Pier 24 Photography単独オークション開催
珠玉の20世紀写真が高額落札!

写真に特化した大規模な単独コレクション・セールの“Pier 24 Photography from the Pilara Family Foundation Sold to Benefit Charitable Organizations Sale”が、5月1日~2日にサザビーズ・ニューヨークにおいて2部構成で開催された。

ピア24フォトグラフィー(Pier 24 Photography)は、コレクターのアンディとメアリー・ピララの発案により、2010年にサンフランシスコのエンバカデロ沿いの空き倉庫にオープンした写真専門の大規模展示スペース。今までに11の大規模展を企画し、約20冊の写真関連書籍を出版、500名の写真家によるや約4000点のコレクションを誇っていた。
メディア報道によると、アメリカを襲う高インフレの波は極めて酷く、なんと次回の契約更新で施設の家賃が3倍に上昇する事態に直面。同館はやむなくリース期間が切れる2025年7月に正式に施設のクローズを決め、美術館コレクションの売却を今回のセールを皮切りに行うことになったのだ。運営していたピララ基金は、ピア24フォトグラフィーを閉鎖し、医療研究、教育、芸術を専門とする団体を支援する助成財団に移行する予定と報道されている。

オークションは5月1日に55点のイーブニングセール、2日に128点のデイセールが行われた。
販売総額は1062万ドル(約14.65億円)を達成。合計183点が出品され177点が落札、不落札率は驚異的な約3%だった。ちなみに春の大手複数業者のニューヨーク定例オークションの結果は、総売り上げ約962万ドル、不落札率22.2%だった。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”, Robert Frank

最高額の落札作品は、ロバート・フランクの「’Charleston S. C.’, 1955」だった。写真集「The Americans」にも収録されている、アメリカ南部の人種差別をドキュメントした代表作。本作は32件の入札数を記録し、落札予想価格25万~35万ドルのところ、なんと952,500ドル(1.31億円)で落札。フランクのこれまでのオークション落札最高額を更新した。
同作カタログの作品解説では、珍しいロバート・フランクの以下のコメントが引用されている。
「初めて南部に行き、初めて本当に人種差別を目にしたのです。白人が自分の子どもを黒人の女性に預け、その女性がドラッグストアで自分のそばに座ることを許さないというのは、異常だと思った。私はこのような政治的な主張をするような写真はほとんど撮らなかった」。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”, Lee Friedlander

続いたのはリー・フリードランダーの52点のポートフォリオ「The Little Screens」。1961-70年に撮影され、42点が60年代のプリントになる。今セールでは本作の評価が一番高く、落札予想価格は50万~70万ドルだった。結果は609,600ドル(約8412万円)で落札。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”,Dorothea Lange

同じくドロシア・ラングの代表作「Migrant Mother, Nipomo, California、1936」も、落札予想価格20万~30万ドルのところ、609,600ドル(約8412万円)と、フリードランダーと同額で落札。もちろん同イメージの最高落札価格となる。本作は58.4X45.7cmの大判サイズで、1940年代にプリントされたヴィンテージ作品となる。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”, Hiroshi Sugimoto

杉本博司の「The Music Lesson、1999」も高額で落札された。同作は1999年にベルリンのグッゲンハイム美術館から依頼された「ポートレート」シリーズのひとつ。マダム・タッソー館アムステルダムは、ヨハネス・フェルメールの名作「Lady at the Virginal with a Gentleman」をモチーフにした蝋人形を制作していた。杉本は、フェルメールがイーゼルを置いたであろう場所に三脚を立て、同作を撮影。こちらは2004年制作のエディション5、135.5X106 cmサイズの作品。落札予想価格30万~50万ドルのところ、508,000ドル(約7010万円)で落札された。

Sotheby’s NY “Pier 24 Photography”, Richard Avedon, 「Juan Patricio Lobato, Carney, Rocky Ford, Colorado, August 23, 1980」

生誕100周年を迎えたリチャード・アヴェドンの人気は全く衰えない。特に大判サイズ作品への需要の強さを感じる。2枚組作「Clarence Lippard, Drifter, Interstate 80, Sparks, Nevada, 29 August 1983」と、1985年プリントの142.9X114.3 cmサイズの「Juan Patricio Lobato, Carney, Rocky Ford, Colorado, August 23, 1980」が、ともに落札予想価格20万~30万ドルのところ、444,500ドル(約6134万円)の同額で落札されている。その他のいままではあまり人気がなかったアヴェドンのポートレートも再評価されており、軒並み落札予想価格以上で落札されている。

春のニューヨークの定例オークションが低調だったので、特に高額/中間価格帯中心の今回のオークションの動向には大きな注目が集まっていた。しかし心配をよそに3分の2の出品作が事前の予想価格以上で落札され、販売総額は事前予想価格の約120%にあたる1062万ドルの達成という、極めて好調な入札/落札結果だった。これは不確実な経済動向の見通しに関わらずハイエンドの貴重な作品への需要の強さを証明したといえるだろう。
サザビーズは、「世界23カ国からの入札、そしてきわめて好調だった今回の落札結果により、このコレクションが現代アートと写真の歴史的な交わりを描き、現代文化におけるイメージの力を反映させたかつてないほど充実したものであることが証明されました」と発表している。

(1ドル/138円で換算)

2023年春ニューヨーク
写真オークションレビュー
経済見通し不確実の高まりから低迷が続く

まずアート市場を取り巻く、今の経済環境を見てみよう。
米国ではインフレの高止まりから、昨年から米国連邦準備理事会(FRB)の急速の利上げが続いていた。ついにその影響が顕在化し、3月には米国地銀のシリコンバレーバンクなど2行が財務悪化で預金が流出して経営破綻した。さらに信用不安は経営悪化が取りざたされていたスイスの大手銀行クレディ・スイスに飛び火し、同行はスイス当局の介入でUBSに買収されることになった。インフレと利上げ継続、そして金融不安による信用収縮は間違いなく実体経済にマイナスの影響をあたえるだろう。早くも不動産市況悪化の兆しも見られるようで、景気悪化が心配されている状況だ。
NYダウは2023年1月3日に33,136.37ドルだった。3月の金融不安の広がりでいったんは下落したものの、当局が適切に対応して事態はすぐに鎮静化した。また景気悪化による年後半の利下げ観測から、オークションが行われる4月上旬には34,000ドル台まで持ち直している。
金融市場での先行きの不確実の高まりは、アート・オークション参加者に心理的な影響を与えると言われている。いまのアート市場を取り巻く状況はかなり厳しいといえるだろう。

2023年春の大手業者によるニューヨーク定例アート写真オークション、今回は4月上旬から4月中旬にかけて、複数委託者、単独コレクションによる合計4件が開催された。
フィリップスは、4月4日に複数委託者による“Photographs”(311点)と、昨秋に続いて“Drothea Lannge : The Family collection, Part Two (Online)”(50点)、サザビーズは、4月5日に、複数委託者による“Photographs (Online)”(87点)、クリスティーズは、4月13日に複数委託者による”Photographs (Online)”(107点)を開催した。サザビーズの出品数が少ないのは、5月1日~2日に単独コレクションセールの“Pier 24 Photography from the Pilara Family Foundation Sold to Benefit Charitable Organizations Sale”(合計188点)が予定されているからだと思われる。

ニューヨーク/写真オークション/大手3社 春秋シーズンの売り上げ推移

さてオークション結果だが、3社合計で555点が出品され、432点が落札。全体の落札率は約77.8%に改善している。ちなみに2022年秋は出品683点で落札率64.4%、2022年春は702点で落札率70.4%だった。総売り上げは約962万ドル(約12.7億円)、昨秋の約1050万ドルより減少、ほぼコロナ禍の昨春の約978万ドル並みだった。落札作品1点の平均金額は約22,273ドルで、昨秋の約23,876ドルより微減、昨春の約19,810ドルよりは上昇している。
過去10回のオークションの落札額平均と比較した以下のグラフを見ても、減少傾向が継続、またマイナス幅が若干拡大がした。今秋と比べると経済の不透明さが影響して出品数が大きく減少する中、落札率が改善して、総売り上げは微減だったといえる。中低価格帯の落札率はそれぞれ77.8%、79.7%と好調だったものの、5万ドル以上の高額価格帯は64.3%と低調だった。
業者別では、売り上げ1位は昨秋と同じく約654万ドルのフィリップス(落札率83%)、2位は約204万ドルでクリスティーズ(落札率79%)、3位は102万ドルでサザビース(落札率56%)だった。これは昨秋、昨春と同じ順位で、売り上げと落札率でサザビーズが苦戦している。

今シーズンの最高額は、フィリップス“Photographs”に出品されたアンセル・アダムスの「Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941」だった。落札予想価格15万~25万ドルのところ38.1万ドル(約5029万円)で落札されている。

Phillips NY, Ansel Adams「Moonrise, Hernandez, New Mexico, 1941」

フィリップスの資料によると、本作はニューヨーク近代美術館やプリンストン大学などで約35年のキャリアを積み、写真表現をプロ写真家の間の関心から、厳密な学問分野へと変貌させたことで知られる、キュレーター、写真史家ピーター・C・バンネル(Peter C. Bunnell、1937-2021)のコレクションの一部とのこと。彼が、1959年にアンセル・アダムスから直接に入手した極めて貴重な初期の大判サイズ作品となる。
この「Moonrise, Hernandez, New Mexico」は、1941年秋に夕陽に照らされるニューメキシコの小さな村を撮影した、彼のキャリアの中で最も有名な写真で、20世紀写真を代表する1枚ともいわれている。しかし、ネガの扱いが非常に難しく、彼の高い基準を満たすプリント制作にはきわめて複雑な工程の繰り返しが必要で、アダムスはプリント依頼をほとんど断っていた。しかし制作依頼注文はやむことがなかった。1948年、彼はネガを再処理して階調を強め、完璧なプリント作りを目指すという大胆な行動を決断する。再処理は見事に成功し、彼は非常にゆっくりとプリント注文に応じるようになるのだ。しかし、いま市場に流通するプリントの大半は1970年以降に作られたもの。今回のバンネルのコレクションは、由緒正しき来歴はもちろんのこと、アダムスがこのイメージの後期の解釈を確立する前の1950年代に制作された、81.3 x 95.3 cmという大判サイズのきわめて希少な作品となる。オークションでは、作品にまつわるサイドストーリーが多いほど高額落札されるのだ。

高額落札2位も、フィリップス“Photographs”に出品されたアーヴィング・ペン「Harlequin Dress (Lisa Fonssagrives-Penn), 1950/1979」、ロバート・メイプルソープ「Man in Polyester Suit, 1980」、シンディー・シャーマン「Untitled #546,2010」で、3作が同額の355,600ドル(約4693万円)で並んだ。

Phillips NY, Cindy Sherman「Untitled #546,2010」

経済の先行きの不透明感から、特に高額価格帯作品ではコレクターはいまだに売買への慎重姿勢を崩していないようだ。日本のコレクターも動きにくい状況が続いている。為替相場は、昨秋の150円よりは円高になったものの、130円台はまだ昨春よりはドル高水準だ。対ユーロ、対ポンドでも円安水準が続いている。作品の輸送コストも高止まりしている。しかし、米国のインフレ期待の沈静化と金利低下が視野に入ると、円高に振れる可能性が高いと思われる。もしかしたら今秋のオークションには、外貨資産を持つ意味での良品コレクション購入チャンスが訪れるかもしれない。

(1ドル/132円で換算)

サザビーズ・ニューヨークで開催
ロバート・フランク写真の単独セール

Sotheby’s NY, “On the Road: Photographs by Robert Frank from the Collection of Arthur S. Penn”

2023年のファインアート写真のオークションがいよいよスタートした。
2月22日、サザビーズ・ニューヨークで20世紀写真を代表するスイス人写真家ロバート・フランク(1924-2019)の主要作品109点のセールが行われた。「オン・ザ・ロード(On the Road: Photographs by Robert Frank from the Collection of Arthur S. Penn)」と命名された同セールは、世界で最も大規模なロバート・フランク作品の個人コレクションのアーサー・ペン(Arthur S. Penn)コレクションからの出品。

Sotheby’s NY, “On the Road: Photographs by Robert Frank from the Collection of Arthur S. Penn”

20世紀を代表する写真作品として知られる“Hoboken N. J.’ (Parade),1955”や、「The Americans」などの主要写真集に収録されている作品、コニーアイランド、ロンドンのビジネスマン、ウェールズの鉱夫のシリーズ、1950年代後半の映画的な「From the Bus」シリーズからの印象的な写真、そして家族の肖像写真まで、ロバート・フランクの輝かしい写真家キャリアを網羅する出品内容になっている。

Sotheby’s NY, “On the Road: Photographs by Robert Frank from the Collection of Arthur S. Penn”

しかし今回のオークション、ロバート・フランクの質の高い作品が多い単独セールだったが、かなり厳しい落札結果だった。
109点のうち落札は53点で、落札率は50%割れの約48.6%。総売り上げは991,235ドル(約1.28億円)だった。最高額の落札が期待された注目作の“Hoboken N. J.’ (Parade), 1955”。1978年までにプリントされた20.6X31.1cmサイズ作品で、落札予想価格12万~15万ドルの評価だったが不落札だった。
1万ドル以下の低価格帯の落札率は60%台だったものの、1万~5万ドルの中間価格帯、5万ドル以上の高額価格帯の落札率が約50%程度と不調が目立った。

Sotheby’s NY, “On the Road: Photographs by Robert Frank from the Collection of Arthur S. Penn”

最高額落札は2作品が同額の63,500ドル(約825万円)で並んだ。
“From the Bus NYC’ (Woman and Man on the Sidewalk), 1958”は、落札予想価格6万~9万ドル、もう一点の“Chicago (Car), 1956”は、落札予想価格4万~6万ドル。2点とも50年代から60年代にプリントされたヴィンテージ・プリントの可能性の高い作品だった。今回のサザビーズの企画は、市場の閑散期の活性化を狙った珠玉のロバート・フランク・コレクションの単独オークションだった。しかし開催時期がちょうど経済状況の先行きの不透明が強まったに時期と重なり、不運だったといえるだろう。

金融市場では、2月発表の米国の経済指標が予想よりもよく金利が上昇した。景気後退入りリスクが高まっているにもかかわらず、米連邦準備理事会(FRB)の利上げが当初の予想以上に長引くとの観測からNYダウの株価も1月来の安値になっていた。このような金融市場の先行き不透明感がコレクターのセンチメントに悪影響を与えた可能性が高いだろう。特に貴重な代表作品のヴィンテージ・プリントでない限り、いくらロバート・フランク作品でも無理に急いでいま購入する必要はないという姿勢の表れだと思われる。4月になると定例のニューヨークでのPhotographsオークションが開催される。金融市場の状況をもう少し見極めたうえで判断するという、様子見を決め込んだコレクターが多かったのだ。

私は市場心理に悪い影響を与えたのは将来的な景気の後退予想だと考えている。景気が悪くなると、特に高額価格帯の作品の相場が悪化する傾向が強い。コレクターにとっては、今より安く購入できる可能性が将来的に訪れることを意味する。長期的な景気後退シナリオは、4月の定例オークションにも影響を与える可能性があるだろう。これからの各価格帯の相場動向を注視していきたい。

春の大手業者のニューヨークの「Photographs」オークションは、フィリップスが4月4日、サザビーズが3月29日~4月5日、クリスティーズ(Online)が3月31日~4月13日に予定されている。

(為替レート/1ドル130円で換算)

2022年アート写真オークション・レビュー
マン・レイ/エドワード・スタイケン作品
1000万ドル超えの衝撃落札!

2022年アート写真市場では、2点の1000万ドル越えの落札作品が最大の話題になった。ちなみにいままでの写真のオークション最高額は、2011年11月にクリスティーズ・ニューヨークで落札されたアンドレアス・グルスキー「Rhein II」の433.8万ドルだった。2022年はいきなり以前の最高額の2倍以上の高額落札が2点もあったのだ。
年間最高額の1241万ドルを記録したマン・レイ作品「Le Violon d’Ingres, 1924」は、5月にクリスティーズ・ニューヨークで開催された“The Surrealist World of Rosalind Gersten Jacobs and Melvin Jacobs”セールに、年間2位の1184万ドルのエドワード・スタイケン作品「The Flatiron, 1904/1905」は、11月にクリスティーズ・ニューヨークで行われた故マイクロソフトの共同創業者ポール・アレン(1953-2018)の“Visionary: The Paul G. Allen Collection Parts I and II”セールに出品された。いずれも写真に特化したカテゴリーのオークションではない。
ポール・アレン・コレクションのセールは、ゴッホ、セザンヌ、スーラ、ゴーギャン、クリムトなどの20世紀美術界巨匠のモダンアート絵画とともにスタイケンの写真作品が出品されている。落札額の1184万ドルは、同オークションでスタイケンと同時期に活躍した画家ジョージ・オキーフ(GEORGIA O’KEEFFE /1887-1986)の油彩画「Red Hills with Pedernal, White Clouds」の1229.8万ドルとほぼ同じ額になる。これは20世紀写真の貴重なヴィンテージプリントは、1点もの絵画と同じ価値があるという意味でもある。
アート作品のカテゴリー分けは固定的に決まっているわけではなく、いつの時代でも流動的に変化している。2022年は、写真とその他の分野のアート作品とのカテゴリー分けがより一層困難になった。かつては独立した分野として存在していた写真が、完全に大きなアート作品分野の中の一つの表現方法になったと理解してよいだろう。アート史で、写真家と画家が同じアーティストとして取り扱われるようになったともいえる。

アート・フォト・サイトの年間オークション売り上げは、主に写真に特化したセールの落札結果を集計している。いまや現代アート系オークションにはアーティスト制作の写真作品、20世紀モダンアートのオークションには、上記のマン・レイやスタイケンなどの高額20世紀写真が当たり前に出品されている。それらを取り出して、集計に加えるという考え方もあるが、ここでは今まで継続して行ってきた統計の一貫性を保つために除外している。ただし高額落札ランキングには、現代アート系/20世紀モダンアートのオークション結果も反映させている。しかしデイヴィッド・ヴォイナロヴィッチ(1954-1992/David Wojnarowicz)などの写真を使用したコラージュ作品は、写真作品に含めるかどうかの解釈は分かれると思う。今回は写真オークションへの出品実績が少ないことから除外した。
またオークションは世界中で開催されている。今回の集計から漏れた高額落札もあるかもしれない。
また為替レートは年間を通じて大きく変動している。どの時点のレートを採用するかによって、ランキング順位が変わる場合もある。2022年は為替レートが大きく乱高下した。ドル円の為替レートは年初の110円台から150円台まで下落して、その後年末には130円台まで戻している。例年はオークション開催月の為替レートを採用していたが、2022年は三菱UFJリサーチ&コンサルティングが発表している年間の平均TTSレートを採用した。ドル円132.43円、ユーロ円139.54円、ポンド円165.92となる。
これらの点はご了承いただくとともに、もし漏れた情報に気付いた人はぜひ情報の提供をお願いしたい。

以上から、以下のランキングは写真作品の客観的順位というよりも、アート・フォト・サイトの視点によるものと理解して欲しい。2022年は、新型コロナウイルスの感染拡大による大きな混乱はなくなり、ほぼ通常通りのスケジュールでオークションが開催された。しかしコロナ禍は収束が見えない中、ウクライナ戦争、エネルギー危機、インフレ、金利急上昇などの深刻な課題に直面した1年だった。2022年は世界中の写真作品中心の35オークションの売り上げを集計した。総売り上げは約56億円と、2021年比で約6%減少。出品点数は5080点とほぼ横ばい、落札率は約71.6%から約66.56%に低下している。1点の単純落札単価は168万円から165万円に微減した。合計金額は通貨がドル、ユーロ、ポンドと別れているので、円貨に換算して計算している。取引シェアが最大通貨のドルは、年平均で比較すると約20%もドル高/円安になっているので、円貨換算の総売り上げは為替の影響で過大評価されているといえるだろう。
したがってドルベースで結果を比較している、ニューヨークの春と秋シーズンの大手3社の定例オークション実績のほうが市場の実態を反映しているだろう。春と秋シーズンを合算した、年間ベースでドル建ての売上を見比べると、2022年の市場状況が良く分かる。政治経済の不透明さが続く中、2022年の売り上げは約2029万ドル(落札率67.4%)だった。新型コロナウイルスの感染拡大により落ち込んだ2020年の約2133万ドルを下回るレベルまで落ち込んでいる。これはリーマンショック後の2009年の約1980万ドルをわずかに上回る数字となる。
年間の落札率推移も、2019年70.8%、2020年71.6%、2021年71.8%から、2022年は67.4%に下落している。相場環境が悪いと、特に高額作品を持つ現役コレクターは売却時期を先延ばしにする傾向がある。つまり高額で売れない可能性が高いと無理をしないのだ。そして買う側も、将来的により安く買える可能性があると考える。結果的に全体の売上高と落札率が伸び悩む傾向になる。2022年はそのようなコレクター心理が反映された年だったといえるだろう。特に2022年秋は、私が専門としているファッション分野でも有名写真家の代表作品の不落札が散見された。コレクターは売買に慎重姿勢である事実がよく分かる。

さて2021年のオークション市場では、秋のクリスティーズ・ニューヨークのオ―クションに出品されたジャスティン・アベルサノ(Justin Aversano/1992-)の、「Twin Flames」シリーズのデジタルアート写真NFT(Non-Fungible Token)作品が落札予想価格10万~15万ドルの、予想をはるかに上回る111万ドル(約1.22億円)で落札され大きな話題になった。しかし、2022年は暗号資産市場は世界有数の暗号資産取引所のFTXの破綻などの影響で価格が大きく調整した。NFT市場の取引量も大きな影響を受けた。ブロックチェーン調査データを公開するDuneによると、2022年に入ってからNFT取引は急減し、9月末までに年初比で97%減少したという。金利が上昇した金融市場の動向もオークション参加者に心理的な影響を与え、かなり厳しい状況が続いた。中長期的には可能性のある市場だが、2021年のような価格レベルに市況が回復するにはかなりの時間と市場関係者の努力が必要だろう。

2022年オークション高額落札ランキング

1.マン・レイ「Le Violon d’Ingres, 1924」
クリスティーズ・ニューヨーク、“The Surrealist World of Rosalind Gersten Jacobs and Melvin Jacobs”、2022年5月14日
$12,412,500.(約16.43億円)

Man Ray「Le Violon d’Ingres, 1924」Christie’s NY

2.エドワード・スタイケン
「The Flatiron, 1904/1905」
クリスティーズ・ニューヨーク、“Visionary: The Paul G. Allen Collection Parts I and II”、2022年11月9日
$11,840,000.(約15.67億円)

Edward Steichen 「The Flatiron, 1904/1905」Christie’s NY

3.マン・レイ
「Noire et Blanche, 1926」
クリスティーズ・ニューヨーク、“20th Century Evening, 21st Century Evening, and Post-War & Contemporary Art”、2022年11月17-18日
$4.020,000.(約5.32億円)

Man Ray 「Noire et Blanche, 1926」Christie’s NY

4.ヘルムート・ニュートン
「Big Nude III (Variation), Paris」
クリスティーズ・ニューヨーク、“21st Century Evening and Post-War and Contemporary Art Day Sales”、2022年5月10-13日
$2,340,000.(約3.09億円)

Helmut Newton「Big Nude III (Variation), Paris」 Christie’s NY

5.バーバラ・クルーガー
「Untitled (My face is your fortune), 1982」
サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Evening and Day Auctions”、2022年11月16-17日
$1,562,500.(約2.06億円)

Barbara Kruger「Untitled (My face is your fortune), 1982」 Sotheby’s NY

6.リチャード・プリンス
「Untitled(Cowboy), 1998」
サザビーズ・ロンドン、“Modern and Contemporary evening”、20221年6月29日
GBP942,500.(約1.56億円)

Richard Prince「Untitled(Cowboy), 1998」Sotheby’s London

7.リチャード・アヴェドン
「The Beatles Portfolio: John Lennon, Ringo Starr, George Harrison and Paul McCartney, London, 1967/1990」
フィリップス・ロンドン、“Photographs”、2022年11月22日
GBP809,000.(約1.34億円)

Richard Avedon「The Beatles Portfolio: John Lennon, Ringo Starr, George Harrison and Paul McCartney, London, 1967/1990」Phillips London

8.シンディー・シャーマン
「Untitled, 1981」
クリスティーズ・ニューヨーク、“21st Century Evening and Post-War and Contemporary Art Day Sales”、2022年5月10-13日
$882,000.(約1.16億円)

Cindy Sherman「Untitled, 1981」Christie’s NY

9.リチャード・プリンス
「Untitled (Cowboys), 1992」
サザビーズ・ニューヨーク、“Contemporary Art Day Auction”、2022年5月20日
$724,000.(約9594万円)

Richard Prince「Untitled (Cowboys), 1992」Sotheby’s NY

10.ゲルハルド・リヒター
「Ema (Akt auf einer Treppe) (Ema <Nude on a Staircase>), 1992」
サザビーズ・ロンドン、“Contemporary Evening and Day Auctions”、2022年10月14-15日
GBP567,000.(約9407万円)

Gerhard Richter「Ema (Akt auf einer Treppe) (Ema <Nude on a Staircase>), 1992」Sotheby’s London

繰り返しになるが、いま市場での写真表現の定義は極めて複雑になっている。「ファインアート写真の見方」(玄光社/2021年刊)で詳しく触れているが、これからは「19-20世紀写真」、「21世紀写真」、「現代アート系写真」へと分かれていくとみている。21世紀になって制作された写真作品は、すべて現代アート系写真だという考えもある。しかし内容的には、19-20世紀写真の延長線上にある「21世紀写真」と「現代アート系」とに分かれるのではないだろうか。
オークションハウスのカテゴリーでは、戦後の20世紀写真/21世紀写真の中で、サイズの大きく、エディションが少ない作品は現代アート・カテゴリーに定着している。そして2022年には、1000万ドル越えの1945年以前の20世紀写真が誕生した。これにより高額ヴィンテージ作品は従来の「19-20世紀写真」とは区別して、新たに「モダンアート系写真」というカテゴリーで呼ぶのが適切ではないかと考えている。この新しい超高額分野が市場として確立するかは今後にどれだけ貴重な逸品がオークションに出品されるかにかかっている。

2023年は世界的な不況が到来するとの経済専門家の見通しが一般的だ。外国為替市場では日米の金利差縮小の期待から、年初から急激に円高が進行している。日本のコレクターにとってはもしかしたら買い場があるかもしれないと考えている。今年も引き続きアート写真市場の相場動向を注視していきたい。

(為替レート/ドル円132.43円、ユーロ円139.54円、ポンド円165.92)

エドワード・スタイケンの
ヴィンテージプリントが
1184万ドルで落札!
故ポール・アレン・コレクション・オークション

クリスティーズ・ニューヨークは、11月9日に故マイクロソフトの共同創業者ポール・アレン(1953-2018)の「Visionary: The Paul G. Allen Collection」オークションを2回のパートで開催した。
アレン氏は1975年、高校時代からの友人ビル・ゲイツ氏とマイクロソフトを設立。その後、IT業界の先駆者として活躍したが、2018年にがんによる合併症で65歳で亡くなった。今回のオークションでは、ゴッホ、セザンヌ、スーラ、ゴーギャン、クリムトなどの傑作5点の絵画が1億ドル以上で落札され大きな話題となった。最高額はジョルジュ・スーラの「Les Poseuses, Ensemble (Petite version)」で、1億4920万ドルで高額落札された。第1部、第2部と合わせると合計売上高は16億2224万9500ドル(約2271億円)に達し、これは単一のオークションでの最高の合計売上だと発表されている。

実はこのオークションには、第1部にエドワード・スタイケン、2部には、マン・レイ、アンドレ・ケルテス、ポール・ストランド、アーヴィング・ペン、アンドレアス・グルスキー、トーマス・シュトゥルートの合計7点の写真作品も出品されている。世界的コレクションの中に写真作品が当たり前に含まれている事実は、写真はもはや独立したカテゴリーではなく、アート表現の一形態になっていることを意味すると思う。

Christie’s NY, EDWARD STEICHEN ,”The Flatiron, 1904″

最高額はエドワード・スタイケンの有名作「The Flatiron、1904」。1905年にプリントされた正真正銘のヴィンテージ・プリントで、落札予想価格200~300万ドルのところ、なんと1184万ドル(約16.57億円)で落札された。これは今年の5月に1240万ドル落札されたマン・レイの「Le Violon d’Ingres」に次ぐ、写真のオークション高額落札ランキングの第2位の記録となる。同オークションでは、ちょうど同じころに活躍した画家ジョージ・オキーフ(GEORGIA O’KEEFFE /1887-1986)の油彩画“Red Hills with Pedernal, White Clouds”がほぼ同じ価格帯の1229.8万ドル(約17.21億円)で落札されている。有名写真家の貴重なヴィンテージプリントは、1点ものの絵画と同じ価値があるのだ。いまやアート史では、写真家と画家が同じアーティストとして取り扱われるようになってきたといえるだろう。

有名写真家スタイケンの貴重な有名作が高額落札された一方で、本オークションに出品された他の写真作品の落札結果にはとても興味深い傾向が見られた。やや数字が細かくなるが、以下にその落札データを紹介しておこう。

Christie’s NY, ANDREAS GURSKY,”Bibliothek, 1999″

アンドレアス・グルスキー(ANDREAS GURSKY, 1955-)
“Bibliothek, 1999”
インクジェット・プリント/diasec表面加工、
(179 x 320.7 cm.)、エディション3/6
落札予想価格 180,000~250,000ドル
落札価格 604,800ドル

Christie’s NY, IRVING PENN, “12 Hands of Miles Davis and His Trumpet, New York, July 1, 1986”

・アーヴィング・ペン(IRVING PENN, 1917-2009)
“12 Hands of Miles Davis and His Trumpet, New York, July 1, 1986”
セレニウムトーン・シルバー・プリント
落札予想価格 30,000~50,000ドル
落札価格 195,300ドル

Christie’s NY, MAN RAY,” Swedish Landscape, 1925″

・マン・レイ(MAN RAY, 1890-1976)
“Swedish Landscape, 1925”
1点ものシルバー・プリント
落札予想価格 300,000~500,000ドル
落札価格 189,000ドル
(購入履歴)
“Photographs from the Collection of 7-Eleven, Inc., Sotheby’s, New York” 2000年4月5日、lot 26.
落札価格 258,750ドル(落札予想価格 120,000~180,000ドル)

Christie’s NY, ANDRE KERTESZ, “Cello Study, 1926”

・アンドレ・ケルテス(ANDRE KERTESZ, 1894-1985)
“Cello Study, 1926”
シルバー・プリント
落札予想価格 300,000~500,000ドル
落札価格 226,800ドル
(購入履歴)
“Christie’s, New York”
2000年4月5日、lot 214.
落札価格 314,000ドル(落札予想価格 180,000~220,000ドル)

Christie’s NY, PAUL STRAND, “Mullein Maine, 1927”

・ポール・ストランド(PAUL STRAND, 1890-1976)
“Mullein Maine, 1927”
プラチナ・プリント
落札予想価格 300,000~500,000ドル
落札価格 126,000ドル
(購入履歴)
“Phillips de Pury & Luxembourg, New York”
2002年4月15~16日、lot 42.
落札価格 607,500ドル(落札予想価格 250,000~350,000ドル)

Christie’s NY, THOMAS STRUTH, “Stellarator Wendelstein 7-X Detail, Max Planck IPP, Greifswald, Germany, 2009”

・トーマス・シュトゥルート(THOMAS STRUTH, 1954-)
“Stellarator Wendelstein 7-X Detail, Max Planck IPP, Greifswald, Germany, 2009”
タイプCプリント、エディション2/10、サイズ約165X214cm
落札予想価格 80,000~120,000ドル
落札価格 50,400ドル
(購入履歴)
“Sotheby’s, London, 2 July 2015, lot 413.”
2015年7月2日、lot 413.
落札価格 87,500ポンド(落札予想価格 70,000~90,000ポンド)

まず、スタイケン、グルスキー、ペンは落札予想価格上限を超えて落札されている。しかしそれ以外の、マン・レイ、アンドレ・ケルテス、ポール・ストランド、トーマス・シュトゥルートの作品は、今回クリスティーズが設定した落札予想価格下限以下での落札だった。本セールのすべての収益は、まだ指定されていない慈善団体に送られと発表されている。落札最低額のリザーブは、通常は落札予想価格下限の近くに設定されている。今回はセールのチャリティーの趣旨から、リザーブはかなり低く設定されていたか、未設定だった可能性がある。通常のオークションだったら不落札になっていただろう。

そして、これら4作品は、いずれも過去のオークションで落札されコレクションに加わっている。そして過去の落札履歴を調べてみると衝撃的な事実が明らかになった。なんと今回の4点すべての落札価格は取得価格よりも低くなっていた。つまり今回の売却で損失が出ているのだ。ポール・ストランドなどは2002年に約60万ドルで購入したのが12.6万ドルで落札されている。

今回の結果は現在のファインアート写真市場の状況をかなり的確に反映していると考える。有名写真家の貴重なヴィンテージ・プリントでも、コレクターが有名作/代表作を好むという傾向が明らかに見て取れるのだ。ヴィンテージ・プリントの中でも、スタイケンの「The Flatiron、1904」のような、ひと目で“あの写真家の作品”とわかる写真史に残るアイコン的な作品には人気が集中する。高額落札されたアンドレアス・グルスキー、アーヴィング・ペンの作品も人気のある絵柄だ。一方で、20世紀写真界の重鎮、マン・レイ、ポール・ストランド、アンドレ・ケルテスであっても、あまり知られていない絵柄の作品は骨董的価値はあるものの市場ではコレクター人気があまりないようだ。

今回は現代アート系のトーマス・シュトゥルート作品も出品されていた。2015年の落札価格はポンド建てなので、単純に当時のドル/ポンドのレート約1.5で換算すると約13.1万ドルとなる。為替レートは大きく変化しているものの今回の落札予想価格80,000~120,000ドルは購入価格を考慮した妥当の評価だろう。
一方で落札価格50,400ドルだった。本作はシュトゥルートの代表作とは言えないだろう。どうも現代アート分野においても、アーティストの代表作に市場の人気が集中する傾向は変わらないようだ。

市場での作品価値は、1.作家のアート性、2.作家の有名度/人気、3.絵柄の有名度/人気、4.希少性(エディション等)、5.プリント自体の歴史的価値(ヴィンテージ・プリント)、6.作品コンディション、7.来歴、などが総合的に吟味されて評価が下されている。最近は、その中でも”絵柄の有名度”の比重がかなり高くなっているようだ。

今回の結果に、あまり絵柄が知られていない貴重なヴィンテージプリントや現代アート系作品を持つ美術館やコレクターは動揺したと推測される。
(1ドル/140円で換算)

ドロシア・ラングの
ヴィンテージ作品が高額落札
NY中堅業者のアート写真オークションレビュー

2022年秋のニューヨーク・アート写真オークション。大手3社のオークションとともに、中堅業者のボナムス(Bonhams)とスワン・オークション・ギャラリース(Swann Auction Galleries)とで複数委託者による入札が10月に行われた。今期ドイル(Doyle)は、12月にオークションを開催する予定だ。
欧米のオークションでは、大手と中堅とでは業務の棲み分けがかなり明白に行われている。通常、高額落札が期待される中高価格帯作品は、優良顧客と世界的ネットワークを持つ大手業者に委託される場合が多い。中堅業者では、1万ドル以下の低価格帯の作品が中心に取引される。

Bonhams NY, Rodney Graham, 「Typewriter with Flour, 2003」

10月11日にボナムスが「Photographs」オークションを開催。88作品が出品されて落札率は約43%、総落札額は34.1万ドルにとどまった。低価格帯作品の出品が約62%だった。最高額落札は、カナダ出身でコンセプチュアルな写真作品で知られる現代アーティスト、ロドニー・グラハム(Rodney Graham)の、「Typewriter with Flour, 2003」。落札予想価格1.2~1.5万ドルのところ、46,955ドル(約680万円)で落札されている。残念ながら13点出品されたポール・ストランド作品は9点が不落札。特に注目された、1点もののヴィンテージのプラチナ・プリント「Central Park, New York,1915」は、落札予想価格5~7万ドルだったが不落札。

Swann Auction Galleries, Dorothea Lange, 「Migrant Mother, Nipomo, California (Destitute pea pickers in California. Mother of seven children. Age 32), 1936」

スワン・オークション・ギャラリースは、10月20日に「Fine Photographs」を開催。314点が出品されて落札率は約66.8%、総落札額は約115万ドルだった。 低価格帯作品の出品は約63%だった。
今回の目玉は中堅業者のオークションでは珍しいドロシア・ラングの有名作品「Migrant Mother, Nipomo, California (Destitute pea pickers in California. Mother of seven children. Age 32), 1936」の、極めて貴重なヴィンテージプリントの出品。落札予想価格10~15万ドルのところ、なんと30.5万ドル(約4425万円)で落札されている。これはニューヨーク市公立図書館ピクチャー・コレクションのキュレーターで、20世紀写真の歴史的かつ貴重なコレクションを作り上げたロマーナ・ジャヴィッツ(Romana Javitz)が所有していた由緒正しき作品。

20世紀写真では、歴史的に知名度が高い有名な絵柄の作品への需要が相変わらず強いようだ。今回のスワンで高額落札されたドロシア・ラングのアイコニック作品はまさにその好例だろう。
一方でボナムスに出品されたポール・ストランド作品の場合、貴重だが絵柄が地味で知名度が低い作品は苦戦していた。有名写真家の貴重な作品であっても、コレクターが有名作を好むという、いわゆる市場の2極化傾向は相変わらず続いているようだ。

アート写真オークションは、これから欧州、英国市場に舞台が移る。クリスティーズ・パリが10月25日~11月8日、サザビーズ・パリが11月10日~16日、フリップス・ロンドンは11月22日に相次いで開催される。

(為替 1ドル145円で換算)

2022年秋ニューヨーク写真オークションレビュー
外部環境悪化により市況が悪化

まず現在のアート市場を取り巻く外部の経済環境を見てみよう。
春以降、各国のインフレの勢いは全く衰えていない。ロシアのウクライナ侵攻でガスや食料品価格が高騰し、コロナ禍によるサプライチェーンの目詰まりも長期化した。米英では40年ぶり、ドイツでは70年ぶりのインフレの勢いだと報道されている。日本以外の、各国中央銀行は夏場にかけて一段と金融引き締めを行っている。さらに米国では11月にさらに0.75%の大幅利上げが行われるという警戒感が強まっている。9月末には米国の10年債利回りは12年ぶりに4%を超えた。値動きを示す10年の移動平均チャートでは、1980年代以降続いてきた金利低下の大きなトレンドがついに反転したと言われている。金利の急上昇は将来の景気後退につながるとの思惑から株安も進んだ。NYダウは2022年1月4日に36,799.65ドルだったのが、30,000ドルを割り込み、9月末には一時28,000ドル台まで下落、ハイテク株が多いNASDAQは、昨年11月に16,000ドル台まで上昇したものの、9月末には10,576ドルまで下落している。
また一時期ブームになって高額なデジタルアートも登場したNFT市場も取引量が急減。ブロックチェーン調査データを公開するDuneによると、2022年に入ってからNFT取引は急減し、9月末までに年初比で97%減少したという。
金融市場の動向はアート・オークションの参加者に心理的な影響を与える。いまかなり厳しい状況が続いているといえるだろう。

2022年秋の大手業者によるニューヨーク定例アート写真オークション、今回は10月上旬から10月中旬にかけて、複数委託者、単独コレクションによる合計5件が開催された。
クリスティーズは、10月1日に複数委託者による
“Photographs(Online)”を、サザビーズは、昨秋同様に10月7日に“Classic Photographs(Online)”と、“Contemporary Photographs(Online)”を開催した。フィリップスは、10月12日に複数委託者による“Photographs”、10月3~13日に“Drothea Lange:The Family collection(Online)”を開催している。
オークションハウスは新型コロナウイルスの影響により、開催時期の変更、オンライン開催などの対応を行ってきた。今秋はほぼ通常通りの開催モードに戻った印象だ。

さてオークション結果だが、3社合計で683点が出品され、440点が落札。全体の落札率は約64.4%に悪化している。ちなみに2021年秋は出品922点で落札率70.9%%、2022年春は702点で落札率70.4%。総売り上げは、約1050万ドル(約15.25億円)で、今春の約978万ドルより微増。ただし昨秋の約1484万ドルから大きく減少している。落札作品1点の平均金額は約23,876ドルで、今春の約19,810ドルより上昇している。今春と比べると落札率が悪化する中で、総売り上げが増加したのはこれが理由だ。
業者別では、売り上げ1位は約484万ドルのフィリップス(落札率69%)、2位は約312万ドルでクリスティーズ(落札率64%)、3位は253万ドルでサザビース(落札率55%)だった。これは今春と同じ順位で、売り上げと落札率でサザビーズが苦戦している。

今シーズンの高額落札は、市場での資産価値が確かな20世紀の代表作家の貴重なクラシック作品が多くを占めていた。
最高額は、クリスティーズ“Photographs(Online)”に出品されたマン・レイによる「Lee Miller, c1930」だった。落札予想価格10万~15万ドルのところ37.8万ドル(約5481万円)で落札されている。

Christie’s NY, Man Ray “Lee Miller, c1930″ 

2位は、クリスティーズ“Photographs(Online)”の、アルフレッド・スティーグリッツによるプラチナプリント「From the Back Window-‘291’,1915」落札予想価格30万~50万ドルのところ25.2万ドル(約3654万円)で落札された。

Christie’s NY, Alfred Stieglitz, “From the Back Window – ‘291’, 1915”

同額で2位は、サザビーズ“Classic Photographs(Online)”の、アンセル・アダムスの代表作「The Tetons and The Snake River, Grand Teton National Park, Wyoming, 1942/1973-1977」。落札予想価格15万~25万ドルのところ25.2万ドル(約3654万円)で落札されている。

Sotheby’s NY, Ansel Adams “The Tetons and The Snake River, Grand Teton National Park, Wyoming, 1942/1973-1977”

4位はサザビーズ“Contemporary Photographs(Online)”のウォルフガング・ティルマンズの抽象作品「Freischwimmer 117,2007」。228×170.2cmの大判サイズ、エディション1、AP1の作品。落札予想価格15万~25万ドルのところ20.16万ドル(約2923万円)で落札されている。ニューヨーク近代美術館で行われている“Wolfgang Tillmans To look without fear”展の影響もあるだろう。

Sotheby’s NY, Wolfgang Tillmans, “Freischwimmer 117, 2007”

年間ベースでドルの売上を見比べると、現在の市場の状況が良く分かる。相場環境が悪いと、特に高額作品を持つコレクターは売却を先延ばしにする傾向がある。つまり高く売れない可能性が高いと無理をしないのだ。結果的に全体の売上高が伸び悩む傾向になる。政治経済の不透明さが続く中、2022年の売り上げは約2029万ドル(落札率67.4%)で、新型コロナウイルスの感染拡大により落ち込んだ2020年の約2133万ドルを下回るレベルまで落ち込んでしまった。これはリーマンショック後の2009年の約1980万ドルをわずかに上回る数字となる。

年間の落札率も2019年70.8%、2020年71.6%、2021年71.8%から、2022年は67.4%に下落している。コレクターは売買に慎重姿勢であることが良く分かる。今秋は、私が専門としているファッション写真分野でも有名写真家の代表作品の不落札が散見された。
相場の調整期は通常は良い作品が割安に購入できるチャンスになる。しかし日本のコレクターは、約1ドル/150円が近い為替レートと、作品の運送コストの高止まりが続く中では積極的には動きにくいだろう。
来年の春には、ウクライナ戦争の停戦合意や、インフレ見通しの改善など、市場環境の改善を期待したい。

(1ドル/145円で換算)

2022年春/パリ・ロンドン・オークションレビュー
停滞する欧州/回復傾向の英国市場

春に行われる大手業者によるパリ/ロンドンの定例アート写真オークション。今年は5月に公開とオンラインによるセールが集中して行われた。複数委託者の他に、サザビーズが宇宙関連写真、クリスティーズが単独コレクションからのファッションに特化したものなど、独自の企画ものオークションを開催した。
サザビーズは、5月18日にロンドンで“Moon Shots: Space Photography 1950-1999”、23日に“Photographs”(オンライン)、クリスティーズは、5月24日にパリで“Photographies”と“Fashion Photographs from the Susanne von Meiss collection”(オンライン)、フィリップスは、“Photographs”オークションを5月29日にロンドンで開催した。

欧州のオ―クションは開催地の通貨が違うので円貨換算して昨年同期と単純比較している。大手3社の2022年春の合計売上は約6.38億円だった。コロナ禍で変則開催だったので比較の対象にならないかもしれないが、2021年春は4.42億円だった。2022年はオークション数が増え、出品作、落札作品数が増加したことにより総売り上額も上昇した。落札率は2021年が約69%に対して、2022年は約68.3%とほとんど変化がない。特にフィリップス・ロンドンは約80.7%という高い落札率で、全体売り上げの約53%を占めていた。欧州は経済的にロシアのウクライナ侵攻の影響も受けており、コロナ禍での落ち込みからの回復は弱い印象だ。一方で英国市場は、すべての価格帯で売り上げが順調に推移していた。

Phillips London, Peter Beard “Orphaned cheetah cubs @ Mweiga nr. Nyeri (KENYA) for The End of the Game / Last word from Paradise 1968”

今シーズンに注目されたのはフィリップス・ロンドンに出品された欧州のプライベートコレクターから出品された13点の「IN FOCUS: PETER BEARD」セクションのピータ―・ビアード(1938-2020)作品。不落札はわずか3点、落札率は77%だった。同オークションでは別コレクションからもビアードの代表作の“Orphaned cheetah cubs @ Mweiga nr. Nyeri (KENYA) for The End of the Game / Last word from Paradise 1968”が出品された。同作がビアード作品の落札最高額となった。サイズ 122 x 171.8 cmの1点もの作品で、落札予想価格2万~3万ポンドのところ、上限の約4倍の12.6万ポンド(約1990万円)で落札されている。2020年の死後もビアード人気は市場で全く衰えてないようだ。

今回の5つのオークションの最高額は、フィリップス・ロンドンに出品されたギュスターヴ・ル=グレイ(Gustave Le Gray)の“Souvenirs du Camp de Chalons au General Regnaud de Saint-Jean d’Angely (album of 66 albumen prints), 1857”。これは鶏卵氏プリント66点がマウントされた1点ものの写真アルバムとなる。風景が44点、ポートレートが22点が含まれる。落札予想価格10万~15万ポンドのところ、上限の約2倍の32.76万ポンド(約5176万円)で落札されている。

Phillps London, Gustave Le Gray, Souvenirs du Camp de Chalons au General Regnaud de Saint-Jean d’Angely (album of 66 albumen prints), 1857”
Christie’s Paris, Helmut Newton, “Eiffel Tower、Paris, 1974”

ギュスターヴ・ル=グレイとほぼ同じ金額で落札されたのがクリスティーズ・パリに出品されたヘルムート・ニュートンの大判作品“Eiffel Tower、Paris, 1974”。写真集「White Women」(Schirmer-Mosel、1992刊)の収録作品で、イメージサイズは109 x 159 cm、エディション 1/3、落札予想価格は30万~50万ユーロのところ、37.8万ユーロ(約5103万円)で落札された。ル=グレイとニュートンは、採用する為替レートの違いにより順位が変わるので、2作がほぼ同額1位と考えていいだろう。
ちなみにニュートン作品は、2017年4月5日にサザビーズ・ニューヨークで開催された“Photography”で落札予想価格は10万~20万ポンドのところ、34.85万ドルで落札された作品。2017年時点では、すでにニュートンの大判ファッション写真は市場で高騰していた。今回のユーロの落札額は、ドル換算すると約35.2万ドルとなる。手数料などの諸経費などを勘案すると所有期間5年間の収支は若干のマイナスになるだろう。投資の視点で写真作品をコレクションする場合も他の金融資産と同じで、未評価分野の作品の長期保有が基本になるのだ。

Phillips London, Edward Steichen, “Gloria Swanson, New York, 1924”

高額落札の第3位は、フィリップス・ロンドンに出品されたエドワード・スタイケンの“Gloria Swanson, New York, 1924”。サイズは24.1 x 19.1 cm、写真家の未亡人ジョアンナ・スタイケンのコレクションという由緒正しい来歴の作品。落札予想価格は24万~34万ポンドのところ、27.72万ポンド(約4379万円)で落札された。

今回フィリップス・ロンドンでは、野口里佳の作品が「ULTIMATE Newcomers」セクションに出品された。フリップスはこのカテゴリーで、若手、新人、中堅による、エディション数自体が少ない、もしくはエディションの残り少ない、また貴重な1点もの作品を積極的に紹介している。通常、オークション市場では取引実績のある人の、資産価値の高い作品を取り扱う。一方でギャラリーは、まだ実績のない若手/中堅アーティストの作品を取り扱う。新作を取り扱うプライマリー市場と旧作を取り扱うセカンダリー市場との違い以外にも役割分担があるのだ。フリップスの「ULTIMATE Newcomers」は、オークションハウスが通常のギャラリー業務に挑戦する試みになる。いま両者の仕事の棲み分けが益々曖昧になってきているのだ。だから、「ULTIMATE Newcomers」での落札は、作品の時間的価値の評価であり、本源的な資産価値を保証するわけではない。この点はよく誤解されるので注意が必要だ。本源的価値は、継続したオークションへの出品/落札、時間経過の中でのトラックレコードの積み重ねの中で上昇していくもの。この辺りのことは「ファインアート写真の見方」(玄光社,2021年刊)で触れているので、興味ある人は読んで欲しい。

Phillips London ULTIMATE 野口里佳”フジヤマ [Fujiyama] A Prime #1 1997″

さて今回注目したいのは、野口里佳の”フジヤマ [Fujiyama] A Prime #1 1997″の高額落札だ。同作は、作品集「鳥を見る」(2001年、P3 and enviroment刊)に収録された、101.6 x76.2 cmサイズ、エディション5の作品。落札予想価格5千~7千ポンドのところ、上限の約9倍の6.3万ポンド(約995万円)で落札された。今回の落札がきっかけとなり、野口作品が市場でどのように取り扱われていくか注視していきたい。

(1ポンド・158円、1ユーロ・135円で換算)

マン・レイ名作が1千2百万ドルで落札!
写真のオークション史上最高落札額更新

2022年5月にニューヨークで開催された現代アート系オークションでは、写真系作品の高額落札が相次いだ。

アートフォトサイトで既報のように、5月14日にクリスティーズ・ニューヨークで開催された「The Surrealist World of Rosalind Gersten Jacobs and Melvin Jacobs」オークションではマン・レイの歴史的名作”Le Violon d’Ingres, 1924″の、極めて貴重なヴィンテージ作品が、写真作品のオークション最高落札額となる12,412,500ドル(@128/約15億8880万円)で落札された。
本作は、サイズ19 x 14 3⁄4 inch (48.5 x 37.5 cm)の1点ものの銀塩写真、落札予想価格は500万ドル~700万ドルだった。
これまでの写真のオークション最高額は、2011年11月にクリスティーズ・ニューヨークで落札されたドイツ人現代アーティストのアンドレアス・グルスキーの”Rhein II”の4,338,599ドル。ちなみにいままでのマン・レイの最高額は、2017年11月9日にクリスティーズ・パリで開催された「Stripped Bare: Photographs from the Collection of Thomas Koerfer」に出品されたヴィンテージ作品“Noire et Blanche, 1926”で、2,688,750ユーロ(@135/約3.63億円)だった。今回の落札はもちろんマン・レイ作品のオークション最高落札額になる。

Christie’s NY, Man Ray “Le Violon d’Ingres, 1924”

“Le Violon d’Ingres, 1924”は、マン・レイの最も有名な写真作品。アートや写真に興味ない人でも一度は見たことがあるだろう。クリスティーズは、作品の興味深い解説を掲載している。一部を参考までに紹介しておこう。
本作は、モデルのアリス・プリン(通称キキ・ド・モンパルナス)の画像と、レイヨグラフ技法で制作されたバイオリン系の管楽器にある「F」の文字をかたどった開口部「Fホール(f-hole)」を組み合わせて作られた作品。マン・レイは、まず露光する感光紙の表面を覆う紙/ボードなどにFホールの穴を切り抜いた。そして引き伸ばし機の下に印画紙を置き、その上にFホールのテンプレートを置いて露光。すると両方のFホールの形がプリントに真っ黒に焼き付けられる。テンプレートを外した後、キキのネガを引き伸ばし機のネガホルダーに入れ、同じプリントで2回目の露光を行った。現像すると、キキの背中のイメージは、すでに印画紙に焼き付けられたFホールと魔法のように融合したのだ。
作品タイトルの“Le Violon d’Ingres, 1924”も非常に興味深い意味が含まれている。フランス語を直訳すると「アングルのバイオリン」という意味になる。これは19世紀のフランスの有名画家ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル(1780-1867)にちなんでいるという。アングルは画家としての才能だけでなく、ヴァイオリンの腕前も世間に認められていたそうだ。しかしアングルは画家として優秀であったため、ヴァイオリンの演奏は単なる娯楽や趣味だと考えられていたそうだ。この言葉はいまでは定着し「アングルのバイオリン(Ingres’s violin)」はフランス語の慣用句で、喜びやくつろぎのために行う活動、つまり趣味を意味するという。
たぶんこのころの、マン・レイにとって写真は「アングルのバイオリン」だったと思われる。写真は、自分の仕事や友人の活動を記録するためのメディアであって、自分の芸術制作での表現方法ではないと考えていたのだ。彼は写真を、モデルでありミューズだったキキとのロマンチックな関係、そして画家アングルへの憧れを表現する手段として使用したのだ。

Christie’s NY, Helmut Newton “Big Nude III (Variation), Paris, 1980”

5月10日に同じくクリスティーズ・ニューヨークで開催された「21st Century Evening」オークションで、唯一出品された写真作品のヘルムート・ニュートン(1920-2004)“Big Nude III (Variation), Paris, 1980”が、落札予想価格は80万ドル~120万ドルのところ2,340,000(@128/約2億9952万円)で落札された。196.2 x 110.8 cmサイズの大判作品で、記録上1点しか存在しないプリントで、1990年に写真家から著名なギャラリストのルドルフ・キッケン(Rudolf Kicken)に寄贈された作品とのこと。今回はニュートン作品のオークション最高落札額になる。ちなみにいままでのニュートン最高額は、2019年4月4日にフィリップス・ニューヨーク「Photographs」オークションに出品された“Sie Kommen, Paris (Dressed and Naked), 1981”。美術館などでの展示用の197.5X198.8cmと196.9X183.5cmサイズの巨大組作品で、落札予想価格60~80万ドルのところ182万ドル(@110/約2億円)で落札されている。

Christie’s NY, Richard Avedon “Blue Cloud Wright, Slaughterhouse Worker, Omaha, Nebraska, August 10, 1979”

続いて5月13日に同じくクリスティーズ・ニューヨークで開催された「Post-War and Contemporary Art Day Sales」オークションで、リチャード・アヴェドン(1923-2004)の「In The American West」シリーズの“Blue Cloud Wright, Slaughterhouse Worker, Omaha, Nebraska, August 10, 1979”が、落札予想価格は25万ドル~35万ドルのところ378,000(@128/約4838万円)で落札されている。142.2 x 113 cmサイズの大判で、エディション6/6の作品。ちなみに2016年11月3日にフィリップス・ロンドンで161,000ポンド(@130/2093万円/@1.25/約201,250ドル)で落札された作品。手数料や保管管理を無視して複利で単純計算すると約6年間で11.08%程度で運用できたことになる。
同オークションでは、シンディー・シャーマン(1954-)のカラー作品“Untitled、1981”も、落札予想価格は40万ドル~60万ドルのところ882,000(@128/約1億1289万円)で落札されている。こちらは61 x 121.9 cmサイズで、エディション1/10の作品。

今回のオークションでは、有名アーティストの貴重なヴィンテージ作品の価値がアート市場で過小評価されていた事実が明らかになった。初めての1000万ドル越えは、高額セクターの写真作品相場の新たな基準になると思われる。また特にファインアート系ファッション/ポートレートの大判写真作品の、落札予想価格上限を超える落札は、それらは20世紀写真ではなく現代アート作品だという認識が定着してきた証だといえるだろう。他の現代アート作品と比べて割安だった有名写真家の作品。ここにきて特に数が少ない大判作品の再評価の兆しが感じられる。

クリスティーズ
https://www.christies.com/en/auction/the-surrealist-world-of-rosalind-gersten-jacobs-and-melvin-jacobs-29818/browse-lots

2022年春ニューヨーク写真オークションレヴュー
高額セクターに相場調整の気配

Christie’s NY, “Photographs from the Richard Gere Collection(Online), ”František Drtikol「Temná vlna (The Dark Wave), 1926」

2022年の大手3業者によるニューヨーク定例アート写真オークションは、昨年同様に各社の判断で、オンラインとライブにより4月に集中して開催された。複数委託者による”Photographs”オークションは、クリスティーズが4月5日(オンライン)、フィリップスは、4月6日(ライブ)、サザビーズは、4月13日(オンライン)に行われた。また前回紹介したように、クリスティーズは4月7日に俳優リチャード・ギア(1949-)の写真コレクションの単独セール”Photographs from the Richard Gere Collection”をオンラインで開催した。今回は4月に行われた4つのオークション結果の分析を行いたい。
ちなみに、平常時はオークション開催時期に同じくニューヨークで行われるファインアート写真の世界的フェアのipad主催のThe Photography show。2022年は、5月20日~22日にニューヨーク市のCenter415で開催される予定だ。

さて現在のアート市場を取り巻く外部の経済環境を見てみよう。昨年までは世界的な新型コロナウイルスの感染拡大に翻弄されていた。いま世界的に注目されているのはインフレ懸念の高まりだ。新型コロナウイルス対策後の世界的景気回復により特に米国で消費が拡大した。さらにウクライナ危機による資源価格急騰、また米国では名目賃金も上昇しはじめてインフレ懸念が強まっている。コロナウイルスの感染拡大によるサプライチェーンの混乱により、効率的だった経済のグローバル化の見直しが迫れれている。これもコスト上昇要因になる。米ミシガン大の3月の消費者調査(速報)によると、人々の1年先の物価見通しを示す予想インフレ率が5.4%と約40年ぶりの高水準になったと報道されている。以上の状況により米国の中央銀行にあたるFRBは、インフレ対策のため3月には量的緩和を終了。その後は、かなり急激な複数回の利上げが予想されている。インフレによる消費者の購買力低下予想などが反映され、株価も変動が大きくなっている。NYダウは2022年1月4日に36,799.65ドルだったのが、3月8日には32,632.64まで下落、いまでも33,000前後で取引されている。
ハイテク株が多いNASDAQは、昨年11月に16,000ドル台まで上昇したもののその後は下落傾向が続き、いまは12,000ドル台まで下落している。株価動向はオークションの入札者に心理的な影響を与えると言われている。また高額評価作品の出品が控えられる傾向も強くなる。アート市場を取り巻く環境は決して良好とは言えないだろう。

さて今春のオークション結果だが、3社合計で702点が出品され、494点が落札。不落札率は約29.6%だった。ちなみに2021年秋は922点で不落札率29.1%、2021年春は557点で不落札率26.8%。
総売り上げは、約978万ドル(約11.7億円)で、昨秋の約1484万ドルから大きく減少、ほぼ2021年春の約969万ドルと同じレベルにとどまった。
落札作品1点の平均金額は約19,810ドルと、2021年秋の約22,692ドルから約12.7%下落、2021年春の23,774ドルも下回る。昨秋とは出品数が増加するなか、落札率は同水準で、総売り上げが減少したことによる。
業者別では、売り上げ1位は約393万ドルのフィリップス(落札率76%)、2位は約384万ドルでクリスティーズ(落札率73%)、3位は200万ドルでサザビース(落札率59%)だった。

厳しい外部環境の中、高額落札が期待された作品が苦戦し、5万ドル以上の高額作品の不落札率は54.4%と高かった。フィリップス“Photographs”では、シンディー・シャーマンの「Untitled #580, 2016」、落札予想価格25万~35万ドルなど、高額落札が期待された彼女の3作品が不落札、アーヴィング・ペンの「Woman in Chicken Hat (Lisa Fonssagrives-Penn) (A), New York,1949」も、落札予想価格8万~12万ドルが不落札。
サザビーズ“Photographs(Online)”では、リチャード・アヴェドンの代表作「Dovima with Elephants, Evening Dress by Dior, Cirque d’Hiver, Paris, 1955/1980」、57.4 x 45.7 cmサイズ、エディション50の作品が、落札予想価格18万~28万ドルのところ不落札。1979年プリントの同じ作品は、クリスティーズ“Photographs(Online)”で、落札予想価格15万~25万ドルのところ、なんと12.6万ドル(約1512万円)で落札されている。
サザビーズのオークションでは、高額落札が期待された、ダイアン・アーバスの本人サイン入りの代表作「Family on Lawn One Sunday in Westchester, N.Y」、イモージン・カニンガムのヴィンテージ・プリント「False Hellebore (Glacial Lily)」が不落札だった。
今春のオークションでは、入札には高値を追うような力強さが欠けており、特に高額価格帯のファッション、ドキュメンタリー系が弱い印象だった。

今シーズンの最高額は、クリスティーズ“Photographs from the Richard Gere Collection(Online)”に出品されたチェコ出身のモダニスト写真家フランチシェク・ドルチコル(František Drtikol)による希少性の高い女性ヌード作品 「Temná vlna (The Dark Wave), 1926」だった。落札予想価格10万~15万ドルのところ35.28万ドル(約4233万円)で落札されている。

2位は、サザビーズ“Photographs(Online)”の、トーマス・イーキンズ(Thomas Eakins)の19世紀写真「Untitled (Male Nudes Boxing), c1883」だった。落札予想価格3万~5万ドルのところ、なんと上限の6倍以上の32.76万ドル(約3931万円)で落札されている。ヌードの若い男性がボクシングをしている、とても小さい9.5X12.1cmサイズの鶏卵紙(albumen print)作品だ。

Sotheby’s, “Photographs(Online)”, Thomas Eakins「Untitled (Male Nudes Boxing), c1883」

3位もクリスティーズ“Photographs from the Richard Gere Collection(Online)”の、アルフレッド・スティーグリッツ(Alfred Stieglitz)によるオキーフのポートレート「Georgia O’Keeffe, 1918」。落札予想価格30万~50万ドルのところ30.24万ドル(約3628万円)で落札されている。

昨秋にジャスティン・アベルサノ(Justin Aversano/1992-)の、“Twin Flames”シリーズのNFT(Non-Fungible Token)写真作品を出品して話題をさらったクリスティーズ。今春も、複数アーティストによるNFTの12セットとなる「Quantum Art: Season One, 2021-2022」を出品させている。落札予想価格15万~20万ドルのところ16.38万ドル(約1965万円)で落札、これは同社の今シーズンの最高額落札になった。

Christie’s NY, “Photographs”, Various Artists「Quantum Art: Season One, 2021-2022」

余談になるが、最近の外国為替市場での急激なドル高/ユーロ高/円安の進行で、ギャラリーでは知名度の高い写外国人真家の作品への問い合わせが増加している。海外市場で取引されている写真家の有名作品のコレクションは、外貨資産を持つと同じ意味になる。約25年以上もそのように説明してきたが、やっと多くの人が急激な円安進行によりこの事実に気付き始めてくれた印象だ。

(1ドル/120円で換算)