不人気作は売れないことが多い。これは美術館コレクションの来歴でも不人気作だとコレクターは無理して買わないということなのだと思う。少しばかり気になる兆候だ。

現代アート系の結果はどうだっただろうか?アンドレアス・グルスキーなど、落札予想価格の高い作品は現代アート・オークションで取り扱われている。アート写真分野にはエディションが多いか、小さめサイズの作品が出品されることが多い。今回注目されたのが、ドン・サンダース・コレクションに出品されたデヴィット
レヴィンソール(David Levinthal)の272点からなる”XXX: Volumes I, II, and III, 1999-2001″。落札予想価格25~35万ドル(約2625~3675万円)だったが不落札だった。全般的に高額カテゴリー作品の動きがやや鈍い印象だった。

「イコン&スタイル」系の写真は全般的に良好だった。注目されたのは、ヘルムート・ニュートンの”Private Property, Suites I, II, and III, 1984″。各15枚の合計45点からなるニュートンの代表作品。フィリップスとクリスティーズのドン・サンダース・コレクションのセールで2セットが出品された。落札予想価格に10万ドルの開きがあったのは興味深かったが、ともに389,000ドル(約4084万円)で落札されている。巨匠リチャード・アベドン、アーヴィング・ペンのファッション系作品も順調に落札されていた。この分野の代表作家の代表作品には相変わらず強いコレクター需要が感じられた。

もともと市場環境が良くない中で金融緩和による高額セクターの活況がアート写真市場を引っ張ってきた。しかし今秋は落札価格5万ドル(約525万円)以上の高額セクターの不落札率が高かった。 クリスティーズの複数委託者、ドン・サンダース・コレクションのセールでは高額セクターの不落札率が50%を超えていた。フィリップスの複数委託者セールも不落札率が40%以上だった。ササビーズのエドワード・ウェストン・マスター・セットの一括セールが不落札だったことがこの状況を象徴しているといえるだろう。

ここにきて米国の量的金融緩和の終了が取りざたされ、世界的な流動性の縮小が懸念されている。いままではアートも含むほとんどの優良資産が買われてきた。これからは資産価値のより精緻な評価が行われるようになると予想されている。アート写真でも主要購買者である中間層の経済状況の改善がないかぎり、より厳しい選択と評価が行われるようになるだろう。今秋のオークションでは、上記のように市場の先行きに一抹の不安を感じるいくつかの兆候が見られた。今後とも注意深く市場の動向を見守りたいと思う。

(為替レートは1ドル105円で換算)